117・後腐れなく後始末
戦いは終わりました。
我々の一方的な勝利でした。
その内容はというと、ルミティスのスキルによって男達がまともな行動できなくなってから、オレンティナが魔法の弾を当てていくだけの簡単なお仕事です。
波乱や番狂わせなど、起きるはずもなく。
淡々と男達は死んでいきました。
私はというと、馬車やミラさんに攻撃が飛んでこないように守りに入っていました。あまりにも戦力差がありすぎる事を悟った男達が、逆転狙いで人質を取る可能性もありましたからね。
でも『軽挙迷妄』の効果を受けてるから、こっちに来ることも無理そうでしたが。面白いくらいパニックに陥ってましたもん。
まあ、それでも念のためです。他にやることなんてないですから。
「はい、全て吐きましょうね~」
ここからは尋問タイム。
一人残ったリーダーさんに、何もかも洗いざらい喋って頂きます。拒否権などありません。
「……悪党とはいえ、人を殺したのは初めてだよ。思ったより、心にくるね」
「オレンティナ、その……大丈夫なの? 顔色悪いわよ?」
「君は平気なのかい?」
「もう経験済みですもの。慣れたものよ」
「強いね君は。僕は…………つらいよ。聖女の道を志す者が、人の血で手を染める……これって、許されることなのかな」
「小指からいきましょうか」
「ぐうぅうっ!」
「だったら程々に痛めつけて、止めは私に任せておけばよかったものを」
「それこそ卑劣じゃないか」
「呆れた。どこまでも真面目なのね。まあ……汚れ役を押しつけないってのは、清廉さなのかしらね」
「……フッ」
「なによ、その笑い」
「君に慰められるなんてね」
「困ってる者に手をさしのべる……聖女を目指すなら当然の振る舞いでしょう?」
「はい薬指」
「ぎぁあっ!」
「ほら、早く素直に喋らないと、次は中指ですよ?」
「……あの、お師匠さま」
「あら、どうしたの?」
「情報聞き出したいのはわかりますが、同胞を慰めてるすぐ横で、嬉々として無力な相手をいたぶられても……」
「大丈夫ですよ。私は気にしてませんから」
「いや、こちらの気分の問題でして……」
「確かに。そばでこんなことされてたら、オレンティナの心もざわつきますね。私としたことが」
「わかっていただけて幸いです」
「ならさっさと吐かせますね」
杖の一番下にあたる部分──石突きを、へたりこむ男の股間にそえました。
「ほら、今すぐ喋りなさい。時間が無いんですよ。早く言わないと……一個だけになりますよ?」
リーダーさんは顔色を死人のごとく青ざめさせると、ついに心が折れたのか、弱々しく頷きました。
「やっと吐いてくれるようですね。良かった。さて、誰が黒幕なのか……ん? どうしました二人とも?」
なぜかオレンティナもルミティスも顔をひきつらせて絶句していました。
「…………そう。主犯はお母様だったの」
耐えかねて何もかも白状した、リーダー格の男。
その正体は、プリシラ嬢の実母に古くから仕える使用人の身内でした。
「驚いていませんね」
「驚くには値しないわ。あの家で、私を最も嫌っていた人だから。ここまでやるとは予想外だったけど」
「……あなたの妹さんに入り婿でも取らせて跡を継がせたいが、理由が理由なので、周りを納得させるのも難しい。そこで消えてもらうことにした」
「伯爵家の者が、根拠の乏しい怪しげな言い伝えに振り回されて、長女を冷遇する──醜聞ですものね。外部に知れたら恥ですわ」
しかしこの子の母親は我慢できず、言い伝えを盲信し、次女を溺愛するあまり、とうとう口の固い者を使って今回の一件に及んだ──それが真相でした。
「無事に何もかも済めば、雇い入れた男達に毒入りの酒でも飲ませて口封じする──実に念入りなことです」
その男達はというと、あちらに転がって冷たくなっています。
ほっとくと獣の餌になるかアンデッドになるかですから、どうにかしたいのですけど……。
埋めるにもスコップひとつありませんし、燃やす方法も皆無です。攻撃魔法で跡形もなく消し飛ばすか、私の『ハエ叩き』で叩き潰すかないのですが、それをやると繊細なオレンティナの精神に悪影響かもしれませんのでやめましょう。
とか思っていたら、リーダーさんいわく、彼らの乗ってきた馬車にスコップがあるとのこと。
魔物からプリシラ嬢が運良く逃げ延びたら、始末したあと埋める手筈だったのでしょうね。それとも、雇われの男達を毒殺してから埋めるつもりだったのか。
なんにせよ使わせてもらいましょう。
適当に穴掘って、適当に屍に祈りを捧げて、適当に投げ込んで、適当に埋めておきました。
獣や魔物が掘り起こして食うかもしれませんが、アンデッドになったりはしないでしょう。
「あなたは見逃してあげます」
私はリーダーさんにそう言いました。
「伯爵家に戻ったら、こう説明しなさい。お嬢様とお付きのメイド、馬車の御者はムカデの餌食となった。雇った連中は毒酒で始末した。計画通りに終わった──とね。それで丸く収まりますし、あなただってそのほうがいいでしょう?」
命も助かるし、仕事もこなしたことになる。
何の不満も問題もないはずです。
「は、はい。その通りにします。自分はやるべきことを全部やりました。そう伝えます」
安堵した顔を上下に何度も振りながら、リーダーさんは私の提案を丸飲みすると約束してくれました。
生き延びることができたと本気で思っているようです。
「ねえ、本当に見逃していいの?」
御者の真似事ができるのか、馬車を操り去っていくリーダーさん。
その姿が離れ、小さくなっていくのを見ながら、プリシラ嬢が不安そうに聞いてきました。
この場で一番決定権のある私の下した決断に、あまり納得してないようです。
「構いません。そのほうが手間が省けますし、バレませんから」
「何のこと?」
「あなたの母親か、あるいは古くからの使用人か。どっちなのかまではわかりませんが……足がつかないよう雇われの男達まで消すような人が、そのまとめ役を生かしておくわけないでしょう? 最後にあの男性を消して、綺麗さっぱりカタを付けるに決まってますよ」
つまり、リーダーさんも土の下にいる男達も、この依頼を引き受けた時点で終わってたということです。
「本当のことを話して叱責されるより、上手くいったと偽って報酬貰うほうを間違いなく選ぶはずです。そのまま真相をしまい込んで殺されてくれるでしょう」
「そうね。正直に話すメリットはないものね」
「あとは、あなたがどこか遠い国にでも行くだけですね。そこで偽名でも使って暮らせばいいのです。仕事があればの話ですが……」
そこまでは私が気を揉むことではありません。この子の問題です。
さあ、なんやかんやで手間取りました。
早くリューヤ達に合流しないと。




