110・聖女(見習い)の奥の手
「もうですか。早いこと」
まだ1日すら経ってないのに魔物と遭遇するとは驚きです。
魔物は鳥獣や虫みたいにどこにでもいるものではありますが、こんな街道で出くわすのはなかなか珍しいですね。
「好ましくない偶然に限って、どうしてこうも起きるのか。出だしからこれでは前途多難ですね」
運命の車輪を回す女神はひねくれ者なのでしょうか。あるいは悪戯好き?
「大顎……それも三匹。あそこの森から出てきたのかしら」
人か馬でも餌食にしようと狙っているのでしょう。
牛サイズの巨大な銀色クワガタムシが三匹、こちらにノソノソと近づいてきました。
正式にはシルバービートルという名前ですが、その名称は役人が取り扱うような正式な文書でもなければ、ほぼ使われません。
たいていは『大顎』『バカクワガタ』などの俗称で呼ばれています。
金属質っぽい見た目通りにその外殻は硬く、加工して防具に使われることがあるそうです。軽くて丈夫らしいのですが、加工できる職人は大地の民たるドワーフ族しかいないので、我々の社会に出回ることはほとんどないのだとか。私も実物をお目にかかったことは無いです。
剣や槍、弓矢は効果薄なので、鈍器で叩き潰すのが一番効果的ですね。
そのうえ、虫系の魔物の例に漏れずしぶといので、駆け出し冒険者では手に余る魔物です。
まあ、その程度ですから我々の敵ではありませんがね。
しかも私もリューヤもギルハもオリハルコン製の武器持ちですから。こいつらなんてチーズや柔らかいパンにナイフを通すごとくスッといけちゃいますよスッと。
「ここは私達にお任せを」
「師が手を下すまでもありません」
私が命じるまでもなく、弟子達はやる気満々のようです。
好戦的ですね。
荷馬車の守りをなによりも優先しなさいと言ったのをもう忘れたのでしょうか。
この子らが聖女になるため克服しなければならないのは、血の気の多さかもしれませんね。
でも今はそれがかえって好都合です。二人のスキルが見たいので。
「あの、やる気があるのは結構ですが、その前にちょっといいですか?」
「魔物が出たのでパパッと始末しますね」と、馬車の中にいる旅商リーダーさんに一言告げてから、今にも突撃しそうな二人を引き留めます。
「もしよければですけど、ひとつ私のわがままを聞いてはもらえないでしょうか」
「なんなりと」
「お師匠さまの頼みとあらば」
「あなた方のスキルを見てみたいのです。無論、持っていればの話ですがね」
「スキル……ですか? あの程度の魔物なら、普通に神聖魔法のみで仕留められますよ?」
オレンティナが首をかしげました。
その若さで一人旅を強行できたのなら、それくらいはやってのけるでしょうね。ルミティスも同様のはずです。
「単に見てみたいだけです。無いなら無いで別に構いませんよ。こればかりは本人の頑張りとは関係ない、天性のものですから。ちなみに私もスキル無しです」
「そうでしたか。一応、僕もルミティスもスキルはあることはありますよ。ただ……」
「ただ?」
「期待に沿えなくて申し訳ないのですが、僕のスキルは……戦闘に活用できるものではないのです」
「いやそんな、別に謝ることでもないでしょう?」
生き死にのかかった現場で使えないスキルは二流三流の劣等能力──なんてわけではないですからね。
日常生活などで使えるスキルは決して少なくありません。いや、そっちのほうが何かと潰しが効いたりします。
リューヤの『隠匿』みたいに日常でも戦闘でも便利なのは珍しいんですよね……彼がスキルをひた隠しにしたいのは、それも理由のうちなのかも。
「後でゆっくり見せてもらいますね。では、そうなるとここは……」
「むふん、私の出番ですわね!」
自分の独壇場が始まるとばかりに、ルミティスの鼻息が荒くなりました。気合いが入りすぎてしくじらねばいいのですが……。
「そういきり立たないで、平常心で頑張りなさい」
「はい! 落ち着いてスキルを発揮させていただきます!」
駄目ですねこれ。
たぶん私の前でスキル披露して華麗に見せつけることしか頭にないのでしょう。
それならそれでもういいです。
「……しくじったら、手助けしてあげなさい」
「……わかりました」
魔物のほうへと歩いていくルミティスに聞こえないくらいの声で、オレンティナに彼女の補佐をお願いしておきます。
不服そうでしたが、師匠の命には逆らえないといった感じでオレンティナが返事をしました。
「我が一族の血が受け継いできたスキル──とくとご覧あれ!」
高らかにルミティスが宣言しました。
なるほど、彼女のスキルはそっち系ですか。
スキル。
この世において天から与えられた才能の中でも、特に特異な贈り物。
それには二種類あります。
個人に与えられたものと、一族に与えられ、引き継がれていくもの。
なぜ、どうして子や孫に同スキルが引き継がれるのかは謎です。賢者や錬金術師、神官、スキル研究を主としている学者等がいろんな説を提唱していますが、これといった結論はいまだ出ていません。
「いきますわよ!」
腰のレイピアを抜き、身体強化魔法の副産であるぼんやりとした光に身を包み、ルミティスが颯爽と大顎どもに向かって走り出しました。
やっぱり聖女向きじゃないですねこの子。勇者とか騎士とか向いてると思います。
「ふっ!」
ばしゅっ!
「はっ!」
どしゅっ!
うら若き乙女の掛け声が鳴るたび、面白いくらい簡単に斬り飛ばされていく、大顎の足やハサミじみた牙。
しかし。
「スキル……使ってます?」
試し斬り用にサロメに作ってもらった、土製ゴーレムを滅多切りにしたときと威力も速度も変わらずに見えますが……。
「いえ、使ってますよ。あの厄介なスキルをね」
オレンティナはそう言いますがピンときませんね。マジわからぬです。
「…………もしや」
いつものようにいつの間にか側に来ていたリューヤ。
そんな彼が、何かを察したように呟きました。
「何かわかったの?」
「いや、ハッキリとはわかんないが、だがおかしい…………うん、ああ、これは変だ。やってるな」
「私には違和感がまるで感じられないし見えませんが」
「それはだな、着眼する相手が違うんだよ」
リューヤは神妙な、警戒するような顔でこう言いました。
「あのルミティスって子じゃない。虫どもを見な」
んん?
特に動きが鈍くなったりもしないし、燃えたり凍ったりもしてませんが……。
「おや?」
気のせいでしょうか。
足や牙を半分ほど失って死に体となった一匹はともかく、残る二匹がルミティスに襲いかかろうとして、狙いを外し──いや、違いますね。これは……。
……はい、たぶん、今もそうですね。
あ、またやりました。
……うん、間違いありません。確信しました。絶対にそうに違いないです。
大顎どもは、完全に目測を誤っています。
ルミティスの手前、何もない空間を牙で挟み込んだり、誰もいないほうに飛びかかったりしています。
よくよく見れば、回避も満足にできていません。
いや、してません。
ルミティスの閃かせるレイピアを避けようともせず、ただ受けては、傷口から血液らしき緑色の液体を飛び散らせるだけです。
酷いときには自分から体を差し出すようにルミティスへと寄ってる有様です。
「お分かりになられましたか」
私やリューヤに確認を取るように、オレンティナが言いました。
低く重たい声。
その声には、ある種の畏怖が込められているように思えました。
「あれが、彼女の──ルミティスの家系のスキル。その名も『軽挙迷妄』です」




