109・すっかり聞き忘れてました
早朝。
いよいよ出発の日が来ました。
前々日から用意してあるので忘れ物もないでしょう。
いや、多少あったところでどうとでもなるのですがね。
何故なら我々にはリューヤがついています。あの『隠匿』のスキルで必要なものから無用の物まで蓄えている彼がいれば、足りないものなどまず無いでしょう。
よって、あまり深く考えずに準備しました。このくらいの旅路ならこのくらいの持ち合わせでいいだろうと適当です。
まあ、私もかつて冒険者やってましたから、そう目処の付け方を誤ることもありません。
他の面子もおそらく大丈夫でしょう。
「いやー、それにしてもリューヤ、あなたがいると気が楽ですね」
「楽ですね、じゃねーよ」
面白くなさそうな顔です。
「忘れたのか? 俺はこのスキルを他人にあまり知られたくないってことを」
「便利かつ希少だからでしたっけ」
「そうだ。もし世間にバレたら、真っ当な連中も真っ当じゃない連中も、あの手この手で俺を引き込みに来るのはわかるだろ? そんなの迷惑なんだよ」
「自意識過剰すぎません?」
似たようなスキル持ちなんて世の中にいくらでも──とまではいいませんが、そこそこの数はいるはずです。
そうやって苦々しく文句言うほどリューヤが引っ張りだこになりますかね。
「現にお前が今まさに俺を利用してるだろ」
「それは…………はい。そうです」
なるほど。
これは見事な理論です。一本取られましたね。
「はいはい、こちらも用意万端だよ」
私がだんまりするしかないほど追い込まれていると、普段着に毛が生えた程度の格好をしたギルハがこっちに来ました。
「万端とは言っても、いつもとほとんど変わらないけどね。マントとか保存食とか飲み水代わりの果実酒とか、用意したのはそれくらいかな」
「無茶な行進はやりませんからね。途中途中で宿をとりながら、ゆっくりと旅するだけです。真剣に持ち物を吟味することもないですよ」
「だけど、エターニアに近づくにつれ、危険は増すぞ」
「ええ」
「……これまでのツケというわけでもないだろうが、やけに魔物どもがあの国に群がりだしてる。ないとは思うが、スタンピードにぶつかったら一大事だぜ」
「いざとなれば私が本腰入れて退けますよ」
「そうならないことを願いたいね。はるばるこの国から運んできた品物を台無しにされたら、無駄骨すぎるもん」
「同感だな、ギルハ」
「──では、コロッセイア~エターニア間の護衛ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ポーションの運送、よろしくお願いいたします」
これから数ヶ月間、共に移動する旅商のリーダーは、恰幅のいい中年男性でした。
主に国と国をまたいで商売しているらしく、エターニアに行くのも一度や二度ではないとのこと。
なら道に詳しく土地勘もあるでしょうから、それはありがたいですね。信憑性の怪しい地図とにらめっこしながら旅するのは御免ですから。
「いやぁ、こんなことを出発手前で言うのも縁起でもないですが……以前に比べ、今回はちと怖いですな」
「やはり魔物の被害が……?」
「お察しの通りです。守りの結界がろくに機能していないという噂……どうやら真実のようでしてね。となると、あの国が聖女に見捨てられたって話も、あながち嘘じゃないのかもしれませんよ。おお怖い」
そんな噂がここまで届くほど、あちらは危なっかしいことになってるようです。
ただ、怖い怖い言いながらも肝が座ってるのか、私のこの姿(おなじみ暗黒騎士スタイル)を目の当たりにしても動じていません。
まあ、これくらいで焦るような弱気な人が、魔物や盗賊に襲われかねない仕事を生業にしたりしませんけどね。この世界、長旅は常に死と隣り合わせですから、何度もこなせば根性も自然とついてくるのです。
「ですが、ガルダン家が太鼓判を押した方々が同行してくださるのですから、心強いというものです」
「ご安心くださいな。オーガだろうとワイバーンだろうと撃退してみせましょう」
「おお、素晴らしい意気込みですな」
あまり本気に受け取ってませんね。本当なのになー。
「いざ出発!」
護衛の代表である私の号令のもと、こうして、ポーション運送任務が始まりました。
荷馬車は全部で四台。
なかなかの大所帯です。
これら四台を魔の手から守りきり、混乱のただ中にある隣国エターニアへ、私お手製のポーションをお届けするのです。
「まだコロッセイアの領内にいる内は、そう警戒なさらなくても結構ですよ」
リーダーさんが三番目の馬車の窓から顔だけ出して、外を歩く私に言いました。
他はどこにいるかというと、リューヤが先頭、オレンティナとルミティスの弟子二名が二番目の馬車の左右、ギルハが最後尾という分け方です。
それに加え、旅商メンバーの中でも武器の扱いに秀でた数名が、先頭と最後尾にいます。
私達に比べて戦闘能力は格段に落ちますが、強さより人手が必要な局面があるかもしれないので、貴重な人員です。
「それはそうなんですが、あの子達がやる気に漲っていましてね」
「いやぁ、若いってのはいいですなぁ。そう思いませんか」
若かりし頃の日々を懐かしむように、リーダーさんはしみじみと私に同意を求めてきました。
「私も若いのですが」
窓が閉まりました。
ムッとする出来事があったものの、旅は、至極平穏なままです。
まだ始まったばかりですしね。
消耗品もぜんぜん減ってません。リューヤのスキルが活躍するのはまだまだ先のことでしょうね。
「ん……?」
スキル……スキル?
あれ、何かすっかり忘れていたような……。
……忘れ物かしら……?
いや、そうじゃなくて、スキルについて……。
……………………あ。
「そうでした」
我が弟子たちのスキルの有無などについて聞くのを今の今までコロッと忘れてました。これはうっかり。
「う~ん、どうしますかね」
一つ前の馬車を挟んで歩く二人へと、聞きに行こうかとも思いましたが……。
(いや、やめましょ。そこまで急ぐ必要ありませんものね)
どこかで休憩するか、宿場にでも泊まるかした時に聞けばいいのです。
その頃にはまた忘れてるかもしれませんが……私の記憶力を信じましょう。
いまいち信じきれないものがありますが、そう決めることにした、そんな時。
──魔物が(まだ初日だというのに)現れました。




