107・犬猿
私が弟子にした二人の少女、オレンティナとルミティス(さん付けしなくて結構ですと言われたので、以降は呼び捨てになります)
この十四歳二名のソリの合わなさは、もはやコロッセイアに降り注いだ命の滴でも洗い流せないほどの因縁と化しています。
「…………」
「…………」
色々あって二人を正式に弟子にした、その翌日。
朗らかな朝食のひとときは、静かにギスギスしていました。
誰と誰がそうなっているかは語るまでもありません。
昨日から引き続き「なんか機会あればやってやんぞ」と言わんばかりの雰囲気を、オレンティナもルミティスも漂わせています。二人の周りだけ空気がよどんでいる感じがするくらいです。
ですが実際に激突することはありません。
前日のようにまた懲りずに罵り合いとなれば、流石に私からの好感度がダダ下がりになるとみたのでしょう。殴り合いなどもっての他です。
なので二人は決して目を合わせることなく、淡々とスープやパンを口に運んでもぐもぐしています。
「やっぱり具のあるスープはいいね。心も満足するよ」
危なっかしい雰囲気を無視してそう言ったのは、浅黒い肌の少年──ギルハです。
彼もまた、私のように裕福さとは無縁の幼少期を送ったのでしょう。具があるだけで喜べるのは、貧相な食生活の経験持ちならではです。
「スープの豊かさは生活の豊かさですからね」
「なんだそりゃ。どこの誰の言葉だよ」
「今考えました」
リューヤは「聞くだけ損したぜ」と言いながら千切ったパン片をスープに次々投下して、それをすくっては食べだしました。私の嫌いな食べ方です。
どれもこれも一緒にまとめて食べるのって、なんか忙しなくて好きじゃないんですよね。
「ためになる言葉ですわね」
スプーンを動かす手を止め、ルミティスが私の即興に感心して、深くゆっくりと頷きました。
同意の言葉こそ無かったものの、ルミティスの発言に共感したのか、オレンティナも小さく数度頷いたのを私の目は見逃しませんでした。
(お世辞……ではないですね)
それなら、もっとご機嫌取りの褒め言葉を追加するでしょう。いいアピールチャンスなのですから一言くらいで終わらせないはずです。
オレンティナにしても、黙って頷くだけでしたからね。
つまり二人とも本気で賛同してるのです。
(えらく好かれたものですね。難題解消したのがそれほどまでに効いたのかしら)
それは別に悪いことではありません。
世の中、嫌われて損をすることはあっても、好かれて損をすることはそうそうないのでね。
……でも、たまーにあったりしますが……それは運が悪かったと割り切るしかないです。
あるんですよね、納得いかない貧乏くじ。
この世の不条理がたまたま自分に牙を剥いてきたと、大人しく諦めて受け入れるべきですね。私は諦めずにとっとと逃げますが。
「大所帯になったもんだな」
「そうですね」
私、リューヤ、ピオとミオ、サロメ、ギルハ、バーゲン、そしてオレンティナとルミティス。
人間じゃないのも含めると、九名もこの一軒家に住んでいます。
部屋数の多さをもて余していた我が家ですが、こうなってみると、その広さに感謝したくなりますね。
誰が首だけのサロメを宝箱に入れてここに放置したのか……という謎は残っていますが、知ったところで厄介事の呼び水にしかならなそうなので、あえて探りはしません。
当のサロメ本人も、自分がそうなった経緯とか、どうでも良さげな様子ですからね。
「そうそう、ポーション運びいつなの~?」
「そろそろ、日程決まったんじゃないの~?」
「流石にまだですよ。明日か明後日には決まると思いますが……それなんですけど、二人はどうします? 付いて来ますか?」
「ん~、エターニアだっけ、行ってみたくはあるけどね~」
「ん~、護衛の仕事ってのが、面白くなさそうでさ~」
美貌の金髪双子はこの件に乗り気ではないようです。
そうなるとサロメやバーゲンと仲良くお留守番ですかね。この人外二名も護衛旅とか興味ないでしょうから。
「仕事ってのは基本面白くないものさ」
リューヤが若者に諭す大人のようなことを言いました。
いや、言われてる側も言う側も同い年なんですけどね。なんか哀愁ある言い方してるから、ついそんな感じに思えて。
「変に大人びてるわよね、キミって」
サロメがそう不思議がるのもわかります。
「昔からこうですよ。初対面の時から、もうこんなに落ち着き払ってました」
「それっていくつの頃なの?」
「三年前だから……あれ? リューヤ、あなたって今は十七で合ってます?」
「ああ。それで合ってる。そいつと同い年だからな」
そう言って、リューヤはテーブル挟んで向こう側にいるギルハを指差しました。
「ですよね。だったら十四の頃ですね」
「なら、今の僕らとちょうど一緒の頃だね、ミオ♪」
私のお弟子さん達もそうですね。
「その頃からリューヤってカッコ良かったんだね、ピオ♪」
リューヤの左右に座る双子が、うっとりとしたグレーの瞳でリューヤを見つめました。美しさといやらしさを両立させてる流し目です。
「朝からやめようぜその目つき」
「昼からならいーの?」
「それとも夕方ー?」
「そういう事じゃなくてな……」
激しい敵意や裏の取り合いみたいな駆け引きには慣れてても、こうした、あからさまな好意には不慣れなんですよねリューヤって。
彼の唯一といっていいカワイイところです。他の部分はシビアで皮肉だらけなので。
「……師よ、もしかしてあの方、アッチの趣味があるのですか?」
「さあ、どうなんでしょうね。もしかしたらあるのかも」
「ほう……ほうほうほう、それはまた、興味ありますね」
オレンティナが不気味に微笑みました。その青い瞳がぎらりと怪しく輝いたのは、私の見間違いでしょうか。
なんか、似たような反応を見たことありますね。
確か…………そう、あの女性。
エロウサギこと、シファーレさんです。
双子の美少年にリューヤが好かれているとほのめかしたら、彼女が急に興奮しだしたんですよね。
今のオレンティナからも、それと同種の匂いがします。男同士のイチャイチャを好む癖持ちの女性のそれです。
クールな僕っ娘の意外な一面ですね。
「フフフッ、これだから叩き上げの聖女候補は困るわね。男が男と仲良くすることに熱を上げるなんて。お師匠さまもそう思いますわよね?」
私の隣に座るルミティスが目を合わせてきました。
おもむろに私の太ももに手を置きながら。
「…………」
命に関わるものではない類の、身の危険。
私はそれを感じ取り、ゆっくりとその手を掴むと、彼女のほうへと戻しました。
「あら。申し訳ありません。ついこの手が勝手に」
恐いことを、ルミティスは平然と口にしてきました。
ウィルパトの人間というのは、同性にしか食指が延びない国民性なのか。そう疑いたくなる、朝食の時間でした。




