104・固めが駄目なら柔らかめ
オレンティナ・スパーリア。
ルミティス・スパーリア。
私の下で、なかなかに大きな夢を叶えようと奮起している、幼き弟子二名。
才ある令嬢と、叩き上げの平民。
同姓ですが、当然血縁関係ではなく、かといって偶然の一致でもありません。
帰依した彼女らは、自分達の所属する神殿がある地名を、姓として名乗ることが許されているのです。
それだけ将来有望であり、現時点での実績及び実力も、申し分ないのでしょう。聖女候補になるだけあります。
ああ、素晴らしきかな、輝く原石。
そんな夢見る優れものな少女達に、
「その夢なんですけどね、もし叶っても活躍の場が用意されないと思いますよ」
残酷な現実を突きつけたら面白いくらい落ち込んでしまいました。いや本人達からしたら笑い事ではないんですけどね。
しかし悲劇と喜劇は紙一重。
誰かの気の毒は誰かの笑えるです。
「嘆くのは後にして、さ、結界結界。結界魔法を使ってみせて下さい」
「やる気を根こそぎ削いどいてよく言うぜ。あらかた終わってから言えばいいだろうに」
そんな苦言の主はリューヤです。
「言ったものはもう取り返しつきません。ほらオレンティナさん、気を取り直して頑張って。いいとこ見せなさいな」
「無駄骨気分が半端ないんですが……まあ、やってみます」
どことなく疲れたような顔をしてますが、オレンティナさんは気を取り直したようです。
ひとつ溜め息をついてから、足腰に力を入れて立ち上がりました。
一方、ルミティスさんはまだ立ち直れないらしく、地べたにへたり込んでいます。恵まれた家庭育ちのほうがストレスに弱いのでしょうね。
もし先にオレンティナさんのほうを指導していたら、困ったことになっていたかもしれません。
オレンティナさんは、ずっとヘコんでいても埒が明かないと割り切ったようですが、ルミティスさんにそれは無理な芸当だったのではないでしょうか。
精神が丈夫なほうを後回しにできたのは幸いでしたね。
ふと頭上を見上げると、晴れていた空は、彼女らの心を映したかのように曇り始めていました。
「たとえ空元気でもその意気ですよオレンティナさん。未来が暗礁に乗り上げようと、ここでの学びそのものは無駄になりませんからね。国は守れなくとも違うものを守れますよ」
「………………はい」
「嫌な枕詞をいちいちつけるなよ。可哀想だろ。奮い立つのも立たなくなるぞ」
「はいどうぞ!」
「うわ無視しやがったこのデカケツ」
「また私のお尻を侮辱しましたね」
いったいこれで何度目になるでしょうか。
「侮辱じゃない。誤解するな。事実を述べたまでだ」
カチンという音がこめかみから鳴ったような気がしました。癇に障った音です。
「事実なら何言っても許されるわけじゃないですよ。いつか最悪のタイミングで仕返ししてやりますからね。忘れないで下さい」
リューヤは「やられたこととやり返すことの釣り合い取れてねーぞ」と文句言いましたが復讐とはそうしたものです。
釣り合いなんかより私が納得できるかどうかが大事であり、それ以外は些末に過ぎませんのでね。
「──『四霊障壁』」
精霊の力や、地水火風の属性攻撃などを遮断する結界がオレンティナさんを中心にして張られました。
使えることは使えるようです。
まあ、さほど難しくない結界魔法ですからね。
この歳で聖女候補になれる実力持ちなら、使えても、別におかしくはありませんか。
ですが……。
「狭いですね」
「どうにも、今の僕にはこれが限界です……」
地面に置かれた三メートルの正方形。
自分を含めた数人くらいを守るのならこれで充分でしょうが、多数を守るための『結界』としては、ちと不充分ですね。ぎゅうぎゅう詰めになりますよ。
「もっと広く出来ないのですか?」
「やれば出来ないこともないとは思いますが……ただ……」
「ただ?」
「持続に難があるのです」
「それでもいいので、ちょっとやってみなさいな」
「……わかりました」
師である私にここまで言われたら、彼女はもうやるしかありません。
オレンティナさんはさっきと同様に、また同じ結界を張りました。
ただし、今度は我々全員をまとめて覆う規模のものです。
さて、どのくらい持つのでしょうか。
三分くらい持ちました。
「これは難ありですね」
炎や冷気を用いる敵相手に短期決戦やるとかなら、これくらいでも使い道ありそうですが……。
「ずっと集中してないと駄目ですか?」
「はい。別のことをやろうとしたら途切れてしまいます」
オレンティナさんによると、彼女の結界魔法は、一度発動したらそのまま維持してないとすぐ解けてしまうとのこと。
「変ですね。普通は一回張ったら後は放置でいいんですけど」
結界張ってる間、他のことをやれないのもネックですね。
「さっきの小さい結界はほったらかしにできたのに、こちらは無理。何が原因なんでしょうね」
規模が小さいながらも、普通に張れるんですから、高慢なルミティスさんのように慈愛の心が足りてないわけでもなし。
う~ん……何がいけないのか、見当がつきませんね。
「わかりません。手を抜くことなく真剣にやっているのに、この体たらくです…………情けない」
手持ちの杖を不安げに抱きかかえ、オレンティナさんがまたしても弱気になりました。
自己申告せずとも、彼女が手を抜いてないのは、まあわかります。
生真面目なうえに神経質ぽいところもあるようですからね。何事にも本腰入れてやらないと気が済まない性格なのでしょう。
「はいはい、そう落ち込まない落ち込まない。落ち込むのは一人で充分ですよ」
その落ち込んでる一人ですが、さっきから双子に慰められていたことで、ようやく機嫌が直ったようです。
「──負けませんわ、現実の残酷さなんかに! この私が! 決して!」
「そーそー、その意気だよー!」
「ワガママ全開だよー!」
……なんかプライドの高さが底上げされてるような嫌な予感がしますが、今はこちらの問題解決が先です。
ルミティスさんのほうについては、見て見ぬふりをしておきましょう。
「やる気がないわけでもなし。効果範囲が狭いなら、一回張れば、そのままほっといて問題なし……」
「……つまり、やる気や熱意が足りないのでしょうか。それとも、所詮、頭でっかちの理屈屋には小技が限界なんですかね」
ありゃりゃ、すっかり駄目なほうに思考が向かってますね。
これは師匠らしく方向転換してあげないと……とは思いましたが、どうやればいいのか……。
……これもうわかんないや。
「完璧を求めすぎなんじゃない?」
「「え?」」
師弟の声が綺麗に重なりました。
思考の海で溺れかけていた、私とオレンティナさん。
そこに助け船を出したのは──なんとリューヤだったのです。
「だから、もっとこうさ、寛容というか適当というか……程々に結界を張ればいいんじゃないかな。根拠のない、素人考えで悪いけどさ」
「……逆に手を抜け、と?」
「大らかになれってことさ」
「ふむ……なるほど……しかし……」
それを聞いて、オレンティナさんは顎に手を当て、ぶつぶつと何やら断片的に呟き始めました。
横からのアドバイスをきっかけに、思案に没頭したようです。
「言われてみたら……私も、守護結界を張る時、そんなに堅苦しい心境ではなかったですね。何でもとりあえず包んどけ、みたいな」
「だろ? さすがは太っ腹……あたっ!? なんで蹴った!?」
「また言いましたね?」
「そういう意味で言ったんじゃない!」
「…………まあ、一理ありますね。いいでしょう。リューヤさん……でしたか。あなたの独特な理屈を採用してみます」




