103・たとえ徒労に終わろうと
やりました。
一日たたず、ルミティスさんの抱えていた問題が解決してしまったのです。
これは想定外でした。
意図的なものではありません。
本命の一発を当てる前の牽制打で敵が死んだというか、噛ませ犬がそのまま噛みちぎって勝利したというか、煮え切らない結末となりましたが……まあいいでしょう。解決は解決です。
それに本人も大喜びしてますから。
今更「う~ん、ちょっと思ってたやり方と違うんですよね。だから別口のやり方で一からやり直しましょう」なんて冗談でも言える空気ではありません。
「流石ですわ! なんて賢明なお方! 暗黒騎士だと頑なに言い張るから不安でしたが、杞憂でしたわぁ! ダメ元と思ってたけど何事も蓋を開けるまでわからないものねぇ! あぁ嬉しい!」
この喜びようです。
「なんかトゲ含まれてません?」
興奮のあまり失言してることもわからなくなっている模様です。
冷静さを取り戻してから血の気が引くパターンですね。
「今日は最高の運命の一日ですわ! お師匠さまぁ!」
「嬉しいのはわかりましたから落ち着いて」
言ってはみたものの全然聞こえてません。
……いや、聞こえてはいるのでしょう。
聞こえていても頭の中が歓喜一色になってて、それ意外の情報が入ってきても理解できなくなってるぽいです。怒り狂って言葉が通じなくなるやつの喜び版かしらね。幸せ狂い?
そんなルミティスさんは冷静さを失って私にしがみつき、頭をグリグリ動かして頬擦りしています。
そうなると、身長差や体勢的に、私の豊かなおっぱいが擦られまくりなわけで。
「あの、そんなに頭を押しつけられたら痛いですよ。ほら、やめなさいって」
「その辺でやめなよルミティス。お師匠さまが迷惑してる。聞こえてるのかいルミティス…………ルミティス?」
などと私やオレンティナさんが言っても、ルミティスさんは飼い主にくっついて離れない駄犬のごとく一向にグリグリをやめません。
このまま乳磨きされ続けたら二十一年かけて育った膨らみがすり減りそうなので、リューヤに引き剥がしてもらいました。
そうしたらそうしたで、今度は羽交い締めにされながら「男が私に触らないで!」とかギャーギャー叫んで、うるさいうるさい。
山火事から焼け出されてきた猿でももうちょい落ち着きありますよ。
「一応男爵家の出なんで、男性慣れしてないんですよ、ルミティスは」
「それでですか」
どことなくお嬢様風なのもこれで理由がわかりました。今は猿風ですが。
「ちなみに、その男爵家は、没落に片足が入ってるくらいの落ち目らしいです」
「その情報いります?」
「いるいらないはともかく、やはり情報共有は大事かと思いまして」
オレンティナさんは、しれっと言ってのけました。
この子はどうも余計な一言を付け足さずにはいられない癖があるようですね。自覚ないままに他人をイラっとさせる手合いです。
単独で動いているのも、その口が災いして、人が寄りつかないためなのかもしれません。
「没落……もしや、ルミティスさんが聖女になりたいのは、その実家を復興させるきっかけになりたいから……だったりします?」
「はい」
オレンティナさんは軽く頷きました。
落ち目とはいえ、仮にも男爵家の幼い令嬢が親元を離れ、一人で神殿住まいを始める。
並々ならぬ決意あってのことでしょう。
「本人は口にはしませんが……神殿の者は、誰しもそれとなく理解してますね。無論、僕もです」
「健気なことですね」
「男爵家に来訪した高位神官の方々からの誘いは、彼女にとって、まさに渡りに船だったと思いますよ」
「ふぅん、神殿側から近づいてきたのですか」
「当時の神殿は、聖女になれそうな雛をかき集めていましたから」
「幼くして神聖魔法を使える者が男爵家に現れ──国家守護の要たる聖女を欲していた神殿が、各地に張り巡らせていた網に、その噂が引っ掛かった、と」
「おそらくは。今はもう落ち着きましたけど。頭数が揃ったので」
「う~ん、でもねぇ……」
「何か?」
「揃えたのはいいとして、それだけでどうにかなるほど、甘くないんですけどね」
聖女だけいても守護結界張るの無理なんですけど、そこら辺の事はわかってるんでしょうか、神殿や王宮の偉い人達は。
大地の流れの要所に楔となる聖柱を打ち込まないと、遠くまで結界張れないみたいなんですよ。よく知りませんが。一度だけお会いした、先代聖女だった老女さんからの受け売りなので、詳しくはさっぱりです。
その先代にしても、先々代から口伝えで教えてもらっただけとのこと。
もはや全てを理解把握してる者はエターニアに一人もいないのではないか、そう先代は言っていました。
長年やってきたエターニアですら、これなのです。
まともな知識など皆無に等しい他国が、どうやって、領土丸ごと覆う大規模な結界を張ろうというのか。時間と金銭と人員をいたずらに浪費して、試行錯誤の繰り返しに溺れるだけではないでしょうか。
それはつまり、私のお弟子さん二人が、これから徒労に満ちた人生を送ることに他なりません。
仮に聖女になれたとて、国土にまんべんなく埋め込まれた聖なる仕掛けなしで結界を張るなんて、到底無理無理。
なので聖女なんか目指すだけ無駄です。違う道を歩んだほうが百倍マシ。
……でもそれをわかりやすく丁寧に語ったところで、後には引きませんよね……。
聖女になりたいがために、暗黒騎士たる私を頼ってきたくらい、二人とも覚悟決めてるんですから。
でもまあ言いますけど。
後で「先に言って欲しかった」と恨まれたら嫌ですもの。
「「………………………………」」
二人並んで顔を伏せ、押し黙ってしまいました。
これは悪いことしたかと思いましたが、しかし、ゆくゆくはわかる事です。
「──それはそれとして」
まだオレンティナさんの悩みを解きほぐしていません。
師匠としてこちらも手を打たねば。
聖女目指しても無意味で終わるかもと言われ、横のルミティスさん共々仲良く落ち込んでるオレンティナさんの肩に手を置き、
「どう転ぶかまだわかりませんし、やれるだけのことはやりましょう。そうですね…………高度なものでなくていいから、結界魔法を使って見せてくださいな」
「は、はい……」
「落ち込んでないで、ほら、頑張って。ファイト!」
「お前が言うな。お前だけは駄目だろ」
白々しい言葉を吐く私の元へ、妥当な突っ込みがリューヤから飛んでくるのでした。




