102・恩着せがましい守り
「二人の問題点はよくわかりました」
攻撃面が伸びてしまったオレンティナさん。
自己強化が伸びてしまったルミティスさん。
二人とも、守護聖女になるのに向いてない育ち方をしてしまったのです。
守りや備えを重視しない国民性によるものか、本人達の性格や生き様ゆえか、あるいは両方か。
「わかったの……ですが…………」
どうしたらいいの、ここから。
「あの、どうかしましたか?」
途方に暮れて凍りついたように止まっていると、オレンティナさんが不安そうに声をかけてきました。
多分、私が機嫌悪くなったと勘違いしたのでしょう。
さっきまで穏やかに話していた年上が急に黙って動かなくなったら、ちょっと怖いですよね。
「いや、何でもありません。ただ停止してただけです」
言っておいてなんですが、それはそれで作り物やアンデッドめいて不気味ではありますよね。
こんなおかしな理由で納得してもらえるんでしょうか?
「わかります。僕も読書に没頭すると、周りの音や声が耳に入らなくなりますから」
「私は、武器術の鍛練をしてると、たまにその状態になりますわ」
わかってもらえました。
うん、言ってみるものですね。
……この二人が異様にチョロいだけかもしれませんが。
「そんなことよりも……あなたやルミティスさんは、聖女を目指すべく、守護魔法を極めたいんですよね?」
「そのために来ましたから」
「具体的に、何を教わりたいのです?」
問題点はわかりましたが、それをどう指導して解消したらいいかわからないので、向こうの要望を聞いてみることにしました。
はい、きっかけ欲しさの苦し紛れです。
とっさにひねり出した、この判断。
どうでしょう。悪手だったでしょうか。
「僕は、結界を張る魔法を会得したいです。攻撃魔法の学びは、しばらく中断ですね。同時にこなせるほど器用ではないので」
「結界魔法ね。ふむ。わかりました。ルミティスさんは?」
「そうですわね……私は、他人に防御魔法をかけられるようになるのが、今の目標です」
「出来ないのですか?」
「出来ることは出来ますが……不安定なのです。効果が長続きしなかったり、不発に終わったり……」
「そうですか。原因は?」
「わかりません。自分の底上げにのみ、才能を使ってきたせいかもしれませんわ」
それだけで、そんな不安定になります?
これは、別の要因があるとみたほうがいい気がします。気のせいかもしれませんが。
「誰か、信頼のおける方などに相談とか、しました?」
「それは、その……あの…………」
「?」
おや?
変ですね。
この子、今の今まで歯切れのいい調子だったのに、急にモゴモゴしだしましたよ。
誰にも相談してないのでしょうか。おかしな話ですね。
……まさかとは思いますが、信頼できる人が、神殿に一人もいないとか……?
「──言えませんよ」
口を開いたのは、目が泳いでいるルミティスさんではなく、オレンティナさんでした。
「もし他の聖女候補に知れたら、これ幸いとばかりに、足元をすくう材料にしかねませんからね」
「そんなに熾烈なんですの?」
「誰もがそうではありませんが、中にはそんな性根の方もいますね。修練そっちのけでアラ探しに夢中なセドラのように」
名指しときましたか。
セドラ……さんね。
ダスティア嬢みたいなのはどこにでもいるんですね。
まあ、いたとしても、あそこまで自分の都合しか考えない性格ウンコではないでしょうけど。あのレベルのウンコは滅多にいるもんじゃありません。
「あー、自分が上に登っていくことより、他人を蹴落とすほうに熱中する輩ですか?」
「身も蓋もないですがその通りです」
「聖女を目指す者のやることとは思えませんね」
「同感です」
ルミティスさんの事情を知って何もしないあたり、この子は蹴落とすタイプではないようですね。
淡々と努力を積み重ねて地道に登る気質に違いありません。いい心がけです。
「……オレンティナの言う通りです。この事をうかつに話すわけにはいきません。他者を守れない聖女候補など、それだけで失格に等しいですもの。もし神殿に知られれば……」
「候補から外される、と」
ルミティスさんは、無言でゆっくり、首を縦に振りました。
「人の弱みにつけこんででも、先んじようとする。聖女候補も一皮剥けば俗物ってことか」
くだらないな、とリューヤが吐き捨てました。
「でもねリューヤ、無理もないんですよ? 名誉というのは、金や色恋と同じくらい人を狂わせますから」
なお、私はその中だと、お金一択です。
「そこの二人もか?」
リューヤの視線が、オレンティナさん、次にルミティスさんを射貫きました。
「否定できませんね。どこまでやれるか試したい──そんな思いもありますが」
「聖女として褒め称えられたい……それが原動力なのは、その通りですわね」
「それはまあ、誰でも、多かれ少なかれそうです。拍手喝采されたくない人なんてこの世にいませんよ、きっと」
「俺はされたくないな」
「変人はほっといて、まずはルミティスさんの悩みをどうにかしましょうか」
リューヤの視線が刺さってきますが気にしたら負けなので無視します。
「私に守護系の魔法をかけてみて下さい。何でもいいので」
「では……『温膜』」
薄布みたいな魔法の膜が、私の身体にまとわりつきました。
暑さや寒さから身を守る初歩の守護魔法です。これがあるとないとでは冒険の快適さが違うんですよねー。
「ありゃ」
数分くらいで魔法の膜が破れて消えました。
「早すぎますね」
これじゃ元から無いのと同じです。
「……申し訳ありません」
「守ってあげなきゃって思いを、ちゃんと込めてます?」
「はい。それは守護魔法の基本ですから」
「それでこれですか……」
まさかこれほど持続力がないなんて。
そりゃ長旅してまで頼りに来るはずです。
「言いづらいですが…………つまり、優しさや慈悲の心が足りないのかもしれませんね」
「「酷っ」」
双子が軽く引きながらそう言う気持ちもわかります。
ですが、指摘しないと始まりません。そこに蓋をしていては解決など見込めないのです。
「思い当たる節は──ありますわね。自分で言うのもなんですが、私は同情とかあまりしない人間なので」
「それなのに聖女になりたいの?」
誰しもが思った疑問をサロメがぶつけました。
「この才能を存分に生かせるのは、それしかないと、そう思ってましたの。ですが、才能だけでどうにかなるほど甘くはないみたいですわね」
「慈愛ありきみたいなところがありますからね、聖女って」
経験者は語るというやつです。
お前がどの口で、みたいな顔をリューヤがしていますが気にしたら(以下略)
「……やはり、そんな性根や心構えでは、無理でしょうか」
自信に溢れていたルミティスさん。
残酷な事実を私に突きつけられ、その自信も萎びてしまいました。
「んー、そうでもないと思いますよ?」
「……うん、三十分くらい持続しましたね」
ルミティスさんにあるアドバイスをしてから、再度『温膜』をかけてもらったのですが、
「信じられない……。本当に、長続きしましたわ。ああ、なんてこと。信じられませんわ!」
「まだまだですけどね。しかし大きな一歩ではあります」
私に抱きつき歓喜するルミティスさん。
その守護魔法は、先程とは比べ物にならないくらい、飛躍的に効果が続きました。
『守ってやるからありがたく思いなさい』といった上から目線の念を込めてやってみてはどうか。そんなことを冗談半分で言ってみたのです。
どうせ駄目だと思ったんですけどね。
その失敗を踏まえて……まずは、恵まれない方々への施しや手助けに全力で精を出しなさい、とか言うつもりでしたが……。
まさか成功するとは。
世の中、何が功を奏するか、わかりませんね。
「いいのかね」
「結果が出るならそれでいいんですよ、リューヤ。誰も救えない祈りや優しさに何の価値があるものですか」
……とは言ったものの、実のところ、私もリューヤと同意見だったりします。
ですが……。
「ありがとうございます、お師匠様! ああ、感謝です! 感謝ですわ!」
「はいはい、よかったですね。私も、助言した甲斐がありましたよ」
こんなしがみついて喜ばれたら、もう何も言えませんって。




