101・独りよがりのルミティスさん
ゴーレムを使った試験で、オレンティナさんの力量はおおよそわかりました。
防御魔法はなかなか。
攻撃魔法は優秀。
んー、逆なら良かったんでしょうねー。
……でもそれを一番痛感してるのはオレンティナさん本人なので、黙ってましょう。言うと彼女の傷口に塩をヌリヌリしちゃいますのでね。
有能なのは事実です。
その有能さが本人に必要とされてないのが問題なのですが、しかし事実です。
冷静に物事を見極められて、度胸もある。
攻めは一流。
自分の身を守ることもできる。
この子は神殿に安置してずっと祈らせるよりも、魔物の被害がでかい場所に攻め役として派遣すべき人材です。
なぜこの子が祖国を離れてここまで来たのかも、これで判明しました。
オフェンス面で実力が伸びすぎてしまったのを、まだ伸びしろがあるうちに修正したい。そのために私の力を借りたいのでしょう。
それがたとえ、聖女とは真逆にいそうな存在──暗黒騎士であろうとも。
そこまで無理を通して就くようなクラスじゃないと思うのですが、これが信心というやつなのでしょうか。
まあ私は私で、誘いに乗った時は「聖女クリスティラ……う~ん、いい響きですね」なんて受かれてましたけどね。
実際にその立場になったら一ヶ月くらいで嫌気さしましたが。もう二度とやりたくありません。聖女とかクソです。
でも、どうやって守護結界のエキスパートへと成長させたら良いものか。
さっぱりです。
まるでさっぱりです。
そもそも私自身、誰かに懇切丁寧に教わったりしてませんから。
孤児院にいた温厚なお婆さん僧侶に基礎や要点のみ教わったのがきっかけです。
後に冒険者となってから、ギルドで知り合ったおじさん神官に譲ってもらった魔法書でさらに深く学びました。ただでくれただけあって、中身は大雑把な内容でしたが。
そのため、いまだに詳細を知らない神聖魔法があったりします。
きちんと先達から教えを受け、数多くの書物から学んでるこの子達のほうが、私より詳しいかもしれません。
知識量で弟子に負けてる師匠とか笑い話……いや、笑えませんね。
困ったものです。
──と、今後の指導方針で頭を悩ませるのはこのくらいにして、二番手のお手並み拝見といきましょう。
どれだけ頭をひねろうが今は名案出そうにないので。
大人しく思考を切り替えて、観戦に集中しますか。
「さあ、とくとご覧あれ!」
ルミティスさんはレイピアを抜き放つと、その鋭い切っ先を華麗にゴーレム二号へと突きつけました。
うん。
威勢はいいですね。
芝居がかりすぎにも思えますが、実力が伴ってさえいれば、どうでも構いません。
……守護聖女を目指すものの挙動には見えないのが困り者ですが……この子もオレンティナさんと同じく攻撃派なのかもしれませんね。
「いきますわ!」
ルミティスさんがゴーレムへと突っ込んでいきます。
見間違いではありません。
本当にいきなり突っ込んでいきました。
「えっ」
防御はどうなったんですか? 守護魔法は?
『ゴゴゴゴッ!』
石と石が擦り合わされるような声。
サロメ作の土製ゴーレムは、蚊を平手打ちで潰そうとするように、駆け寄ってきたルミティスさんの頭上へ片手を振り下ろしました。
「『円盾』!」
ルミティスさんの上方に魔法の盾が出現しました。
円盾。
初歩の防御魔法です。
「あら、一枚だけ?」
現れた円盾は、まさかの、たった一枚だけでした。
それだけであの一撃を防ぐのは無理──
ずるんっ!
『ゴゴッ!?』
大きな右手の平が、つるりと円盾の表面を滑っていきます。
そのせいでゴーレムの体勢は崩れ、前のめりに倒れ、右肩から地面へとぶつかっていきました。
「もしや、あれ」
「おわかりになられましたか」
オレンティナさんが言いました。
「お察しの通り、あの『円盾』には、『矢反らし』の効果が含まれています」
「それって、神聖魔法ではない……ですよね?」
「はい。その通りです」
矢反らし。
魔術師が好んで使う守りの魔法です。
飛び道具や魔法などを弾いて反らす効果があり、私も何度か見たことがあります。
神官や僧侶が使うのが神聖魔法、呪い師や精霊使いが使うのが自然魔法、そして魔術師や魔族が使うのが理論魔法と一般的に言われています。
源となるのが、聖なる力か自然の力か魔力か。これが最も大きな違いでしょう。
普通はどれか一つしか使えないものですが、まれに複数会得できる者もいるとか。
「ルミティスさんは、神聖魔法だけでなく理論魔法も使えるということですか?」
「いえ、それは違います。彼女は神聖魔法における天才なので、魔力ではなく聖なる力でそれを再現し、組み込んだのです。フフ、僕には到底不可能な芸当ですね」
最後の一言には、自嘲の笑いと悔しさがありました。
きっと、間近で天才ぶりを見せつけられてきたのでしょう。
「それは……天才ですね。ええ、全くもって非凡な才です」
そうなると当然、ある疑問がわきます。
「……彼女、私の師事……いります?」
「いりますね」
オレンティナさんの返事は即答でした。
「自分しか守れない守護魔法で、国を守れますか?」
「自分だけ、ですか」
「はい」
ルミティスさんを見ているオレンティナさんの瞳は、どこか遠い目をしていました。
「彼女は目立ちたがり屋です。しかも、一人で何もかもやらないと気が済まないときている。結果、自身を守り強化する方面に才能を傾けすぎてしまい、他者への付与がいまいちになってしまった」
「遅い遅い、遅すぎるわね! 反応も鈍い! あくびが出ちゃうわ!」
楽しげなルミティスさん。
あんな細いレイピアの刀身が閃くたび、ゴーレムの巨体が刻まれていきます。
そのレイピアは──いや、レイピアだけでなくルミティスさんの身体も、ぼんやりとした薄い膜のような光に包まれています。
練気……ではありませんね。
聖なる力による、身体能力や武器威力の強化なのでしょう。それもまた、魔術師の使う強化魔法の応用によるものと思われます。
そして、数分もたず、ゴーレム二号は一号と同じくただの土塊と化しました。
「ウフフ、いかがだったでしょうか」
達成感と爽快感に満ちたその微笑みを見ると、なんかもう、皮肉言ったり痛いところ突いたりする気になれませんね。
でも、師である以上、言わなければ。
「見事な戦いっぷりでした。防御魔法も、オレンティナさんとはまた違う、優れたものを見せてくれましたね」
「フフッ、ウッフフフッ、ですよねぇ?」
「でも、自分しか守れないようでは、人や国を守る聖女になるのは難しいですね」
「ウッフフグっ!?」
不意に腹パンされたみたいにルミティスさんが吹き出しました。
「な、なぜそれを…………あ! さては……!」
涼しい顔のオレンティナさんへ、ルミティスさんが怒り顔で詰め寄っていきます。
「告げ口したわね、この凡人!」
「どうせわかることだよ。それとも、ひた隠しにでもする気だったのかな?」
「隠すつもりなんてないわ、後で言うつもりだったもの! それをこそこそ言うなんて陰険な……そんな湿気た性格だから、十歳までオネショするのよ!」
「そ、それとこれとは関係ないだろ!」
「うるさい馬鹿!」
「馬鹿は君のほうだろ!」
ギャーギャーわめきながらの取っ組み合いが始まりました。
「おいクリス、どうすんだ?」
聖女候補とは思えぬ見苦しい争いに、リューヤは呆れ顔です。
「やらせときましょう。下手に止めて火種をくすぶらせるより、やるときにやらせたほうがお互い引きずらないでしょ?」
「遺恨にならんか?」
「なったところで私の腹は痛まないから問題ないわ」
「お前……」
それから二人は数分揉め続けましたが、やっと我々の生温い視線に気づくと、ゆっくりと離れ、衣服の乱れを直し、何事もなかったかのように平静に戻りました。
「まずは気の短さから直すべきですね」
私がそう言うと、二人の聖女候補は情けなく身体を縮めて頭を下げたのでした──




