第349話:研究所④
・・・ミスったなぁー
無視するか、他の兵士と同じように処理しておけば・・・
この男が皇子だと知ってしまった以上、簡単に殺すわけにもいかないよねー
いや、本当にそうなのかはイマイチ分かんないところではあったんだけどさぁ・・・
『鑑定』しちゃったんだよね。
名前はロメイル・カナーヴィラ・ボラードベルド。称号に『ダーバルド帝国第9皇子』の文字が見えて、潔く諦めた。
改めて名乗らせてみたところ、やはり名前はロメイル・カナーヴィラ・ボラードベルド。
というか、自分の名前を名乗るより先に第9皇子であることを言うの?
・・・ああ、私の聞き方の問題か。「兵士」かどうかを聞いていたし。
それに、「ロメイル」ね・・・。どっかで聞いたことあるような・・・?
「マーカス。とりあえず3人を捕虜に。連れて行く」
「・・・はい。それにしてもコトハ様は、とんでもないものを引き当てましたな」
「・・・言わないで。ダーバルド帝国の皇子なんか扱いに困るだけだし、砦と一緒にアーマスさんたちに渡すつもり」
「それがよろしいでしょうな」
ヤートンさんを貰うって交渉をする予定もあるし、こっちから渡せるカードが増えるのはいいこと。
そう思って今は忘れよう。
敵を捕虜にする際にも、その敵の身分によって扱いを変えることが一般的らしい。
今回は皇子と、聞いてみればそれぞれ侯爵、伯爵の息子らしい。ただし、末っ子で家督争いにすら参加できない立場なんだとか。
それでも皇族や貴族であれば丁重に扱う、すなわち手枷などで拘束しないのが一般的。
しかし、所詮はダーバルド帝国の皇族や貴族。私たちが遠慮する必要も丁重に扱ってやる必要もない。乱暴には扱わないまでも、鎧を剥いだ上で後ろに手を組ませてから手枷をはめておいた。
皇子だけでなく、取り巻きの2人もおとなしく従っていた。
♢ ♢ ♢
「あ、あの」
「飛空団」を着陸させる中庭に向かう途中、捕らえた皇子から声をかけられた。
「なに?」
「ああ、その。・・・その前に、なんとお呼びしたらいいのだろうか」
そういえば名乗ってなかったっけ?
「私はコトハ・フォン・マーシャグ・クルセイル。カーラルド王国クルセイル大公よ。私のことは・・・、まあ、クルセイル大公とでも呼んで」
いつもの調子で「コトハでいいよ」と言いかけたところ、ホムラやマーカスたちから鋭い視線を向けられた。
そりゃあ、捕虜の、それもダーバルド帝国の関係者に私が名前を呼ばせるのは違うよね。
危ない危ない。
皇子は私の名乗りを呟くように復唱した後、
「・・・それではクルセイル大公殿下、と呼ばせていただきます。私のことはロメイルとお呼びください」
「・・・分かった。それでロメイル殿? 何か質問でも?」
「はい。この施設の管理者、ケイファ伯爵やバトーラ伯爵はどうなったのか、教えていただけないでしょうか?」
ああ、そのことか。
「ん? 『魔人』の研究と召喚魔法の研究の責任者のこと? どっちも殺したけど」
「・・・左様ですか」
そう言ってロメイルが見つめる先には、無残に切り捨てられたダーバルド帝国兵の死体が転がっていた。
あれはマーカスたちが仕留めたものだけど、迅速にかつ誰も逃さずっていうのが目標だったから、かなり殺意マシマシで攻撃してて、どの死体も酷い有様なんだよね。
かくいう私もついさっきスプラッターな現場を生み出したんだけどさ。
「我々はこれからどうなるのでしょうか」
うーん、それは・・・
決まっていない、というのが正確な答えになる。
第9皇子とはいえ、ダーバルド帝国の皇子なんて抱えていても仕方がないし、さっさと王宮に引き渡すかなぁ・・・。どうせ、ベッシュ砦も渡すんだし。
ただ、この「ロメイル」って名前どこかで聞いた覚えがあるんだよね・・・
まあ、答えとしては、
「まだ決めてないかな。とりあえず、ここはもう無くなるから」
「・・・無くなる?」
残念ながらそれにはお答えできない。
いや、もう少ししたら実際に見せるわけだし、それでいいかなって。
研究所の建物から出てきた私たちを、上空で待機していた「飛空団」に乗る騎士が発見し、着陸した。
いきなり現れたドラゴン、『赤竜』に3人の捕虜は驚いていたが、パニックになることはなく、大人しく車両の中へ入っていった。
途中、ロメイルが何か呟いていたようにも見えたけど、まあ、いいか。
研究所の周囲に配置して、逃げ出す者がいないか見張らせていた騎士ゴーレムも回収し、私とホムラ以外の全員が乗り込んだのを確認して、「飛空団」は離陸した。
「飛空団」は、先に帰らず上空に待機するらしい。
ロメイルにこれから起こることを見せておきたい気もするし、マーカスたちも見たいそうなので近くに留まるのはいいんだけど、ちょっと怖い。
何がって、私自身がこれから使う魔法の威力を正確どころかほとんど把握できていないことが。
本当はホムラにも避難していてほしいのだが、それを言ったところで彼女が応じてくれるはずもない。
そんなわけで、2人で研究所の上空へと移動する。
最初、研究所の破壊には水蒸気爆発の原理を応用した魔法攻撃を使おうと考えていた。
お察しのネーミングセンスで、『水蒸気爆弾』と名付けたその攻撃は、今では発動までに10秒も要しない程には使い慣れた。
といっても、ほとんどが空中での試射で、実戦での使用経験はほとんどない。
まあとにかく、敵が多い場面や広範囲にダメージを与えたい場面では、そこそこ役立つ攻撃になっている。
もっとも、研究所を攻撃するにあたっては、『水蒸気爆弾』は使えない。
もちろん、研究所を跡形もなく吹き飛ばすことは可能だろう。
ただ、『水蒸気爆弾』はあくまでも水蒸気爆発を引き起こすだけであり、生み出されるのは体積の膨張に伴うエネルギーのみだ。研究所自体は破壊できても、瓦礫は残り、周囲に飛び散る。
今回の目的は、研究所で行われていた『魔人』に関する研究と召喚魔法に関する研究を、二度と行わせないこと。
関与していた研究者は殺したし、資料は持ち出した古い書物以外は燃やした。それに、施設内はくまなく捜索したつもりではある。
とはいえ、何か見落としがあるかもしれない。
燃やし忘れた資料や、何らかの実験サンプルが残っているかもしれない。
『水蒸気爆弾』では、それを“消す”ことはできない。
そこで、これから私が使うのは『龍魔法』だ。
それも、いわゆるブレス。ホムラは『竜魔法』に属するブレスで、オークの死骸を焼き払っていた。
どうも、ブレスも魔法の一種で、その効果にはイメージが影響するみたい。
つまり、燃やすのではなく、存在自体を消滅させることを意図して放てば、浴びせた対象が消滅する。
なんとも恐ろしい攻撃手段を手に入れてしまった。便利で、そして恐ろしいことこの上ない。
ただ1つ、私にとってかなり高いハードルがある。
それが発動場所。これから放つのは「ブレス」、つまり口から放つエネルギー光線だ。
そして私のイメージするブレス攻撃は、ドラゴンが口から放つもの。ホムラが使っていたときのものだ。
・・・そう、口なんだよね。試行錯誤してはみたが、どう頑張ってもブレスを放とうとすると、口の周り、正確には口のすぐ前あたりに魔力が収束されてしまう。
しかも、・・・・・・口が開く。全開にならないのはまだ救いだけど、半開きの状態もなかなかに恥ずかしい。
仕方がない。
見ているのはホムラだけだし、早いところ片付けよう。
大勢に見られながらだと、今でもかなり躊躇すると思う。
全身を巡る魔力に意識を向け、流れを加速させる。
魔力が自然と口の前に集まり出すのを確認するのと同時に、私のオーラを魔力に混ぜ込んでいく。
身体から魔力が出ていくのを感じ、今度は全身で空気中の魔素を感じ取る。
魔素を取り込み魔力に変え、オーラを混ぜ込んで口元に集める。全体の流れはこんな感じ。
一度流れが出来れば、後はそれを続けるだけ。
とにかく自身の魔力とオーラ、そして魔素に意識を向ける。
時間にして数十秒ほど、口元に集まった魔力は、光り輝きながらかなり大きな球体になっている。
それを今度は、収束させていく。球体の中心に向けて、魔力で押し込んでいく。
これも数十秒ほど。
私の口元にはバスケットボールほどの大きさの光る球体があった。
研究所を消し去る。
それは私の成すべきこと。
ユイハさんとカオリさん。2人は今、文官の手伝いをしてくれているが、本来であれば幸せな高校生活を送っていたはず。
アオイさんやミオさんも、得意なことをしてくれているが、日本でやりたいことがあったのは同じ。
そしてヒロヤ君。野球部を引退した彼もしかり。
5人には、大切な家族も、そして未来もあった。
ダーバルド帝国は、それを奪ったのだ。
『魔人』を生み出す研究。
私が直接、相対した被害者は僅か。
けれど、聞くだけでは到底理解できない苦痛を味わい、絶望のどん底に落とされ、尊厳を踏みにじられたことは分かる。
ミリアさんの最後は今も目に焼き付いている。
私の口元から放たれた『龍魔法』のブレスは、膨大なエネルギーを伴い、研究所の中庭に降り注いだ。
耳を破壊するかのような轟音とともに、視界が白い光で覆い尽くされる。
「コトハ様!」
ホムラの、珍しく焦った叫び声を聞きながら、私の意識はそこで途絶えた。




