これは悲恋で終わるお話。だけど……
「いや暗いわ!!!!!!」
力強くツッコんでリザーは今まで読んでいた小説をベッドに叩き付けた。
「だから最初に言ったじゃない。『此れは悲恋で終わる話』だって」
「限度が過ぎるわ! しかも主人公のウルードがその後処刑されるまでの陰惨な日々を詳細に書く必要があるのか!? それも五十ページも!!」
「カタルシスに必要なのよ。読者は『因果応報』『自業自得』の言葉が好きなイキモノなんだから」
爬虫類系の亜人であるリザーと話しているのは『ある狼人の半生~如何にして最愛の番を見つけた彼が悲恋で終わってしまったのか~』の作者である『ライトン・ゾフィー』事、人族の少女、スローナ・コニーである。
スローナはベッドの上で上半身を起こし、ニヤニヤと笑っていた。因みにベッドに本を叩き付けた際、スローナに打つからない配慮している。
「大体リザーも分かっている筈でしょ? 『ライトン・ゾフィー』は『番嫌いの作者』て、番の制度がある種族には嫌われている存在でしょ? てか、リザーも前は『ライトン・ゾフィー』が嫌いだったじゃん」
「いやまぁそうだけどさ……その『ライトン・ゾフィー』が俺の番だと知れば多少は……でもな~」
ウンウンと悩むリザーの姿を見て、今度は腹を抱えて笑ったスローナ。
ライトン・ゾフィー
それは色んな意味で有名な作者である。
彼、又は彼女(ライトン・ゾフィーは性別すら分からない謎の多い人物なのだ)『恋愛小説』を得意としていると自称しているが、人に寄っては『ホラー小説』だと言われている。
何故なら彼女、又は彼は『番制度』によって引き起こされた悲劇、又は番制度に翻弄される悲劇と言うなの喜劇を好んで書いていたのだ。
『番制度』は人族以外の種族、主に動物系や爬虫類系に多く見られるモノだ。
彼等には『運命の番』と言うこの世でたった一人の存在がいる。しかし実際に『運命の番』と結ばれる者は殆どいない。
何故ならその運命の番に結ばれる可能性が極端に低く、同年代・同じ種族であればとてつもない幸運で下手をすれば祖父母と孫程の年の差だったり運命の番が他種族のだったりする。それでも運命の番と結ばれるモノが多い。
運命の番と結ばれると心が心底満たされ、幸福に満たされ二人の絆が強固になる。仲睦まじい二人の姿や来世でも見つける事が出来ない可能性が高い運命の番を見つけられた事に、周りは羨望の眼差しを向けるのだ。
ただ運命の番を見つける事が出来ない大抵の者は、人族の様に普通に恋愛をし、結婚して生涯を終えるのだが。
ただ、この『運命の番』は良い事尽くしではない。寧ろ弊害だらけと言っても過言ではない。
運命の番の悪い例を語る際、良く名を呼ばれるのが『龍族』である。
龍族は『運命の番』が『番制度』と名を変えるまで、栄華を築いていた種族だった。非常に強く賢い種族だったが『運命の番』に関わると短慮になる事が多かった。
運命の番の弊害は先程語った例もあるが、酷いケースが自分が結婚した後で運命の番を見つけたり、その運命の番が結婚した後に見つかったりするケースだ。
大抵の種族の場合、運命の番や結婚相手と納得出来るまで話し合い、莫大な慰謝料を払って円満に解決しようとする。かなり理性的で心が強い者は、運命の番を諦めると言う苦渋の決断をする者もいる。
その決断をする者を周りは運命の番と結ばれた相手以上に褒め称える。せっかく見つけた運命の番を、相手の幸せの為に諦めると言う身を切られるよりも辛い選択を取った事を敬意と尊敬取るのだ。
しかし全員が全員彼等の様に相手を重んじる者ばかりではないのだ。
特に龍族は運命の番の恋人を無理やり別れさせり、運命の番と結婚している相手を殺したり、運命の番を無理やり攫い監禁したりする等暴虐な行動を取るのだ。
無論そんな事をすれば批判もあるし実際に行動を起こせば罪人として裁かれる。
だが、如何せん龍族は他の種族と比べてその様な行動を犯した物を罪人として裁こうとせず、逆に相手側を責める傾向があった。
エルフ族と肩を並べて良い程長寿で有名な龍族は、それ故に運命の番に対して思いを募らせる時間が長い。一度は諦める事は出来るが長生きすればする程思いが積り、運命の番に出会った時にその思いを爆発させてしまう。
龍族は同胞の気持ちを十分に分かるから運命の番に対する凶行を許すのだ。
そんな事が何百年も起きていた。
だがそんな蛮行もあの戦争が原因で終息した。……その結果龍族の人口が激減したが。
その戦争を書いた本『神の最愛と怒り』がライトン・ゾフィーのデビュー作だ。
「あの戦争は全種族の転換期と言っても過言ではないモノだが……あの戦争と龍族は我々番制度がある種族にとって己を戒める物として本を題材した劇を読む。が、『ライトン・ゾフィー』はやり過ぎだ!!」
「神の怒りを分かりやすく書いたら何時の間にかあんな風になった訳。ワザとじゃないのよ? それにあの小説のお陰で番制度をもっと考えてくれた人が多くなったて言うし、結果オーライよ」
「……たく」
疲れた様に大きく溜息を吐いたリザーが心底楽しそうにお腹を抱えて笑うスローナ。笑い過ぎて咳き込む彼女をリザーは心配そうに優しく彼女の背中を撫でた。
「……今日、神殿に申請したから」
スローナが落ち着いた所でリザーが今日スローナの家に訪問した理由を話した。
すると先程まで笑っていたスローナがピタリと笑みを消し、能面の様な無表情になった。
「……本気?」
「本気の本気よ。親戚や友人達にも説明して納得してくれたから。まぁ俺達の種族は龍族やエルフ族と比べれば劣るが、多少なり長生きな種族だしな……それに俺は我慢強い方だ」
「そうじゃない!!」
怒りに震えているスローナに飄々と口元に笑みを浮かべるリザー。さっきまで笑っていた者が逆になっていた。
「アンタ馬鹿じゃないの!? アレは番が死んだ時番が生まれ変わりが現れるまで年を取る事も死ぬ事も出来ない奴よ!? 下手したら千年経っても会えないのよ!!!!」
……ライトン・ゾフィーがデビュー作の小説の題材にした『戦争』は、龍族の王がとある島国の土地神に嫁ぐ筈だった娘を攫った事が切っ掛けだった。しかもよりにもよって土地神の元へ嫁入りに行く際の最中に。
娘は龍族の王の運命の番だった。だが、その娘は神の元へ嫁ぐ事が決まっていた。土地神は土地神でも大陸にもその名が知られている程の名のある土地神だった。そして二人は相思相愛の仲だった。
それを龍王が運命の番と言え、横恋慕をした挙句島国を治める主すら話を済ませる事すらせず花嫁を連れ去った。
花嫁は必死に抵抗し、拒絶した。しかし運命の番とやっと出会えた龍王は多幸感で浮ついていて周りもそんな龍王を窘める事無く、逆に花嫁の方を責めていた。
四面楚歌・孤立無援・絶体絶命しかない花嫁は夫との操を立てる為に、自分を誘拐した男に復讐する為に。
簪を自分の喉元に突き刺した。
それも龍王との初夜に。
土地神は花嫁と文字通り心から通じ合っていた。
故に花嫁が自害したと理解した瞬間、土地神は島国に住んでいる全ての人間が聞こえる程の嘆き悲しんだ。その慟哭を聞いたモノは胸が苦しく涙を流した。
龍王の非道な行いに島国の皆が怒った。特に土地神が治めている土地の人間達や土地神の同胞達。
すぐさま島国の王は龍族の王に抗議した。その使者として花嫁の実の両親が名乗り出た。彼等は自分達の怒りを堪え、土地神の望みである『花嫁の遺体を返して欲しい』と伝えた。
しかし。竜王は使者を……花嫁の両親を切り殺してしまったのだ。
龍王は番の素晴らしさ……感情論を展開して花嫁の遺体を返そうとはしなかった。
……番を先立たれた殆どのモノは鬱状態になる事が多く、目の前で自殺された龍王はその時は普通通りに見えて殆ど狂っていた。
冷静に正論で話す使者達に狂った龍王は怒りしか覚えず、結果臣下達が止めるよりも前に彼等を切り殺した。
これを知った土地神は壊れてしまい、仲間である他の土地神達や彼が治めていた土地の人間・信徒達、そして今まで『番』と言う呪いのせいで被害を受けた者達が団結し……
これ以上言うとかなり長くなるので結果を言うと。
龍王は土地神に殺され、龍族は全盛期から三分の一にまで人口が減り、この事を危惧した殆どの種族(エルフ族やオーク族やゴブリン族等の山に暮らす種族は参戦する事を断った)が同盟を組んで鎮圧する。
この事を重く見たこの世界の最高位の神々が番について取り決めをした。
その取り決めの一つに通称『待ち人』である。
「今世で番と結ばれる事が出来ない者達の救済として作られたこの制度。何時己の番と再会できるか分からない、親しい者達と死に別れる恐怖に大抵のモノ達は受けないし、受けたとしてもずっと番と再会出来ずに心を壊す待ち人も多いのよ!? そんなギャンブルみたいな事をしないで他の良い人と結婚しなさいよ!?」
「バーカ。俺の根性と執着心を舐めるな。例え世界が崩壊しても俺の身体が無くなって魂だけになっても。必ず見つけ出す」
彼の顔はふざけている様なニヤニヤした笑みを浮かべていたが、その眼は覚悟と執着心が混ざった強い瞳だった。
流石のスローナも番の執着心をよーく知っているので、観念したように項垂れた。
「…………馬鹿ね。こんな死にぞこないに執着するなんて」
スローナ・コニーは幼少の頃からベッドから抜け出す事も出来ず、医者から『二十まで生きられるかどうか分からない』と宣言されていた。
ベッドの住人で、命が短い娘を不憫に思った両親が少しでも退屈な思いをしない様に沢山の本を与えた。幸いな事に父親が国一番の本の貯積を誇る図書館の職員だった為、毎日の様に娘の為に本を借りていた。
スローナは特に感心したのは『番制度』とその誕生の原因である戦争、そして戦争が起きてしまった原因である『悲恋』についてだ。
勿論この悲恋の当事者は土地神と花嫁だ。幸せになる筈だったのにそれを『運命の番』と言う当人達には全く分からない物によって引き離された挙句、壊されたら誰だって復讐に走る。
スローナは義憤に駆られ、二度とこんな悲劇を繰り返して欲しくないと願った彼女は資料や当時の事を知る人達の証言を集めて執筆し始めた。
流石に外に出る事は出来ないが、今まで己の死に静観していたスローナが初めて生き生きとする姿を見て、涙を流しながら喜んだ。
生きる力に溢れているスローナを見て、両親だけではなく其々の祖父母や伯父達家族も協力する様になった。
生き証人達の証言は祖父母達が出向いて録音機器を使い、資料はスローナの事を知っている父親の同僚や上司達が快く文化価値のある資料の写しを貸してくれた。
心の優しい人達の助けを借りてスローナは作品を書き上げた。両親が出版会社に作品を応募した所一発で書籍化された。
本を発売した途端、爆発的に大ヒット。当時を知る長命な種族達からも『当時の出来事を此処まで再現されている』と大好評。
大作として演劇の題材とする様になり、彼女は一躍有名売れっ子作家となったスローナ、『ライトン・ゾフィー』はより一層『運命の番』を題材にした小説を執筆する様になった。
殆どが運命の番のせいで悲恋に終わる話ばかりなので一部のモノ達には嫌われているが、ただ『番制度』がある種族達からは教材として幼い頃から読ませる様になった。
スローナの運命の番であるリザーと出会ったのは、皮肉にも手の施しの様のない程の病がスローナの身体に見つかった日だった。
両親を含めた家族がスローナを思って泣いていたのだが、当の本人は静観していた。『遂に自分の命の炎が尽きる日が来たか』としか思えなかった。
そんな時に扉を打ち破ってドカドカと賊の様に入室してきたのがリーザだったのだ。
リザーはとある港町で漁師をやっていた。
彼の生家は山だけの小さな農家をしていた。子沢山な家系だった為に、農家を継ぐ兄以外の兄弟達は別々の道を選んで独立した。
リザーは故郷が山ばかりだったせいか海に憧れを抱いていた事と、魚取りが村の中で一番得意だったと言う安易な考えで就職した。
想像以上に漁師の仕事はキツイ事だらけだったが、それ以上に遣り甲斐を感じてリザーには合う仕事だった。
彼が街に来たのは『偶には遠くで買い物をしよう』と思い付いただけだった。男の一人暮らしだからそんなに買う物がないのだが、それでも遠出をした事で幾分かリフレッシュしていた時だった。
例えるなら雷が自分の身体に落ちてきた様な、鋭い痛みが全身にのたうち回りながらもそれ以上に甘美な快楽が襲い掛かった。
リザーはこの様な症状は初めてで頭の中は混乱していたが、本能だけはその正体を知っていた。
――――運命の番が近くにいる。
其々個人によって違いがあるが、大体のケースでは砂糖菓子よりも甘ったるく頭が痺れる様なフェロモンが運命の番から出る。その匂いを辿れば自ずと相手と出会えるのだ。
リザーもご多分に漏れず本能の赴くままにフェロモンの匂いを辿った。荷物を放り捨てて走りに走ってとある家についた。
貴族の様に使用人が沢山いる様な立派な家ではなく、少し豊かな中流階級の数人の使用人がいる程度の中々立派な家だった。
しかし彼は家の外壁をゆっくりと見ずに、行き成り家へと入室した。
勿論この行為は立派な不法侵入だが今の彼はそんな事も考える事が出来ず、メイド達が悲鳴をあげているのを尻目に疾風の様に走り続けた。
そして匂いが一番強いとある部屋を見つけると彼はノックもせずに蹴っ飛ばして扉を無理やり開けさせた。そこには……
ベットの上でパジャマにカーディガンを羽織っている一人のか弱い女の子がいた。
透き通った綺麗な金髪にリザーが昔憧れていて、今は毎日の様に見ていた大海原の様な美しい美しい蒼色の瞳。
その瞳から大粒の涙が一滴零れたのを見た時に、彼は頭で考えず身体が勝手に動いた。
彼はその場にいた人間を無視しして女の子の目の前まで近づくと、片膝を付き細く強く握ったら粉々に壊れそうな小さな手を握り締めて。
『俺と結婚して下さい』
……まぁ直ぐに連絡を受けた警邏隊に捕まえられて大変叱られたが。壊したドアの弁償とリザーの漁師の上司に当たる人が引き取りに来たお陰で牢屋には入れられずに済んだが。
直ぐにリザーはスローナの両親からスローナの病気の事や余命について説明した。彼はそれを承知でスローナに再度求婚したし、周りから諦める様に説得しても首を頑として縦に振らなかった。
『昔程『番』に傾倒する事が無くなったのだから、『番』になることはしないでせめて寄り添う事位は良いじゃないかしら?』
余りにも真っ直ぐに求婚するリザーに絆された母親がスローナにそう言って説得した。
しかしスローナは首を横に振る。
『私が『番』をどれだけ勉強したと思っているの? ああ言ったタイプは隙あれば『番』にする気満々だから。下手をすれば私が死んだら後追い自殺しかねないわよ』
彼女は自分のせいで死ぬモノが出るのが嫌だったのだ。自分のせいで不幸になるモノがいて欲しくないのだ。
だから、例えスローナがリザーに心惹かれていようとその愛に答える訳にはいかなかった。
スローナの誤算は母親との会話を扉越しにリザーが聞いていた事と『待ち人』の制度をリザーの漁師仲間に教えられた事だ。
仲間の親類が『待ち人』を使い己の番と再会出来たから知っていたからだ。
「…………あのさ。ずっと思っていたけどよー」
スローナを後ろから抱きしめて彼女の頭の上に顎を乗せたリザーはポツリと話す。
「『悲しい恋』と書いて『悲恋』て読むが、別にバッドエンドて訳じゃないだろ?」
「……『悲恋』だからバッドエンドでしょうが?」
「いやいやいや。確かに悲恋物は最後にバッドエンドで締めるけどよ。人生続ければその恋が叶い、叶わななくても新しい恋が切っ掛けで最後は『ハッピーエンド』になるかもしれないだろ?」
リザーはスローナを自分の方へ抱き直すと彼女の眼を見て宣言をする。
「何年いや、何百年何千年経っても絶対にお前を見つけるし、必ずハッピーエンドに持ち込んでやる」
ニカッと笑うリザーを見て呆れながらもだが何処かで嬉しそうにスローナは笑った。
ライトン・ゾフィーの最後の作品でもあり遺作である小説は彼女(又は彼)には珍しい番制度を扱いながら、ハッピーエンドで終わる作品だった。
番が不慮の事故で亡くなったある亜人が『待ち人』となり何年も何年も番を待ち、ついには再会する。
余りにも真逆な作風だった為に、議論が巻き起こった。
別の誰かが書いた作品だからとか、いや番制度の良さを遂に作者が気付いたからだとか、いやいや余りにもボロクソに書くから過激派に脅されて仕方がなく執筆したとか色々噂された。
ライトン・ゾフィーが亡くなったと公表されてからは火に薪を焚べた様に熱中した。
その裏で一人の亜人が神殿に密かに入った事はあまり知られていない。
そして二十年後。
一組の夫婦が幸せそうに暮らしている姿があったそうだ。
力の強い龍族は殆ど人の姿を取っていますが、現在は人間そっくりの姿に変身できる種族はもう殆どいません。リザーは爬虫類系(どんな爬虫類かは皆様の想像にお任せします)の顔や鱗等がある亜人です。
因みに『待ち人』は番と再会出来るまでの年月はその人と相手がどれだけ思い合っているかによります。
両想いなら死んでから二十年後。片思いならそれよりも時間が掛かりますがそれでも何かしらの縁で繋がります。
千年以上待ち続けた人はぶっちゃけると神嫁を殺した龍王が記憶を持ったまま転生した人です。
神様も龍王の所業にガチギレてます。
山の神様はもののけ姫に出てくる猪の神様をイメージしています。