本気で愛してる 2
兄の元を離れた私に、今度はタールが手を伸ばす。
「カトリーナ様、お誕生日おめでとうございます。次は俺と踊ってください」
「ええ、喜んで」
国家騎士団長の彼は、本日非番みたい。
金糸の入った明るい黄緑色の上着と、白いトラウザーズという私服だが、童顔なので制服よりも可愛く見える。
タールは元々公爵家の次男。
小さな頃から叩き込まれているのか、ダンスも上手だ。
「カトリーナ様、もっとこっちへ。怖がらずに、身体を預けてください」
「そんなにくっつかなくても、踊れるわ」
見た目は細いが筋肉質のタールは、私を楽々支えている。ターンの際も私を大きく振り回す。
「わわっ」
「だから言ったでしょう? もっと寄ってくださいって」
これ以上振り回されてはたまらないと、笑顔で距離を取る。
たちまちタールはしゅんとして、叱られた子犬のような顔をした。
「タールったら」
ついフェリーチェが浮かんで、私はクスクス笑う。
「カトリーナ様。俺、やっぱり諦めきれません。彼より強くなって、申し込みます」
彼とはクロム様?
申し込むとは……当然、ダンスのことよね?
タールがそこまでワルツが好きとは、知らなかった。
クロム様はなんでもそつなくこなすけど、別に踊りの名手というわけではない。私がうっとりしていただけで、強さは関係ないはずだ。
「そう、頑張って」
いくらクロム様ひとすじの私でも、ダンスの相手は断らないのに。変な遠慮をするなんて、おかしなタール。
「……鈍い」
「えっ!?」
――失礼しちゃうわ。これでもダンスは得意よ!
ほんの少し意地になり、その後は申し込まれるたび、片っ端から受けた。
「ふう~。さすがに疲れたわ」
休みなく踊り続けて、くたくただ。
私は休憩しようと、テラスに向かう。
春の夜は少し涼しく、会場の熱気で火照った身体を冷ますにはちょうどいい。庭に続くテラスに人影はほとんどなく、空には星が輝いている。
白い手すりの向こうには、あの日と同じ満月が浮かぶ。
月明かりを背に手すりにもたれるのは、私の一番好きな人。
「クロムしゃま……」
夢見るように幻想的なその姿。
顔の角度が変わり、赤い瞳が月光に照らし出された。
その瞬間、私の心臓が大きく跳ね上がる。
――ああ、やっぱり彼が好き!
整った顔や均整の取れたその身体、響く低い声が好き。冷たいところや素っ気ないところ、ムッとした表情や優雅な仕草、ぶっきらぼうに見えるけど、実は優しい性格も。そして、彼の笑った顔が好き♡
私にとって、彼は好きの塊だ。つまり、全部がイイ――。
長年の想いがほとばしり、たまらず彼に近づく。
高鳴る胸に手を置いて、端整な顔を見上げた。
この世界は綺麗な人で溢れているし、性格のいい人もたくさんいる。
だけど私の特別は、なんと言ってもクロム様。
100%、1000%。
いいえ、せっかくだから966(クロム)%愛してる!!
「クロム様、好き」
断られるのを承知で、本気の想いを口にした。
『本気』と書いて『マジ』と読む。
私の彼への想いは、いつだってマジLOVE966%!!
クロム様は無言で、私の頬に手を添えた。
そのまま親指で、目元を優しく撫でてくれる。
「クロム様……」
自信を失くした私に、勇気を与えてくれた推し。
生まれ変わった世界で最愛の人の側にいられる喜びを、私は今夜もまた噛みしめる。
「クロムさ…………え?」
光る赤い瞳に太陽の模様が見えた気がした。
確認しようと私は彼の胸に手を置いて、つま先立ちになる。
「まあ」
指先に触れた、たくましい筋肉。
鍛えられた胸板が気になって、他はどうでもよくなった。
ため息をついた私は、彼の胸にさりげなく頬をすり寄せる。
――素敵♡ このままずっと、こうしていたい……。
けれど突然、クロム様に顎をすくわれた。
驚いて目を合わせると、切れ長の目が細まった。
そして――――。
「え? ええええ~~!?!?」
びっくりした、なんてもんじゃない。
彼が私の唇に、サッと掃くようなキスを落としたのだ。
「俺も。とっくに好きだと言ったら?」
あまりの衝撃で、声が出ない!
「カトリーナ……好きだ」
――これってつまり両想い? 私の気持ちが、推しに届いたってこと!?
「クロムしゃまああああ♡ 私も! だいしゅきいいいいい♡」
興奮して、何がなんだかよくわからない。
とにかくたまらなく幸せで、生きていて良かったと思う。
生きることは苦難の連続で、生き延びるのはもっと難しい。
だけどたまにはいいことがあるし、苦労を乗り越えた先には、きっと幸せな未来が待っている。
私と同じくらい、クロム様にも幸せだと感じてほしい。
たとえまだでも、これから一生懸けて、私があなたを幸せにするから!!
見上げた先には、大好きな人の笑顔。
赤い瞳が私だけを映して、楽しそうに煌めく。
「クロム様、しゅき♡」
「ああ」
今度はしっかりと唇が重ねられた。
唇の輪郭をたどった彼の舌が、やがて中に侵入する。
「……んー、んー」
苦しくて、クロム様の胸をどんどん叩く。
初めてのキスが大人のキスで、息継ぎのタイミングがさっぱりわからない。
「はあ、はあ、はあ……」
必死に呼吸する私の前で、真っ白な歯を見せてクロム様が笑う。そのいたずらっぽい笑みは少年のようで、なぜか涙がこみ上げた。
私の願いが、一つ叶った!
感動に震えて零した涙を、彼が唇で丁寧に吸い取ってくれる。でも私には刺激が強すぎて、心臓がとまりそう。
「あ、あの! これだとドキドキしすぎて、死にそうです」
――もしやクロム様、私のキュン死を狙っているのでは!?
すると彼は私を抱き寄せ、耳元で囁く。
「いいよ。死ぬほど愛してあげようか?」
「ぎぃやあああああああああああ~~~」
静かな夜の庭園に、私の絶叫が響き渡る。
ローズマリー国自慢の、おしとやかな王女。
そんな私が『ローズマリーの紫の薔薇』という呼び名を返還するのは、そう遠くない日のことだろう。
Fin
いつもありがとうございます(o゜▽゜)
先の見えない世の中だからこそ、推しに救われたカトリーナと、彼女のおかげで変わるクロムの話を書きたくて。
最後までご覧いただき、本当にありがとうございました♡
優しいあなたに感謝をこめて。
きゃる




