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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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覚醒

 棍棒の直撃を受けたシュンがゴムボールのように地面を跳ねながら吹き飛んでいくのを、俺はまざまざと見た。とても、目をそらせなかった。



 瞳孔が開く感覚があった。シュンは顔を痛みにしかめながらも、最後まで安らかな顔をしていた。そして──



 氷の彫刻を床に落とした、そんな音。美しく、儚いサウンドエフェクトがフィールド全域にこだました。



 シュンの姿をしたアバターは、そんな音と共に粉々に砕け散った。モンスターを倒した際のエフェクトに酷似しているが、重さが致命的に異なる。



 あれはデータで、これは……人の命なのだ。



 今までのゲームオーバーの演出とは明らかに異なるそれは、生命の終わりを表現しているように感じた。



 俺は悟ってしまった。現実のシュンの体が冷たくなる様子を見たわけでもないのに、この世から大切な人が消えたという事実を痛いほどに悟ってしまった。



 どこを探してもシュンはいない。この世のどこにももういない。ぽっかり小さな穴が空いた世界は、泣いているかのように大粒の雨を降らした。



 シュンにとどめを刺したヒヒは、興奮を増した様子で鼻息を荒くし、標的を俺に変える。気づけば盲目状態から回復した他のヒヒ達も、少し後ろで群がっていた。



 獲物をボスに譲るかのように、通常種のバレルコング達は一定の距離をおいて俺を見ている。俺は、このまま死んでしまおうと思っていた。



 俯いて、静かにその時を待つ。ボスヒヒは、無抵抗の俺を不思議がる素振りを見せた。



 しかし、やがて思い直したように棍棒を振りかざした。俺の赤く染まったライフはひとたまりもないだろう。



 死ぬつもりだった。死んで楽になるつもりだった。しかしまさに今その時が近づくというときになって、停止していた脳が急速に回転を始めた。



 思い出したのは、母のこと。いきなり家を飛び出して、もう一時間帰っていない。今頃心配しているに決まってる。このまま帰らなかったら母はどうなるだろうか、それは想像しただけで胸が張り裂けそうになった。



 ケントのこと。あいつとは微妙な別れ方をしたままだ。この世界を旅するという提案への返事もまだしていない。



 そして、父のこと。



 彼は俺に、この世界の主人公になってくれと言った。こんなところで誰にも看取られず死んでいくことが、果たして主人公の結末だろうか。



 最後に、弟のこと。



 シュンは死んでしまった。それは彼のせいであるはずがない。彼ほど無垢で、無邪気で、心優しい人間を俺は知らない。あんな子供が自らの業によって死んでしまうなどということは、断じてあってはならない。



 シュンの死は、全部、遍く、余すことなくあいつらのせいだ。脳裏で爆ぜる、ゲイルとソーマの姿。脳神経がかつてない憎しみの心でスパークする。



 俺は今死ねない。それは何故だ。母を支えるため。ケントを悲しませないため。父の思いに応えるため。



 どれも違う。



「俺は……」



 顔を上げた。限界まで押し広げられた瞳孔から血の涙が滴り落ちる。雨はますます激しさを増し、キングバレルコングの棍棒はまさに脳天目がけて振り下ろされるところだった。



 俺が生きるのは、復讐のため。



「お前らを殺す、それだけのために──!!!」



 刹那。内側から、高熱の何かが俺を突き破って溢れ出した。空から蒼い閃光が飛来し、俺に直撃する。視界が蒼一色に染まる。



 熱いと感じたのは一瞬だった。そして、これが俺の内側から溢れ出る炎であると悟るのも、時間はかからなかった。



 際限なく全身から溢れ出る、圧倒的火力の炎。一体どうやって制御したものか分からない。



 だが、少なくとも今は制御なんてする必要はない。持てる全ての力でもって、暴れ回りたい気分なんだ。



 俺はゆらりと立ち上がり、拳を握った。そして、目の前で呆けているボスヒヒの鎧に覆われた腹部にそれを叩き込む。めしゃり、と金属がへしゃげる音がした。



 情けない悲鳴を漏らすボスヒヒは、残り僅かとなっていたライフを余すことなく消滅させた。俺の目と鼻の先で、粉々に砕けて美しい破片に変わる。



「……次はどいつだ」



 頭を欠いて統制が乱れたヒヒ達に向けて大きく一歩を踏み出したとき、行く手を阻むように一つのシステムメッセージが出現した。無表情でそれに目を落とすと、それはレベルアップ通知だった。



 レベル、30。大幅なレベルアップを通知されても俺の空っぽの心にはなんの感慨も湧いては来ない。むしろ、こんな数値に躍起になっていたかつての自分が滑稽で仕方ない。



 何よりも憎いのは自分自身なのだと気づいた。しかし、俺はこの世界で強くあらねばならない。



 ゲイル、そしてソーマを含めたあの黒ローブ達を一人残らず殺すため。シュンと同じ目に遭わせてやるため。そのためには、この数値を上げ続けることが必要なのだ。これまで通り、いやこれまで以上に己の強化に努めなければならない。



 俺は自身のステータス上昇値を穴が空くほど見て分析した。やはり敏捷性だけが規格外に成長している。これからもこの伸びが期待できるなら、俺は完全なアジリティ特化型を基盤に装備、戦法を熟考していく必要がある。



 メッセージ画面を消去すると、次にもう一枚のパネルが現れた。それはレベル20になったときぶりに見る、ジョブチェンジ画面だった。



 派生職業の選択肢は三つ。俺は十数秒間考え抜いて最良と思える選択をした。その間、ヒヒ達は怯えたようにして一向に近寄ろうとしてこなかった。



 俺の周囲でとぐろを巻いている蒼い炎を恐れているように見えた。



「……待たせたな」



 メッセージ画面を消去し、俺は虚空に右手を伸ばす。その手にぴったりと収まるようにして、一つの装備アイテムがマテリアル化を始める。



 やがて光と共に、一振りの長刀が出現した。美しい、葉色の日本刀。



 父から贈られたこの力。きっと父は、俺がこの力を復讐に使うことを望まないだろう。



 それでも、もう俺は止まれない。──だから力を貸しやがれ。



 左手で鞘を握り、俺は静かに抜刀した。音高く抜き放たれた長刀の刃は、薄く向こうが透けて見えそうなほどに研ぎ澄まされた、薄紅色の直刃すぐは



 刀を抜くと同時に装備状態と見なされ、刀の持つ膨大な攻撃力パラメータが全て俺に流れ込んでくる。無限にさえ思えるほど全身に力が漲る。



 動物の本能が命の危険を悟ったのか、それとも恐怖が臨界に達して自棄になったのか。一体のヒヒが甲高い雄叫びを上げて俺に襲いかかった。振り下ろされる棍棒。



「おせえ」



 葉桜装備状態の効果なのか、それともこの炎の効果なのか。俺には、ヒヒの動きが非常に緩やかに見えていた。棍棒の木目の文様までくっきりと見える。



 ブン、と乱暴に刀を一振りすると、豆腐に包丁を入れるような軽い手応えがあった。棍棒は根元から真っ二つに両断され、二つに分かれたそれは同時にポリゴンの欠片となって霧散する。



 刀など使ったこともないが、素人同然の一振りでもこの威力だ。武器の性能にカバーされている。



 俺は大きく腰を落とした。そして両脚に全力の力を込め、解放。すれ違いざまにヒヒを斬り捨て、ヒヒの向かい側に着地した。刀では使えない【電光石火】の再現だ。背後で悲鳴と共にヒヒが爆散する。



 恐慌したヒヒ達が同時に鬨の声を上げて躍りかかる。それらを斬り捨てていくにつれ、俺の思考が徐々に切り離されていくような感覚を覚えていった。



 意識が遠ざかり、もはや本能だけで刀を振るっているような感覚。それは多分、俺がヒヒを見ていないからだったのだろう。



 俺が見ていたのは、その先にいるソーマの邪悪な笑みだった。

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