外伝 過去
私はフリードリヒ・ハイデッガー。
子爵家三男として産まれ、リーンハルトとは幼馴染みとして互いに切磋琢磨しながらこの王都で育った。
私たち二人で王立学園の成績をあいつが一位、私が二位を独占し続け、将来を期待される若手のホープとして王宮入りが既に決まっていた。
どれだけ頑張ってもリーンハルトには勝てない…そんな心に僅かな黒いもやがかかっている事に気付かないまま…
そんな折り、普段殆ど人が居ない筈のレーヴェンタール伯爵家から一人の幼い少女が馬車に乗って出てきたのに出会った。
小柄ながら白いロングワンピースに肩よりも少し長く伸ばした黒髪が映え、まるで人形かのように整った容姿。
けれどもその黒い瞳は強い意志を宿し、決して人形ならざる強い輝きを放っているように感じた。
その女を見たとき私の中で何かがドクンと跳ねた。
これは、なんだ。
心の中に何かが…もやが渦巻くようなこの感情は一体…
この沸き上がる感情はなんだ?
私は… この女に一目惚れしたというのか?
あの輝きが欲しくてタマラナイ… タマラナイ…
噂に聞けば、ヨーゼンヌ侯爵が後見として、レーヴェンタール伯爵家の第一公女が王立学園の初等部に入学する為に王都入りしてきたという事だった。
話をする事は出来なかったが、遠くから眺めては成長したあの女をモノにする自分を想像して酔った。
あんな女を手に入れられたら…
しかし、爵位も釣り合わず、しかも三男ではそれも叶う事は無いだろうが。
諦めながら、それでも諦めきれずあの女を眺める日々。
そんな鬱屈とした思いは、リーンハルトに群がる女どもを籠絡し捨てる事で紛らわせた。
元々これはリーンハルトに勝った気になるのでやっていた事だが、ついでにあの女の代わりとしても少しは気が晴れた…
だが、こんな女どもでは無く…という思いも同時に少しずつ募っていくのだった。
リーンハルトに勝てない、望む女を手に入れられない…
その思いが心のもやを、どんどんと黒く濃くしていった。
リーンハルトと二人で王宮入りして約三年程…
あいつと私には既に大きな差が出来ていた。
あれから大きく才能を伸ばし、上司からも可愛がられ、大きな仕事を次々と任されるあいつと、あの時がピークだったとばかりに伸び悩む私…
それでもあいつは私に声をかけ、仕事を回してきてはそれをこなすとお前は出来るんだからと子供の頃のように喜ぶ。
そんなあいつに私は劣等感を覚えているなんて…
それだけは知られるわけにいかない…
そうしたある日…リーンハルトから伝えられたこれが私の運命を変えた
「まいったよ」
「なにが?」
「婚約しないといけなくなった」
「婚約?お前が?」
男爵家ながら、経済界で頭角を現し確かな地位を築いているアーベライン家が嫡男。
金髪碧眼、細面で整った顔に柔らかな眼差し。
まさに見目麗しく、そして王立学園在学中誰にも…そう誰にもトップの地位を譲る事無く、財務庁入りしてからは早くからその才覚をヨーゼンヌ侯爵財務大臣に見出され、将来を嘱望される逸材…
学生の頃から爵位を気にする女どもですら無視できず、気にしないのなら尚更放ってはおかれない立場にいながらそれらを見向きもせず、仕事に生きると大真面目に常日頃語っていたリーンハルトが婚約…
「断れない相手なのか?」
「そんな感じだ。ヨーゼンヌ侯爵様から勧められた話だし、家も乗り気だから断るに断れない」
「なるほどね。それじゃ断れないか。相手は?」
「レーヴェンタール伯爵家の第一公女らしい」
…なん…だと?
「取り敢えず、今度顔合わせしないといけないんだよな」
ふざけるな。
男爵家でしかないお前があの女だと?
こんな事まで私はお前には勝てないのか!
「まー、今度どんな子だったか話してやるよ」
どうしたら私はこいつに勝てる…どうしたら…
「さて、もうひと頑張りするか。さー仕事仕事」
お前に…………………
自らの心の中にあったドス黒いもやから何かが生まれたのを感じる。
それが何とも心地よい。今なら何でも出来そうだ…
そうだ…奪ってやる…どんな事をしてでも…
あの女を堕としてお前から奪えば私の勝ちだろう… 今までだってそうしてきたじゃないか。
身も心も全てを奪えばいい。
そうだ、そうだとも。
その時までお前とは親友で居続けてやる。
お前の…あの女の近くに居るために…
その時まで…
奪ってやる…奪ってヤル…ウバッテヤル…
アノカガヤキハワタシノモノダ…
第一部終了です。
第二部は展開が大きく変化しますので別作品として投稿いたします。
そちらはハッピーエンドストーリーとなりますので、そういうお話しでも良いとご興味がございましたら、引き続きよろしく御願い致します。