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8 でも、やっぱり出発出来てません・・・。

 ホテルで明かした夜は、思っていた以上に快適だった。


 鍵をかけていても、従業員とつるんだ盗賊が夜中に部屋へ侵入してくるという話はよく読んでいたので、かなり警戒していたのだ。


 さすがに商業者協同組合が推薦するホテルだけのことはあって、客室の設備も、食事も、従業員のサービスも、すべて満足のいくレベルだった。


 余談だが、このホテルの宿泊費は商業者協同組合が負担している。


 当然のことではあるが、どう考えても半日もかからないはずの用件が、昨日一日で処理し切れずに、翌日まで長引いて顧客の貴重な時間を浪費させたということで、商業者協同組合の獣舎でガルーダの機嫌を取っていたアランのところに、営業部長のアラクサ・モーゲン氏が、ヨーネ・クラシアス嬢を伴って謝罪にやって来た。


「本日は誠に申し訳ございませんでした」


 二人同時に、お辞儀の見本のような90度の礼を見せてくれた。


 アランとしては、それほど怒っていたわけでもなく、急いでいたわけでもなく、ただ、懸命に用件を処理しようとするヨーネのくるくると動く瞳に魅せられて、時間が過ぎて行ったというだけのことだった。


 あまりに平身低頭謝り続ける二人に辟易してきたアランは、解決策として商業者協同組合の責任で、今日の宿泊場所の確保と夕食代金の負担という条件を提示したところ、それで済むならとばかりに即座に了解を取り付けた。


 ついでに、明日の担当もヨーネを指名したところ、怪訝な顔をするアラクサ氏に、


「失敗は誰にでもあることでしょう。それを挽回するチャンスを差し上げたくて」


と言うと、アラクサ氏は納得したようだったが、ヨーネ嬢はその後ろで泣き崩れてしまった。




    とりあえず、今日こそはこの町を出たいな・・・。



    いや、マジで。






 


 ホテルのダイニングルームでちょこっと豪華な朝食を取っていると、ヨーネ嬢がやって来て朝の挨拶をした。


「おはようございます、アラン・リード様」


「おはようございます、ヨーネさん。でも、まだ始業時間前でしょう?」


「昨日はアラン・リード様の貴重なお時間を浪費してしまいましたので、朝一番から動けるようにと存じまして」


「なるほど、仕事熱心でいらっしゃる」


 わずかに赤面したヨーネに、しかし、と言ってアランは付け加えた。


「この時間からでは、まだどこの店も開いていないでしょう。どうですか、一緒に朝のコーヒーでも」


『あら、夜明けのコーヒーだなんて、大胆なこと・・・』




    漏れてますよ、心の声。



    第一、あなたと夜を過ごしてないですし、ボク・・・。




 アランは、ヨーネを向かいの席に座らせると、ボーイを呼んでコーヒーを一つ頼んだ。


「では、今日の予定をご説明願えますか?」


 





 その後、朝食を取るアランを見ていたヨーネのお腹が鳴ったのはご愛嬌だったが、放置するのも可哀想だったので結局朝食のセットをもう一つ追加したのだが、ヨーネは意外と健啖家だったようで、パンとスープをしっかりお代わりした後、アランのサラダをじっと見つめていたのに気づいてはいたが、分からないフリをするのに苦労した。





「では、そろそろ参りましょうか」


 頃合いを見計らって、ヨーネは席を立った。




    あの・・・、ボク着替えてもいいでしょうか?




 アランはまだガウン姿で、荷物も部屋に置いたままだった。





 ようやく町へ出たアランとヨーネは、昨日苦労に苦労を重ねて作り上げたチェックリストを片手に、次々と目的の店を制覇していった。


 残るはいわゆる野宿セットだけとなったが、これが一番嵩張ることから最後に回したのだ。


 その選択は間違ってはいなかったようで、買い取った品物を無意識に次から次へとショルダーバッグに放り込んでいたアランは、ここでようやく異変に気付いた。




    おかしい、おかしいよ。



    ボクのこのバッグ、そんなに容量があるはずないもの。


 


 バッグに手を入れて、とりあえず中身を確認しようとしたアランは、手を突っ込んだまま固まってしまった。


 バッグの中に入れたはずの品物が何一つ掴めない。


 有体に言えば、バッグには何も入ってはいなかった。

 



    盗られた・・・?



    でも、誰とも接触してないし。



    バッグを掛けてる側にはいつもよねちゃんが居たし。



    中身を盗ろうとするヤツがいれば、よねちゃんが気付くだろ。


 


 さりげなく何かを取り出すふりをしながら


「えーっと、地図は・・・と」


 その瞬間、バッグに突っ込んでいる手が何かを掴んだような感触があって、それを取り出してみると、果たしてそれは例の馴染のないこの世界の地図だった。




    は?



    え?



    おぉ?



    なんだ、これ?



    ドラ○もんの異次元ポケットか?




 試しに、もう一度バッグに手を入れたまま、


「ペットボトルの水」


 と言うと、また手が何かを掴んだ感触があって、それはやっぱりペットボトルに入ったミネラルウォーターだった。




    なにコレ、超便利じゃん。



    すげ~!




 反対に、ペットボトルをバッグに入れて手を放してみると、その瞬間にペットボトルの存在が消えてなくなった。

 



    これって、反則級の便利バッグになっちゃったんだ。



    でも、どれくらいの物まで入れられるんだろう?



    まさか、仕様まで異次元ポケット並だとか・・・。




 荷物の出し入れを無駄に繰り返しているアランを見て、ヨーネは羨ましそうに言った。


「それって、空間鞄ですよね。色々と便利ですものねぇ」




    空間鞄?



    あるんだ、こっちの世界じゃ普通に。



    なんか感動していいのか迷うなぁ・・・。




「でも、それってお高いんですよね」


「そうなんでしょうね、きっと」


「あら、ご存じないんですか?」


「ええ、これは親の遺産でしてね。我が家の宝物ですよ」

 



    ここはごまかすしかないでしょ、やっぱり。



    だって、知らなかったんだよ、今まで。



    ハシムの家にいた時は、普通のショルダーバッグだったし。




 妙な展開にあせりながら、空間鞄からペットボトルを取り出して、ミネラルウォーターを呷ったアランは、何気ない風を装って


「次の装備は嵩張るんですよね、ヨーネさん」


 と訊いてみた。


「えぇ、お一人で夜を明かすためだけの簡易テントから、何人もの方々とご一緒に眠ることができるようなしっかりした大型テントまで、種類が豊富に揃っているお店にお連れしますので、ご自分のお考えになる最良の選択をなさって下さい」


「それ以外にも、生活必需品として調理道具や応急キットですとか、最低限身を守るための武器なんかも必要になりますしね」


「おっしゃる通りですわ。昨日リストアップした項目で足りないものなど、今のところございませんでしたか?」







 その後、延々と買い物を続けた二人が、最終的に商業者協同組合へ戻ってきたのは、お昼前の時間だった。

 

 ホテルからガルーダをこちらの獣舎に移動させた後買い物に出たので、結局ここまで戻って来なくてはいけなかったわけだ。


「アラン・リード様の空間鞄は相当な値打ち物ですわね。あんな大きなテントから生活必需品一式まですべてその中に納まる鞄なんて初めて見ました」


「ボクも、入るとは思っていませんでしたが、やってみなくちゃ分からないとはこのことですね」


「では、本日の清算をいたしますので、今しばらくお付き合い下さい」


「分かりました」


「あ、でもアラン・リード様は、空腹でしたらお食事を取られても構いませんよ。その間に当方で計算させていただきますから」


「では、昼食はご一緒にいかがですか? せっかくこんな美女が一緒にいるのに一人で食事を取ってもつまらないから」


「あ、あのぅ、それ、本気でおっしゃってます?」


「もちろんですが、何か?」


「あぅぅぅ・・・」





 精算書の集計を経理部門に丸投げしたヨーネは、飛ぶようにしてアランの元まで帰ってきた。


「お待たせしました。私たちが食事から戻る頃には、精算書が出来ていると思いますので、心置きなく食事に行きましょう」




    なんだかなぁ。



    この娘、美人なんだけど残念さんなんだよなぁ・・・。



    ま、今日でお別れだから、どーでもいいけど。








 その日の昼食がグレイン牛というブランド牛の高級ステーキだったことと、アランの


「もちろん、ご馳走しますよ」


という一言に過剰反応したヨーネが、2回もお代わりをした挙句その後しばらくトイレに籠って出てこなかったのは、商業者協同組合の公然の機密事項である。


 密かにアラクサ・モーゲン氏がアランの元にやって来て、お詫びの言葉をこれでもかと並べたついでに、


「どこかに、あのトラブルメーカーを引き取ってくれるような慈善家はいないものか」


と呟いていた。


 アランにはその気持ちが痛いほど分かったけれど、それに名乗りを上げる勇気の持ち合わせはなかったので、妙に目配せしてくるモーゲン氏のことは無視して、アルカイックスマイルを貫き通すことにした。






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