9 出発って、こんなに難しかったっけ?
長い長い昼食の後、商業者協同組合に戻ったアランは、モーゲン氏から新たにアランの担当に指名されたという男性職員に精算書を提示された。
総額5リュアンと3ブーイ2シュルという金額に、さすがに気前良く買い物し過ぎたかなと思ったが、この先必要になりそうな物しか買わなかったはずなので、自分なりに納得して支払いに応じることにした。
商業者協同組合の手数料を含めるといくらになるかと聞いたところ、あまりにもご迷惑をおかけしたので手数料をいただくことなどできませんと断言されたうえで、どうかヨーネの不始末の件はアラン・リード様のお心内だけに留めていただけると幸いですが、と懇願されてしまった。
まぁ、ほかの誰に言ったって信用しないよね、こんな与太話・・・。
支払いは、アランの口座からの引き落としで決済できるということなので、ありがたくその手続きを利用することにした。
もうこれ以上この町に残るのは勘弁して!
アランの決意は、誰の目にも一目瞭然だったようで、そのままガルーダに跨って出発しようと獣舎へ行ってみると、獣舎専属の担当者がいつでも出発できるようにしてくれていた。
で、いざ出発と言う段になって、最も恐れていたことが現実になってしまった。
ヨーネが見送りに出てきたのである。
いや、見送りなんか要らないし。
ってか、もうボクに関わらないでくれると嬉しいなぁ・・・。
・・・・・・・・ダメですか、そうですか。
会心の笑顔でお見送りをしてくれるヨーネに、それと悟られないようにアルカイックスマイルで手を振って飛び立とうとした、まさにその刹那。
ヨーネが手に持っている銀色に光るカードが目に入った。
あれって、絶対にボクの特別組合員証だと思うな・・・。
アランの考えは、脱兎のごとく飛び出してきたアラクサ氏の表情ですぐに正解だと分かった。
ヨーネの手から奪い取るようにもぎ取ったカードをアランに返してくれたので、それを受け取るや否やそこから一気に急上昇したガルーダに、
「今度だけは褒めてあげるよ、ガルーダ」
思わずそう呟いたアランに罪はないだろう、きっと。
色々とありすぎて、これからの予定をゆっくり考えるヒマもなかったので、時間的なことも考慮して仕方なくこの町でもう一泊することにした。
というか、もう一泊することを余儀なくされた。
昨夜泊まったホテルに寄って部屋は空いているかと聞いたところ、幸い昨日と同じ部屋が取れたので何も考えずになだれ込むことにした。
部屋に備え付けのシャワーで汗を流した後、少し早目の夕食を取りながら自分の行く末を何とはなしに考えていると、この世界の地図の存在を唐突に思い出した。
適当に夕食を切り上げて部屋に戻ったアランは、ショルダーバッグに手を突っ込んで
世界地図。
と念じて地図を取り出した。
いや、ホントに便利だよね、このバッグ。
もう言葉に出して言う必要もないし。
ドラ○もんを超えたみたいで嬉しいかも。
ハシムの前で見ていた時は、単眼族のテリトリーだけが表示されていたんだけど、と思いながら地図を開くと、そこにはこれから向かうつもりの獣人族の住むエリアに色々と記載があったので、一気に脱力してしまった。
なに、この超便利機能は。
これから行くところの概要が分かるって、どんだけチートなんだか。
もしかして、と思って百科事典を開いて種族・人種の一覧から獣人族の項目を見てみると、こんな記載があった。
ゴドリック大陸中央部、ソーン大草原の北にある岩石地帯を南限として東西約5.000サリ、南北650サリのエリアの中に12の国家群を成す種族。
最大勢力はエリア南東部に国家を構える豹人族で、総人口は約4.000万人。
次いで、西部海岸地域に国家を構える犬人族の総人口は約3.000万人。
第3勢力として狐人族と狼人族が樹立している連邦国家は総人口約2.800万人。
それ以外の9つの国家群は、規模は小さいが様々な獣人族が独自の国家を樹立している。中には混血を繰り返して元の種族の痕跡をとどめない者達もいるが、それぞれの国家に根付きながら雑種強勢の生物学的遺伝要因から、種族としての純粋性を失いつつも獣人族全体としては今後の発展が見込まれている。
古代、獣人族を支配していたとされる猫人族はその典型といってよく、現代では純粋種を見ることは稀である。
これは過去に支配下に置いた各種獣人族との混血を繰り返した結果と考えられている。
へぇ~。
一口に獣人族って言っても色々とあるんだなぁ。
この続きが何か書いてあるみたいなんだけど、字が薄くて読めないや。
アランは、事典を見ながらいつもの習慣でショルダーバッグからペットボトルを取り出してミネラルウォーターを呷った。
飲んでも飲んでも減らない魔法の水、な~んちゃって。
飲み干した水が一杯になってるのも、この空間鞄の効果かな?
ま、便利だからなんでもいいけど・・・。
辞典に目を戻して、読めなかった部分に目を凝らしていると、徐々に薄かった文字の色が鮮やかに浮き上がって来て、完全に読める状態になってしまった。
なに、コレ?
さっきまで読めなかったのに。
なんでいきなり読めるようになるわけ?
落ち着こうとして、アランはもう一口ミネラルウォーターを呷った。
そして、事典に目を戻して、絶句した。
読める項目が、また増えてるんですけど・・・。
更にもう一口ミネラルウォーターを呷って。
事典に目を戻して、もう一口ミネラルウォーターを呷って。
事典に目を戻して、更にもう一口ミネラルウォーターを呷って。
事典に目を戻して、もう一口ミネラルウォーターを呷って。
事典に目を戻して・・・・・。
その度に百科事典の内容が充実していった。
それはあたかも、隠された秘密を暴くような興奮を覚える、ひどく退廃的な遊びの感覚だった。
これはクセになりそうな予感。
もう驚きは無かったが、疑う余地もまた無かった。
このミネラルウォーターが、もしかしてボクのチートな能力ってこと?
でもでも、こんな便利な物ならもっと早く気付けば良かったのに。
アランは、この世界に来て以来の様々な場面を思い出していた。
こっちの住人と難なく話が出来ること。
こっちの文字が読めること。
女性を前にして饒舌になったこと。
グリフォンを予備知識なしにテイム出来たこと。
知りたい情報が次々に明らかになっていくこと。
自分の容姿がこっち基準になってること。
もしかして、気を失ったときに肉体改造されちゃってたとか・・・。
もしそうだったとしたら、そんなことしたのは誰?
神様・・・なわけないか。
はははは、ボク、神様なんて信じてないし。
いきなり眼の前に出てこられても、すぐには信用できない自信があるぞ。
ともあれ、誰のせいでこうなったにしろ今は目の前の問題に目を向けよう、とアランは思った。
明日から始まる獣人族の国への旅と、そこにあるはずのたくさんの出会い。
こっちの世界に来てから、妙にポジティブになっていることを意識して、それもやはりこの魔法の水の恩恵かと考えて、それならきれいな女性との出会いも期待できるはずだと気合を込めたアランだった。
翌朝、起きると同時に着替えを済ませたアランは、一つきりの荷物であるショルダーバッグを肩にかけてダイニングホールへ降りてきて、固まってしまった。
何故ならそこには、昨日厄介払いしたはずのヨーネが立っていた。
「私、商業者協同組合をクビになりまして。人族の国へ帰る手段がないから、一緒に連れて行っていただけません?」
あぁ、ボク、この娘からは逃げられない運命なのかな・・・。
これから朝食を取るからと断って、テーブルに着いたアランがウェイターを呼んで注文を済ませると、それを待っていたヨーネが堰を切ったように一方的に喋り始めた。
そんなこと知ったことかと思って聞き流している内に、段々彼女のボルテージが上がっていくのが分かって、アランの顔がうんざりしたものから青ざめたものに変わっていくのにそう時間はかからなかった。
「分かったから、まずは落ち着いてよ、ヨーネさん」
「あたしは自分の仕事を全うしようとしただけなのに、それのどこが間違っていたというんですか。そうでしょ、アラン様もそう思いますよね。まったくあの男は頭が固くて私のすることに逐一あれこれと訂正を入れたりやり直しをさせたりするんだから。そんなことが毎日続いてみなさいよ、誰だって精神的に参っちゃってミスくらいするっての。大体、こんな簡単な仕事もこなせないヤツに払う給料はないなんて、よく言うわよね。その原因が自分にあることをまず認めてからにしなさいっての。管理職なんだから、指導的立場にあるんだから、部下の体調管理も仕事のうちでしょ。そりゃ確かに昨日の私は肉を前にして我を失ってた部分がないとは言えないかもしれないけど、その一部分だけを取り上げてあれこれと昔のことまでほじくり返して嫌味を言うなんて、ホント最低男だわよね」




