表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/145

84 コメット

「あのぉ、伯爵様。やっぱり私は何処かに囲われの身になっちゃうんですか」


 藪から棒に何を言い出すのかと思えば、まだ頭の中が混乱している様子のリリックは、ガルーダの背でアランに両腕で抱きしめられたままそう尋ねて来た。


 アランとしては、もう既に手が回らないほどの仕事を抱えていて、愛人だの妾だのといったことに関わっていられないのだが、実際の問題としてガルーダという猛獣の背で男に抱きかかえられたまま何処かへ拉致されている女性の側からすれば、これは十分にロマンティックなシチュエーションには違いない。


 とにかく、腕を放せばリリックがガルーダの背から滑り落ちて行くのは確実な話だし、まだ彼女が現実を認識できていない以上このまま飛んでいくしか方法が無い。


 仮にアランがこの状態でリリックを抱いている手を放せば、ガルーダは命令されない限りリリックを助けに行くことはしないだろう。


 それは、ガルーダがアランに服従しているからであって、リリックとの間には何の関係も存在しないのだから当然と言えば当然の話である。


 アランとしても、今のこの体勢は決して楽ではないし、間違ってリリックの匂いを体に付けたまま帰ったりしたら、カルアのやんわりとしたそれでいて非常に棘のある質問に苛まれることは確実である。


 まだ日没までに時間がかなりあるので、アランはとりあえずケスガイゼの国王一家を匿っている極秘のアジトへ向かっている。


 これから、暁の花園の総統代理としてアランとシャロワックとの間の連絡に従事してもらわねばならないリリックには、コニー同様ケームに慣れ親しんでその背に乗って飛び回ってもらわなければいけない。


 その為に、どれだけケームが飛んでいようと人目に付かない場所で訓練をする必要があって、それに最適な場所としてアジトを含むソーン大草原という場所が選ばれた訳だ。


 普通に考えれば、一般の女性がケームなどという猛獣の中の猛獣を恐れずに近づける訳が無い。


 それを克服するための訓練であるから、これはもう想像を絶する過酷なことにチャレンジしてもらうことになるだろうが、少し試してみてダメなようならアッサリとその線は捨ててしまおうかともアランは考えていた。


 カルアの時もそうだったし、コニーの時も同様だったのだが、アランの周囲に居る女性は何故かケームとの相性がいい傾向にある。


 もしかして、などと思わないでもなかったが、カルアならいざ知らずコニーに魔法の水の効果は無いはずである。


 何しろコニーは、アランの持つショルダーバッグは見ていても、ペットボトルのことは知らないのだから。


 つらつらとそんなことを考えながらガルーダの背に跨っていると、目的地である大草原の中のオアシスに建つアジトが見えて来た。


 アランの指示を待つまでもなく、ガルーダはコニーの匂いのする方向へと降下していった。


 アジト前に舞い降りたケームを、2人のメイドが見つけて駆け寄って来た。


 ケームに乗ってやって来るなどという芸当が出来るのは、自分たちの知る限りアラン・リード名誉男爵しかいなかったから、何の迷いもなく出迎えの姿勢を取ったのだが、アランに抱えられるようにして下ろされた同乗者には2人とも眉を顰めた。


 ガルーダが舞い降りたことでアランの到着を知ったコニーも急いで正面扉を開けて走って来たが、アランに心酔して彼の一挙一動を憧れの目で見ることの多い彼女にしてさえ、アランの同乗者の状態はどうしたものかと思わざるを得なかった。


 リリックは、ロマンダリアの郊外からオアシスにあるアジトまでの間ずっとアランに抱きしめられていたので、もう既に気分的には完全に出来上がっていた。


 それを証明するかのように彼女の目は蕩けていたし、唇は半開きになって呼吸も些か早かった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


「あぁ、ケスガイゼの国王ご一家の様子はどうだい」


「皆さま、慣れない環境にも関わらず、段々と体力を回復されているご様子で私たちも安堵しているところです」


「そう、それは良かった」


「はい」


 そこまではいつもの主従の会話が続いたのだが、コニーがアランの同乗者を見る視線が幾分剣呑な様子に気が付いたアランは、聞かれもしないうちに一所懸命言い訳を始めた。


「この娘はね、ロマンダリアにある暁の花園という組織のボクの部下でね…」


「はぁ・・・・・」


「今日は少し訓練をして慣れてもらわないとこの先が大変だと思ったもんだから」


 コニー達メイドにしてみれば、アランが何を言っているのか皆目見当が付かなかった。


 訓練?


 慣れる?


 この先大変?


 ご主人様に限ってそのようなことは無いだろうと信じたいけれど、この女性の表情はどう見ても、その・・・、イってしまわれた後のような・・・。


 メイド達はそれぞれ最終的には同じ結論に達したようで、アランを見る視線に険しいものが混じるのは仕方のないことだっただろう。











 しばらくその場で座らせてリリックが落ち着くのを待っていたアランは、そろそろいいかと思ってガルーダに仲間を呼ばせた。


 言葉にしては伝えていなかったが、ガルーダはアランの考えていることをなんとなく理解している節があって、今回もアランが必要とする個体を選んで呼び出していた。


 それはナール同様標準よりも少し小さめの体をした若いグリフォンで、額に流星のような白い羽毛が生えていた。


 呼ばれた個体はアランの前に歩いて来ると、いつもと同様に蹲って服従の姿勢を取ったが、今回は何かいつもと違う雰囲気を感じたのか、アランの隣に座っているリリックを見つめてしきりに彼女を気にしている様子だった。


「こいつは頭がいい子だな、ガルーダ」


 思った通りをガルーダに伝えると、任せろと言わんばかりに顔を上げて一声鳴いた。


 キュイ~!


「今日はこのリリックとその子の相性を見たいんだけど、そう伝えてくれるかな」


 新しく人を乗せる場合にこれまでもそうしてきたように、アランはまずグリフォンの気持ちを優先した。


 嫌がるようならば、別の個体を呼ばなくてはいけなかったのだが、今のところそうした外れは経験が無かった。


 今回の額に流星のような羽毛が生えた個体も、アランが命じる前からリリックに関心を示していたように、問題なくリリックの前に来て服従の姿勢を取った。


「さぁ、リリック、このケームを撫でてみて」


 なんで自分がそんなことしなきゃいけないの。


 そう思ったリリックだったが、命じられるまま怖々ケームに手を差し出して頭を撫でることが出来た。


 初めてケームに触る者は皆同じように感じることなのだが、ケームの羽毛はとても柔らかい。


 そして、騎乗して分かることは、それが非常に良いクッションの役割を果たしていて、長時間の飛行に際しても乗る者の疲労を和らげる効果があった。


 リリックも、初め怖々と手を伸ばしてケームに触れてみたものの、その柔らかさの虜になったように優しく撫で続けた。


 撫でられているケームも、特に嫌がるそぶりを見せることはなく、それどころか自分からリリックに頭を摺り寄せてもっと撫でろと言わんばかりの行動を見せた。


「こりゃ正解だったかもね」


 そう言うと、アランは一度リリックに撫でることをやめさせて、この個体に名前を付けるように命じた。


 リリックはもっと触っていたい素振りを隠そうとはしなかったが、名前を付けろと言われて最初に浮かんだ言葉を口にした。


「コメットね。額の羽毛はそういう感じを出してるし」


「コメットか、良い名前だね」


 コメットと名付けられたことが分かったのか、その個体は頭を上げて高く鳴いた。


 そして、今度はアランに命じられることなくリリックに近づいて、その前で服従の姿勢を取った。


「さぁ、リリック、今度はコメットに乗って飛んでみようか」


「は? 飛ぶ? 私一人でですか」


「最初はボクも一緒に乗ってもいいんだけど、なんだかコメットが不服そうな顔をしてるから、キミだけで乗ってみてよ」


「あのぉ、大丈夫ですよね」


「ケームは、一度服従の姿勢を取った相手には、決して無茶なことはしないんだよ」


「ホントですか」


「だから、いくらリリックが無茶をしてもちゃんと飛んでくれるし、背中から滑り落ちても地面に激突する前に拾ってくれるから」


「なんかあまりいいイメージじゃないですよね、その譬え…」


 軽く半眼になってアランを睨んだリリックは、それでも覚悟を決めたようにコメットに一歩近づいて小さく呟いた。


「乗せてほしいんだけど、いい?」


 コメットは待ってましたとばかりに姿勢を低くして片方の翼をリリックに向けて伸ばして来た。


「それがね、ケームたちが乗ってもいいよっていう合図なんだ」


「へぇ、じゃぁ、私は合格したんですね」


「そういうこと。でもね、その姿勢はケームにとっては楽じゃないから、そういう形になった時にはすぐに乗らないとダメだよ」


「了解しました」


「じゃ、最初はコメットの飛ぶのに任せて、慣れてきたら自分の思うような命令を出して飛ばせてみて」


「はーい、じゃぁ行ってきまーす」


 元気よくコメットに跨ったリリックは、ゆっくり上昇するコメットの背中で緊張した表情をしていたが、十分上昇したコメットが水平飛行に転じてスピードを上げると、


『きゃっほ~~!』


 という叫びを上げて嬉しそうに飛んで行ってしまった。


 その様子を眺めていたアランに、後ろから近づいて小さな声で詫びを言うコニーの姿があった。


「申し訳ございませんでした、ご主人様」


「んん、何が?」


「一時でもご主人様を疑うなど、メイドとしてはあるまじき行為をしてしまいました。このお咎めは如何様にもお受けいたしますので何なりと罰を与えて下さいませ」


 アランとしては、コニーが何を謝罪しているのか皆目見当が付かなかった。


 ましてや、アジトに着いた時点で自分の貞操観念を疑われていようとは思いもしなかったアランだったので、気軽に冗談を飛ばしてみた。


「じゃぁ、今夜の伽を命ずる! なーんちゃって」


 軽い冗談のつもりで言った一言に、初め体を硬直させたコニーは、続いて体の力が抜けていくようにアランに体重を預けて来た。


「あの、あのね、冗談だったんだけど…」


 コニーは、まさか憧れのご主人様に今夜の伽を命じられる栄誉が与えられるとは全く考えてもいなかったので、はしたないことながら本当に気が遠くなってしまった。


 次にコニーが気が付いた時、自分のものでないベッドに寝かされたうえ着替えも済ませてあったことから、ついにご主人様のお情けを頂戴できたかと喜んで涙を流したのは秘密である。


 実際のところは、気を失ったコニーの扱いに困ったアランが、近くに居たメイドに寝かせておくように頼んだのだが、アランの冗談を小耳に挟んでいたそのメイドも早とちりをして、コニーを彼女の部屋ではなく使われていない部屋に寝かせてしまったというのが真相だった。


 暫く有頂天になって部屋の中を踊りまわっていたコニーだったが、ふと自分の体に何の違和感もないことに気付いてショックを受け、しばらくふさぎ込む日々が続いたらしい。











 一方、コメットの背に跨って思う存分大空を飛び回ったリリックは、日が大きく傾く頃になってようやくアジト前に帰って来た。


「ただいま戻りました・・・。って、あれ、伯爵様どこにいるんですか~!」


 アランはその時、リリックが帰って来ないことを成功の証と判断して、ケスガイゼの国王に謁見を賜っていた。


 いろいろと積もる話をしていたところ、国王が帰還する日を何時にするかという話題になって、アランとしては自分の後ろ盾でもあるロマンダリアとカスマンドの両国王と相談して、改めてご報告に上がるという結論を導き出した。


 今、急に国王一家がケスガイゼに凱旋したところで、王宮があるわけでなし、盾となる国軍が整備されている訳でもなかった。


 チャーバントからの侵攻は流石にもうないだろうが、それ以外にも取り返したケスガイゼの実りをどう配分するかという実務的な話し合いをする必要が優先されることから、実質的な実務の責任者を紹介してもらってその担当者に丸投げすることに決めたアランだった。


 これで、後はカスマンドの国王に謁見を願い出るだけになったが・・・・・、そう考えてアランは少し憂鬱になった。


 名誉男爵という一代爵とはいえ、自国の貴族に他国がそれを遥かに上回る爵位を与えて良い顔をする国王はまずいないだろう。


 自分という男は、その点でも非常に目立つ存在だったから、アランとしてもこいつは一筋縄ではいかないぞ、という予感をひしひしと感じて首筋が寒く感じてしまった。











「伯爵様~、何処に居るんですか~!?」











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ