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71 シャーメシル

 マルタに呼び出されて慌てて走って来たのは、暁の花園の実働班全体の責任者セネルグという男だった。


 セネルグも旧組織時代に奴隷契約で縛られていたのだが、頑として犯罪行為に加担することを拒み続けた結果、凄惨なリンチを受けて右目を失くしていた。


 責任感の強さと芯の通った性格が評価されて指導部から実働班の監督を任されることになった時、彼は3度要請を辞退した。


 しかし、国家の枢要部に在籍していた指導部のメンバーは、彼こそが新生なった組織を育てるにふさわしいと考えて、何度拒まれても要請を繰り返しついに諾と言わせた。


 実際のところ、セネルグには何かをしたという経験がまったくなかった。


 犯罪行為に加担して街中で暴れることも、詐欺まがいの契約で他人の財産を奪うことも、女性を拉致して売り飛ばすことも、すべて拒み続けた結果右目を失い、現在の地位を得た。


 だから、個々の活動の詳細な内容については何ら評価を下さず、メンバー各個人の人格を磨くことに専念した。


 結果的にそのことが新生暁の花園の滅私の奉仕という行動に繋がって、王室にまで信頼を得ることになった。


 残念ながら、アランは個人的にセネルグという人間を知っていたわけではないが、先ほど聞いたマルアン・リネルの活動報告の中に何度も登場した名前は覚えてしまっていた。


 息を切らせて走って来た片目の男は、アランの顔を見るなり呆然として立ち尽くし、言葉を失った。


 自分を地獄の苦しみから救い上げてくれた命の恩人である。


 日頃、お会いした時には感謝の念を伝えるために、ああ言おうこう言おうと考えていた言葉が全て抜け落ちて、ただ固まってしまった。


 緊張と感動で身動きが取れない片目の男を見て、アランは冷静に言葉を選んで話した。


「あなたが実働班の責任者セネルグさんですか?」


「はっ、申し遅れました。わたくしは新生暁の花園で実働班のまとめ役を仰せつかっておりますセネルグ・マインスリと申します」


「あぁ、初めましてだね。ボクはアラン・リードといいます。そしてこれが妻のカルア」


「もちろん存じ上げております」


「でね、セネルグさん。ちょっと困ったことに成っちゃいまして…」


 アランはそう言いながらドアが無残に引き千切られた部屋の中を覗き込んだ。


「あの2人に見覚えは?」


 そう問いかけられて、同じく部屋の中を覗き込んだセネルグは、惨状に声を失った。


「申し訳ございません、個人個人の顔と名前までは把握できておりません…」


 絞り出すような声で訥々と喋る片目の男に、アランはそれまで感じていた怒りが収縮していくのを感じて、笑顔になった。


「まぁ、人数も膨大だしね。そこは仕方ないとして」


「この者達が何者かは存じませんが、この状態から察するに総統に対して無礼の振舞いがあったかと推察いたします」


「いやいや、ちょっと待ってよ。いくらボクが総統だからって気に入らないってだけで壁に叩きつけたりはしないよ」


「ではいったいどのような…?」


「この2人はね、ボクの名前を騙って、このマルタを手籠めにしようとしたんだ」


 アランの言葉を聞いた途端、セネルグは目の前が真っ赤に染まった。


 片方しか残っていない目だったが、怒りに充血して視界が赤くなってしまった。


「奥様はご無事でいらっしゃいましたか?」


 カルアは突然話を振られて少し驚いたが、自分の身を案じてくれる目の前の片目の男に輝く笑顔で答えた。


「あたしは、だんな様の横に居りましたから」


「それは何よりでございました」


 ドアのない部屋の前で4人が話をしているところへ、総統付きのメイドとしてカスマンドへ呼ばれたはずのマルタが、全体責任者のセネルグを引っ張り出して行ったことに驚いた数名の男たちが、何かあったかと駆け付けて来た。


「そ、総統!」


「あぁ、丁度いいところに来てくれて助かったよ。誰かこいつ等の事知ってるかな?」


 問いかけられた男たちは、そこで初めて部屋の中に誰かが倒れていることに気付き、ついでにその部屋のドアが数サケン先の通路の真ん中に落ちていることに気が付いて冷や汗を流した。


「これは…。もしかしてこれは、総統がなさったことで?」


「うん。ドアの修理は責任をもってボクがす・・・・・」


「そんなことをお聞きになっている訳ではないでしょう、だんな様」


「あ、そうだよね。そうだとは思ったんだけど…」


 カルアの前ではまるで威厳が無くなってしまう我らが総統の姿に、その場の全員が目を点にしてしまった。


「あ…、とにかくこいつらのこと知ってる者がいたら教えて。それと」


「は?」


「なんでこの部屋に居たのかも」











 アランが、カルアとマルタを伴って再び現れたことで、本部内にはまた緊張が走った。


 案内に立とうとする女性職員を手で制して、3人はもう一度総統執務室に入って行った。


 先ほど笑顔で出て行った総統が、今度は難しい顔をして入ってきたことに、マルアンはとんでもない事態が展開しているのかと推察した。


 アラン夫妻のお茶を用意するために、湯と茶葉を取りに出て来たマルタを掴まえて何が起こったかを問い質したが、


「わたくしの口からは何とも…」


 と言葉を濁されたので、事態は更に深刻の度を深めているのだと思わざるを得なかった。


 マルタが準備を整えて総統執務室に消えてから、たっぷり1時間は過ぎた頃になって、セネルグを先頭に青い顔をした男たちが本部執務室のドアをノックして入室の可否を尋ねた。


「総統に呼ばれているのね?」


 応対したマルアンに、彼ら実働班の面々は入室してもいいかとだけ再度尋ねた。


「仕方ないわね、お入りなさい」


 入室を許された男たちは、そのまま真っ直ぐに総統執務室へと向かい、無言のままその中へ消えて行った。


 5分ほどが過ぎた頃、マルタが出て来て


「総統代理と官房長、それに規律担当の役員をお呼びです。全員そろって入室するようにと仰っておいででした」


 と言ったので、幹部たちは何事かと騒然となった。


 スネーデン・シャロワック総統代理、マルワン・リネル官房長、カイデル・スキナード規律担当の三人の役員が顔をそろえて総統執務室に入って行くと、総統専用デスクのアランを取り囲んで実働班の面々が項垂れていた。


「何事か出来しゅったいしましたか、総統」


 3人を代表してスネーデンがアランに問いかけた。


「実は、旧師団本部にボクの偽物が現れてね、困っちゃったよ…」


 本部役員達は、アランの口から語られるさきほどの事件の内容に顔色を失くした。


 実働班の本拠の中で総統の偽物が跋扈していたのである。


 責任問題云々で済まされるような話ではない。


 それが証拠に、アランの様子が先ほどと打って変わって怒気を孕んだままなのが恐ろしかった。


「あの者達の名前が判明しております」


 セネルグが訥々と話し始めた。


「総統付きメイドのマルタを抑え込んでいたのがハジール・サンリ、そして総統の名を騙ったのがバシュメ・ジドーサです」


 その名前には、本部役員、実働班ともに覚えがあった。


 件の2人は旧暁の花園の構成員ではなかったが、外部協力者として主に人身売買の仲介を行う犯罪者として、以前から指名手配を受けていた。


 2人は、仕事の都合上実名を明かすことなく、身分も隠した上で旧組織の中に入り込んでいたため、暁の花園が組織を一新した後でも実働班の中に顔を見知った者が結構いた。


 その環境を利用して、2人の指名手配犯は自らも犯罪被害者であると称して堂々と身を隠して来たのである。


「それで、キミ達は今まで気が付かなかったと?」


 怒気が膨れ上がるのを抑えもせずに、アランは幹部達に問いかけた。


「は、はい・・・・・。申し訳ございません」


「総統代理は何をしていたの? 官房長は? まして、規律担当はキミの職掌だろカイデル?」


「返す言葉がございません…」


「もう一度、こんな奴らが潜り込んでいないか徹底的に調べ上げること、いいね」


「はっ!」


「それが終わるまで、幹部全員の給料はボクが預かることにするよ。そうすれば仕事に身が入るだろうからね」


「・・・・・はっ」











 ススレという飼育係に師団本部を巣として認識している伝書ツバメを5羽譲ってもらったアラン一行は、ケスでの用事を終えてシャーメシルへと出発した。


 時間が中途半端だったので本来なら翌日に出発したかったのだが、120名を超える人数が王都の一角でいつまでも蟠踞している訳にもいかず、仕方なく昼過ぎの出発となった。


 ケスを出て7日後、アランはランダリウムのホテル・ド・ロマンダリアに立ち寄った。


 懐かしい佇まいは相変わらず威厳があった。


 ロビーに入ったアランは、支配人にこれまでの礼を言うとともに、すべての清算を申し出て支払いを済ませた。


 従業員寮に住まわせていた4人を呼び出して、本人たちに今後の希望を聞くと、全員がアランに従って行きたいと申し出たので、却ってアランの方が驚いたが、それも手駒が増えていいかと考えたアランは、それを了承してネロンガの下に配置した。


 旧暁の花園の幹部達を一度に壊滅に追い込んだ古い城跡を横目に見ながら、一行は国境を越えてシャーメシルへと入国していった。


 国境を越えるとそこから先は未知の場所だったので、グリンを呼んでまずは父娘で住んでいた家を目指すことにした。


 戦火を逃れてロマンダリアに越境してきたカリンとシャナだが、その後一度も自分の家を見に帰ることなく今日まで過ごしていた。


 カリンとしては、すぐ近くで大規模な戦闘があったから、恐らくはその余波で辺り一帯の住宅地は壊滅してしまっていると思い込んでいた。


 国境を越えて2日目の夕方近くになって、リード名誉男爵家の馬車団はグリンとカリンが住んでいた村のあった場所に到着した。


 カリンが予想した通り、そこは周辺一帯が焼け落ちた廃墟の並ぶゴーストタウンに様変わりしていて、シャナに至ってはここがどこだかまるで見当が付かない有様だった。


「やっぱりこんなになってしまって…」


 言葉に詰まるカリンの肩を、そっとカルアが抱き寄せた。


「馬車で2日もかかる道のりを、お1人でシャナちゃんを抱えて逃げて来られたんですね」


「えぇ、もう命からがらだったわ」


「カリンさんの勇気にあらためて敬意を表します」


「あなただって、男爵様の子供を授かって戦火にでも巻き込まれれば、きっと同じことをすると思うわよ」


「そうかしら、まだ子供を産んだことがないからなんともお答えのしようがないけれど…」


「女はね、愛する人と子供のためなら、何でも出来ちゃうのよ、覚えていなさいな」


「えぇ、肝に銘じておくわ」












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