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67 出発準備

 真夜中になって、アランはコータルの上屋に帰って来た。


 カリンの心情を思うと、決して意気揚々と帰って来れた訳ではないが、せめて精一杯の励ましをしたいと心に決めていた。


 入口の前でガルーダを放し、足音を忍ばせて部屋に帰ったつもりだったが、やはりカルアは起きて待っていた。


 マルタにも一つ部屋を与えていたので要らぬ世話を掛けることはないと思っていたのだが、妻の目はごまかせなかった。


「お帰りなさいませ、だんな様」


「ただいま。こんな時間まで起きて待っててくれたの?」


「だんな様がお気になさる事ではございませんよ。あたしが勝手に起きていただけですから」


「そう。なら、そういうことにしとこうか」


「カリンさんのご主人の容態はいかがでした?」


「うん。それがね…」


 アランは、見てきたこと、考えていることを、カルアにだけは包み隠さずに話しておくべきだと思っていた。


 2人の話し合いはソファでいつもの通りカルアの膝を枕にしたアランが、思いつくままに考えを述べながら深更にまで及んだ。


 翌朝、寝不足の目を擦りながらアランが起きだしてきた時、カルアの姿は既に部屋にはなく、仕方なく目覚ましの濃いお茶でも飲もうと厨房へと降りていった。


 1階の一番奥にある仮設の厨房は広くなく、煮炊きは出来ても盛り付けが出来るスペースは設けていなかったので、自然と大きな鍋から各自が自分の皿に勝手に装うスタイルが取られていた。


 カルアが横に付いていれば、アランは何もせずに待っていれば良かったが、1人で厨房に来た時に自分の好きなように盛り付けて楽しむことを覚えてからは、いつも大盛りにしては後から来たカルアに見つかって怒られることが多くなっていた。


 今朝は濃いお茶で目を覚まそうと思って厨房に来たはずだったのだが、やはり目の前に並んだ鍋を見ると、どこかへ忘れていた空腹感が戻って来た。


 また大盛りの皿を抱えてウロウロしていると、押し掛け料理人のカリスが顔を見せて、椅子を一つ勧めてくれた。


「おはようございます、ご主人様」


「おはよう、カリス」


「今朝はまたお1人で大盛りを楽しまれていらっしゃいますねぇ」


「うん。食べ物を前にすると自制心が利かなくなってね」


「ははは、それはそれは。お忙しいお体でいらっしゃるのですから、せめてお好きなものをお好きなだけ召し上がっていただければ良いんじゃないですかね」


「そう言ってくれるのはカリスだけだよ。ボクの奥さんはそう思ってないみたいだからね」


「私は料理人ですからねぇ。作った料理を旨そうに沢山食べてくれる人はみんないい人だと思うことにしてます」


 押し掛け料理人のカリスがやって来るまでは、ホテルやらオーベルジュなどの施設で決められた量の食事だけで満足していたのだが、好きなだけ食べていいと食べ物を目の前に置かれると、俄然食欲が湧いてくるのがアランには我が事ながらおかしかった。


 一流ホテルやオーベルジュのような洗練された料理が並んでいる訳でもないし、専属の給仕がついて上げ膳据え膳してもらう訳でもないのだが、やはり根が小市民だからか今のスタイルが気に入っていた。


 そうして大盛りにしたサラダや茹でたイモをパクついていると、後ろから神の声が聞こえて来た。


「またそんなに! そろそろ加減というものを覚えて下さってもいい頃だと思うのですが」


「ほら、言わんこっちゃない…」


 小声で呟くカリスにも神の声は容赦なく降り注いだ。


「カリスさん!あなたも少しはだんな様の体調を気遣ってください!」


 散々お叱りの言葉を下されたカリスはそそくさと厨房の奥へ消えて行ったが、アランは妻から逃げるわけにもいかず、食べかけの料理を盛った皿を手にしてアタフタするしかなかった。


「もう、どうしてそんなに朝から食べられるのでしょう」


「だって、これが生きる楽しみだし」


「それは分かりますが、何事にも限度という事がありましょうに」


「カルアは、ボクが沢山食べることがイヤなの?」


「限度を弁えて下さいとお願いしているだけです」


「これでもまだ大丈夫なんだけどなぁ、ボクとしては」


「まぁ、まだ召し上がるおつもりですか?」


「これでも、カルアが食べる肉の量に比べたら可愛いもの・・・・・」


 そこには痛いところを突かれたカルアの修羅の目が光っていた。


「ごめんなさい、もう言いません」


「う~~!」











 シャーメシルに先行させて拠点に適した場所を確保させるため、アランはガイルを呼び出した。


「ガイルはシャーメシルのこと、どれくらい知ってるかな?」


「私はまぁ、ロマンダリア人ですから隣国のことならカスマンドよりは詳しいですよ」


「ふーん、じゃぁさ、カナソワっていう町を知ってる?」


「首都ハナイの隣にある小さな町ですね。軍関係の病院があることは知っていますが」


「話が早くていいや。カリンさんのご主人がその病院に入院しててね」


「あぁ、あの狐人族の美しい方ですね」


「そう」


「では、その辺りに探せばいいですか、今度の拠点は」


「無理だったら仕方ないんだけど、折角なら病院の近くの方がいいかなと思ってさ」


「何か理由でも?」


「内戦で、カリンさんは家を失ってるんだ。だから故国に帰っても住むところから探さなきゃならない状態でね」


「分かりました。では、さっそく出発しますが、馬車はまたサリカムのでよろしいですか?」


「うん。準備が出来たら一言声を掛けてくれるかな?」


「了解しました」


 程なくして準備が出来たと報告を受けたアランは、急いで認めた手紙を渡してガイルに詳しい行動予定を話した。


 このままシャーメシルに入国するものだと思っていたガイルは、アランの指示に面食らったが、男爵様にはきっと深いお考えがあるのだと思い直して、その指示通りに動くことに異論はなかった。


「遠回りだと言ってもそんなにはかからないと思うし、悍馬が引く馬車だからきっと速いと思うよ」


 デリスを除いた暁の花園のメンバー6人は、サリカムの馬車に乗り込み顔を青くしながら出発していった。


 モノリスのメンバーだった118人を班分けしてそれぞれ適所と思われるところで仕事をさせていたが、実は今のところ1班に属する25人の働き口がない状態だった。


 4班のメンバーとてさほど活躍の場がある訳ではなかったが、とりあえず尾行やら狩りやらで存在感を示すことには成功していた。


 ただ、アランとしては、カスマンドの拠点は商業に重点を置いた部門としていたし、これから先の状況を見ながらその場に適した人材を活用しようと考えていたから、さして問題だとも思っていなかった。


 各班では独自にリーダーを決めて自然と仲間意識のようなものが醸成されていたのに対して、1班に分類されたメンバーは自らのことを只飯ぐらいと自嘲するほどすることがなかった。


 内戦が勃発して、国内の物資が窮乏している状態がまだ続いているシャーメシルでは、きっと活躍の場所もあるだろうと楽観しているアランには、1班のメンバーに期待するところが大だったのだが、そのことに気付いたカルアに指摘されて早々に随行メンバーを発表することにした。


 上屋の1階の広い倉庫に全員を集めて、アランはこれからの行動予定を話した。


 コータルはリード男爵家のカスマンドでの拠点として、アスワン商会との協力関係の下、スヘルデン商会の事業を継続発展させていくために、モノリスのメンバーのうち3班に属する商業経験者を残していくこと。


 2班に属するモノリスのメンバーは、これから行く先々で拠点の建設などに従事してもらうため、アランに帯同すること。


 4班のメンバーは、アランやカルア並びにメイド達の護衛として、これもアランに帯同すること。


 最後に1班に所属するメンバーは、これから向かうシャーメシルで窮乏する物資の製造に携わる可能性があるため、これもアランに帯同すること。


 これらの結果、アランに帯同してカスマンドを離れることを拒否する者や、スヘルデン商会の事業に携わることを拒否する者は、申告の上モノリスを脱退して今後は自由に生きて良いこと。


 最後に、2班が調達してきた荷馬車に幌を付け、皆が乗れるように改造が出来次第出発することを発表した。


「だんな様、もう1台6人乗りの馬車が必要ですね」


「あ、そうか。サリカムの馬車は居ないんだね」


「至急調達しないと、あたしたちが出発に遅れてしまいそうですよ」


「わかった。なんとかしなきゃね」


 アランはその場からタカジルとルネを呼び出して、馬車の調達を命じた。


 アランの馬車ほどの豪華装備は必要ないが、グリザの馬車と同等かそれ以上の装備のものを探すことだけに言及して、費用はいくらかかってもいいが買い叩いて安物を掴まされることの無いようにと付け足した。


 タカジルとルネは早速グリザの馬車で王都に向かって出発した。


 念のためと断って、300リュアンを持たされたルネは、


「馬車ってそんなに高いものなんですか?」


 と呑気な顔でタカジルに問いかけたが、


「オレだって馬車なんぞを買った経験なんてあるものか!」


 と叱られて黙り込んでしまった。


 2頭立て6人乗りの馬車は、どうしても4頭立ての馬車に見劣りがする。


 アランの乗る馬車を曳くウーサ種のように馬車専用の大型馬であればそうでもないが、グリザの馬車のように騎乗用のダリア種に曳かせるとどうしても速度で後れを取ってしまう。


 せめて4頭立てであればそこまでの違いは出ないが、と1人で考えていたタカジルは、何かを思いついたようにニヤリと笑うと、ルネに向かって言った。


「ちょっと大きな買い物になるかもな。覚悟しときな」


 300リュアンはかなりの高額だと思っていたので、必ず幾許かの残金が出ると思っていたルネは、そう言われて何が起こるかと要らぬ緊張を強いられる羽目になってしまった。


 スヘルデン会長との交渉の時もそうだったように、このタカジルという男は何を考えているのか知れない不思議さがある。


 ルネは、自分に全く欠けている能力をアランが見事に見抜いて、タカジルをお伴に付けてくれたというのに、まるで自分の方がお伴に成り下がっていることを考えて忸怩たる思いを持っていた。


 今度こそ失敗しないようにしなければ。


 まだ若いルネはこれからの経験が糧となって、成長することを期待されていることにまで気が回らなかった。












 王都の郊外にある牧場まきばで馬を探すことにして、あわよくば馬車を扱う店を紹介してもらおうという魂胆で主に訪ねると、たまたまウーサ種の出物が飼育されていると答えたので、それを見せてもらうことにした。


 まだ3歳になったばかりのウーサ種の馬は、それでもダリア種に比べると頭一つ背が高く、足も丈夫そうで力強かった。


 1頭いくらで売ってくれるかを尋ねたら、主は


「これだけの馬だ。20や30じゃ譲れねぇな」


 と答えて、こちらの足元を見るような顔になったので、タカジルの商人根性に火がついてしまった。


「じゃ、ここにいる4頭全部一括で買うから150にしねぇか?」


 150リュアンという大金を提示されて、主の頭は混乱したもののそれを承諾した。


 客の気が変わらないうちにさっさと引き渡そうとして、主は母屋へ戻って道具を持って馬の傍に行き、1頭1頭に馬銜はみを咥えさせ、頭絡と手綱に繋がる連結部分を丁寧に被せていった。


 その後で、また1頭1頭に鞍を置き腹帯を締め鐙を調節していったが、3頭めにかかろうとしたところでタカジルに止められた。


「鞍は2頭分あれば十分だ。あと、このダリア種も引き取ってくんな」


「こりゃお前、いい馬だぞ。いいのか手放しても」


「あぁ、その代りその分ちゃんと値引きしといてくれよ」


「お前、素人じゃないだろ。商売の仕方が汚ねぇや」


「バカ言っちゃいけねぇ。こんなダリア種、お前さんだって欲しいんだろ」


「うぅ…。痛いところを突いてきやがるぜまったく。今はダリア種が品不足でな。貴族からの注文が溜ってやがんだ」


「じゃぁ、こいつら2頭でお前さんが置こうとした鞍も合わせて60でどうだ?」


「くそっ、相場をよく知ってやがるぜ」


「じゃ、これが90リュアンだ。毎度あり~」


 交渉が成立したとみて、グリザは早速馬車の轅から頸木を外し、2頭のダリア種を牧場に放して、ウーサ種を2頭頸木に繋いだ。


「ルネさんよ、お前さんは馬に乗れるのか?」


「一応乗れますが、まさか・・・?」


「そうともよ。馬車屋までウーサ種で行くんだよ。背が高いから気持ちいいぜ」


「乗ったことありませんよ、こんなでっかい馬なんか!」
























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