54 砦跡のアジト
コータルのタランテロード家別荘にメイド達を送り届けた後、サリカムは馬を一頭借り受けて自分の担当する馬車を取りに戻った。
同じく、ガイル達7人もモノリスのメンバーと合流するために馬を借り受けて、打ち合わせた場所へ急行した。
モノリスには大きな戦闘力は期待できない。
それはアランとガイルの共通認識であった。
そこで、モノリスの現有戦力には、暁の花園と合流した後、廃鉱のアジトに残るカイエリアの構成員の掃討に協力してもらうことにした。
今回は、かなりの数の構成員がメイドの輸送に従っていたであろうとアランは踏んでいた。
60人からの人間を間違いなく船溜まりまで届けるには、警備面も含めて相当数の人員を当てたはずである。
あの場で正確に何人の構成員を始末したのかは不明だが、決して少なくはなかった。
何より14頭のグリフォンが4度も攻撃を仕掛けなければ全滅させられなかったのだから、生半可な数であろうはずがない。
おそらくは、持てる勢力のほぼ全てを今回の移動に注ぎ込んだと見ていいだろう。
ならば、廃鉱のアジトに残るのは、ほんの留守番程度の人数に違いない。
だから、暁の花園とモノリスの連合軍でもなんとか対処が可能なはずである。
一方アランは、砦跡へ行くべきか、船溜まりを陥すべきか迷ったが、カイエリアの勢力を排除した後に船溜まりは利用価値がある。
そう考えて、大昔の砦跡のアジトへ向かった。
ガルーダに乗って飛びながら、アランは思いついた疑問について考えをまとめようとしていた。
今回のタランテロード公爵家のパーティは、急遽決定したことである。
どこから情報が洩れて今回の事件に至ったのか。
公爵家或いはそのごく近い周辺に手先が入り込んでいると見てほぼ間違いないだろう。
でなければ、100名以上に及ぶ準備の人員を1人残らず捕えてアジトに連行することなど不可能である。
公爵からその意を伝えられて、それがカイエリアに伝わる時間経過を考えれば、日頃からこういう場合の計画が綿密に立てられていたに違いない。
タランテロード家とデイマークス家は、元一族ではあるものの現在では共にカスマンドの貴族勢力を二分する大勢力である。
成り行きとはいえデイマークス辺境伯一門に列する身となったアランに、タランテロード家の家中の問題に口を差し挟む義理はない。
しかし、である。
この世界にそういう言葉や概念があるか否かはともかく、人道的に見ればこれは捨て置いて良いという問題でないことは明らかだ。
ならば、と考えて、アランは独り言を呟いた。
「こういうことを放っておけないってのは、やっぱ貧乏性なんだろうな・・・」
高高度から俯瞰した大昔の砦跡は、要塞という雰囲気ではなく遺跡と言われればそのまま鵜呑みにしそうな外観であった。
訪れる人の姿などなく、朽ち果てるに任せた砦の石垣や建物跡などには草や蔓などが生い茂り、そういう類の学問があればであるが考古学者でもなければ近寄りたいと思う者などいないだろう。
アジトと思しき施設を探したが、それらしいものは付近には存在せず、人の姿はおろか動く物の影さえも全く見えなかった。
しばらく上空を旋回しながら様子を見ていると、かなりの速度で砦跡に向かって走る馬がいた。
それは、間違いなく砦跡を目指して走っているのだが、アランが見る限り馬とそれに乗る者が目指すべき建物らしきものがないにもかかわらず、馬は大昔に放置されたままになっている砦を囲む空堀を一気に駆け下って姿を消した。
もしかして、とアランが思っていると、続いて3頭の馬とそれが曳く馬車がこれまた限界に近いと思わせる速度で砦に近づいてきた。
馬車の車体は地面に着いている時間の方が短いのではないかと思うほど跳ね上がり跳ね上がりしながらも、どうにか転倒せずにこれも空堀を駆け下りて姿を消した。
なるほど、と感心していると、砦全体が突如慌ただしい雰囲気に包まれて、殺気立った気配さえ漂うようになってきた。
もし、出入り口があの空堀を降りた先だけならばと思ってはみたものの、この国に存在を感付かれることを厭うはずの組織として、それは有り得ないだろうと思ったアランは、ふと思いついたマンガのような作戦を実行してみることにした。
気配を殺して空堀の上に着地させたガルーダをその場に残し、自身も気配を消してアジトの入口らしき岩の扉を見つけると、ショルダーバッグからこれでもかと思うほど超大量の青々とした葉が付いたままの松の枝を取り出して、扉の中に次々と火をつけて放り込んでいった。
小山が1つ出来そうなほどの火がついて煙が燻る枝を放り込むと、扉を閉めて待たせてあったガルーダに跨って一気に上空へ駆け上がった。
ものの5分と経たないうちに、砦跡の崩れた建物の岩壁の隙間と、周囲を巡る空堀の2か所から白い煙が出ていることが確認できたので、アランは空堀の2か所のうちの一方の石の扉をガルーダの前足の爪で引っかけて崩して使い物にならなくした。
そうして、もう一か所の石の扉の前にガルーダを待機させて、自分は松の枝を放り込んだ石の扉が見渡せる空堀の上に陣取って、さて何が出て来るかと待っていた。
強化されたアランの耳には、砦跡の地下に造られたアジトの中で繰り返し起こる怒号と悲鳴が聞こえていたが、一旦それらが止んだ後、ガルーダの咆哮が聞こえて再びアジトの中は怒号と悲鳴と泣き声で埋め尽くされた。
アジトの中をあちこち走り回って、開かない扉に怒りながらもと来た道を戻り、開いたと思った扉の前に居たケームに戦いて走って逃げ、ついに最も煙が酷いアランの待つ扉に辿り着いた者達は、先を争って新鮮な空気を求めて走り出したところを、先頭の者から順に両足を地面に縫い付けられていった。
アジトの扉から飛び出して10サケンも走らないうちに動けなくなった者の数は30人を超えたところで途切れた。
それから5分ほど待ってみたが、出て来る者の姿はもうなく、そこでようやくアランはアジトの中に入って行った。
白い煙で満たされた通路と奥にあるいくつもの部屋はまるで見通しが利かなかったが、アランにとっては常と変らぬ状態で見えていたし、呼吸も特に苦しいと思うことはなかった。
1つ1つ、順を追って部屋の扉を開けて中を確認していくと、すべて無人であったが、最後に残ったアジトの3分の1を占めるほどの大きさの広い部屋の扉を開けると、そこが攫って来た人たちを閉じ込めておくところだと瞬時に理解出来た。
中には咳き込んだり涙を流したりしている者が30人ほどいて、全員女性であった。
比較的症状の軽そうな人に近づくと、その前に膝をついたアランは静かに言った。
「助けに来たんですけど、ここに居る人たちで全員ですか?」
尋ねられた女性は、最初意味が分からなかったようだが、徐々に薄れていく煙がアランの姿を露わにした時、ついに大きな声を上げて泣き出した。
「とりあえずココから出ましょうか」
その場に居る全員の無事を確認して、アランは女性たちを外へ連れ出した。
空堀のあちこちに両足を地面に縫い付けられて動けずに、ただ泣き声と怒号を上げている男たちの姿を見て女性たちは身を竦ませたが、アランの言葉にうなずいてすぐに歩き出した。
「こいつらの足はもう使い物にならないから、心配しなくていいですよ」
堀の上に上がってみると、そこには砦跡の方角から白い煙が上がっているのが見えたので、何事かと駆けつけたガイルやゲンの姿があった。
廃鉱のアジトには5人ほどが留守番に残っているだけだったので、苦も無く制圧して全員を例の小屋に閉じ込めたところで煙が見えたのだ。
アランの顔を見て、数十人の女性たちの姿を見て、そして空堀の底で泣き喚く男たちを見て、暁の花園のメンバーはここで何が起こったかを即座に理解した。
「総統お一人でこれを?」
恐る恐る尋ねるガイルに、アランは忘れ物を思い出したように言った。
「後始末は頼めるかな。パーティの時間が迫っててね」
そして、アランはガルーダに跨ってグルリアへと一気に飛んで帰った。
別れの宴までもう3時間ほどしかないのに、アランの帰りがまだであることを、カルアは特に怒ってはいなかった。
彼女の心を今占有しているのは、デイマークス辺境伯になんと挨拶するべきか、ということであった。
アランの妻として自分の立場を理解しているカルアにとっては、これからもこういう事態は起こり得ることであろうし、それで一々目くじらを立てていたのではリード名誉男爵の第一夫人など務まる訳がない。
今日のドレスは青を基調とした華美を押さえたシックなデザインを用意したし、左手の薬指にはアランから贈られた金剛石の指輪が輝いている。
髪も項を露わにするアップでまとめて、髪飾りは銀の蝶が意匠されたシンプルなものが一つだけだ。
化粧はなくても十分だとは思ったが、淡い装い程度に紅を引き、瞼の縁をピンクに染めて全体の統一感を優先した。
侍女であるマルタと、経理担当のナタリアにも、今日は正装させた。
肩が半分露わになるドレスを着るのは二人とも初めての経験らしく、どこか動きにぎこちなさが見られたが、
「アラン・リード名誉男爵の体面を考えて行動して下さい」
というカルアの一言に、目が覚めたように二人でハイヒールを履いて歩行練習を始めた。
あとはネロンガさんだけだけど・・・。
そう思っているカルアの耳に、当のネロンガの気の抜けたような悲鳴が聞こえて来た。
「ガ、ガルーダさん、お早いお戻りで・・・」
「お前の主人はガルーダかい!」
いつものツッコミが聞こえて、カルアの笑顔が200%増しになった。
デイマークス辺境伯から貰った馬車に、アランとカルア、ネロンガとナタリアとマルタを乗せ、御者台にテムジンとグリザが乗って、一行はオーベルジュに帰って来た。
コータルの一件はすでに辺境伯の知るところとなっており、簡単な顔合わせだけに終始したパーティは短い時間でお開きとなった。
辺境伯自身には何ら非はないのだが、自分が主催したパーティが引き鉄になったとも云える今回の事件には、彼自身忸怩たるものがあったと見えて、アランを一門の貴族たちに紹介することだけを心掛けて、こういうパーティに付き物の派手な演出は一切省かれていた。
それでも3時間のパーティの間に都合70人以上の貴族たちと挨拶を交わしたアランは、次に会った時の為に名前と爵位と領地の場所を覚えるのにてんてこ舞いだった。
本来ならば、それに最低でも第一夫人の名前と跡継ぎの長男の名前、紋章と王都での本邸の住所くらいは知っておかなければならないらしいが、そんなこと出来るわけがないので素直に諦めた。
疲れ果てて部屋のベッドに倒れ込んだアランは、眠り込んでしまう前にこれだけはと思って、マルタを呼んだ。
カルアから伝書ツバメの世話を引き継いでいたマルタは、元気そうな一羽にアランから託された短い伝文を括り付けて闇夜に放った。
何か動きがあったのならば、返信が付けられて戻って来るだろうから、もう2,3日はこの宿で待機だなと考えながら、アランは久しぶりのカルアの匂いと柔らかさに包まれて意識を手放した。




