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43 心得

 およそ一般の常識が通用するお方ではないが、それは余りに型破りな…。


 口にこそ出さないものの、ガイルはアランの顔を思い浮かべ、彼の行動のあれこれを思い出しながら、自分達を束ねる総統が貴族になってしまったことを、喜ぶべきかそうでないか、判断が付きかねた。


 本来であれば、貴族に取り立てられるなどということは栄達の極みに違いないのだろうが、ことアラン・リードという人間に関しては、そういう範疇に納まるような可愛らしい生き方で終わるとは到底思えなかった。


 ガイルも後から人伝に聞いたことだったが、2万人の組織だろうが10万人の組織だろうが、上から順番にて始末していけばそんなものは簡単に潰せると呟いて、本当に暁の花園を壊滅させてしまったのだという。


 尚且つ、ケームという猛獣の中の猛獣とすら表現されるあの凄まじい生き物を、猫の子を飼うように完全に飼い馴らす能力は、既に人という存在を超越しているとさえ思える。


 もう考えるのはよそう。


 そう思ったガイルは、ネロンガに疑問をぶつけてみた。


「なぁ、ネロンガ、我々が急に呼ばれた理由を知っているか?」


「う~ん、総統の頭の中までは知らないけど、もっと人が居ればとか、人が要るとか、ここんとこそんなことをよく言ってたから…」


「人が要るってことは、どこかと戦争でもしようってのか、総統は」


 いつも一言多いゲンという男が、またまた不穏当な発言をして皆に呆れられた。


「なんかさぁ、昨日の夕食の時にも、エビの行商をしている人を知らないかって聞かれたしさぁ、突然わけ分かんないこと言い出すからオレも困ってるのさ」


 偉そうに言ったネロンガは、テムジンの手が止まっていることに気が付いて、慌てて発言を撤回した。


「あ、今のうそ、うそだから。総統はきっと何か凄いこと考えてるんだよ、きっと…」


 テムジンは、アランの従者としては新参だが、アランに心酔しているという点では今のところネロンガなど足元にも及ばない。


 だから、テムジンの前でアランを扱き下ろすととんでもない目に遭う。


 一昨日も、実は、置き去りにされてぶつくさ文句を並べていたら、テムジンの鞭が撓って危うくお仕置きを食らうところだったネロンガは、必死になって弁解に徹した。


 先に従業員の控室でガイルたちのパンを用意していたシェフが、準備が出来たと皆を呼んだので、テムジンとネロンガをその場に置いて8人は朝食にありつくことにした。










 目が覚めた時、カルアが下着を身に着けているところだった。


 後ろ姿しか見えなかったのは少し惜しかったが、何度見ても見とれてしまうプロポーションを堪能しながら、アランは今日のスケジュールを頭の中で組み立てようとして、挫折した。


 カルアの体を至近距離から仔細に観察しているのである。


 そんなこと、煩悩の塊のようなアランに出来るわけもない。


 そこで、今日の予定に変えてカルアの下着について考察することにした。


 この世界にはブラジャーというものが存在しないので、基本的に女性はあまり薄着をしない。


 眠る時も、昼間ほどの重ね着はしないもののやはり着ているものは、アランから見れば立派な服である。


 ボタンなどの実用的な装飾品はとてつもなく高価な代物だから、庶民が着る服装には当然付いていない。


 アランの経済力からすれば、カルアにボタンの付いた服を着せることは然程難しくはないが、この世界のボタンは石か貝殻を磨いたものなので、まず何よりそんなものを夜着に付けるはずもない。


 庶民の普段着は、貫頭衣に袖が付いているものか、ボタンの代わりに紐で縛るものかのどちらかである。


 ショーツも体のラインを邪魔しないデザインのものなど無いので、基本的に臀部を覆う布と言った趣のものである。


 これがまた、アランとしてはとてつもなく野暮ったく感じるのだが、それと同時にとんでもなく脱がせにくくもある代物でもあった。


 伸び縮みしない素材を真っ暗な部屋のベッドの中で手探りで脱がせようとしたら、どうしても行為を中断してカルアに協力してもらわないと不可能であった。


 一度思いついて、全部脱いでからベッドに入ってきてよと言ったら、


『だんな様に脱がせていただくのが女の本懐』


 などと訳の分からないことを言って拗ねられたので、アランとしては仕方なくそれからは諦めることにした。


 元いた世界でも、下着を身に着ける習慣が定着したのは、人間の歴史から見れば極々最近の話である。


 ブルボン王朝華やかなりし頃の絶対王政の時代でさえ、貴族といえどもそんなものは穿いていなかった。


 ドレスの腰から裾までをクジラの骨を使ってまでわざわざ広げたあのデザインは、貴族の女性が庭で立ったまま用を足す為のものだったというから、臀部全体を包み込んで腰で縛るタイプといえども、パンツがあるだけまだマシかと思ったりもした。


 貞操帯などという厄介な代物がこの世界の女性のスタンダードな下着だったりしたら、かなりカルアとの距離感も違っていたかな、などと考えて、アランは朝からどんな妄想に浸ってるんだと切なくなった。


 つまりは、もっとカルアを抱きしめていたかったのだ。


 


    なんて自堕落な発想してるんだ、 ボクは…。



    ははは、でも、美人だもんな、ボクの奥さん。




 その時、まるでアランの考えていることを察しているかのようにカルアが振り向いて


「ご覧になりたいのなら堂々と見ていただいて構いませんよ」


と、明るい笑顔で言った。


「あ、あのさぁ、カルアは服を着替えてるところを見られても恥ずかしくないの?」


 言ってからバカなことを訊いたなと思ったが、カルアの言葉はアランの予想の斜め上を横切っていった。


「他の殿方にお見せするわけでなし、だんな様はあたしの体をいつもご覧になっていらっしゃるのですから、何を今更…」




    勝てないよ。



    カルアには逆立ちしたって勝てないよ



    ははは、こっちの女の人ってみんなこうなの?









 2人が着替え終わって洗面も済ませた頃、客室係の女性が部屋のドアをノックして遠慮がちに声を掛けた。


「早朝から申し訳ございませんが、アラン・リード名誉男爵閣下と奥様にご来客がございます。お支度が整われましたらロビーまでお越し願えますでしょうか」


 部屋の中で人が動く気配を確かめた後に、ドアに向かって言って来るところは、さすが接客業のプロだな、と感心したアランだった。


 これが辺境伯邸のメイド達ならどうなっていたことやらと思うと、あの日、動きがフリーズしていた姿を思い出して、顔がニヤけるのを止められなかった。


「こんな朝早くからの来客ですか。だんな様にはお心当たりはございますか?」


「さぁ? 辺境伯からの親書で館に寄れって言われたけど、それとは違うよね。それにボクだけの来客じゃないみたいだし」


 2人して首を捻りながら、朝食を取るついでに相手を確かめようとロビーまで下りて行った。


 果たしてそこに居たのは、カルアにはまるで見覚えのない面々だったが、アランには用向きがすぐに分かったようで、


「もう着いたんだ」


 と呟いていた。


「あの、この方たちはどのような・・・」


「あぁ、カルアには分からなくて当然か。彼らは暁の花園のメンバーだよ」


「ロマンダリアからわざわざお呼びになったんですか?」


「うん。辺境伯邸に行く前の夜に伝書ツバメを飛ばしておいたんだけど、その頃はまだこんな身の上になるなんて思ってなかったし」


「どのようなご用向きで彼らを呼ばれたんでしょう?」


「うん…」


 アランが伝書ツバメをホテル・ド・ロマンダリアに向けて飛ばした夜は、単に自分とカルアの身の回りの世話が出来る女性と、これから増えるだろう荷物を運べるエキスパートと、いつまでもアラン一人で多方面の活動は出来ないだろうからと思って、多少の渉外経験のある者を選んで呼び寄せたつもりだった。



 


    えっと…。



    8人も呼んだっけ?



    ガイルとマルタは指名した覚えがあるんだけどなぁ。





 とりあえず4人居れば間に合うと書いた筈だったのだが、目の前の集団は暁の花園の現在の実質的運営責任者集団が、リード総統のお召しとばかりに倍の人数を送り込んだのが原因だった。


 それぞれが直に総統から呼ばれたと思っている8人に、今更呼んだのは4人だとも言えず、アランは片膝をついて両手の拳を地面に着けて礼の姿勢を取る面々に


「遠いところをわざわざ来てもらってありがとう。とりあえず、今日はゆっくり休んで」


 と気の抜けるような言葉を掛けた。


 直接アランのことを知っているガイルやマルタなどはそれで十分に感激したのだが、今一つアランの恐ろしさを知らないゲンなどは、


「いやぁ、急いで来たんで正直に言うと疲れました」


 とアランに面と向かって言ってしまったので、カルアが堪え切れずに吹き出した。


 遠目で一度きりしかカルアを見たことのなかったゲンは、その一言が彼女の機嫌を損ねたとも知らず、失笑するカルアを得意そうな顔で見ていたところ、


「これで、だんな様のお役に立ちましょうか…」


 とカルアに呟かれて、頭から冷水を浴びせられた気分になって下を向いてしまった。


 期せずしてゲンという男の本質を暴いてしまった妻の一言に、アランは感心していた。


 8人も居れば、一人くらいはトリックスターが混じっていても仕方ないかと思ったが、それならそれで使いどころを間違いさえしなければそれなりの結果を生む可能性もあるんじゃないかと、楽観視を決め込んだ。


 ところが、カルアの呟きに背筋が凍る気分になったのは、ゲンだけではなかった。


 マルタは、これから身の回りのお世話を担当することになる奥様の性格が、ゲンをも一言で黙らせるものだったことに軽い戦慄を覚えていた。


 対応を間違えると、立場が危うくなるかもしれない。


 勝手にそう思ったマルタは、気を引き締め直した。


「じゃ、ガイルだけついて来て」


 アランはガイルを連れてレストランに入って行った。


 朝食を取りながらこれからの事を相談するためにそう言っただけだったのだが、残された7人はこれから篩に掛けられるのを待つ気分になってしまった。


 かと言って、その間何をしていればいいですか、とは口が裂けても聞けない。


 従者として呼ばれた以上、それを考えるのも立派な仕事なのだから。


 総統の元に辿り着いたその日のうちにロマンダリアへ送り返されるのは、役立たずの烙印を押されるようなものである。


 そう考えた彼らは、一斉に行動を起こした。


 カルアの身の回りの世話を一任されたつもりだったマルタは、ロビーから客室係の控室へ向かおうとして歩き出したところをカルアに呼び止められた。


「マルタさんとおっしゃいましたか、こちらへご一緒していただけますか?」










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