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32 馬を贈られると、馬車と御者がオマケに付いて来るんだね!

「目の前にだんな様の顔があって、すごくいい気分です」


「それは、どうも」


 2人の睦言は、もうメイド達に邪魔されることは無くなった。


 迂闊に部屋に踏み込んだあのメイドの口から、一気に噂が広がったのだろう。


 若い娘というのは噂話が大好きで、あれこれ他人の私生活を詮索したがるものなのだ。


 しかし、あの日以来朝の挨拶は必ず部屋の外から大きな声がかけられる様になった。


 離れに居室を移して尚、である。


 それだけ強烈なインパクトがあったということだろう。


 メイドの有志が勇気を出して、あの朝カルアが口走った


「あたしが壊れてしまいます」


 という言葉の真相を確かめに来るかと思ったが、さすがに辺境伯家に仕えるメイドだけあって、それほどのおバカは居なかったようだ。


 そんなデイマークス辺境伯のお邸で目覚めるのもこれが最後だ。


 長くて3日ほどしか滞在することはないだろうと思っていたのに、気が付けばもう20日にもなる。


 オーベルジュのオーナーに衣装代を支払っていないことを、今更ながら思い出して少しの罪悪感が湧き上がって来た。


 今日はカルアと屋台の串焼きの店でグレイン牛の肉でも食べて帰るかな、などと考えていたのだが・・・。


 甘かった。


 謁見の間で最後の挨拶をした後、久しぶりにカルアと手をつないでグルリアの町まで歩いて帰ろうとしたところを呼び止められた。


 デイマークス辺境伯自らアランに贈呈品があるというので気楽に受け取ったはいいが、その『目録』という大きな封書を開けて、目が点になった。


「貴殿も我が一門に連なる身となったからには、徒にて出歩くなど以ての外である」


 そんなお小言を頂戴して、そのまま正面玄関に連れて行かれて、現実を見せつけられた。


 車寄せには、真新しい銀の装飾も目に艶やかな6人乗りの馬車と、その頸木に繋がれたカスマンド国内でウーサ種と呼ばれる大型の馬が2頭、アランとカルアを待っていた。


「なんですか、これは?」


「なんですかとは、またご大層な挨拶だな、名誉男爵殿」


「目録には、単に馬二頭  ウーサ種  牡 とだけ書いてありましたが」


「貴殿はそろそろ貴族の自覚を確かなものにした方がいいな」


 片目を瞑って悪戯小僧のように笑う辺境伯に、背中をポンと叩かれて教えられてしまった。


「ウーサ種の馬というのは、体格が大きすぎて騎乗には向かん。だから、単にウーサ種を贈るということは馬車も付いて来るということだ」


「えぇっ・・・、そうなんですか?」


「それはまぁいい。もう一つ贈呈品に項目があっただろう」


「はい、永久保証一式とありましたが、これも何かあるんですか?」


「もちろん。貴族同士が馬車を贈る場合、御者は必ず付いて回る」


「はぁ? 人を贈呈品目に組み入れてるなんて、それはちょっと・・・」


「そうではない。単に奉公先が変更になるだけだ」


「いや、それは・・・。確かにそうかもしれませんが」


「もちろん、担当の御者にも拒否権があるから、無理矢理ということではないので安心したまえ」




    いや、安心したまえって言われても。



    人間関係の不具合とかあるでしょ、やっぱり、そこは。




「今回貴殿に従うのは『テムジン』という名だが、本人は納得しておる」


「納得ねぇ・・・」


 そして二人は辺境伯邸を初めて訪れた時と同じ顔ぶれに見送られて、しかも今度は自分の馬車でグルリアの町に帰って来た。


 懐かしい店先に馬車が停まると同時に、テムジンがさっとドアを開け、カルアの手を取って馬車から下ろすと、その足でオーベルジュの中に飛び込んで、大声でアラン達の帰還を告げていた。




    また、ボクは放置ですか。



    影、薄いのかな・・・?




 一人トボトボとドアに向かって歩いていると、店の中でひと悶着あったようで、カルアが眉間を指で抓んで溜息を吐いていた。


「どうしたの、カルア?」


「テムジンがだんな様のご身分をいきなりバラそうとしちゃいまして」


「それはかなりマズい展開だね」


「もう遅いみたいですけど」










 20日ぶりに再会したオーベルジュのオーナーは、帰って来たばかりのアランに向かって愛想よく、


「お帰りなさい、リード様」


と声をかけたのだが、それがテムジンの気に食わなかったのか、


「アラン・リード様は、この度カスマンド王国の名誉男爵閣下にお成り遊ばされた。以後言葉遣いには気を付ける様に!」


 と噛みついた。


 その言葉に面食らったオーナーは、


「名誉男爵・・・?」


 と言ったまましばらく固まっていたが、再起動に成功した後はさすがに宿泊施設の支配人だけあって、そつなく対応を改めたことにアランは正直感心してしまった。


「アラン・リード名誉男爵閣下、本日のお泊りは当方でよろしいですかな?」




    なにそれ。



    嫌味にしか聞こえないし。



    成りたくてなった貴族じゃないやい!




「ボクとカルアの部屋は、また続きの間付きで。それとテムジンの部屋・・・」


 アランの言葉を遮って、テムジンが凄い勢いで首を横に振りながら

 

「滅相もない。名誉男爵閣下と同じ屋根の下で眠るなど畏れ多ございます」


と全力で否定した。


「ご安心くださいませ、名誉男爵閣下。お付の方には専用の従者部屋がご用意してございます」


 オーナーである支配人の配慮でこの場は事なきを得た感があるが、今後これが続くのかと思うと胃が痛くなるアランであった。


「では、馬車と馬たちの世話をして参ります。ご用の節は何時なりとお声かけ下さいませ」


「分かりました」


 アランに代わってカルアがそう答えると、テムジンは眩しそうな顔をして彼女の顔を見てから、馬車の方に走って行った。


「リード名誉男爵夫人は、天下の美形でいらっしゃる。従者もさぞ誇らしいことでしょうな」


「あたしは、だんな様以外の男性に興味ありません!」




    ほーら、そういうこと言うと奥さんのご機嫌がナナメっちゃうんだからね。


    話題転換、話題転換!


 


「さて、久しぶりの町を堪能しに行こうか、カルア」


「はい、だんな様」










 宿から歩いて然程でもない距離に、子供たちが集まってワイワイ騒いでいる一角があった。


 男の子たちは10歳前後だろうか、擦り切れたうえに垢の滲んだような服を着て、それでもそんなことなど気にせず元気に走り回っている。


 それを後ろから追いかけるように同じ年頃の少女たちが駆け回る。


 ここに来るまで、ついぞ見かけなかった子供たちの弾けるような笑い顔を見ることが出来て、アランは心が安らぐのを感じた。


 その中の男の子の一人が、走りながら短い木の棒を振り回していたのだが、それが運悪く杖を突いて歩いていた若い女性の足に当たって、バランスを崩した女性が男の子もろ共にズデンと音がしそうな勢いでひっくり返ってしまった。


 足の悪い女性は起き上がろうとしていたが、男の子がぶつかった勢いで持っていた杖を放してしまって自力では立てそうになかったし、男の子は何が起きたのか理解できない様子で辺りをキョロキョロ見ていたが、そのうち痛みに耐えかねて大きな声で泣き出してしまった。


 男の子たちの後ろを駆け回っていた少女たちが異変に気づいて女性の元に駆け寄ったが、子供たちだけの力では大人の、しかも足に障碍を持った女性を立たせることは出来ないようで、どうしていいか分からずに、これもみんな泣き出してしまった。


 たまたまそこに通りかかった、白髪頭に片方だけが立っている三角耳を乗せた優しげな年配の紳士が、拾った杖を女性に渡したついでに立ちあがらせて、そのまま介助するような格好で歩いて行こうとした。


 その時、紳士の後ろをついて来ていた若い男の顔を見たカルアが「あっ!」と小さく叫んでアランに注意を促した。


 若い男の顔は、アランにも確かに見覚えった。


 犬人国カスマンドにあって丸い豹の耳はそこそこ目立つのだが、若い男はうまく帽子でそれを隠していた。


 若い男の顔は、カルアにとって忘れようがないほど強烈に記憶に残っていた。


 それは、アランに出会ったとき、ケニーと一緒にカルアを追いかけていた破落戸の1人だったからである。


「あいつ、たしかネロンガとかいったよね」


「はい。今は更生して福祉の仕事についているはずなのですが・・・」


 きな臭いものを感じたアランとカルアは、紳士を尾行するネロンガをさらに尾行することにして、その場を後にした。


 優しげな表情と柔らかな物腰で足の悪い女性をエスコートする紳士におかしなところは見当たらなかったが、一度更生した上にガルーダの恐ろしさを骨の髄まで味わったネロンガが再び町の破落戸に戻るとは到底思えなかった。


 ましてや、ここはロマンダリアですらない。


 最短の行程を取ったとしても、馬車でひと月以上かかるカスマンドの、しかも辺境の街である。


 ネロンガの狙いが紳士と女性のどちらにあるのか判然としない以上、気取られることなくこのまま後を追う以外ないわけだが、辺境伯邸に滞在していた折にヒマ潰しに読んだ百科事典のカスマンドの項目の中に、非合法の人身売買組織の存在が指摘されていたのを思い出したアランは、カルアにすら聞こえないような小さな声でガルーダを呼んだ。


「ガルーダ、ボクの居る場所の上を旋回してて。お前の力が必要になったら呼ぶからその時は来ておくれ」


 ネロンガの印象について記憶の底を探りながら、アランは大切なことを思い出して、ヤツの行動の意味を朧げながら理解した。


 ネロンガは、ケニーの弟分の中で最も更生に前向きな男だった。


 そして、身体障碍者の自立支援を熱心に行う好青年に変身した。


 とすれば、狙いはあの紳士に違いない。


 そこに非合法の人身売買組織があるかどうかは分からないまでも、あの足の悪い女性を親切そうな態度で介助する紳士に目を付けていたネロンガが、国を跨いで調べているのだとアランは確信した。


「ここから先はかなり危ないことになるかもしれないから、カルアは先にオーベル・・・」


「イヤです!」


「まだ最後まで言ってない・・・」


「だから、イヤです! あの人にいい思い出はありませんが、今は更生して福祉に全力で取り組んでいるんでしょう。それがロマンダリアならまだしもカスマンドで見かけるなんて、絶対普通じゃありません」


「うん、だから普通じゃないからカルアは・・・」


「絶対にイヤです!」











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