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天才でも医者の子でもない俺が、医学部を目指すのは無謀ですか? ~普通の公立高校出身一浪生の、意地と焦燥の受験記~  作者: しばたろう


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2026年 冬 偏差値57.0

 一二月、受験校がほぼ確定した。


 国立大学は共通テストの結果次第だが、私立については偏差値62.5、つまり医学部の中でも入り口に近いとされる大学を軸に、合計八校を受験することに決めた。

 この「偏差値62.5」という数字は、世間一般で見れば決して低いものではない。早稲田大学理工学部の比較的入りやすい学科や、東京理科大学の主力学部と肩を並べる数値だ。

 私立医学部の「底」といわれる場所でさえ、それほどの学力が必要とされる。


 しかも、恐ろしいのはその倍率だ。

 定員に対して数千人が殺到し、実質倍率は数十倍にまで跳ね上がる。たとえ偏差値が足りていたとしても、わずか一点の差で数百人を抜き、同時に数百人に追い抜かれる過酷な椅子取りゲームだ。

 

 「入り口に近い」という言葉の響きに、安堵など微塵もなかった。


 なお、医学部受験において「最も易しい」とされる偏差値60.0の二校は、初めから選択肢から外していた。

 理由は単純かつ切実だ。その二校は、六年間でかかる学費の総額が約4,700万円という、他とは一線を画す異次元の高額費用だったからだ。

 いくら俺を応援してくれている父さんでも、「さすがに無理だ」と苦渋の表情で首を振った。

 しかも、そのうちの一校は女子医大だ。そもそも男の俺には、門を叩く権利すら最初から存在しない。

 

 一二月の三者面談で、チューターは少しだけ眉をひそめた。

「受験校、かなり多めですね。連日の試験になりますから、体力が持つか心配です」

 だが、俺の第三回模試の結果を見直すと、すぐに明るい声を出した。

「でも、今の山田君ならどこかには受かってくれると思いますよ」

 その言葉は、太鼓判となって俺の背中を押した。


 結局、滑り止めとして検討していた私立工学部は受けないことにした。過密なスケジュールにさらに負担を強いるのは現実的ではないし、何より「どこかには受かる」というチューターの言葉を信じ切っていたからだ。父さんも、模試で結果を出しているからと、認めてくれた。


 一二月の冬季講習も、俺は例によって受講しないと決めた。共通テスト対策の追い込みに集中すべきだと判断したからだ。河合塾側からも、特に無理強いはされなかった。


 願書の提出もインターネットで全て済ませた。クレジットカードでの支払いなど、やはり「がきんちょ」の俺にはハードルが高く、父さんにパソコンを操作してもらう。

 ただ、いくつかの大学で求められた面接資料の作文――特に手書き指定のものには骨が折れた。慣れない筆致で「医師を志す理由」を書き殴りながら、いよいよ決戦の時が近いことを実感していた。


 そして、運命の2026年1月17日。

 共通テストの朝を迎えた。


 体調は万全。俺は意気揚々と試験会場へと向かった。


 一日目。

 一科目目の「政治・経済」。苦手科目の割には耐えた感触があった。

 続く「国語」も、案外手応えがある。

「出だしは好調だ。このまま走り抜けてやる」


 期待に胸を膨らませ、三科目目の「英語」に臨んだ。俺の最大の武器だ。ここで大きく稼ぐのが作戦だった。

 だが――。

「あれ……なんだか、難しくないか?」

 ページをめくる手が、わずかに震えた。


 二日目。

 挽回を誓った「物理・化学」。物理は得意なはずだった。

 だが、解けない。難化しているのが肌で分かった。化学もまた、手応えが薄い。

 数学に至っては、数Iから今まで見たこともないような難易度が俺を襲った。数IIBも、波に乗れないまま時間が過ぎていく。

 最後の「情報」を終える頃には、心は空洞になっていた。


 試験終了後、俺は逃げるように家へと帰った。

 翌日、塾で自己採点を行う。全国的に難化したようだが、俺の合計点数は717点。偏差値にして57.0だった。

 難化したとはいえ、去年の点数とほとんど変わっていない。


「この点数では、国立大学医学部には行けません。足切りされるレベルです」


 チューターの声が、遠くで響いた。

 この一年、死に物狂いで取り組んできた共通テスト対策は何だったのか。自分では懸命に努力してきたつもりだった。なのに、何一つ報われなかった。


 国立大学への道は、ここで完全に絶たれた。


 しかし、俺にはまだ私立大学がある。八校。多めに申し込んでおいて本当に良かった。

 父さんは、こうなることを見越してあの時、私立の併願を勧めてくれたのだろうか。

 絶望の淵に立ちながらも、俺は残された八枚の切符を、震える手で握りしめ直した。

 


 私立大学受験の幕開けは非情だ。共通テストの自己採点で打ちのめされた傷も癒えぬまま、わずか数日後には一次試験の火蓋が切って落とされる。


 まずは一月、緒戦となるのはI大学だ。

 ここは偏差値62.5群の中でも、「入りやすい」と目されるうちの1校だ。国立への道が断たれた今、何が何でもここで一勝を挙げ、止まりかけた心の心臓に再び火を灯したかった。


 二月に入ると、いよいよ地獄の連戦が始まる。

 カレンダーは連日の試験予定で真っ黒に埋まり、休む暇など微塵もない。特に、複数の大学の試験日が重なる日は、受験生の分散が見込まれる「狙い目」だ。

 そこには、同じく比較的入りやすい部類とされるK大学、そして二日間の受験チャンスがあるT大学をねじ込んだ。


 さらにS大学の試験を終えて、ようやく一息つける。

 そんな過密なスケジュールの合間を縫うように、自分の実力を試すための「チャレンジ校」も数校混ぜていた。


 そして、長い戦いを締めくくるのはD大学だ。

 I大学と並び、偏差値62.5群の底辺に位置する最後のチャンス。ここが文字通り、俺にとっての「最後の砦」となる。


「どこかには受かる」

 あの日、チューターが言ってくれた言葉を、俺は祈るような気持ちで何度も反芻していた。



 I大学の一次試験合格の通知を受け取ったときは、ようやく春が来たのだと思った。

 一月中に受けた二次試験の面接も、そつなく乗り切れた手応えがある。出だしは順調だ。このまま波に乗れる――そう確信して二月の連戦へと突入した。


 K大学の一次試験もT大学の一次試験も、手ごたえはあった。

 

 だが、現実はそれほど甘くなかった。

 連戦の疲労が色濃く出始めた最後の一校、S大学。ここで最悪の「席ガチャ」を引いてしまう。隣の席に座った男が、苛立ちを撒き散らすように鉛筆や消しゴムを叩きつけ、凄まじい音を立てていたのだ。

 空気に飲まれ、集中力が削がれる。言い訳だと分かっていても、解けるはずだった数学で手痛いポカミスを犯し、大量失点した瞬間の血の気が引く感覚は今も忘れられない。


 追い打ちをかけるように、その日の夕方、I大学の最終合格発表があった。

 結果は、補欠。順位は五十位。

 去年の繰り上がり実績からすれば、回ってくる確率は低い。


「……嘘だろ」

 最も可能性が高いと思っていた大学にさえ、弾き出された。医学部受験の底知れぬ恐ろしさが、ようやくその牙を剥き始めた。


 翌日、K大学とT大学の一次合格通知が届き、なんとか首の皮一枚でつながったものの、そのさらに翌日にはS大学の一次不合格が確定した。あのアウトサイダーな隣人への殺意に似た感情が込み上げる。


 失意と焦燥の中、俺は再び東京へ旅立った。

 まさに死のロードだった。東京で最後の砦・D大学の一次を受け、そのまま九州へ飛び、翌朝にK大学の二次試験に挑む。その日の深夜に再び東京へ舞い戻り、翌朝にはT大学の二次試験の会場へ滑り込んだ。

 ダイヤが一つでも乱れればすべてが瓦解する、狂気じみた弾丸ツアーだ。


 D大学の一次試験。その終盤、俺の気力はついに底を突いた。

 残り時間が少なくなると同時に、激しい眩暈めまいが襲う。視界が急激に狭まり、文字が紙面で踊り始める。机に突っ伏しそうになる頭を必死で持ち上げ、文字通り「歯を食いしばって」最後の問題に立ち向かった。


 ここで倒れたら、すべてが終わる。

 その恐怖だけが、鉛のように重い右手を動かしていた。

 

 幸いにも、その後に続いた、K大学の小論文と面接、そしてT大学の出来も悪くはなかった。

「まだ、いける。勝負は終わっちゃいない」

 自分に言い聞かせるように、地元の駅に降り立った。


 数日後、D大学の一次合格が決まった。よし、まだ繋がっている。


 次に発表されたのはT大学の二次結果だった。ここに受かればすべてが終わる。祈るように画面を見つめたが、結果はまたしても補欠。順位は百位。繰り上がる望みは、砂漠で針を探すほどに薄い。


 そして、一番の頼みの綱だったK大学の二次発表。

 画面に並んだのは、残酷な「不合格」の三文字だった。


 全身から血の気が引いた。


 すでに、そのほかのチャレンジ校たちは、当然のように一次試験で全滅している。


「二浪」


 頭の中に、忌々しいその二文字がこびりついて離れない。

 たかだか一浪程度の努力で医学部なんて、土台無理な話だったのか。

 受験シーズンもいよいよ終盤だというのに、手元にある「合格」の数は、無情にもゼロのまま。


 背負わされた「全落ち」という名の重い十字架を引きずりながら、俺は最後の一校、D大学の二次試験を受けるために新幹線へ乗り込んだ。

 車窓を流れる景色が、ひどく滲んで見えた。



(俺は、親に、ムダ金をいくら使わせてしまったのだろう。)


 新幹線の座席に深く沈み込みながら、俺はそればかりを考えていた。

 私立医学部の受験料は一校につき六万円。そこに交通費や宿泊費を加算すれば、一校受験するごとに十万円が飛んでいく。それが八校。合計で百万円近い大金を、この一ヶ月足らずで使わせてしまった。


 それだけの犠牲を払ってもらって、いまだ成果はゼロ。

 とんだ親不孝者だ。喉の奥が苦い。


 自己嫌悪に苛まれながら受験会場へ到着し、父さんが予約してくれたホテルへ向かった。

 翌日の二次試験の記憶は、驚くほどに欠落している。ただただ必死に、目の前の面接官の言葉に食らいついたことだけを覚えている。


 全日程を終え、俺は逃げ帰るように自宅へと戻った。

 出迎えた母さん曰く、当時の俺は、幽霊のように真っ青な顔をしていたそうだ。


 これで、俺の浪人一年目の受験はすべて終わった。

 後は、D大学の結果を待つだけとなった。


 待機期間中、どうしても「二浪目」のことが頭をよぎった。

 正直、再びあの過酷な勉強の日々に戻る気力を出せる自信がない。しかし、これは誰に強制されたわけでもない、わがままを通して自分が選んだ道だ。やるしかない。

 また河合塾に通うべきか。次は標準(みじんこ)クラスではなく、最初から「Tテキスト」を手にできるよう、死ぬ気でやり直さねばならない。



 そんな悶々とした数日を過ごし、ついにD大学の合格発表の日がやってきた。

 この大学はなぜか発表が夕方だった。


 俺はリビングのテーブルに座り、震える手でスマホを開く。合格発表のページにアクセスし、祈るような心地で受験番号を入力した。

 キッチンでは、母さんがいつも通り夕食の準備をしている。包丁がまな板を叩く規則正しい音だけが、静かな部屋に響いていた。


 番号を打ち込み、決定ボタンを押す。

 パッと、結果が表示された。


 俺は、その結果を母さんに伝えた。


 その途端、母さんはキッチンで泣き崩れた。


 俺は再び、スマホの画面に視線を戻した。


 そこには、こう表示されていた。


「D大学 受験番号XXXX 医学部・医学科 合格」

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