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天才でも医者の子でもない俺が、医学部を目指すのは無謀ですか? ~普通の公立高校出身一浪生の、意地と焦燥の受験記~  作者: しばたろう


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2025年 夏 偏差値60.0

 河合塾での生活は、あの「洗礼」を受けるところから始まる。


 事務局で手渡された段ボール箱。

 ずっしりとした重みと共に、中から現れたのは圧倒的な物量のテキスト群だった。

 河合塾のカリキュラムは、四月から七月の「前期(基礎シリーズ)」と、九月から一二月の「後期(完成シリーズ)」の二期に分かれているのだが、この前期分だけでも、積み上げれば高さにして三十センチほどになる。

 鈍器のような参考書の山を前に、俺はこれから一年で向き合う知識の膨大さを突きつけられた気がした。


 俺は、電車通学だ。

 

 ちなみに、河合塾のような大手予備校は交通機関から認可を受けているため、学生と同じ「通学定期」が購入できる。ありがたい限りだ。

 窓口で学割の効いた金額が表示された時は、浪人生という宙ぶらりんな身分ながら、社会に「勉強する権利」を認められたようで少しだけ救われた気がした。


 さて、この鈍器のような山をどうするか。


 これだけの重量物を毎日持ち歩くのは、正直言って正気の沙汰ではない。

 そもそも、俺は家で勉強するつもりはなかった。現役の時から、スイッチの切り替えが下手な俺は「家は寝る場所」と決めている。

 今回も、朝から晩まで予備校の自習室に籠り、夜まで勉強して帰るスタイルを貫くつもりだ。

 そうなれば、テキストをいちいち自宅へ持ち帰る必要はない。


 そこで必要になるのが、校舎内の個人用ロッカーだ。

 年間一万円という利用料は決して安くないが、それでも凄まじい人気らしい。


「申し込みは先着順、あっという間に埋まるぞ」

 山本先輩からそのような情報を得ている。俺は「背に腹は代えられない」と即座に申し込みを済ませた。

 腰痛と疲労を金で解決できるなら、一万円はむしろ安い投資だ。


 こうして、戦いの準備を着々と整えていった。


 そんな中、徹底して「ぼっち」を決め込んでいた俺にも、一人だけ友人ができた。

 同じ一浪生の、佐伯圭太だ。


 彼は、俺の予想通り有名進学校の出身だった。

 目指す滋賀医科大学は、国立医学部の中でも数学や理科の難易度が高いことで知られる難関校だ。

 俺のような公立高校出身の「みじんこ」とは、歩んできたレールが違いすぎる。


 けれど、彼もまた、現役という一回目のチャンスを逃してここにいる。

 境遇は違えど、背負っている「浪人生」という重圧は同じはずだ。



 準備は整った。いよいよ、運命の一年を決める授業が始まった。


 河合塾で使用するテキストには、二つの階級が存在する。

 標準的なレベルの共通テキスト(無印)と、難関大の入試問題を突破するために作られた超実践的な内容の「Tテキスト(Top Level)」だ。

 上位クラスでは基本的にTテキストが使用され、俺たち標準(みじんこ)クラスには無印テキストが配られる。

 同じ予備校に通いながら、上位クラスの連中と俺たちとでは、持っている武器のスペックからして違うのだ。

 そんな「無印」を抱え、俺は最初の授業に挑んだ。


 授業が始まる前、俺には一つの不安があった。

 やはり看板となるトップ講師陣は最上位クラスに割り当てられ、俺たちのような底辺クラスには、三流の講師が当てられてしまうのではないだろうか。


 しかし、一日の授業が終わるころには、その心配は杞憂に終わっていた。

 それどころか、内容は驚くほど分かりやすく、血肉になる実感に満ちていた。

 現役時代、独学でいくら参考書を読み込んでも霧がかかったようで見えなかった核心を、講師の先生方は鮮やかに、そして的確に解き明かしていく。


 大げさではなく、まさに「目から鱗が落ちる」体験だった。


 「講師の駿台、テキストの河合」と世間ではよく言われるが、なかなかどうして。

 河合塾の講師は、俺にとっては十分すぎるほどの実力を備えていると感じられた。


 もちろん、これは予習を前提とした授業だ。

 事前に問題を解き、自分の限界を把握した上で臨まなければ、この濃密な授業の恩恵を100%受け取ることはできないだろう。


 そして、もう一つ素晴らしいのは、授業後に質問へ行くと、驚くほど的確な回答が返ってくることだ。


 無印テキストか、と内心侮っていたが、実際に解いてみれば俺にとっては十分に手応えのあるレベルだった。油断すれば、あっという間に置いていかれるだろう。

 もし、背伸びをして上位クラスに入り、Tテキストの授業を受けていたら、中身を理解できずに「上滑り」して、今頃は挫折の淵に立っていたかもしれない。そう思うと、背筋が凍る思いだった。


 それほどまでに分かりやすい講義であっても、無印テキストという壁は、今の俺にはまだ十分に高かった。


 現役時代、武田塾に通っていた時も、一応は先生がいて質問は可能だった。

 しかし、その多くはアルバイトの大学生。高度な数学や物理の本質的な疑問をぶつけても、満足のいく回答が得られることはまずなかった。

 それに引き換え、ここはプロの世界だ。その教科だけを突き詰めてきた専門の講師が、俺の疑問をスパッと断ち切ってくれる。


 俺は授業が終わるやいなや、質問の列ができる前に教卓へとダッシュし、食らいつくように質問を繰り返した。


 ──それにしても、

 

 教室を漂うこの空気は何なんだろうか。


 授業が始まると、俺はいつも違和感を覚えていた。目を輝かせ、講師の言葉を一言も漏らすまいと食らいついている俺のすぐ横で、机に突っ伏して眠りこけている奴がいる。


 こんなに恵まれた環境に身を置きながら、なぜ、寝る?


 俺は憤りを感じるのを通り越し、ただただ不思議でたまらなかった。彼らにとって、この九十分はそれほどまでに価値のないものなのだろうか。



 河合塾の生活は、時計の針のように正確に刻まれていった。

 授業は一コマ九十分。それが一日に三から四コマ。終わるのは夕方の四時半や六時過ぎだ。


 俺のルーティンは固まっていた。

 朝、母さんが作ってくれた温かい朝食をしっかり食べ、家を出る。電車の中では英語のリスニング音源を耳に流し込み、一コマ目のチャイムが鳴る前に席に着く。

 昼休みには、これまた母さんが持たせてくれた弁当を広げる。栄養バランスの取れた彩りを見るたび、胸の奥で感謝が疼いた。


 夕方にすべての授業が終わると、俺の「本番」が始まる。

 ロッカーから必要なテキストを取り出し、自習室へと向かう。そのまま閉館時間の二十一時三十分まで、ひたすら机にかじりつく。

 やはり、毎日決まった時間に授業があるというのは、俺のようなタイプには合っている。生活のリズムが一切乱れないのだ。


 河合塾の自習環境は、驚くほど整っていた。

 

 自習室には十分な座席数があり、せっかく来たのに席が取れないなんてことはまずない。

 そして何より圧倒されたのは、資料の充実ぶりだ。本棚には、ほぼすべての大学の「赤本」が過去数年分、ずらりと揃っている。

 現役時代に通っていた武田塾には、主要大学の数冊しかなかった。

「さすが大手だな……」

 こういう細かなインフラの差を目の当たりにするたび、自分の選択が間違っていなかったことを確信し、感心してしまう。


 二十一時三十分。

 閉館を告げるアナウンスが流れ、俺は重い腰を上げる。

 今日もやり切ったという小さな充足感と、それでも足りないという焦燥感。

 その両方を抱えながら、俺は帰路へとついた。


 

 五月。予備校生活が始まって最初の「審判」が下った。


 第一回全統記述模試と、共通テスト模試。

 どちらも想像を絶する疲労困憊だったが、特に共通テスト模試のそれは、もはや暴力に近い。本番では二日間に分けて執り行われる過酷な試験を、模試では強引に一日で消化する。朝から晩まで、食事休憩を除けばほぼ休みなく机に縛り付けられ、試験時間は十二時間にも及ぶ。


 終わる頃には、文字通り満身創痍。脳は熱を持ち、視界はかすみ、腰の痛みは限界に達している。

「これだけは、本当に勘弁してほしい……」

 帰り道の駅のホームで、俺は独りごとのようにそう漏らした。


 後日、返却された成績表には、以下の数字が並んでいた。


 第一回共通テスト模試:偏差値 61.0

 第一回全統記述模試:偏差値 63.8


 現役最後の時に比べれば、確かに上がっている。だが、不思議なほど喜びはなかった。


 浪人生にとって、春の模試が良いのは当たり前だ。まだ理科や社会の全範囲が終わっていない現役生に対し、一度すべてをさらっている俺たちには「貯金」がある。

 さらに言えば、これがこの一年での「最高偏差値」になる可能性すらある。これから夏を越え、秋を迎え、死に物狂いで追い上げてくる現役生たちの猛追から、いかに逃げ延びるか。浪人の戦いとは、残酷なまでに「先行逃げ切り型」を強いられるものなのだ。


 偏差値が上がったからといって、医学部合格の境界線を越えたわけではない。

 まさに、勝って兜の緒を締めよ、だ。


 

 六月に入り、梅雨の湿気が教室にこもり始める頃。


 最初、ともに机を並べて授業に臨んでいた、我が唯一無二の戦友である佐伯圭太だったが、時が経つにつれ、教室に姿を現さない日が増えていった。


 これを、予備校界隈では「授業を切る」というそうだ。「戦略的に出席しない」という、どこか理知的な響きを含む言い方だが、実際は単にサボっているだけのことだ。


 授業後の自習室でも、まだ外が明るいうちに「では、太一さん、お先に失礼します」となぜか敬語で、そそくさと帰ってしまう日が増えた。

 これは彼に限った話ではない。五月を過ぎ、春の緊張の糸が切れてガス欠になる浪人生は多いようだ。一人、また一人と、座席の主がいなくなっていく。



 「前期(基礎シリーズ)」も終わりに近づくと、夏休みの足音が聞こえてくる。


 夏休みの間は、前期の総復習に当てるか、あるいは「夏期講習」を受けることになる。レベル別、テーマ別、共通テスト対策に大学別、そして医進講座。掲示板には多種多様なラインナップが並び、受験生の不安を煽る。


 その夏休み前、第一回目の三者面談が執り行われた。

 七月の暑い日、父さんと俺は、校舎の面談ブースでチューターと向かい合った。


 俺は当初、この面談で大量の夏期講習を勧められるのではないかと身構えていた。彼らも商売だ。この時期は最大の書き入れ時だろう。俺自身は、講習よりも前期の総復習に時間を当てるべきだと考えていたから、断る言葉を頭の中で準備していた。


 しかし、予想に反してチューターからの売り込みは一切なかった。


「山田君の今の成績なら、医学部に行ける可能性は十分にあります。夏休みは生活を乱さないこと。そして、前期の総復習をしっかりやり遂げてください」


 それだけを、穏やかに言ってくれた。肩透かしを食らった俺は、河合塾という場所の意外なほどの良心さに、少しだけ胸を撫で下ろした。


 ちなみに、我が戦友、佐伯圭太は、山のような夏期講習を申し込んでいた。

「俺、夏から、本気、出すよ?」

 不敵に笑う彼の目には、これまで見たこともないような鋭い闘志が渦巻いていた。



 夏休み。

 授業はないが、俺のルーティンは変わらない。毎日、朝から自習室に通い詰め、閉館まで粘る日々を送った。


 そして、その成果を見せる時がやってきた。

 七月末に第二回共通テスト模試、八月末に全統記述模試。


 「前期の俺」が積み上げた努力が、どんな形になって現れるのか。期待と不安を抱えて挑んだ結果は、


 共通テスト模試:偏差値 60.7

 全統記述模試:偏差値 60.0


 第一回よりも、数字は下がっていた。

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