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自称現実主義者の異世界トリップ  作者: GUOREN
自称現実主義者、従騎士になる

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252/257

252.

カツン、カツンと軍靴を響かせ、こちらへ向かってくるのはユイクル教官だった。


あの人、絶対に眼鏡が似合う顔だ。

……今度、無理やりでもかけさせてみるか。


「ルイ様……お顔が崩れておりますわよ。妄想なさるときはお静かに。そして、淑女らしく扇でお隠しあそばせ」


ナリアッテに丸聞こえだったか。

私は慌てて表情を繕い、彼女に小声で尋ねた。


「ねぇ、この国に『めがね』ってある?」  


「メガネ……?聞いたことがございませんわね。それは一体……?」


「ええと、視力矯正用というか、目が悪い人が使う補正用の……」


「ああ、それでしたら『モノクル』というものがございますわ。硝子のような板を片方の目に当て、文字を拡大して見るためのものです」


モノクル……

……うん、それも似合いそうだ。


「……もう、話は終わったか?」


気づけば、ユイクル教官が目の前で立ち止まり、呆れたような視線を私に投げかけていた。


「ひゃいっ」


やはり私に用があったらしい。


「はい……ユイクル教官」


「ルイ、少し話を。……これは命令だ」 


命令、という言葉に私の背筋が勝手に伸びる。


「はっ!」


「……はぁ。とりあえず外に行くぞ。それから……」


ユイクル教官がナリアッテに向き直る。


「悪いが、ルイと二人だけで話したい。側付きは遠慮してくれ」


「承知いたしかねますわ。このような時刻に、殿方と二人きりにさせるわけには参りません」


ナリアッテが毅然とした態度で遮る。


「話が聞こえない距離にて控えております。側に侍ることをお許しくださいませ」


「……チッ。分かった、それでいい。ルイ、行くぞ」


「はっ!」


「……はぁ。今は淑女の格好なんだろ?普通の返事でいい」


「あ、……はい」


いつもの稽古広場へと向かう。

夕暮れの空はまだ明るさを残しているけれど、うかうかしているとすぐに日が沈んでしまいそうな、切ない色をしていた。


吹き抜ける風が少し冷たい。


広場の中央で足を止めた教官が、振り返るなり重いため息をついた。


「……ルイ、お前どういうつもりだ?」


……何の話だ?


「その顔、絶対わかってないな。昨日の様子を見て確信した。お前……自分のことを『女』だと思ってないだろう」


「ははっ……」


「笑いごとじゃない。今までは団服を着ていたからまだ良かったが、任務終了まではその格好なんだろう?」


コクリ、と頷く。


「はぁぁぁっ……頼む。その格好の時だけでいいから、自分が女だってことを自覚して行動してくれ。いいか?これは自分を守るためだ。お前がいつ襲われないかと、俺は気が気じゃな……」


そこで言葉を切る。

ユイクル教官は、じっと私の顔を見た。


「……もしかして。お前……すでに、襲われたのか?」 


ユイクル教官の声が、ドスの利いた低音に変わる。


「襲われてはいませんが……」


「……『ませんが』?」


圧がすごい。

逃げ場がない。


「その……く、口づけを、いただきまして……」


声がしりすぼみになる。 


「や、役得……じゃなかった、まぁ、挨拶みたいなものですから!あはは!」


ユイクル教官は、完全に固まった。

 

……あ、これ、まずい。


「……ちなみに。誰とだ?」


「……主騎士の、シンヴァーク様……です」 


蚊の鳴くような声で答えると、教官の周りの空気がピキピキと凍りついた。


「よし。俺の全権限を使って、主騎士を変えてやるっ」


「いやいやいや!教官、職権乱用よくないですって!」


慌てて止める。


「じゃあ、どうするつもりだ。毎朝毎晩、くっ……それを許すつもりなのか」


「それは……ないかと……」


「なぜそう言い切れる」


「……ヘタレなので……?」


「……………………あぁ。把握した」


妙な沈黙が流れる。


「シンヴァーク様、あ゙そこはグィっとこなきゃなのに」 


「……お前……女をどこかに置き忘れてくるのはやめろ。発言が上官たちと一緒だ」


ユイクル教官の上官たちの年齢、と……いっしょ……

やめっ、年齢は考えない様にしてたのに。


ロイミオ殿下のマネしなきゃなのに……

無理な気がしてきた。

年齢超絶詐称。


「……精進します」


「いや、それよりも。シンヴァーク卿と部屋が一緒で大丈夫なのか?男は思い余るとやらかすぞ」


私はちらりとナリアッテを見る。


「頼もしい味方がいますから」


「まぁ確かに。でも……その……口づけ……は、されたのだろ?」


複雑な色をさせた視線で、めっさ口元を見られている気がする。


「常に側にいられるわけでもあるまいし。どうするんだ、また……その……口づけ……をだな、されたら」


「許容範囲超えたら蹴ります」


私は無意識に、目の前の教官を見た。


「やめろっ、そんな目で俺を見るな!」


ユイクル教官が急所をカバーする。  


「蹴りませんよ……まだ」


「不穏すぎる……お前というやつは。その格好でよくそんな物騒なことが言えるな」


ユイクル教官が、ようやくガードしていた手を下ろして、呆れたように肩を落とした。


「冗談ですよ。……半分くらいは」


「笑えない。……だが、それだけ口が回るなら体の方もなまってはいないようだな」


教官の瞳の奥に、いつもの鋭い”騎士”の光が宿る。


彼は腰に差した訓練用の木剣を引き抜き、私に放り投げた。

私はそれを無意識に受け取る。

染み付いた習慣って本当に怖い。


「ホーク教官からは、任務中は帯剣できないから、素手で対応しろと言われましたが……」  


「あぁ、確かにその通りだな。だが、どうせお前のことだ。敵の武器を奪うなりして戦うんだろ?」


……夢の中では奪うより、隠し持っていた短剣で応酬していたような気がする。

きっと現実にそれが起こっても、私は同じように動くだろう。


「さぁ、どうでしょう?もし代替手段があるとしたら?」


ふと、いたずら心が疼いた。

溜めを作らず、一気にユイクル教官のふところへと潜り込む。


「なっ……」


驚きに目を見開く教官の前で、私はドレスのスカートを大胆に捲りあげた。


「ルイ様!!」 


ナリアッテの悲鳴のような制止があがる。


ガーターベルトに仕込んでいた愛用の短剣ナイフを抜き放ち、逆手に持ち替え、そのまま教官の首筋へ──


押し当てた。


それでも教官は、一歩も引かなかった。


きゃぁ、素敵……(まあ、はしたない……)ですわ!!あら?」 


ナリアッテ、本音が漏れすぎだ。


「おまっ……んんっ、ちょっとそれは……どうなんだ。最終手段だろ……」


首筋に刃を当てられたまま、教官が低く息を吐く。

一瞬だけ眉が寄るが、すぐに押し殺された。


こんな距離で見ると、やけに整っているのが──


妙に、腹立たしい。


「……ええ、最終手段です。でも、今の私にはこれしかありませんから」


私はわざとらしく首を傾げて、ナイフを喉元に食い込ませた。

ドレスを捲り上げた格好のまま、至近距離で見つめる。


教官の視線が一瞬だけ逸れた。

だがすぐに戻され、何事もなかったかのように私を射抜く。


「おまっ……俺の言ったこと、全然解っていないだろう……っ」


ふいっと顔を背ける教官。


──チョッ、待って、動かないで!

動脈が切れる!!


「あ……」


私の静止よりも、刃先が彼の喉元をなぞる方が早かった。

ほんの数ミリ。


けれど、ナイフが教官のキメの細かい肌を割り、一筋の赤い線が走る。

そこから、じわりと血が滲み出した。


背筋が粟立つ。


「教官! 動かないでって言ったのに……!」


「……お前の方こそ、少しは自重しろ。本気で斬らせたいのか」


私は慌ててナイフを引き、捲り上げていたドレスの裾をバサリと下ろした。

教官は喉元を押さえながらも、まっすぐに私を見据えた。

いや、睨んでいるというよりは、何か必死に耐えているような、そんな顔だ。


「……解っていないのは、お前の方だと言っているんだ」


教官の声が、少しだけ掠れている。


さっき一瞬、彼の視線が私の顔から逸れて、ドレスを捲った”その下”へ向かったのを、私は見逃さなかった。

そして今、彼は決して私の脚の方を見ようとせず、明後日の方向を向いたまま耳まで赤くしている。


「……はしたないですわ、ルイ様。ですが、あの速度でユイクル様のふところに入るとは……お見事ですわね。ですがご自分をどうか粗雑に扱わないでくださいまし。もうルイ様だけのお体ではありませんから」


ナリアッテが、賞賛とか呆れだか判らない複雑な声を出しながら駆け寄ってくる。

彼女の手には、いつの間にか清潔なハンカチが握られていた。


「教官、ごめんなさい。……でも、教官が急に動くから」


「……お前が、あんな……あんな真似をするからだろうが……っ」


教官がようやく私に視線を戻した。

滲んだ血をナリアッテに拭われながら、彼は諦めたように天を仰ぐ。


「……いいか、ルイ。今の動き、敵なら確実に死んでいた。だがな……相手が敵じゃない場合、別の意味で『死ぬ』奴が出る。……それが誰か、考えろ」


頭を抱える教官と、フフフと不敵に笑うナリアッテ。


どうやら、とんでもない爆弾を投下したらしい。


──踏み込んではいけない一線を、踏みかけた気がした。


「精進します、って言いましたよね、私」


「……その『精進』の方向が間違ってると言っている!」


夕暮れの稽古場に、教官の悲鳴が響いた。



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