17.
ツンドラとは、シベリア北部地方など北極海沿岸の寒帯地域に見られる、地下に一年中溶けることのない永久凍土が広がる降水量の少ない地域のことである。
ブリザードとは発達した低気圧による地吹雪を伴う局地風の事である。
視程100m未満、風速25m/s以上、継続時間6時間以上のものをA級とランクとされ最も警戒されている。
重力場とは、時空に質量や運動やエネルギーが存在すると、光を曲げる程の時空の歪みが発生する、この時空のゆがみが重力場である。
以上の事を踏まえて、今の状況を解説すると以下のようになる。
特異点Xを中心に、ツンドラとブリザードが藍の間という時空に局地的に展開され、光も曲げるほどの重力場が発生している。
さらに勢いは強まり、特異点を中心にブラックホールが形成されつつあるようだ。
結論、形成されたが最後その場からは誰も逃げ出せない。
なんでこうなったんだろう?
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「私をファインと呼んではくださらないでしょうか?」
えーっと、反応に困る仕草と質問だな。
と思って、助けを求めて宗谷英規を見ると……!!
ひぃっ
何このカオスな空気。
ちょっとどうなってるんだ。
今の宗谷英規に助けを求めるのは、自殺行為だ。
取り敢えずよく解らないが、この場を早く離脱しよう。
そうしよう。
そう、結論付け口を開く。
「解りました。ファイン様とお呼びいたします」
と早口にいって、にっこり営業スマイル。
「……様……ですか……」
少し物足りなげにこちらを見る。
え?様付けダメなの?
エーと、ハイルとか卿とか~侯爵とか役職名とかつけなきゃまずい?
「まぁ、いいでしょう。貴方の立場がはっきりしましたら、又ご連絡します」
と言って、私の手をとって口付けしてからにこやかに去って行った。
初めてではないけど、こうもナチュラルにされたのは初めてだ。
根っからの貴族なんだな、あの人。
それよりも、なんで彼はこの空気に耐えられたんだ?
あ、官僚だからか。
政治の世界で生きてるからか。
やはり狐狸妖怪は、中央に住みつくのだな。
ならば、このミニマムブラックホールにも耐性があるわけだ。
納得。
いや待て、この一連の空気は私に対してかも!!
だから彼は気付かなかったとか?
え?じゃあここにいるのって私の命の危機?
幼少期に培われた、殺気察知能力が総力を挙げて警報を鳴らしている。
これは走為上!!
逃ぐるを上と為すだ。
という事で、逃げろ。
「では、私も失礼いたします。ごきげんよう」
おほほほほとか言いながら去ろうとしたら、思いっきり腕つかまれてるし。
しかも痛いし。
「まだ何かご用でしょうか?」
といったら、すまないと言って腕を放してくれた。
馬鹿力め。
取り敢えず、「で?」
と問うと、「え?」と返された。
ので、「は?」
と言うと、「ん?」と返された。
ので、「ふざけてます?」
と聞くと、「至って真面目だ」と言われた。
ので、「そうですかー」
と言って遠い眼をすると、「そろそろ本題に入っていいか?」と言われた。
なんか責められてるし。
責めていいのは私の方だと思うのだが……
「どうぞ」
ま、どうでもいいので話を促す。
「君は、これを夢と現実どちらだと思う?」
「え?これと言うのは、この一連の出来事でしょうか?」
私が問うと、宗谷が頷いた。
「私は現実だと思います。事実、現実だと認識してしまったので」
といって、今まで私が出した考えを宗谷英規に語ってみた。
前を走っていたアルファロメオの落雷から、今に至るまでに出した私なりの考察を。
「そうか、やはり現実だと思うのか」
「考えたくありませんが、現実のように思います。まぁ、会う人物皆が美男美女という点においてだけ、夢という可能性が残されていますが」
「……。夢である証左が美男美女……」
何故そんな目をする宗谷英規。
「私にとってはそうですが、宗谷さんはいかがです?」
「美男美女が夢の証明となるかどうかか?」
「いえ、この世界が夢か現実か?です」
宗谷英規は、一瞬ばつの悪そうな顔をしたが、元に戻る。
あんまり表情の動かない人だ。
あれ?そういえばいつの間にかカオス空間が払拭されている。
機嫌直ったのかな?
ちらと見たが無表情すぎて判らなかった。
「ああ、そうだな……」
そう言ったまま宗谷英規は黙ってしまった。
「まぁ、そうですよね。まだ2日目ですし。この一連の出来事が、現実なのか判断する材料は残念ながらまだ無いようです。証明も難しそうですし……こればかりはご自身で認識し思い込むしかなさそうですね。夢か現実かを」
明らかに、この異世界トリップは宗谷英規を狙ったものだ。
確証はないが恐らく。
昔読んだ漫画や小説で鍛えた想像力は、まだ錆びてはいまい。
はず。
多分……
それにしても帰還方法に関しては、彼に対してだけ確立されているのではないか?
ふとその考えが頭によぎり、心にチクリと刺して消えて行った。
はぁ、とその考えごと、ため息とともに吐き出した。
思ったよりも余裕がないみたいだ。
私は席を立ち、帰る挨拶をした。
去り際に、宗谷英規が何かを言っていたが、テンパっていた私にはよく聞き取れなかった。
『君に出会えた。だからここが現実だ』
一瞬見せた彼の表情とその言葉に私は気付く事がなかった。