14.
ナリアッテさんが去った後、隊長たちに連れられて藍の間に向かった。
てっきり隣の部屋かと思っていたが、そうではなくさらに奥に向かって進んで行く。
奥へ奥へと進むにつれ、絨毯やら壁やらが豪華になって行く。
それにつれ、自分の今の恰好がどうにもこうにもそぐわない。
スーツに安物のバッグ。
私の存在だけが、異物としてそこにあるようだ。
2分ほど進んだだろうか、隊長が立ち止まる。
どうやらここが目的地らしい。
キースが扉をノックする。
「レイ=タダノ=オカシズキー=ド=ジャポン様をお連れいたしました」
様付きで名前を呼ばれてしまった。
今までキースは、"あれ"とか"それ"とかしか言った事なかったのに、様付き。
うーん、違和感。
「お入りください」
この声は、アークオーエンさんの声だね。
キースが扉を開く。
中に入ったら、扉が閉められた。
ふと、振り返るとあの2人がいない。
あれ?
少し戸惑っていると、アークオーエンさんが「心配せずとも外で待っていますよ」と教えてくれた。
いや、心配ではなく疑問なんだけど。
とりあえず、頭を切り替える。
「お待たせして、申しわけありません」
と言って、アークオーエンさんに頭を下げた。
「いえ、それほど待ってはいません。お気になさらずに」
相変わらずの丁寧さだ。
そして、ちらりとこの部屋を観察する。
さすが、藍の間と呼ばれるだけあって、ここの調度関係はブルーが基調となっている。
ロイヤルブルーの絨毯に、コバルトブルーを多く使った絵、マイセンを思わせる陶器の飾り、中央にはふかふかのソファ。
もちろん、そのソファも青。
この部屋は晴れた日に見るのが一番美しいのだろうと、思った。
そして、窓際に立っている上から下まで黒い縦長の物体……
黒??
「ジャポンさん、こちらへ」
アークオーエンさんが、私をソファの方へと誘導する。
私は、それに従い腰をかける。
黒い物体……人が動きその人も向かい側に着席する。
私はその人に釘付けになっていた。
「ジャポンさん、ご紹介します。彼はエィキ=ソヤです」
微妙に発音が違うが、もしかして。
「宗谷英規だ」
ひ~、やっぱり。
宗谷英規。
SOYA Air.inc、執行役員責任者。
COOとCIOを兼任する切れ者。
次の代表取締役をとの声も高く、一目おかれる存在。
若い事が難の34歳。
1年前にアメリカの経済紙の何かの特集で、宗谷英規の写真が載っていた。
それを見た女の子がイケメンと騒いでいた。
が、現在うちの社で騒ぐ奴はいない。
我が社が、SOYAの機嫌を損ねたからだ。
ちょっとしたトラブルから発展した亀裂。
その修復の為、SOYAに謝罪に行ったのだが、あえなく撃沈。
この謝罪騒動に私は駆り出された。
この件に関わっていなかったのに。
謎だ。
SOYA本社に着くと、この男が待ち受けていた。
今回の件で、宗谷英規が出てきた事で、皆覚悟した。
修復は不可能だと。
取り敢えず、これ以上傷口が広がらないように私たちはひたすら謝り続けた。
あの時の絶対零度の眼差しは、なかなか迫力があったと思う。
強者で知られた部長が、蒼白になった程だ。
やるなぁ。
この日の事は、我が社の汚点として、語られている。
いや、声に出す事もタブーか。
「で、こちらが、レイ=タダノ=オカシズキー=ド=ジャポン様です」
こちらの内心を知らず、にこやかに紹介するアークオーエンさん。
ひー。
相手の顔を見るのが怖い。
顔を覚えられている事が?
いやいや!
数日で忘れられる自分の顔の事よりも、こっちで名乗った名前!
こっちの方が大問題。
まさか同郷の人間も来ているとは。
明らかな偽名、しかもジャポン。
あーもっとましな名前にすれば~。
ソローっと顔を見る。
あちゃー、やっぱり変な顔をしてるよ。
取り敢えず覚悟を決めて名乗る。
「はじめまして。宗谷さん。多田琉生と申します」
まるで初対面です、というようににこやかに自己紹介をし、ポケットに入れていた名刺入れから名刺を差し出した。
もちろん、社名入りの。
ああ、胃がキュッとなるなぁ。
地球に帰ったら、CTと胃カメラを見てもらわないと。
て、帰れるのか?
いや帰らないと色々困った事になるんだけどね?
「ああ」
そういって宗谷英規は名刺を受け取った後、自分の名刺を渡してきた。
「あ、どうもありがとうございます」
私はその名刺を名刺入れの上に置き、アークオーエンさんに向き直った。
宗谷英規はというと、じーっと何か物言いたげにこちらを見ていた。
解ってますよ名前の事でしょ?
取り敢えず、奴の反応は無視だ無視。
「あー、アークオーエン様。実はお話ししておきたい事があります」
居た堪れないので、事実を話す事にした。