表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒魔導士  作者: 紺野 睡蓮
第2章
32/32

1話-② 森の中の研究室

 スゥスが手配した馬車は、朝焼けの光に包まれた森の獣道を静かに進んでいく。

 ボウシを捕らえた裏路地を離れてから、すでに一時間が経過していた。

 外はひんやりとした風が吹き抜け、車輪の軋む音だけが静寂の中に響く。時折、遠くで鳥の鳴き声がするほかは、何の気配もない。

 馬車の内装は余計な装飾がなく、洗礼されている。対面で座れるえんじ色のソファがあり、僕とスゥスが向かい合っている。天井や柱に使われている木材には艶があり、工芸品のようだった。

 こんな上質な馬車を、一声で準備できるのも、スゥスの凄さを物語っている。


 やがて、スゥスが馬車の内壁をコン、コンとノックした。小さな合図に応じるように、馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて完全に停止する。

「それでは私は本部でボウシの後処理をしておきます」

 彼女は変わらぬ冷静な声で言った。

「うん。ありがとう」

 短く答えると、僕は馬車の扉を開け、ひらりと地面に降り立つ。

 そしてスゥスを乗せた馬車は、再び森の中を走り去っていく。

 僕は振り返ることなく、そのまま踵を返し、さらに草生い茂る道を歩き出した。


 ここからさらに1時間。道なき道を進むのは、今ではもう慣れたものだ。以前は迷うこともあったが、何度も足を運ぶうちに、木々の生え方や岩の位置を自然と覚えていった。

 木々の隙間から差し込む陽光を頼りに、静かな森の中を進んでいく。

 しばらく歩くと、目の前にひっそりと佇むログハウスが現れた。

 家の周囲は、ぽっかりと開けた草原が広がっている。昼間なら、風に揺れる穂先が波のように揺れ、陽の光を浴びて穏やかに輝いているのだろう。だが、今は朝方。しんと静まり返った薄暗闇の中で、草木はただ黒い影となっていた。

 畑には、育ちかけの野菜が並んでいる。規則正しく植えられた作物が、かすかな夜風にざわりと揺れた。

「ただいま帰りました」

 僕が扉を開けると、外よりもひんやりとした空気が肌に触れた。床も天井も木造で囲まれたこの家は、冷えやすくなっている。

 家の中は静まり返り、灯りのひとつもついていなかった。人気のない部屋の空気は、まるで時間が止まっているかのようだ。


 僕はそのまま廊下を進む。足音が微かに床板を軋ませた。そして奥から二番目の扉の前で立ち止まり、軽くノックをする。

 いつも通り中からの返事はない。しかしそれで問題ない。

 僕はそっと取っ手を回し、扉を開けた。軋む音を立てて開いた扉の向こう側は、まるで異世界のような光景だった。

 フラスコの中では、怪しく沸騰する緑色の液体がぐつぐつと泡立ち、棚の上では発光するマウスが、規則性のない動きを繰り返している。

 無機質なアーム型の機械が、無言で試験管を持ち上げ、カチリと別の容器にセットした。壁には数枚の紙が貼り付けられ、淡く光る魔導式の文字列が書かれている。

 ここだけ家の雰囲気とは違う、完全に切り離された空間だ。

 そんなカオスな光景の中、中央に座る一人の女性が、僕の姿を目に映して微笑んだ。

「おや、おかえりなさい」

 不思議なものに囲まれながらも、彼女の笑顔はどこか穏やかで、いつも通りだった。


 彼女の名はネユ・シュタウリン。

 国王直属の魔法学者という肩書きを持つ。

 学者というだけでも十分に名誉ある職業だが、さらに国王直属ともなれば、その影響力は凄まじい。

 実際に僕も何度か経験をしている。彼女には憲兵の護衛が付くし、国王への謁見も申請できる。

 さらにネユさんの専門分野は、魔法のみに留まらない。軍事学、法学、生物学、医学までに精通している。いわば王国の頭脳とも呼べる存在だ。

 そんな大層な肩書きと能力を持ってはいるが、そこから想像できる人物像とは大きく異なる。その容姿は拍子抜けするほど若く、柔らかな雰囲気の女性だ。

 目尻が下がった垂れ目に、丸みを帯びた鼻と口元。その穏やかな顔立ちは、知的でありながらどこか母性的な印象を与える。

 ベージュ色の髪は胸元まで伸び、センター分けの前髪からは広い額が覗く。毛先にはゆるやかなウェーブがかかっており、彼女が少し動くだけで、空気に乗ってふわりと揺れる。

 身長は高めで、オーバーサイズの研究着から真白な四肢はしなやかに伸びている。


 そんな彼女が、混沌としている研究室の中心で僕を迎え、優しく微笑む。

「成果はありましたか?」

 彼女の声は静かで、どこまでも落ち着いていた。

「はい。近頃、裏市場を荒らしていたボウシを捕らえました」

 僕は短く報告し、懐から取り出したものを差し出す。ボウシから押収した例の武器だ。

「それで、見てほしいものが……」

 ネユさんはそれを興味深げに手に取る。ゆっくりと観察しながら、その長い指が、武器の表面をなぞる。

「……ふむ」

 ネユさんの目が、僅かに鋭さを帯びた。先ほどまでの緩やかな視線とはうって変わって、真剣な眼差しだ。攻撃をするもののようだが、僕もスゥスも使い方はおろか、その構造すらもよく分からなかった。

 しかしネユさんが武器についていたスイッチを押すと、一部が微かに開き、内部の機構が露わになった。そしてその表情が、一瞬だけ険しくなる。

「……これは、凄いですね」

 低く呟かれた彼女の言葉に、俺の背筋が自然と伸びる。

「何かわかりましたか?」

 ネユさんは視線を僕に戻し、慎重に続けた。

「小規模な魔法紋章が描かれています。魔力を溜めて、放出することができます」

「そ、それって……」

「ええ。私がベルアさんに施したものと同じです。しかもここまで小型化するとなると、私にもできませんね」

「ええっ!?」

 ネユさんにも造れないような技術となると、この国でこれを造れる人はいないだろう。

「これ、単なる売人が持っていていいものではありませんよ」

 その言葉に、胸の奥がざわついた。

 ボウシがこの国に流入しようとしていた武器。

 それが、僕たちが想像していた以上に厄介なものであることを、ネユさんの表情が物語っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ