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『蛍火』  作者: 藤平重工
4/4

第4章 -砌-

自作同人ゲーム用に書き下ろしたシナリオです。

制作ブログ→http://synthesize2.blog44.fc2.com/

初めての長編作品なので未熟な点も多々ありますが、よろしくお願いします。


朝方。『邪悪なる存在』の仕業で、まだ辺りは薄暗い。

一ノ瀬神社の縁側。俺は一晩中、そこで放心していた。

・・・これからどうすれば・・・

一晩の内に、俺はもっとも頼りにしていた味方を失い、もっとも手ごわい敵を手に入れてしまった。

・・・まさか、10年前の戦いで、『邪悪なる存在』を人間の体内に封印していたとは。

確かに、自身の身体を使えば、まず封印先の媒体を準備する必要がないし、封印する対象と、媒介との波長の調整なんかもしなくて済む。

教文さんほどの人なら、下手な媒介を使うよりも、より簡単で、より効果的な封印が出来るだろう。

・・・しかし、人間には自我がある。精神がある。

『邪悪なる存在』を半永久的に封印するということは、自らの精神が、半永久的に『邪悪なる存在』に侵食され続ける、ということだ。

そんなこと、人間だったら誰だって耐えられない。

だから、今になって、耐えられなくなったのだ。・・・教文さんの精神が。

今回の調査の発端である、あの『気』の大量流失は、その合図だったのだ。

そんなこと知らない俺は、ノコノコ、とこの村に入り、元凶である『邪悪なる存在』に真っ先に話を聞き、その話を信じ、他の村民とはほとんど話をしなかった。

そして、ヤツは、完全に力を取り戻すまで、時間稼ぎに成功した。

・・・俺は、踊らされていただけなのか・・・

横で寝ている命を見る。

俺が新たに供給した『気』によって、その傷は癒えているが・・・

・・・一撃、か。

俺の持ち得る最強の刃、式神・御珠上 命。

その命が、一撃で瀕死だ。ただ突っ込むだけでは、勝てるはずがない。

やはり、10年前の資料が必要だ。

10年前、この地で何がおこったのか、それを知れば、教文さんの最後の言葉も、理解できるだろう。きっと。

―――そして、もう一つの、問題は。

この事実を、どうやって他の人たちに伝えるか、だ。

特に、砌にはなんて言えばいいんだ・・・?

「・・・あれ?貴弘くん・・・」

噂をすれば・・・か。

廊下には、まだパジャマ姿の砌が、立っていた。

「おっす。おじゃましてるぞ」

出来るだけ普通どおりにしようとするが、かえっておかしくなってしまう。

「・・・やっぱり、貴弘くんだったんですね」

俺の隣に腰を下ろす砌。

「そんな気がしてたんです。・・・ゆうべから」

「・・・え?もしかして、砌・・・」

「・・・はい。ゆうべ、すごい量の『気』を感じて・・・」

昨日、俺が感じたものと同じものを感じたのか、砌は振るえる手で自らを抱いた。

「・・・すみません。すぐに駆けつけるべきだったのですが・・・」

「いいんだ。俺もすくんじまったほどだし、仕方がない」

「・・・いいえ。それだけじゃなくって・・・その、貴弘くんが戦っている相手を・・・見るのが、怖かったんです・・・」

俺は砌の顔を見る。砌は嫌がるように顔を背けた。

「まさか、知っていたのか・・・?」

すると、砌は顔を背けたまま、ふるふる、と顔を横に振る。

「・・・知っていたら、花梨をここに連れてはきません」

顔をこちらに向ける砌、しかし、まだ目を合わせることはできない。

「でも、この数日間、貴弘くんと行動を共にしてきましたから、貴弘くんが感じた違和感は、私も感じていました・・・」

・・・そうか、砌も気づいていたのか・・・

だが、それは俺の数倍、重い意味を持つ。なんといっても、教文さんは砌の唯一の肉親なのだ。

「や、っぱり、おじいちゃん、は・・・その、て・・・敵なので・・・しょう、か・・・?」

ついに、目が合う。その瞳からは、光る雫が溢れていた。

「っ・・・・・・」

言葉に詰まる。俺は視線を逸らし、朝靄の中に答えを求めた。

「・・・まだ、わからない」

「・・・え?」

「教文さんは、まだ完全に『邪悪なる存在』に、取り込まれていないかもしれない」

昨日の戦いの最後、一瞬確かに教文さんは自我を取り戻した。

ならば、まだ希望は残されているんじゃあないか?

まだ、教文さんを『ヤツ』から取り戻す、希望が。

「それじゃあ・・・」

「ああ。なにか方法があるかもしれない。・・・だが、それを調べるためには、情報が足りなさすぎる」

「・・・十年前の、記録ですね?」

真剣な眼差しで言う砌。しかし、その瞳には少しの戸惑いの色が灯っていた。

「そうだ。どこにあるか、知っているか?」

「・・・私も詳しい場所はわからないのですが・・・」

・・・砌に教えていない?それはやはり、何か見られたくない情報が含まれているということか?

「でも、大体の見当はつきます」

「・・・やはり、教文さんの部屋・・・か?」

コクリ、と頷く砌。砌にすら発見されないように隠すには、もうそこしかない。

「今日、教文さんの部屋を調べる。・・・いいか?」

「・・・はい。それがおじいちゃんを助ける、唯一の道・・・なんですよね?」

俺は首を縦に振る。

・・・真実を知ること。これが、俺たちがしなくてはいけないこと、その第一歩だ。

「・・・わかりました。私は一度部屋に戻りますから、そのあとにしませんか?花梨も起きたころでしょうし・・・」

「俺も一度花月に戻る。ちょっとやらないといけないことがあるんだ。それが終わって、こっちに戻ってきてからにしよう」

俺は腰を上げる。息を吸い込むと、ひんやり、と冷たい風が肺に入ってきた。

「はい。では、また後で」

砌は朝靄でかすむ廊下を、自分の部屋へと戻っていく。

俺は肺に入った息を吐き出しつつ、言った。

「おい。もういい加減いいぞ」

「ぷはーーっ!バレてましたか。さすが貴弘さん」

いままで微動だにしなかった命が、ビクン、と反応すると、いきなり息を吐き出した。

「バレてましたかって・・・微動だにしなかったら誰でもわかるぞ」

・・・寝てても、生き物は呼吸ぐらいする。

「途中からピタッ、と動かなくなるんだもんな。少し怖かったぞ」

「うう・・・そんな初歩的なことでしたか・・・」

どしうて、こいつが『ヤツ』に一撃でやられたかが、さらにわかった気がする。


「荒川さん!ダメじゃないですか!勝手に部屋を抜け出したりしたら!」

花月に戻ってみると、典子さんがカンカンだった。

「まったく。今まで連絡すらないなんて・・・心配したんですよ?」

「すみません、典子さん。・・・そのことで、ちょっと相談があるのですが」

典子さんの顔が驚愕の色に変わる。

「まさか・・・なにかあったのですか?」

その問いに、俺は視線で答える。

・・・ついに、『ヤツ』の居所がわかった。

こちらも、次の行動に移らなければ。

俺は典子さんに耳打ちする。典子さんは目を見開きながら、聞いていた。

「・・・わかりました。すると、決戦の地は・・・」

「はい。典子さんの想像通りです」

「そうですか・・・。どうして歴史は繰り返すのでしょうね・・・」

哀しそうにつぶやく典子さん。

「それは・・・、俺たちが『人間』だからだろうと思いますよ・・・」

「・・・そうですね・・・」

俺たちのこの戦いも、俺たちの子孫が、再び再現するのだろうか?

いや、こんな戦いは、間違っている。意味のない戦いは、ただの殺戮だ。

止めてやる。俺がこの手で。

こんな殺戮を、俺の子供たちにさせないために。

「典子さん、俺は、戦いますよ」

「・・・私にも、手伝わせてください。村の外で待っている夫と子供たちに、会いたいですから、ね」

「では、さっきお願いしたこと、お願いします。俺は一ノ瀬神社に行ってきますので・・・後のことは、お願いします」

「はい」という声を聞いて、俺は花月を出る。

一ノ瀬神社に眠る十年前の記憶。

これが、俺たちに残された最後の希望だ。


一ノ瀬神社、境内前。

あんなに赤く盛っていた紅葉は、いつの間にかまったくなくなっており、一ノ瀬神社全体に、どことなく活気がない感じがする。

本堂に入ろうとすると、すぐに砌と命を見つけた。

「もぐもぐ、相変わらず、砌さんが用意してくれるお菓子はおいしいですねえ!」

「・・・ええ、気に入っていただけて光栄です」

いつもと変わらない、自然な光景。その光景は、この数日で多くのものが壊れていった中で、その形をとどめている、数少ない、大切なものだ。

この光景を、壊したくないと自然に思った俺は、向こうが気付くまで静かに見守ることにした。

「・・・あ!貴弘さん!」

しばらくして、やっと命が俺に気づいた。

「よう、また食っているのか」

「むう、そうやって、人がいつも物を食べてばかりいるような言い草は、いただけませんね」

命が不満そうに頬を膨らます。

・・・いただけませんって、実際、お前一ノ瀬神社じゃ食ってばっかだろ!

その様子を見て、くすくす、と笑う砌。

「まあまあ、こっちのもみじ饅頭でも食べて、気を落ち着けてください」

そして、さりげなく新たな菓子を持ち出す砌。

「わあ、ありがとうございます!」

・・・鮮やかだ。

いや、この場合、命が単純なだけ・・・か?

「・・・では貴弘くん」

砌はスッ、と立ち上がり、俺に向き直る。

その瞳は、静かに、だが強い決意に満ちていた。

「ご案内します。こちらへ」

「・・・ああ。命、ちょっと行ってくる。そこで待っててくれ」

「ふぁい。まっへまふ(はい。待ってます)」

すでに口の中のキャパシティは越えてしまったのか、両手も駆使しての囲い込み作戦に移っている命。

・・・誰も取るヤツいないぞ?

「貴弘くん?こっちですよ」

見ると、すでに廊下の先まで歩いて行ってしまった砌が、こちらを振り向いている。

「ああ!今行く」

長い廊下を、奥へと進む。

「おじいちゃんの部屋は、居間を挟んで、丁度私の部屋と反対側です」

廊下の突き当りが居間で、その左が砌の部屋だから・・・

「あの部屋か・・・」

他の部屋となんら変わらない、ふすまに手をかける。

「!!」

突然の違和感に、反射的に手を戻す。

「どうしたのですか?」

「・・・結界だ。これは・・・侵入者がいた場合に、術者に知らせるタイプだな」

油断していた。これぐらいは予想できたのに・・・!

「え?ということは・・・」

「ああ、ここにあるんだろうな。やはり」

・・・だが、この程度の結界なら、俺でも簡単に解けてしまえる。

『邪悪なる存在』なら、もっと強力な結界を張れそうなものだが・・・。

「とにかく、『解』っと。・・・他にはなにも感じられない・・・な」

意を決し、ふすまを開く。

その部屋は、なんの変哲もないただの和室だった。

「・・・なにも感じられないか」

すぐには部屋に入らず、『気』を探ってから中に入る。

「ここが、おじいちゃんの部屋・・・」

「ん?入ったことないのか?」

「いえ、小さいころには何度か入った記憶があるのですが・・・。小学校二年生ぐらいからは、お互いに出入りしなくなりました」

小学校二年生・・・難しい時期が始まる頃だな。

そして・・・そうか、丁度10年前の、あの頃か。

教文さんは、そのときに砌の祖父として、『父親』の変わりになったのだろうか。

・・・それとも、他になにか・・・。

「貴弘くん、あれ・・・」

物思いにふけっていた俺の頭に、砌の声が響く。

「ん?どうした?」

見ると、砌は真正面、中央の円卓を指していた。

正確には、その上に乗っているいくつかの冊子を。

「・・・おい、まさか」

「でも、それらしくありませんか?」

それはそうだが・・・あからさますぎるだろ・・・

俺は考えられるすべての罠がないか、調べる。

「・・・特に罠とかはなさそうだな」

「・・・では、見てみましょう」

俺が言うがはやいか、冊子を読み始める砌。

「おい、もっと用心して・・・」

「・・・・・・」

もう俺の言うことが聞こえないのか、砌は集中して冊子を読んでいる。

・・・特に害はなさそうだし、大丈夫か・・・

俺は他の冊子を手に取り、読み始める。

―――題は、『○○集落一帯に起きた異常現象についての記録』。


―――19××年9月25日から、10月8日までに起きた、『異常』現象について、その全てを、ここに記そうと思う。

なにぶん真相を知っている人間で、生き残ったのは私だけなので、私の視点でこの記録を残すことになってしまうが、少しでも後世の役に立てたなら、幸いに思う。

―――全ては、9月25日までには、すでに始まっていたものと思われる。その日は、日没が例年より異常に早く、二日後には冬至の日と同じ程度にまで、一日の時間が短くなっていた。

また、同じ頃から、夜のうちに村民が姿を消し始めた。

そして、その村民は、村中をくまなく探しても、何度山狩りをしても、発見することはできなかった。

村の自治会長は、私に呪術的な要因が関わっているのではないか、もしそうなら協力してほしいと、私に依頼してきた。

そのころには、私はすでに呪術的な何かの関与に気づき、個人的な調査に乗り出していたが、めぼしい情報は得られていなかった。

私は、事態が予想以上に悪化していると判断し、外部の様々な組織にも協力を要請しようとした。

だが・・・出来なかった。すでにこの村は、この地の精霊にすら見放されてしまっていたのだ。

村の周囲には、精霊たちによって強力な結界が、外から張られていた。

―――私たちは、被害がこれ以上拡がらないための、生贄にされたのだ。

私たちは、得体の知れない何かと、同じ檻の中に閉じ込められてしまっていた。

事態を理解した私たちは、一刻も早く原因を突き止めるため、村民を村立学校の体育館に集めた。

そして、その日の夜―――

強大な気と共に、『ヤツ』が現れた。(後に調べたのだが、『ヤツ』は異次元空間連結現象『黄泉の門』から現れる鬼『邪悪なる存在』らしい)

巨大な鬼で、体育館前にいた私にも、その姿はハッキリと見えた。

いまだ力が完全ではないのか、善井山から動こうとしない。しかし、『ヤツ』は、ここに村民全員がいることを、感知しているようだった。

『ヤツ』がこの事態の原因であることは明らかだ。

しかし、『ヤツ』の『気』の量は想像以上だ。真っ当な手段では勝ち目はない。

かといって、時間があるわけでも、外部からの支援があるわけでもない。

私たちは、どうすればいいんだ―――私は悩んだ。

そのとき、妻が―――かえでが、一つの提案をした。

「一ノ瀬家の秘術を、私に使ってください」

楓の話によると、もともと『気』の保有量が多く、異界のものを憑依させるには適した身体を持つ、一ノ瀬家の娘である楓に『ヤツ』を憑依させ、そしてその楓に一ノ瀬家の秘術を施す、ということだった。

しかし、私は一ノ瀬家の秘術について何も知らない。楓に聞いて見ても「あなたの身体にあるありったけの『気』を、私に流し込んでくれれば、それでよいのです」というばかり。

義父さん―――勝義かつよしさんに聞いても何も答えてくれない。ただ自分が不甲斐ない、と嘆いているばかりだった。

一ノ瀬家の秘術とは一体・・・?―――私は妻たちには内緒で、一ノ瀬神社にある古文書をひたすら読みふけった。

だが、その術式について明確に書いてあるものはなく・・・ただ『蛍火』というらしい、ということだけわかった。

本来なら、さらに詳しく熟読するべきなのだが、このとき私には時間がなかった。

初めて見たときには、『ヤツ』はすでに身体のほとんどを顕現していたため、完全な顕現は時間の問題だった。

他に良い考えのない私は、楓の案を使い、『邪悪なる存在』を封印することにした。

その夜・・・私たちは善井山に入り、『ヤツ』と対峙した。

『ヤツ』は―――『邪悪なる存在』は、絶対的な『捕食者』だった。

異次元からきた、ということが自然に理解できた。こんなものがこの世にいるわけがない。

私たちの住むこの次元よりも、もっと上の異次元の生き物だった。

立ちすくむ私の横で、楓と勝義さんが詠唱を始めていた。

楓は『ヤツ』を自分の身体に憑依させるため、勝義さんはその楓を護るために、結界を張っていたのだ。

そして俺が正気を取り戻したのは、楓の悲鳴が聞こえたときだった。

目の前に『ヤツ』の姿はなく、憑依に成功したのか、楓は胸を押さえ苦しんでいた。

どうするべきか戸惑っている私の肩に、勝義さんが手を置いた。

「娘に・・・秘術をかけてくれ・・・」

私は混乱した。確かに、今の状況は楓が説明した通りだ。しかし、本当に楓に秘術をかけて大丈夫なのか・・・?

私は迷った。しかし、その間にも苦しみ続ける楓。もう時間がない。

私は、楓に自分の持つ全ての『気』を流し込んだ。同時に、一ノ瀬家の秘術の、その真の力を知った。

「ありがとうあなた―――砌を、お願いしますね―――」

どうしてかはわからないが、楓の身体はまぶしく光りだしたかと思うと―――四散した。

突然の事態に私は我を失い、何も考えられず、ただじっ、とそこに立っているしかなかった。

その間に、勝義さんは『黄泉の門』を閉じるために『気』を使い果たし、この世を去ってしまっていた。

なにもなくなってしまった野原を見て、呆然としていた私は、あることに気づいた。

私の身体に、何かが入ってくる。

『気』も気力もなくなってしまった私は、その侵入者を拒むことが出来なかった。

―――そう、私が楓に術を施すのを躊躇ったばかりに、『ヤツ』の一部に逃げる隙を与えてしまっていたのだ。

激しい痛みが、私の身体を駆け巡った。私の精神が、侵食されているのがわかった。

長い間、それは続いた。

再び私が正気に戻ったとき、私の身体は、年をとったように軋みをあげるようになってしまっていた。

『ヤツ』が身体に入ったことで、身体に相当な負担がかかったらしい。髪も白髪交じりになっていた。

その後は、記憶があやふやだ。

しかし、私は確かに、生き残った村民全員に術を施し、今回一連の記憶を消した。

そして引退した一ノ瀬神社の前神主として、娘の、砌の祖父として、生きることにした。

―――妻を、砌にとって母を殺した私が、父として生きるわけにはいかない。

不幸中の幸いにも、私はもう砌の父としては不自然な身体をしており、ごく自然に村民に受け入れられた。

そして、砌にも―――

―――この記録は、事態の真相を唯一知る私の義務であり、もう二度とこんなことが起きないように願う、私の願いである。

記録などろくにつけたことのないので、まるで日記のようになってしまったが・・・そうだな、これは私の懺悔なのかもしれないな・・・


そこまで読み、冊子を閉じる。

・・・そうか、そうだったのか。

これが真実。これが事実。

教文さんは、愛する娘と共に生きるために、父親としての自分を捨てたのか・・・

「貴弘くん、そちらはどうでした?こちらは漢文調の古文書で、まったく読めないのですが・・・」

俺が冊子を閉じたのに気づいたのか、冊子を読んでいた砌が顔を上げた。

「ああ、これが十年前の記録だ・・・と?なにか落ちたぞ?」

砌が持っていた古文書から、封筒がヒラリ、と滑り落ちた。ページとページの間に、挟んであったらしい。

差出人は・・・独立法人 寺社歴史文化研究機構 野口 祐介・・・?

中には・・・紙が数枚入っていた。

「聞き覚えのない名前ですね・・・なんですか?それ」

砌が後ろからのぞき込む。・・・何かの報告書のようだが・・・


一ノ瀬神社宮司 一ノ瀬 教文様

―――教文さん、依頼されていた調査の件、一応の結論が出たのでご報告します。

一ノ瀬神社に残されていた、多くの古文書に書かれていたことを要約しまとめると、以下のようになります。


一ノ瀬家に伝わる伝統秘術「蛍火」についての中間報告


一ノ瀬家は、もともと霊的な体質で「異界のものに取り付けれやすい」という特殊体質を持っていた。そのため、古来から「巫女」をその生業としてきた。

神の天啓を司る巫女には、もってこいの体質だからだ。

しかし、その体質には同時に致命的な欠点もあった。

それは、「神と同じくらいの確率で負の属性(霊など)を呼び寄せ、取り付かせてしまうこと」、

そして「その場合、自我を保つことが出来なくなる可能性が高い」ということだ。

一ノ瀬一族の祖先は、そうなった同族を「処理」せざるおえない状況に、過去幾度となく

遭遇してきた。

そこで、その同族の者達を、なるべく苦しませないように「処理」できるように考案されたのが、一ノ瀬家に伝わる秘術「蛍火(ほたるび)」である。

これは、まず術者の相手を思う気持ち、特に「善の気持ち(信頼や好意など)」を媒介にして、体内のありたっけの「気」を「善の気」に変換する。

そして、体の一点にその気を集中させ、相手に流し込む。

「負の属性(怨霊など)」を憑依させ自身も「負の属性」になり、自我を保てなくなっている相手は、いきなり「善の気」を大量に流し込まれた結果、体内で激しい「負の気」と「善の気」の反発現象を引き起こし一瞬にして肉体を保てなくなる。

結果、体内の大量の「善(負)の気」は高密度のエネルギーとなり、肉体を巻き込んで空中に拡散し、やがて消える。

このときの様子が、まるで蛍の大群が空中を舞っているように見えることから、この術は「蛍火」と呼ばれるようになったといわれる。

この術は、その性質と考案理由からもわかるように、術をかける対象が自分と親密な関係であるほど、強い「善の気持ち」を使い、効率的により強力な「善の気」が得られ、相手に痛みを感じさせることなく「処理」することができる。

同時に、体内に大量の「気」を持つ者でないと、流し込める「善の気」の総量が少なくなってしまい、相手を完全に「処理」出来ない。

この術は生まれつき強力な「気」を持ち得、「巫女」として最適な体質を持ってしまった一之瀬家の宿命といえるが、その内容ゆえ一族の「秘術」として、決して口外されることはなかったようだ。


―――こんなところです。理屈・倫理的に、あまり汎用性のない術式だったようで、まさに一ノ瀬家の「秘術」と言えるでしょう。

また、この術が考案された正確な時期や、使用された回数などは、現在調査中です。

―――追伸―――社会的な立場を考慮して、この調査に関する一切の成果は、公表しないつもりです。ご安心ください。

寺社歴史文化研究四課 研究員 野口 祐介


ガタンッ!!

突然の物音。原因は・・・

「そ、そんな・・・実在していたなんて・・・!!」

報告書の内容に驚いてた砌が、背後の戸棚にかかとをぶつけた音だった。

「一ノ瀬の秘術は・・・そんな」

砌はかなり混乱している。・・・確かに衝撃的な内容だったが・・・。

「でも、前に確か『一ノ瀬家に伝わる呪い』がどうとか言ってなかったか?」

「・・・はい。でもそれは・・・小さいころにはそうやってたしなめられていたからなんです。「悪いことすると一ノ瀬家に代々伝わる、一撃必殺の呪いをかけちゃうぞ!」って・・・」

・・・それは、すごいたしなめかただな。

だが、おそらく現代に近づくにつれて、まったく使われなくなっていった「秘術」が、そういう形になって、残ったのだろうな。

「とにかく、大体めぼしいものは見つかったし、砌は少し休んでいてくれ。あとは俺がやる」

これ以上、砌を混乱させることもないだろう。あの記録も、砌が落ち着いてから、ゆっくり見せることにしよう。

「で、でも・・・」

「ほらほら、もうそろそろ花梨のとこに行ってやってくれよ。それに、少し一人で今後の対策を考えたいんだ」

「・・・わかりました。貴弘くんがそういうなら・・・」

おとなしく自分の部屋に戻ってくれる砌。

静寂に包まれる教文さんの部屋。

・・・これから、どうするか・・・

そんなものは決まっている。『邪悪なる存在』を倒し、『黄泉の門』を閉じ、平和な日常を取り戻すこと。

それはそうだ。だがしかし・・・『邪悪なる存在』を・・・教文さんを倒さない選択肢はないのか?

―――いや、わかっている。そんなものはない。今の記録を読んで、さらに強く思う。こんなことを、もう繰り返してはいけない。

そして、『ヤツ』を倒す方法が、またしても一つしかないことにも、気付き始めている。

おろかにも、また10年前の状況を再現してしまった俺には、もうなにもできないのか・・・。

・・・そうだ。記録の通りならば、もう時間がない。

俺は、偶然にも記録どおりの行動を、またしても行ってしまった。

今朝、典子さんに頼んだこと。

それは、神主たちの力を借りて、村民全員を村立学校の体育館に集めることだった・・・。


体育館には、すでに多くの村民が集まっていた。

誘導には、主に地元の警官や、役場の職員、自治会の役員が行っているようだ。

その中に、見覚えのある人物を見つける。向こうも気づいたようだった。

「貴弘さん。どうしたんですか?いきなり村民全員を集めるなんて・・・。何かあったんですか?」

「ええ、まあ。こんな短時間で、よくこれだけの人数が集まりましたね」

「・・・はい。避難の理由は、「この村に凶悪な犯罪者が逃げ込んだため」となっています。もっと時間がかかると思いましたが、作物の収穫も盛りが過ぎてますし、みんなおとなしく従ってくれました。・・・しかし、そんなに長くはとどめて置けませんよ?」

体育館に列を作って入っていく村民たち。10年前もこうだったのか・・・?

「はい。どちらにせよ、あと二三日で決着がつくと思います」

「!本当ですか?ならば我々もお手伝いします!」

身を乗り出し、勝利を疑わない神主。

・・・だが、敵が教文さんであることを知ったら、どうだろう。

俺も、もし教文さんが敵であることを知らなかったら、戦いの前の妙な高揚感に身を任せていただろう。

「・・・・・・」

しかし、俺は知ってしまった。この戦いの本当の姿を。

「・・・あの、どうしたのですか?やはりなにか・・・?」

「い、いえ。今後のことは、避難がひと段落ついたら、改めて説明します。それまでは、避難の誘導、よろしくお願いします」

「はい。まかせてください」

そして、俺は体育館を後にした。

校門から、一度体育館を振り返る。

前代未聞の事態に(10年前の記憶は消されてしまっているため)村民の多くは、不安と同じくらい、どこか好奇心に溢れた、これからなにが起こるのか、という妙な期待を感じているようだった。

風が冷たい。ただでさえ山間の冬は早いのに、『ヤツ』のおかげで一週間前までは秋真っ盛りだったのに、今ではもう冬だ。

空を見上げると、東の空にあった黒い雨雲が、ゆっくりとこちらに向かってくるところだった。


一ノ瀬神社に戻り、最初に目に付いたのは、幸せそうにスヤスヤ眠っている命だった。

・・・なんかムカつくな。

俺は命に気づかれないように近づき、命の両足を脇に抱えるように持つと、足を踏ん張る。

「・・・せーの、ジャアント・・・」

「・・・なにしてるんですか?」

「・・・いや、なにも」

目覚めたらジャイアントスイングされてました。的なドッキリをしようとしたのだが、砌に発見され未遂に終わる。

・・・これの弱点は、他人に見られると恥ずかしいってことだな。

「ダメですよ、邪魔しちゃ。命さん気持ちよく眠っているんですから」

「わかってるよ・・・それよりも砌、ちょっと話さないか?」

「え?は、はい」

こう面と向かって話すと、なんだか気恥ずかしいな。

「ここじゃあなんですから、居間に行きましょう」

ジャイアントスイングされそうになっても、まだ起きない命を残し、居間へ向かう。

「花梨の様子はどうだ?」

居間の向かって左側、砌の部屋に花梨がいるはずだった。

「ぐっすり眠っています。やはり一度に『気』を使いすぎただけのようです」

・・・そうか、それなら時間はかかるだろうが、寝ていれば元のように元気になるだろう。

「お茶淹れてきますね」

居間に着くと、砌はすぐに台所に向かっていった。

・・・さて、どうしようか。

今後のことについて、砌に話さなければならないことは山ほどあるのだが・・・

どれも、一体どうやって切り出せば、あまり砌にショックを与えずに済むだろうか。

・・・その辺考えておくべきだったな。

だが、時間がない。10年前の記録通りなら、今夜にでも・・・

だから、なるべく早く砌との意思の疎通はしておきたい。

「お待たせしました」

盆に二つの湯飲みをのせた砌が、ふすまを開ける。

「ああ、ありがとう」

向かい合って座る。・・・言わなくては。

「あ、あのさ、砌・・・」

「貴弘くん、その前に、ひとつ聞きたいことがあるのですが」

「え?な、なんだ?」

砌の真剣な眼差しが、俺を貫く。

「貴弘くんは、その・・・この戦いに勝つには、一ノ瀬家の秘術を使うしかない、と考えているのですか?」

・・・ぐ、それは・・・

「・・・・・・」

「・・・答えてください」

「・・・そうだ。それしか・・・俺には考え付かない」

昨日の夜、『邪悪なる存在』と対峙したときから。今日10年前の記録を読んだときから。

俺自身の力ではどうしようもないこと。そして、もう俺たちにはこれしか方法が残されていないことに、気づいてしまった。

「・・・すまない」

俺が、不甲斐ないせいで、こんな・・・

「・・・やはり、わたしは・・・おじいちゃんを・・・一ノ瀬教文を、こ・・・殺さなければ、ならないのでしょうか」

砌は、もしかしたら教文さんの不審な行動に気づいたとき、こうなることを覚悟していたのかもしれない。

だから一ノ瀬家の秘術『蛍火』が実在することを知ったとき、あんなに・・・

「・・・・・・」

「・・・そんな・・・おじいちゃんは、私の、ただ一人の・・・肉親なのに・・・」

俺は、黙ってうつむき、砌の言葉に耳を傾けることしかできない。

「確かに、『邪悪なる存在』は憎いです。・・・でも・・・それがおじいちゃんと一体化しているなんて・・・!!」

俺は、俺は―――

「私は、どうしたらいいのでしょうか。それが、わからないんです・・・」

うなだれている砌の表情は見えない。だが、砌は泣いていた。

「私は・・・一人ぼっちなんでしょうか・・・」

がばっ

「・・・え?」

ついに俺は自分の欲求を抑えられず、砌の肩を両手で掴んだ。

「そ、そんな貴弘くん・・・!?」

「・・・俺じゃあ、ダメか?」

言葉にした途端、身体が熱くなってくるのを感じた。

「こうなってしまうまえに防げなかったのは、俺のせいだ。そんな俺が言える言葉じゃないが・・・」

鼓動が信じられないほど速くなる。・・・こ、こうなったらどうにでもなれ!!

すぐ近くにある砌の潤んだ瞳が、俺の視線と重なる。

「俺は、砌が・・・好きだ」

砌の顔が、みるみる赤くなっていく。俺も同じに違いない。

「お、俺が、ずっとそばにい、いるよ・・・」

も、もうだめだ―――

自分の身体の熱で、頭が茹で上がってしまう。もうなにも言えない・・・。

砌は、真っ赤に染まって顔を、下に向けている。

「・・・本当ですね?」

「本当!・・・本当だ・・・」

もう、自分で自分がなにを言っているのかわからない。

砌が少し顔を上げ、上目遣いで俺を見る。

「本当じゃなかったら・・・一ノ瀬家に伝わる、一撃必殺の呪いを100万回プレゼント・・・ですよ?」

・・・うっ。100万回ときたか・・・

「・・・いいぜ。俺と一緒にいる限り、その秘術をもう二度と使わなくて済むようにしてやるよ」

それが、今俺にできる、精一杯のこと。

「ありがとう、貴弘くん・・・」

そして砌は・・・瞳を閉じた。

すぐ目の前に、砌の白い肌がある。

・・・ごくり

緊張のあまり喉を鳴らし、ゆっくり顔を近づける。

吸い込まれそうな黒髪、少し上気した頬、柔らかそうな唇・・・

「・・・ん」

唇を触れ合わせるだけの、稚拙なキス。

だがそれは、俺達にとって何ものにも変えがたい、大切な時間だった。

・・・どれくらいの時間だったのだろうか。

「・・・ん、・・・はあ」

お互いの唇を離し、キスをしている間止めていた呼吸を再開する。

息が続く時間など、たかが知れているだろう。

しかし俺には・・・その何十倍も長い時間に感じられた。

いまだに心臓は早送りで鼓動を続けている。・・・もしかしたらこいつのせいかもな。

砌は、半ば恍惚とした表情で唇を指でなぞり、今の行為の余韻を確かめている。

しかし、すぐに唇をきゅっ、と結んだ。

「うれしいです、貴弘くん」

砌は立ち上がると、ふすまを開けた。

「・・・私、花梨を、この村の人々を守りたい」

そして、くるりと反転し、俺と視線をあわせる。

「そして、貴方を、守りたい」

「ああ、守ろう。かけがえのない人たちを。俺たちの明日を」

もう、怖いものはない。

俺は、砌と共に、これから長い時間を生き抜いてみせる。


―――墨を何十にも塗り重ねたような漆黒の中。


グオオオオオォォォォォォォ!!!!!


―――戦いは、聞く者の耳を貫く咆哮から、始まった。

「行くぞ!!砌!命!」

『ヤツ』が張った結界を破り、一気に『ヤツ』の陣地、善井山に突入する。

結界の向こう。そこは・・・

「・・・ウソだろ」

鬼、鬼、鬼、鬼、ひたすら鬼。

見渡す限りの、鬼の群れだった。

「貴弘さん!!」

すぐさま鬼の第一波攻撃が始まる。

「くそっ!!わが名、貴弘の名において律する!!」

ありったけの『気』を、命に流し込む。

「御珠上 命!!奴らの全てを殲滅せよ!!」

ガアアアアアァァァァァァ!!!!!

明確すぎる殺意を命ぜられ、獣と化した命が、俺の背後から鬼の群れへ躍り出る。

そのとき、俺を狙っていた鬼の第一波とすれ違う。

ブシュッ

俺の頭を狙った鬼の牙より、命の爪の方が速かった。

「わが名、貴弘の名において汝の力量制限を解する!!戦え!!!」

切り落とした三つの首が落ちるより速く、命は次の鬼の群れに迫る。

迎え撃つ四匹の鬼は、命がいるべき空間へ、四方から金棒を振り下ろす。

しかし、そこに命はいない。

前後左右ではない。・・・上。

命は少し離れたところに着地すると、四匹の間を吹きぬける。

鬼たちは、金棒を上げる時間さえなかった。

こま切れにされ、ズレ落ちるブロック状の肉。

その肉塊を蹴り、命は死角から次の鬼の射程内に、突入する。

しかし、その奥にはさらに二重に鬼が待ち構えていた。

命は一撃目で首を落とすことを断念。

反応できない手前の鬼の金棒を蹴り、高度を下げる。

二重に待ち伏せしている、奥の鬼たちの足元を吹き抜ける。

グアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!

両の足を失い、瞬間空中に漂った鬼の上半身は、すぐに地面へ落下を始める。

しかし、身体が地面へ到達するころには、その首は無かった。

「貴弘さん!砌さん!突破口が開きました!!早く!!」

「よし!行くぞ砌!!」

「で、でも命さんを一人にするわけには・・・」

砌は、さらに襲いくる鬼たちを迎撃する命を振り返る。

「なにも出来ない俺たちがいるほうが、命にとっては迷惑だ・・・行くぞ!」

「で、ですが、なにか、なにかできるはず・・・」

「・・・!!」

俺は両手で砌の頭を持ち、強引に視線を合わせる。

「砌、いいか。俺たちは必ず、『邪悪なる存在』を倒さなくてはいけない」

砌の瞳に、訴えかける。

「そのためには、お前には『気』を温存しておいてもらわないといけないし、俺はそんなお前を護るだけで精一杯だ」

「貴弘さん!!早く!!」

「俺たちにできることは、せめて命の邪魔にならないことだ」

聞こえる肉を裂く音。今のところは、命が押しているように見える。

だが、俺たちが命の「弱点」である限り、いつ逆転されてもおかしくない。

「・・・はい。わかりました」

命が鬼たちを引き付けているうちに、俺たちは、なるべく鬼のいない場所を選び、移動する。

そのうちにも、命は次々と鬼の頭を落としていく。

・・・持久戦になれば、こちらが不利だ。

それはもちろん、こちらの方が、敵より人数が少ないとか、『気』の残量が少ないとか、そういうこともあるが。

命に発した「力量制限」の解除。

それはつまり、命に施してあったリミッターを解除するということ。

命にリミッターが施してあったのは、その力が俺にとって制御しきれないものであったからでもあるが、それだけではない。

今の命の身体は、実は完全なものではない。今の俺のレベルに合わせ、命の前の主人、俺のじっちゃんによって、小さな仮の身体にその魂を入れている。

しかし、本質が「霊体」である命は、だからといって持てる力の総量は変わらない。

だから、身体への負担を軽減するために、出せる力量を制限しているのだ。

その状態で命の「力量制限」を解くと。

あまりの力の大きさに耐えられず、身体の崩壊と同時に、精神の崩壊が始まる。

・・・すなわち、暴走。

敵味方はおろか、最悪の場合、俺が俺だとも認識できなくなる。

そうならないためにも、持久戦は避けたい。

しかし、命を囲む鬼の数は、一向に減る気配が無い。

・・・こうなったら、イチかバチかだ。

「砌!走るぞ!!」

「え?」

砌の手を取り、走り出す。

全ての鬼の意識が命に向いた隙をついて、一気に戦闘区域を抜け出す。

「ちょ、ちょっと貴弘くん!一体何を!?」

黒い密林を、前回の記憶を頼りに駆け上がる。

「頂上を目指す!そこに『ヤツ』もいる!!」

「で、でも私たちだけで行っても・・・」

そのとき、俺たちを待ち伏せていたのか、数体の鬼が、俺たちの行く手を阻むように姿を現した。

「・・・くっ!!わが名、貴弘の名において、我、汝の力を欲する!!」

『気』の消費を抑えるため、出来れば使いたくは無かったが・・・仕方ない。

「汝曰く、『我、主の宝たる姫君を守らん』と!顕現せよ!護風剣・実朝さねとも!!」

俺は右手を前に突き出し、横にゆっくり振る。

すると、そこに暴風と共に、細身の銅剣が現れる。

その暴風に、周りを囲んでいた鬼たちは、たまらず吹き飛ばされてしまう。

―――護りの風、主の命に従い参上した。・・・ってお前貴弘か!?―――

銅剣から、直接脳に声が届く。

「え?これって・・・その剣の声ですか?」

暴風の中鮮明に聞こえる、聞きなれない声に、砌が驚く。

―――そうです姫君。私は数ある荒川一門の宝刀の中でも、『護り』に特化した銅剣・実朝と申します。・・・しかし、貴弘もついに俺を呼び出せるようになったかー。やることはやっているようだな!お兄さんの感慨もひとしおだぜ!―――

「しゃべるな。『気』が減るだろ」

―――もともと少ないんだからかわんねえって。・・・で?どのくらいヤバいんだ?―――

「感じるだろ。この山の頂上だ」

―――確かにヤバいな。だがお前の『気』じゃそんなに時間はないぞ?―――

「だからしゃべるなって言ってるだろ。・・・そんな暇はねえって」

―――いいぜ。俺も呼び出されたからには、しっかりお前たちを護ってやるよ―――

「よし、行くぞ砌!!」

「は、はい!」

俺たちは護りの暴風をまとい、頂上に迫る。

・・・実朝を顕現させている間、その分命への『気』の供給量が減り続けている。

実朝の力を使い、目の前の障害物をなぎ倒しながら進む。

しかし、なかなか障害物はなくならない。

―――ヤバい。もうすぐ『気』が底をつくぞ!―――

・・・くそっ!!間に合え!間に合え!!

―――そしてついに、障害物がなくなった。

「・・・頂上だ」

―――すまん貴弘。俺はそろそろ失礼するわ。今度ゆっくりお前の姫君紹介しろよ!!―――

音も無く消えていく銅剣。

「ははは・・・まさかそんなものまで呼び出すとはな!」

暗闇からゆっくり姿を現す人影。

「教文さん・・・いや、『邪悪なる存在』!!」

「・・・・・・」

砌は、静かに教文さんの身体の中にいる、『邪悪なる存在』を見つめる。

「いやはや、見直したぞ貴弘くん!まさか君がここまでやるとはな。本当はここにたどり着けないんじゃないかと、内心心配していたぞ!!」

ひたすら高笑いする『邪悪なる存在』。

「くくく・・・さあ、ぼうっ、としてないで、さっさと式神を呼び戻したらどうだ?」

・・・そうだ!早く命を呼び出さないと!!

そのために、俺らだけでここまで来たのだ。

俺さえ頂上にたどり着けば、瞬時に命を呼び出すことが出来る。

・・・頼む。無事でいてくれ・・・!!

「わが名、貴弘の名において律する!!御珠上 命!!直ちに我がもとへ参上せよ!!」

時空を裂き、この世の理を捻じ曲げ。

人に使役されし英知が、顕現する。

「―――貴弘さん、無事でしたか」

「命!!無事だったんだな!!」

命は俺に応え、その姿を現した。

「―――!!!命さん!!その傷は―――!!」

命の身体は、自らの血なのか、または敵の返り血なのか、全身が真っ赤に染まっていた。

「大丈夫です。戦闘に支障はありません・・・それより、すぐに鬼たちが来ます。急いでください」

「そうだぞ貴弘くん。それがこの作戦の弱点だ。わかっているだろう?」

見ると、『邪悪なる存在』が一歩一歩近づいてきていた。

「ああ、わかってるよ」

深呼吸をし、身構える。

「・・・ひとつ確認だが」

・・・!?

「君が私を倒せなかった場合、私は村民全員を食らい尽くし、完全に元の力を取り戻す」

『ヤツ』は足を止めた。そして、その背後では、漆黒の『負の気』が、なにやら形作り始めていた。

「君が、最後の砦だ。・・・その覚悟はあるかい?」

・・・『邪悪なる存在』が完全な力を取り戻せば、それこそ手が付けられないだろう。

多くの土地が焼かれ、多くの人々が焼かれ、多くの生き物たちが焼かれるだろう。

―――そしてなにより、俺は生きたい。

砌や、命、花梨・・・そして、心の中のあつみ。

みんなと共に、これからを生きたい。

だから、ここで貴様なんかに負けるわけにはいかない。

「もちろんだ。ここで10年前と同じように・・・いや、10年前果たせなかった人々の無念を、今貴様に思い知らせてやる」

「・・・それでいい」

背後の黒い影は、まさに見上げるばかりの大きさになり、ついに鬼の形を成した。

・・・これが、『邪悪なる存在』か。

前回と同じように襲いくる、強大なプレッシャー。

あまりの恐怖に、後ずさりしたくなる。

・・・だが、思いとどまった。

肩に乗せられた、暖かい手。

「・・・貴弘くん、一緒に、行きましょう」

・・・そうだ。俺には砌がいる。

―――俺の、姫君が。

「命!!行くぞ!!」

「はい!貴弘さん!!」

「・・・!!」

・・・俺も命も、限界が近い。

「わが名、貴弘の名において、汝の奥義を解放せん!!」

・・・ならば、この奥義に頼るしかない。

「汝、「御魂上」として、その責務を全うせよ!!奥義・御魂之舞!!」

―――本来、『みたまのかみ』とは、『御魂上』と書く。

その名の通り、魂を司る役職だ。

ただ、神様とかそういうものではなく、要するに『御魂上とやりあったら、生きては帰れない(御魂を獲られる)』といった意味の、いわば二つ名だ。

すなわち、荒川一門の最終(リーサル)兵器(ウェポン)

その『御魂上』の襲名のための絶対条件が、『奥義・御魂之舞』の習得だ。

もちろん、命も完全な身体で、全力を出して、無事この奥義を習得した。

・・・逆に言えば、本来この奥義は、命が完全な身体で、全力出さなければ使うことが出来ない。

力量制限解除どころの話ではない。確実に、少なくとも、腕一本はもっていかれる。

「はい。わかりました」

だが、命は承知してくれた。

「・・・すまない」

「なにを謝っているんですか。荒川の実家に戻ったら、ジンギスカンパーティーしましょう」

いいですよね?、と命は微笑んだ。

「・・・ああ。もちろん」

「命さん、どうかお気をつけて」

「はい、砌さん・・・では、参ります」

命は身体を前に乗り出したかと思うと、一直線に『邪悪なる存在』に向かって疾走する。

『邪悪なる存在』が顔を上げた。

「・・・さあ、来い」

黒い衝撃が三つ、地面を駆ける。

命はこれを跳躍することによって回避する。

「小賢しい。跳んだら逃げ場がないだろうに」

『邪悪なる存在』は上空に向かって、黒い光弾を数発放つ。

しかし命は、自らの落ちる力すら利用し、光弾を切り裂く。

「・・・な、バカな・・・」

「・・・舞います」

命はそのまま、『ヤツ』の上空から、真っ直ぐ墜落する。

「御魂之舞、一之舞!!」

グオオオオォォォォォォ!!!

バランスを崩しながらも、命の墜落地点に拳を突き出す『邪悪なる存在』。

しかし、命は『ヤツ』の足元から現れた。

ドンッ、ドドドドドドドドドドドドドドンッ!!!

死角に入り、連続して打撃を与える。その拳には圧縮された『気』が込められていて、敵に触れるたび、弾ける仕組みになっている。

「御魂之舞、二之舞!!」

「な、なめるなあ!!」

『邪悪なる存在』は足元の命めがけ、その巨大な右手を伸ばした。

「砌、次の終舞しまいの後、すぐに走るぞ」

「!・・・はい」

突然の合図に驚く砌だったが、緊張した面持ちで頷く。

命は地面に両手を着き、両足で伸ばされた右手ごと『邪悪なる存在』を蹴り上げる。

「食らいなさい!!御魂之舞、終舞!!」

自らも地面を蹴り、止めを刺すために『邪悪なる存在』に迫る。

「やるではないか。・・・だが、ここまでだ」

自由の利く左手を動かし、光弾を放つ『邪悪なる存在』。

しかし、その目標は命ではなく・・・。

「くそっ!!展開!!」

俺は瞬時に結界を展開するが、勢いを殺しきれず、弾かれてしまう。

「ぐっ!!あああああ!!」

受身も取れず、俺は地面に打ち付けられる。

「・・・!!貴弘くん!!」

「・・・っふ。もう一発・・・」

「させません!!」

追いついた命が、二の舞で探り出した弱点を、通り過ぎる瞬間、的確に突く。

グオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!

攻撃を受けた『邪悪なる存在』は、地面に墜落する。

一方命は、そのまま奥の林に突っ込んでいった。

「貴弘くん・・・!!」

こちらに駆け寄ってくる砌。

「み、砌。いま・・・だ!!今しかチャンスは、ない・・・!」

「・・・!!」

ゆっくり立ち上がる砌。しかし、その顔にはまだ若干の迷いがあった。

「頼む、砌。俺は・・・」

ここで言わなければ、きっともう二度と言えないだろう。だから、勢いに任せて、言う。

「俺は・・・砌と一緒に生きたい!!頼む・・・!!」

「・・・もちろん、私もです」

砌は顔を上げると、拳を握り、『気』の開放を始める。

「・・・我、汝を愛しむ我を憎む」

やがて、圧縮され始めた『気』は、濃い紅色のヴェールとなって、砌を包み込む。

一歩一歩、『邪悪なる存在』に近づく。

強大な『気』の塊の、突然の接近に気づいたのか、ビクンッ、と反応する『邪悪なる存在』。

「がっ!!それ以上近づくな!!」

鬼の黒い影が、一部を触手状に形を変え、砌に迫る。

「・・・・・・」

しかし、今や目視できるほどのまで開放され、圧縮された『気』は、『邪悪なる存在』の『気』を上回っていた。

黒き触手は、砌に触れることすらできない。

「・・・我、我を憎む汝を愛す」

砌が、駆ける。

右手に収束された真紅の『気』は、ついに『善の気』に変換され、眩い光を放ち始める。

「く、来るなあ・・・・!!!」

ついに、『邪悪なる存在』は、強大な身体で砌に覆いかぶさった。


「――――――『蛍火』」


一面闇に覆われた漆黒の中。

砌はまっすぐに、右手を突き出した。

があああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

漆黒の中へ、真紅の光が、流れ込んだ。

「こ、小娘えええぇぇぇぇ!!」

黒い影はまっすぐ砌を目指すが、叶わない。

「あああああああああああああああああああ!!!!!」

やがて、砌を取り巻く真紅の光は、すべて漆黒に呑まれていった。

しかし、黒い影は、まだ完全には消えない。

「・・・・・・!!!」

『気』の全てを『善の気』に変換し、『邪悪なる存在』に流し込んだ砌は、もう身を守る術がない。

砌は身を固める。・・・だが、『邪悪なる存在』は、襲い掛かってこなかった。

「・・・これでいい」

砌は、顔を上げる。そこに見えたのは・・・間違いなく、教文さんの顔だった。

「・・・ありがとう、砌。最後に君に触れられて、私、はしあわ・・・せ、だ・・・」

刹那、砌の頬に触れたのは、人間の手のひらだった。

黒い影の内側から、真っ白な光が弾ける。

それは黒い影を巻き込み、光の粒子となって、空に舞い上がり始める。

「・・・あり、が・・・とう・・・み・・・」

「・・・!!!お父さん・・・!!!」

瞬間、光は一段と弾け、見えるもの全てを飲み込む。

―――世界の全ては、純白に染め上げられた。


・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。


「・・・気づいていたのか・・・」

全てが終わった、山の頂上。

「・・・ええ。今まで一緒に暮らしてきたんです・・・。なんとなくでも、気づいちゃいますよ」

いまだ夜明け前。光のない山中で、砌の表情は見えない。

「砌・・・」

「貴弘さん!!」

背後から呼ぶ声。見ると

「命!!・・・お前それ・・・!!」

命は、両の肘から先が、なかった。

「わ、私は大丈夫です!!それよりも、早く『黄泉の門』を!!」

・・・!!しまった!!『黄泉の門』があったか!!

しかし、どこだ?近くにあるはずだが、『気』がまったく感じられない。

早くしないと・・・!!またこの悲劇が繰り返されてしまう・・・!!!

そのとき、空を切り裂く赤青黄の三つの光条が、地面を穿った。

「わああぁ!!・・・あ、あれは!!」

大きく抉られた地面から、三体の式神が身体を起こす。

「前鬼!後鬼!それに・・・天照アマテラス!!」

「かっかっかっか!!まだまだ詰めが甘いのう、貴弘!!!」

上空から、例の狛犬型の式神に乗り、悠々と舞い降りる、『組織』会長。

「じっちゃん・・・!!」

「ほっほっほ!!お前たちが『ヤツ』を倒したおかげでな、やっと精霊たちが結界をといたんじゃ。まったく、間に合ってよかったぞ」

「そ、そうだ!命が・・・」

立っているだけでも辛そうな命。・・・早く手当てをしないと・・・

「うむ、少し待て」

式神から降り、命の前に正座する。

「・・・貴信さん、お久しぶりです・・・」

「命様、まことに勝手でございますが、先代の主として、正しき御体へ移られますよう、かしこみかしこみ申し上げます」

「・・・はい。お願いします」

命の返事を聞き、じっちゃんは命の額に人差し指と中指をあてる。

「失礼します。では・・・」

じっちゃんが念じ始めると、命は突然じっちゃんの身体に倒れ込んだ。

「み、命!!」

「騒ぐな!!命様は、荒川本家に祭られている『正しき御体』に戻られただけだ」

・・・『正しき御体』?

「え、じゃあ・・・」

「式神がそんなに簡単に天に召されるか。大丈夫、実家に戻ればまた会える。それより・・・お前にはまだ、やるべきことが残っているだろうが」


―――太陽が、漆黒の山陰から、その眩い一片を覗かし始めた。

「―――砌」

砌は、村全体を見渡せる、崖の先端にいた。

「貴弘くん、私は・・・」

後ろを向いたままの砌を、後ろから抱く。

「・・・貴弘くん」

「もう言うな。・・・俺にも、背負わせてくれ。その業を」

・・・俺たちは、生き延びることができた。

「俺は、教文さんの代わりとしちゃ役不足だけど・・・」

・・・俺たちは、多くの人々の未来を守ることが出来た。

「だけど・・・だけど、砌のそばに、ずっといることは出来る・・・」

「・・・はい」

・・・俺たちにできること。それは、あつみや教文さんの分まで、生きること。輝くこと。

「・・・あ、これは・・・」

空から、小さな光が舞い落ちる。

『蛍火』によって空中に巻き上げられた、光の粒子だ。

それは、生まれたばかりの朝日に照らされ、さらに輝きを増していた。

・・・教文さんは、こうして光になり、俺たちの記憶に、永遠に残る。

俺たちも、精一杯生きて、輝いていこう。

そして、いつの日か。俺たちの子供の、孫の、子孫の記憶に。

俺たちの生きた光の軌跡が、永遠に残るように。

二人で、いつまでも――――


蛍火(ほたるび)・・・・・・。

墨を何十にも塗り重ねたかのような漆黒の中、それは儚きものが放つ灯火。

――――それは、儚きものが生きた、証。




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