表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『蛍火』  作者: 藤平重工
3/4

第3章 -邪悪なる存在-

自作同人ゲーム用に書き下ろしたシナリオです。

制作ブログ→http://synthesize2.blog44.fc2.com/

初めての長編作品なので未熟な点も多々ありますが、よろしくお願いします。


俺は、取りかえしのつかないことを、してしまった。

朝、昨日の天気が嘘だったように、その日は朝からじめじめ、とした秋雨が降っている。

どんより、と空気を圧迫する灰色の雨雲は、まさに今俺の心に圧し掛かっているものを連想させる。

ざあざあ、とモノの熱を奪う冷たい雨は、まさに今俺の心に降りしきる感情を思わせた。

「・・・結局、何も・・・出来なかった・・・」

あつみ・・・

結局昨日は一睡も出来なかった。出来るはずもなかった。

俺がもっと早くに気付いていれば・・・

俺にもっと力があれば・・・

あつみを、救えたんじゃないのか?

俺が・・・

考えることはただそればかり。延々と繰り返していると、東の空がだんだんと白み始め、気付けば朝になっていた。

・・・俺は、なにをするためにここにいるんだ?

俺は、自分に好意を抱いていてくれた女の子一人救えない。こんな俺は、一体どうすればいいんだ?

こんな俺じゃあ、どう考えたって『邪悪なる存在』に勝てるはず無いじゃないか。

「じいちゃん・・・早く来てくれよ・・・俺じゃ、無理だよ・・・」

「こら、男の子がいつまでも泣きごと言うもんじゃないですよ?」

・・・ん?

「・・・え?典子さん?」

いつの間に入ってきたのか、典子さんが俺の頭上から顔を覗き込んでいた。

「ほらっ、今日も学校ですよ。早く着替えて、朝ごはん食べないと。彼女が待ってますよ」

「え?彼女?」

無理矢理起こされて未だはっきりしない頭で、ぼんやりと考える。誰だろう?

そんな俺の様子を見て、典子さんはにこ、と笑い、廊下を指差す。

「ほら、そこに」

・・・え?

「おはよう。荒川君」

「い、一ノ瀬!?」

そこには学校の制服を着た、一ノ瀬がちょこん、と立っていた。

「え、え?なんでここが?俺教えたっけ?」

さっきまでぼんやりとしていた頭を、今度はいきなりフル回転させて思い出そうとする。

すると一ノ瀬はふるふる、と首を横に振った。

「いえ、荒川君が組織の人間としてこの村に来たのなら、この村に引っ越してきたのではなくて、どこか宿をとっているのではないか、と思って。この村に宿はここしかありませんし、典子さんとは知り合いだったので、聞いてみたら案の定この宿に泊まっていた、ということです」

「え?典子さんと?」

いままで考えもしなかった繋がりに、少し驚いてしまう。

「というか、人口が3桁のこの村じゃ、村人全員が知り合いみたいなものね」

にゃーにゃー鳴きつつ、未だ布団から離れようとしない美々子を引き離しながら、典子さんが答える。

村人全員が知り合い・・・って、こんなところで『引っ越してきた』なんて嘘、すぐにバレるじゃないか。

もっとまともな嘘考えとけよ、じいちゃん・・・

「ほら、ぼー、としている場合じゃないんですってば」

一ノ瀬が俺の手を引いて立ち上がらせる。

柔らかくて、暖かい手。ふわり、と舞う黒髪。

一ノ瀬は・・・なんとも無いのだろうか。昨日、親友が・・・あつみが、死んだのに・・・。

「早く顔を洗ってきてください。このままだと遅刻しちゃいますよ?」

一ノ瀬は微笑む。


「じゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

典子さんに見送られ、『花月』を後にする。

結局美々子は今も寝ている。昨日消費した『気』の量を考えれば仕方がないことだ。

今のうちに『気』を回復しておいてくれないと困るし。

決戦の時は近づいている。

「・・・荒川君?どうしました?おなかでも痛いのですか?」

「あ、いや、そういうわけじゃない・・・けど・・・」

「そうですか?なんだか恐い顔していたので・・・なんでもないのならいいのですが・・・」

そんなに思い詰めた顔をしていたのか。気をつけないと。一ノ瀬を不安にさせるのは心外だし。

「ああ、なんでもない・・・あ」

「え?どうしました?やっぱりおなか痛いのですか?」

「いや・・・弁当忘れた・・・。しまったな、いつもは典子さんが手渡してくれるから忘れないんだけど・・・」

俺は後ろを振り返り、引き返そうか考える。

「あっ、あの」

「ん、どうした一ノ瀬?」

一ノ瀬は鞄からバンダナに包まれた箱を取り出し、俺に差し出す。

「よかったら、これ・・・お弁当」

確かに、それはお弁当だった。

「だってこれ、一ノ瀬のだろ?俺が貰うわけには・・・」

「いえ、いいんです。今日は二つ作ってきたので・・・」

すると一ノ瀬はすこしはにかんだように笑う。

「・・・二つ?何で?」

弁当を作ってくれるのは確かに嬉しいが、俺にはその理由が思い当たらなかった。

すると一ノ瀬は、今度は顔を赤くしてしまう。

「え、えと、今日は材料が余ってしまったので・・・」

一ノ瀬は慌てて言い繕う。

そんな一ノ瀬を見ていると、思わず俺も笑んでしまう。

「はは、でもよかった。一ノ瀬は元気そうだな」

そのとき、ぴた、と一ノ瀬の動きが止まった。

「まあ、そうだよな。悔やんだってしょうがない。一ノ瀬は強いな・・・」

「・・・強くなんか、ない・・・」

一瞬の、沈黙。

え?と顔を上げると、背を向けた一ノ瀬の肩が細かく震えていた。

「強くなんか、ないですよ。今だって、あつみのことを思うと・・・」

一ノ瀬がゆっくり振り返る。その目には・・・

「ほら。泣いちゃダメって、思うのに・・・」

透明な雫が、溢れている。しまった・・・と俺は思った。

「今日も、戦いが無い時くらい、なるべく明るく、楽しく過ごしたいと思ったからなのに。悲しんでも、あつみは帰ってこないから・・・。あつみもその方が喜んでくれるって思ったから・・・」

そう言って、一ノ瀬は顔を伏せてしまう。瞳に溢れていた雫が地面に零れていく。

「・・・ごめん」

そんな一ノ瀬の気遣いに、気付けなかった・・・。俺はバカだ。

でもそんな俺の謝罪の言葉に、一ノ瀬は首を横に振ってくれる。

「いいえ、いいんです。ただ・・・」

「・・・ただ?」

一ノ瀬は少し顔を上げ、少し躊躇った後、上目使いでこちらの様子を伺う。

「その・・・貴弘くんって、呼んでもいいですか・・・?」

その言葉に、不覚ながらもドキッ、と心臓が高鳴る。

「お、俺のことを・・・?」

って俺以外の誰がいるんだよ。俺ってバカか!?

「私たちが、死んでしまったあつみの分も生きないと。楽しまないと、あつみも救われないと思うんです。やっぱり、好きな人の悲しげな顔なんて、見たくないから・・・」

一ノ瀬は真っ直ぐ俺の顔を見る。

「それに私も・・・荒川君を「貴弘君」って呼びたいんです」

「・・・」

そう言われたら、俺には断る理由など無い。

それがあつみのためにもなる、と言われたらなおさらだ。

「ああ、いいぜ・・・。だったら俺も一ノ瀬のことを「砌」って呼ばなきゃな」

予想外だったのか、俺の提案に、え?と今度は一ノ瀬が俺を見る。

「精一杯今を生きて、平和な日常を取り戻そう。あつみのためにも。よろしく、砌」

一ノ瀬は瞳に溢れた雫を拭うと、

「――――はい!」

満面の笑みで、笑ってくれた。


なんだか、かなり久しぶりにこの教室に来たような、そんな気がする。

扉から一歩入り、ふと思ってしまった。

「?どうしたんですか?」

戸口に立ち尽くす俺に、砌が声をかける。

「・・・」

俺はゆっくりと教室を一望してみる。何かが違う気がして。

・・・しかし、教室の様子は俺の知っている教室そのままだ。

ただ、二つの空席を除いて。ひとつは、あつみの席だ。そしてもうひとつは・・・

「・・・なあ、花梨はどうした?」

「・・・え?」

言われた砌は、同じく花梨の空席を見る。

「本当だ。どうしたんでしょう。花梨が学校を休むなんて・・・。何の連絡も貰ってないのに・・・」

砌が狼狽する。花梨が休むことはそんなに異常事態なのか。

「はい。花梨は五才のときから、病気というものにはかかったことがないんです。もちろん、学校も欠席無しです。遅刻は結構ありましたが・・・」

「欠席無しか。それはすごいな。だったら今日も遅刻かもしれないじゃないか?」

「そうですね、そうだといいのですが・・・」

心配そうに花梨の席を見つめる砌。

「ほら、授業始まるぞ。席につこう」

いつもの元気ハツラツな花梨しか知らない俺は、あまり気に止めず、自分の席につく。

そのとき丁度教師が教室に入ってきた。

「起―立、礼」

当番が号令をかけ、いつものように授業が始まる。

・・・授業が終わるまで、砌は心配そうな顔をしていた。


昼休み。俺と砌はいつも通り屋上にいた。

「「・・・」」

いつもの習慣というものはなかなか変えられないもので、自然な流れでここまで来たわけだが・・・。

「「・・・」」

深く沈んだ、気まずい雰囲気。

授業中は他のクラスメートのおかげで、あまり意識せずに済んだが、四人で集まったこの場所に来ると、どうしても二人のことを考えずにはいられないのだった。

砌は、というとじっ、と考え事をしながら、栗きんとんをつついている。

あつみを失った悲しみと、休んでいる花梨への心配は、やはり隠しきれないようだ。

・・・あつみ。出会ってからたったの四日しか経っていないが、彼女は確かに俺のかけがえの無い親友だった。

そう、四日。この間であったことといえば花梨の「両手プラス片足に花」発言や砌の参戦、美々子の(ジンギスカン)、喜井山ハイキング、そして・・・

考えてみれば色々なことがあった。しかし、その大半は、正確には「一度死んだあつみ」との思い出だ。

俺に好意を寄せていてくれた、女の子。

正直、都会では色恋沙汰なんかは珍しいことではない。しかし、彼女のことは一生忘れられないだろう。

一度死んでしまっても、俺に想いを伝えるためだけに、鬼に魂を捧げてまで、生きようとした、女の子。

彼女のその勇気は、俺の陰陽道なんかよりも一途で力強く、その想いは、眩い光を放って俺の心を揺さぶった。

だが、俺は果たしてその想いを受け取る権利があるのか?

あつみの人鬼(ひとおに)化に気付くことが出来なかった俺が。

たった四日とはいえ、その傾向は確かにあった。俺が。俺が気付かなかっただけだ。いや、あつみが生来、体が弱かったのを理由に、無意識に目を背けていたのかもしれない。

しかしそんなもの、「対人鬼の専門家」である荒川家、その御曹司である自分が、目の前の人鬼に気付かなかった理由にはならない。

俺が―――俺があつみを見殺しにした、その理由には。

もっと早くにあつみの死に気付いていたら。もっと早くにあつみの体に潜む鬼に気付いていたら。もっと早くにあつみの―――想いに気付いていたら。

少なくとも、こんな結末にはならなかったんじゃないのか?

俺は―――

「・・・荒川君?」

顔を上げると、砌が心配そうに見ていた。

「・・・すまない」

砌はふるふる、と首を振る。

「そんなに自分を責めないで。これからのことを考えましょう」

・・・そうだ。今朝、砌と約束したばかりだ。

あつみのために、精一杯生きようと。

俺がこの村に来たそもそもの理由を思い出せ。

―――『黄泉の門』―――。これを、閉じること。

―――『邪悪なる存在』―――。これを、倒すこと。

十年前、この地に開いた『黄泉の門』、そこから現れた『邪悪なる存在』。

『黄泉の門』はその向こうにつながった異世界から、超高純度の『負の気』を溢れさせ、付近の悪性の霊的存在たちを活性化させた。

『邪悪なる存在』は理由もなくその強大な力で、破壊と殺戮を繰り返した。

そして、今。

奴らはまた、同じことをしようとしている。もちろん、その対象は俺たちを含めた村人全員、果てにはこの世に生きるものすべて。

俺は、あつみを救えなかった。

だから、砌や花梨、村人たちを救わないのか?

いや、違う。俺は、みんなを救いたい。

確かに、俺程度の力じゃ救えないかもしれない。だが、救おうとすることはできるはずだ。

あつみは死んだ後も、生き続けたいと願った。それが死ぬことよりもつらいことでも。

―――想いを伝えるために。

俺は、その想いを受け入れたい。

そして、その想いを受け取った俺は、死ぬわけにはいかない。

傲慢だ、と言われるかもしれないが、あつみの想いに応えるためには、それしかないと思える。

―――精一杯生きよう。あつみのためにも。

「―――そうだな。ただでさえ時間がないのに、ウジウジ考え込んでも仕方がないし」

俺は砌の瞳を見据える。砌も俺の瞳を見た。

「生きよう。必ず『邪悪なる存在』を倒して、みんな揃って生き残るんだ」

砌は、俺の突然の宣言に驚いたようだったが、すぐに頷いてくれた。

「―――はい。一緒に、必ず倒しましょう」

いまだに『黄泉の門』の位置は特定できていないが、今までどおり『門』の放つ『負の気』にあてられた連中を倒していけば、いずれその大元である『門』にたどり着くはず。そしてそのそばにいるであろう『邪悪なる存在』も。

あつみは、俺に微笑んでくれた。その微笑みのために、俺は負けない。


その日の夜。俺たちは昨日までと同じように、一ノ瀬神社に集まった。

「・・・はむはむ。このようかんもおいしいですねぇ!」

すでに美々子の特等席になりつつある縁側の一角で、そうすることが当然のように、美々子は和菓子を食べている。

「そうですか?まだたくさんあるので、たくさん食べてくださいね」

そして、これまた当然のように和菓子を追加する砌。

どうやらいつもの調子を取り戻したようだ。完全とはいかないだろうが・・・、それはこれから徐々に取り戻せばいいことだ。

まだ時間がかかりそうなので、俺はすでにあたりを完全に包んだ虫の声に、耳を澄そうとする、が。

「今夜は、どのあたりに行く予定ですか?」

神主、一ノ瀬教文氏がいつの間にか隣にいた。

「え、ええ。今日は村の中心である商店街を中心に回ってみようかな、と。確かに例の廃病院には魑魅魍魎も多くいますが、それらに気をとられて、村人が殺されては意味がないと思いまして」

俺は驚きの表情が顔に出ないようにしながら、答える。

「それは確かにそうだね。正しい判断だと思うよ」

言うと、教文さんは俺の横に並ぶ。そして誰に言うでもなく、口を開いた。

「虫は、良いね。特に、秋に鳴くこの虫たちは」

予想もしていなかった言葉に、俺は思わず教文さんを見てしまうが、教文さんは構わずに続ける。

「彼らはただ鳴くことが出来る。ただ、愛する者のためにね。ひたすら鳴き続ける」

俺は教文さんの真意がわからず、ただその顔を見上げる。

「私はそういう生き方に憧れるんだ。愛する者をひたすらに愛し続ける。ましてや傷つけることなど決してない、そんな生き方に・・・」

教文さんはそれきり黙ってしまう。

「?」一体教文さんはなにが言いたいのだろうか。彼には砌がいる。それとも彼女を孫として愛していないとでも言いたいのだろうか。

「教文さん・・・あなた・・・」

「貴弘さぁーん!!」

「!!ぐふぁっ」

俺の右わき腹にクロスチョップの構えでタックルを食らわす猫が一匹。

「さあ!いい具合にお腹も落ち着きましたし、見回りに出発しましょう!」

美々子が高らかに宣言する。

「美々子さーん!待ってください」

少し遅れて砌もやってきた。そして、

「・・・」

丸太のように地面に横たわり、微動だにしない俺を発見。一瞬の硬直の後、

「・・・大丈夫ですか?生きてますか?」

と、恐る恐る俺に手を伸ばそうとする。

「・・・とりあえず、生きてはいる」

砌、気付いてくれて、ありがとう。

「貴弘さーん!行きましょうよーう!」

美々子はすでに鳥居の下まで移動していた。そこから手を振っている。

お前のタックル、結構バカにならないんだぞ!

「いつつ・・・」

わき腹を押さえながら立ち上がろうとする。

そのとき、すっ、と差し出される手。

「大丈夫ですか?」

一ノ瀬が、少しかがんで俺に左手を差し出していた。・・・なんだか逆な気もするが・・・。

「ああ、ありがとう。・・・よっと」

言ってしまってから「年寄りくさいかな」と思ったが、まあ無事に立ち上がることに成功する。

「い、いえ。・・・どういたしまして・・・」

「貴弘さーん!早く、早くにゃー」

鳥居の下でピョンピョン跳ねる美々子。

「ああ今行く!・・・砌、行こうか」

「はい、そうですね。早く行ってあげないと」

俺たちは鳥居に向かって歩き出す。

それにしても痛いな・・・今日の和菓子は特別うまかったに違いない。


他の場所に比べて、昼の間日常生活に密接している分、夜の商店街は、他の場所以上に別世界にいるような錯覚を与える。

威勢のいい掛け声が響いた八百屋も、魚特有の強烈な臭いを漂わせていた魚屋も、今では重いシャッターを下ろし、沈黙を守っている。あるのはただ静寂のみ。

そしてもちろん、昼間より二倍は広く感じるメインストリートには、昼間の零倍の人間しかいない。

「人が、まったくいないな」

まだ東京では「夜」の時間帯である。夜遊びをする若者たちなどで、まだまだ騒がしい頃なのだ。

しかし、誰もいない。まあ、水商売に関しては、みんな知り合いのこの村にあっては、やりにくい商売なのだろうが・・・

などとくだらないことを考えながら、砌の後について歩く。

美々子今日は別行動をすることにした。今のところ中心部で鬼が出現した、ということは聞いていないので、大丈夫だろうと判断したからだ。

「そういえば、荒川君はどうして一人でこの村に来たのですか?」

ふと、唐突に砌が聞いてきた。確かにもっともな質問だ。

「うーん、まあ、要するに人手不足だな。今回『ヤツ』の放った『気』はシャレにならない量で、しかも冗談みたいな範囲にばら撒かれたクセに、詳しい発生源が特定できなかったから、調査するのにも人数が必要だったんだ」

ただでさえ人手がいない『組織』は、俺みたいな新米まで単独の任務に投入し、そして新米の俺は単独で「当たり」を引き当てた。

・・・冗談きついぜ。

「そのうえ、外界との連絡手段もなくなってしまったんですよね・・・。あれ?すると学校への転入手続きは貴弘くんが全部自分でやったのですか?」

砌が、はて、と小首をかしげる。またもやごもっとも。

「いや、まだ俺がこの村に来て二日目までは連絡が取れたから、『組織』の人が手を回したんだと思う。この件はウチのじっちゃんの発案だから」

俺は、あの最悪の目覚めだった朝を思い出した。あのときの式神は通信連絡用(すなわち超遠距離操作系)で最強の部類に入るものだった。

・・・今考えると、あの時すでにかなり危険な状態だったのかもしれないな。

「ウチのじっちゃんって・・・貴弘くんのおじい様ですか?」

回想に入りかけた意識が、砌の声によって我にかえる。

「うん?ああ、そうだけど・・・」

「貴弘くんのおじい様って、『組織』では偉い方なんですか?」

今更なにを、と思ったが、そうだ、砌にはまだ話していなかったな。てっきり教文さんが教えていると思ったが・・・

「俺のじっちゃん、荒川 貴信(たかのぶ)は、『組織』の会長だ」

なにでもなく言う。正直、じっちゃんが『組織』の会長であることで、損したことはあるが、得したことなど一度もない。

それは『組織』の活動内容上、『組織』のトップが否が応でも実力主義になってしまうからであり、つまりは『世襲制』というシステムがないことに起因する。あとはじっちゃんの性格とか、いろいろ理由はあるのだが。

「・・・え?会長・・・ですか」

会長という言葉に、驚く砌。まあ無理もないか。

全国の陰陽師を統べる『組織』の、そのトップの孫なんて、(俺自身が言うのもなんだが)正常な一般人なら、ぶっちゃけ引く。

「・・・といっても、まあ、実はそんなにたいしたことはないんだけど」

まったく、なんでウチのじっちゃんはこんな『聞くと思わず引いてしまう』地位についているんだよ。引かれる孫の身にもなってくれってんだ。

しかし、砌の驚きは一瞬のみで、次の瞬間にはいつもと変わらぬ調子で聞いてきた。

「じゃあ、いろいろと大変ではないですか?」

・・・あれ?引いてない・・・?

「いや、全国の陰陽師といったって、そんなに数はいないし、やることも勝手なまねをしないように見張るだけだから、自治会とたいして変わらないんじゃあないか?」

はあ、そうなのですか、と納得する砌。意外とこういうのには動じないのか?

そこまで考えて、そうだ、と思い当たる。砌の祖父である教文さんは、この辺り一帯の神主達のリーダー的存在だったな。

神主のリーダーも陰陽師のリーダーも、イメージ的には大して変わらない。

「なら、もう助けが近くに来ているのでしょうか・・・?」

砌がうれしさを隠せない顔で聞く。

「ああ、助けは来ているだろうな。ただそれは・・・」

途中まで言いかけて、思わず口をつぐんでしまう。

そう、助けは来ているだろう。だが、来ているそれは「人間」だ。

教文さんが言っていた通り、今この村は大自然の化身ともいえる「精霊」によって外界と隔離されているため、「人間」ごときでは村に入ることすら不可能だろう。

村を隔離する原因を取り除かない限りは。

「ただ・・・なんなのですか?」

砌は突然口をつぐんだ俺を見て、不思議そうに首をかしげる

「・・・それは」

「あれ?砌さんじゃないですか?」

突然背後からかけられる、声。

「ああ、やっぱり砌さんだ。お久しぶりです」

見ると、そこには中年の男。商店街には似つかわしくない直衣(のうし)に身を包んでいる。

・・・神主?

「あ、こんばんは、永田さん。この間の集まり以来ですか」

気軽に挨拶を返す砌。ってことは・・・

「貴弘くん、紹介しますね。こちらは、隣村の神社で神主をしている永田さんです」

砌に紹介され、どうも、と会釈する永田さん。

「そしてこちらが・・・」

「存じてます。荒川貴弘君・・・ですよね?」

永田さんが俺の顔を覗き込む。俺ははあ、とうなずき、

「そうです。今回『組織』から派遣されました」

「ええ、お話は伺っています。頼りにしてますよ」

「・・・」

俺は、うなずくことができない。

そんな俺を見て、砌が助け舟を出してくれる。

「永田さん、一体こんな時間にどうしたんですか?」

永田さんは一瞬心外そうな顔をして、

「村の見回りですよ。戦っているのは砌さん達だけではありません。我々神主も、微力ながらお手伝いさせてもらっています」

そうだ、俺が来るまでは、彼らが『黄泉の門』から溢れ出る『負の気』を押し留めていたんだ。

「では、他の神主さんも見回りを?」

「そうです。私と教文さんを含めて6人ですが。荒川君が来てから、教文さんの提案で、効果の薄い『気』の押さえ込みはやめて、変わりにこの見回りをはじめました。」

「そうですか・・・」

もっともといえば、もっともだ。つい1週間前に来た俺よりも、彼らの方がこの村を救いたいという気持ちは大きいだろうし、なにより土地勘がある。『気』の通り道や、怪しい場所なども、もちろん知っているだろう。俺がやるよりも効率的だ。

だとすれば、なぜ教文さんは教えてくれなかったのだろう。この神主達が村を見回っているのなら、中心部ではなく、もっと村の怪しい箇所を見回ったのに。

「ですので、今日はもう休んだらどうです?昨日も大変だったそうじゃないですか」

「ええ・・・まあ」

一瞬、あつみの顔が頭をよぎる。

・・・もう、大丈夫。あつみ。俺は君の想いを受け止められるようになるまで、前に進むよ。生き残るために。

「・・・そうですね。今日のところは、一度帰って作戦を立て直したほうが良さそうですね」

予想外の出来事もあったことだし、ここは一旦戻ろう。

「あの」

永田さんに背を向け、歩き出そうとした俺に、砌が言う。

「その、帰る前に、花梨の家に行ってみませんか?」

そうだ、花梨は今日学校を休んでいるんだったな。やはり、親友の容態が気になるのだろう。

しかし、いつもあんなに元気な花梨が、そんなに深刻な病気にかかるだろうか?

そのとき、思い出す。あの、商店街で会ったとき、自転車のかごに入っていた大量の、薬。

・・・なにかあったのか?花梨に。

「行ってみよう。家は遠いのか?」

「そうですね。村のはずれだから・・・」

「花梨の家って、有坂さんの家ですか?」

会話に入る永田さん。思い出したように言う。

「そういえば、あの近辺一帯は、見回りしていませんね」

その一言に、俺と砌は驚く。

「え?なぜですか?」

「教文さんが言ったんですよ。必要ないって。なんでも、あの一帯は『負の気』に犯されるのが最後になるだろうから、それよりも他のところを重点的に見回ったほうがいいだろうって」

「おじいちゃんが?」

砌がかすかに眉をひそめる。教文さんにとって、花梨は孫ともっとも親しい友達だ。その花梨の家を見回らない・・・?

いや、だからこそなにか強力な結界のようなものが張ってあるのか。

「とりあえず、行ってみよう。永田さん、見回りお願いします」

わかりました、と言って俺達が来た方角とは逆の方角に歩いていく永田さん。

「じゃあ砌、道案内頼む」

砌のほうに振り向く。

「・・・砌?」

「・・・え?あ、はい。任せてください。裏道は使わないほうがいいですよね?」

はっ、と我に返り、歩き出す砌。なにか気にかかることでもあるのか。

・・・いや、とりあえず今は、花梨の家に急ごう。


明かりが、まったくない。

もちろん、こんな山奥の村だから明かりはもともと少ないのだが、花梨の家近辺はさらに少ない。というか無い。

そして、なにより家に明かりが灯っていない。

繰り返すが、今はまだ「夜」の時間帯だ。女子高生にとってはまだまだこれから、という時間帯のはずだ。

「あれ・・・花梨、寝ちゃったのかな・・・」

砌も、少し腑に落ちないようだ。

でもまあ、花梨の家は果樹栽培をしている農家だっていうから、寝るのも早いだろうし、花梨だって大事をとって早く寝たんだろう。

見たところ、強力な結界のようなものが感じ取れないのが気になるが、きっと新米の俺には感じ取れないような、巧妙に細工されたものなのだろう。

「砌、今日は一旦戻ろう。花梨は今日はもう寝たみたいだし、今日ぐっすり寝れば明日には元気になって、学校にも来るさ」

本当に、ただの風邪かもしれない。時間帯が時間帯だし、確証がないのにご両親を起こすのも悪いだろう。

「ええ・・・そうですね」

砌は一度、二階の部屋(おそらく花梨の部屋)の窓を見上げたが、すぐに歩き出す。

「じゃあな、花梨、また明日」

俺も砌が見ていた窓を見上げ、そうつぶやいた。


砌を一ノ瀬神社まで送り、花月に帰った俺は、すでに戻っていた美々子と、今後の方針について話し合うことにした。

「貴弘さん貴弘さん聞いてください!今日はなんとですね!他の村の・・・」

「神主に会った。だろ?」

興奮している美々子の言葉を遮り、言う。

「え?その様子では、貴弘さんも?」

「ああ、商店街を歩いているときにばったり、とな」

「そうだったんですかー。だったら早く言ってくださいよ。もう」

お前の方が少し早かっただけだっての。

「とにかく、この村近辺の神主達が、村の中心部を中心に見回りをしていた。これはかなり大きな意味を持っていると思う」

「そうですね。そもそも、そんなに大きな村とはいえないですからね。中心部だけだとしても、村全体のかなりの範囲をカバーできます」

そうなのだ。ただでさえ人口が少ないこの村では、基本的に中心部に人が集まっている。でないと生活に支障がでるのだ。

その中心部を、すでに神主達が見回っていた。そしてここ数日なにも被害が聞こえてこないということは、まだ中心部では被害がでていない、ということになる。

すると、『黄泉の門』と『邪悪なる存在』は村のはずれ、山間部にいるのか?

しかし、すでに神主達の力では抑えきれないほどにまでなっていた『邪悪なる存在』が、殺戮の対象である人間のいない山間部で、大人しくしているだろうか?

事実、奴等はすでに村の時間を狂わせている。すでにかなりの成長を遂げているだろう。

なぜ?なぜ本体が見つからない?そこまでになっているのなら、もう隠れる必要なんてないはずだ。

わからない。一体なぜなんだ?

・・・どちらにしろ、もうこちらから攻めても勝ち目はないかもしれない。時間が経ちすぎた。

それよりは、自分に有利な場所で持てる戦力をフルに使って、待ち受けたほうが効果的かもしれない。

「はい、そのためには、神主達との連携が必要だと思います。一ノ瀬神社はこの村でダントツに霊的な性質が良いですし、神主達も戦力になります」

それは、そうだ。今は少しの戦力でも集めないと、奴には勝てない。だが、しかし、

「なぜ、教文さんは見回りのことを教えてくれなかったんだ?」

一番気になるところだ。今は味方同士、協力し合わなければならないのに・・・。

「とりあえず、明日教文さんに直接聞いてみよう。今後のことも含めて」

正直、先手を打てなくなったことで、もう俺の手には負えなくなった。

まだ神主達がこの村に残っているならば、彼らの知恵も借りよう。

「・・・そうですね。それが、今できる最善の策だと思います」

よし。今後の方針は固まった。

あつみ、見ててくれ。俺は絶対にこの戦いで生き残ってみせる。あつみの分まで。

きっと。


「おはようございます。貴弘くん」

「おはよう、砌」

朝、砌は今日も迎えに来てくれた。やはり弁当持参だ。

「今日のメインはわらび餅なんですよ」

「そうか。わらび餅か」

「ええ、そうなんですよ・・・」

「「・・・」」

ダメだ。いろいろ考えるべきことが多すぎて、まともに会話ができない。

「花梨、大丈夫かな・・・」

砌がポツリ、とつぶやく。

「大丈夫さ、花梨なら。きっともう元気になってるって」

「でも、今朝もいつもの集合場所に来なかったんですよ?」

そうだ。おとといまで、砌と花梨は一緒に学校に来ていたんだ。

「それは・・・きっと先に学校に行っているんだろ。きっと」

俺にだって確証はない。しかし、こう言わざるを得なかった。砌の辛そうな顔を見ると。

「さ、早く学校に行こう。きっと俺達より先に学校に行って、驚かせるつもりじゃないか?花梨は」

必死に言葉を並べる俺。でも、花梨ならありえなくない気もする。

「・・・はい。そうですね」

自分を納得させるように、砌が頷く。

そうだ、きっとそうに決まっている。


―――しかし、花梨はいなかった。

朝早い教室。まだまだ人口密度の低い時間帯だが、花梨の姿は見えない。

「そん、な・・・」

何度も教室を見回す、しかし、いない。

「貴弘くん、職員室に行ってみましょう」

そうだな、職員室なら・・・。

廊下に飛び出そうと、扉に手を掛ける。すると、向こうから開けられた。

「おっと、君は・・・荒川君か」

丁度、教室に入ろうとしていた担任教師と鉢合わせた。

「先生!花梨は・・・有坂さんはどうしたんですか?」

砌が担任教師に詰め寄る。その気迫にも、担任教師は落ち着いた声で、

「落ち着け一ノ瀬。有坂ならまだ具合が良くないから欠席すると、今朝連絡があった」

「・・・え?欠席?」

担任教師のあっけない物言いに、きょとん、としてしまう。

砌も同じようで、信じられない、という顔をしている。

「まあ、今まで皆勤賞の女王と言われた有坂だったが、今年はその名も返上しなくちゃな」

担任教師は砌の肩に手を置くと、言い聞かせるように言った。

「いいか?完璧に出来ている人間なんていないんだ。今まで病気の一つもしたことない花梨だが、たまには風邪くらいひきたくなるってもんだ。そんなに心配するな」

「・・・はい」

砌は、小さく頷いた。

「よし。・・・おら、お前ら。ホームルーム始めるぞ。さっさと席に着け」

担任教師は顔を上げると、騒ぐクラスメートを鎮めながら、教卓に向かう。

「ただの風邪・・・ですよね?」

「ああ。今までひかなかったぶん、今ひいただけだよ」

誰だって風邪ぐらいひく。今までの花梨がすごかっただけだ。皆勤賞の女王と言われるくらい。

「だといいんですけど・・・」

まだ納得いかない様子。やはり本人に会わないと安心しないのだろう。

「だったら、帰りに花梨の家に行こう。放課後なら花梨もまだ寝てないだろうし」

な?、と砌に提案する。砌は俺の顔を見上げて、

「え?・・・いいんですか?」

「ああ、もちろん。親友の花梨のためだからな」

「でも・・・いつ敵が来るかわからないのに・・・」

「だからさ。いつ奴等が来るかわからないから、心配事は一つでも減らしておかないと」

眼で砌に同意を求める。砌はまだ少し迷っていたようだが、やがて頷いた。

「そうですね。放課後、行ってみましょう」

そうだ。今日も連絡があったということは、花梨一家は無事だということだ。少なくとも。

「おほん」

突然の咳払い。振り返ると、

「あー、お取り込み中に申し訳ないが・・・。ホームルームをはじめても?」

俺たちが席に着かないために、朝のホームルームをはじめることが出来ない担任教師と、そして。

・・・くそっ。眼が合っちまった。

クラス全員の、好奇の視線だった。

「あのー、ご結婚はいつ頃?」

「新居はもう決められたんですか?」

「ご両親の了解は?」

「披露宴の料理はフランス料理メインで、よろしく」

「お色直しはたくさんやってくれ。その方が見ごたえがある」

俺と眼が合った瞬間、勝手なことを喚くクラスメート達。

「おい、ちょっと待て。なぜそうなる。ほら、砌も言ってやれ」

「きゃー!『砌』だって!もう名前で呼び合う仲に!?」

・・・いや、ほんとにどうにかしてくれよ。

救いを求めて砌に振り返るが・・・。

「・・・・・・・・・・・・」

ダメだ。顔を真っ赤にして俯いてしまっている。・・・逆効果では?

そしてもう一度前に向き直ると、顔を真っ赤にしている人物がもう一人。

・・・こちらは意味合いがまったく違うが。

「・・・貴様ら」

そう、結局ホームルームをはじめられない、担任教師。

「ホームルームをはじめると言ってるだろうが!!」

かくして、今日の一日は始まった。


夕陽は、もうほとんど沈んでしまっている。

『邪悪なる存在』、こいつがその強大な力を行使して、時空を捻じ曲げたためだ。

放課後。すでに薄闇が迫っている田舎道を、俺と砌は有坂家に急いでいた。

「くそっ、思ったより昼間が短い。懐中電灯を持ってくるべきだったな」

ほんのり赤味がかった地面を、目をこらしながら歩く。

「もうすぐ花梨の家ですから。ご両親に言えば、懐中電灯も貸してくれるはずです」

「そうだな。急ごう」

しかし、花梨は毎日この道を往復して学校へ通っているのか?

・・・どうりで丈夫なわけだな。納得。

「貴弘君、着きました」

砌の声に顔を上げる。そこには昨日とまったく変わらない、花梨の家。

「・・・明かりが・・・無いな」

そう、昨日とまったく変わっていなかった。

「・・・!」

瞬間顔を見合わせると、玄関へ走る俺達。ドアノブに手を掛けるが、回らない。

「花梨!花梨!いるなら開けて!」

ドンドン、とドアを打ち鳴らす砌。くそっ、ブチ破るしかないか・・・!?

そのとき、パッ、っとつく玄関の明かり。ドアノブがゆっくりと回った。

「なあに?どんどん騒いで、砌。それに貴弘」

怪訝そうな顔をした花梨が、ドアを開けて出てくる。

「花梨・・・!無事だったの!?」

「・・・ん?無事だったのって・・・。私はただ風邪ひいて寝てただけ・・・。って砌!」

「よかった。よかったよー。花梨に何事もなくて」

「・・・」

うれしさのあまり花梨に抱きつく砌。そして完全に蚊帳の外の俺。

「・・・まあ、いいけど」

「ちょっと貴弘!砌をどうにかして・・・きゃあ!」

バランスを崩し、地面に倒れるご両人。正直痛そうだ。

「おーい。大丈夫かー?」

頭をさすりながら起き上がる花梨。

「大丈夫なわけないでしょ!・・・いつつ」

「ごめん花梨。ついうれしくて・・・」

今度は砌が、腰をさすりながら起き上がる。

「いいんだよ砌。悪いのはなにもしなかった貴弘なんだから」

俺かよ。

「そうかどうかは置いといて。元気そうじゃないか、花梨」

着ていたパジャマの埃を叩いている花梨に言う。

「そりゃそうよ。健康なことが、わたしの一番の取り柄だからね」

「でも、もう起きて大丈夫なの?二日も学校休んじゃったんだし」

「もう大丈夫。ピンピンしてるよ」

砌の言葉に、胸を張って答える花梨。

「それならさ、お茶の一杯でも入れてくれよ。せっかく見舞いに来てやったんだぜ?」

そのとき、花梨の眉がピクッ、と動いた。

「ごめん、それがさ、私の風邪が親にも移っちゃったみたいで。今二人とも寝てるから、悪いんだけど話なら外でしない?お茶は今すぐ入れて持ってくからさ。ちょっと待ってて!」

そこまで一気にまくし立てると、回れ右して家の中に入ってしまう花梨。一体どうしたんだ?

思わず顔を見合わせる俺と砌。仕方がないので、その場で花梨を待つ。

「おまたせー。待った?」

しばらくして、湯飲みを三つ、盆にのせて持ってくる花梨。

「当たり前だ。待ってろって言ったのは花梨だろうが」

「あはは。そうでしたー」

「・・・花梨、今日はちょっといつもと違うけど・・・大丈夫?」

なんだかいつもと雰囲気がちがう花梨に、戸惑っている様子の砌。

「え、・・・そうかな。風邪のせいかも」

ピタ、と額に手をやる花梨。

「おい、大丈夫か?なんなら、迷惑なら俺らは帰るから、早く家に入った方が・・・」

「だ、大丈夫だよ!だからさ、ちょっと外で話しよ?」

本人にそう言われたんじゃ仕方が無い。俺達は近くにあったベンチに座る。おそらく、花梨の両親が、農作業の合間に休むために置いたのだろう。

入れたての緑茶を俺達に手渡し、まず花梨が言う。

「まずは、ごめんね。何も言わないで学校休んじゃって。心配掛けちゃったね」

「いいさ。花梨が無事ならな。学校への連絡はご両親がやったのか?」

「う、うん。そう。私寝込んじゃっててさ」

花梨は漠然と前を見ながら答える。

「そう、か。じゃあ、ご両親に風邪がうつったのは今日のうちか」

「え?どうしてわかるんですか?」

「今風邪こじらせて寝込んでいるんだろ?ご両親。俺達の話し声も迷惑になるぐらいだから、それなりに重い症状だろうし。もし昨日のうちに二人とも風邪だったんなら、どうせしばらくは花梨も学校に行けないだろうから、昨日のうちにしばらく休むって連絡するんじゃないか、と思って」

花梨を見る。花梨は何度か頷いて、

「その通りだよ。さすが貴弘、鋭いね。まるで名探偵だよ」

そして、わずかに微笑んだ。

「そうだったんだ。だったら私も看病手伝う?一家全員風邪なんだったら、大変でしょ?」

砌が提案する。確かに、病み上がりの花梨には、二人の看病はツライだろう。

しかし、砌の提案に、花梨は口元の笑みはそのままに、視線だけ少し下げて答える。

「ありがと、砌。でも、砌にまでうつったらヤだし、それにもう二人とも峠は越えたから、一人でもだいじょうぶ」

「そうか、でも、無理はするなよ?」

花梨には申し訳ないが、砌は重要な戦力だ。いつ戦いが始まってもおかしくない現状では、他のことに手を回している余裕はない。

「大丈夫だって。私はもう元気なんだから。・・・それよりさ」

花梨は視線を上げ、満天の空を仰いだ。

「砌と貴弘は・・・その・・・」

一瞬言いよどむ花梨。しかし、意を決したように俺たちに顔を向けた。

「あの、この間の化け物と、戦っているの?」

「「・・・・・・」」

予想外の言葉に、二人とも返事が出来ない。

しかし、花梨はたった五日前、花梨の言う化け物―――

凶暴化した『鬼』に殺されかけている。

あの時は教文さんが口止めをしていたが、むしろ、よく今まで一度もそのことを口にしなかったものだ。

人が多い場所でそのことを話すことは、俺や砌にとって都合が悪いのだと考えてくれたのだろう。

「・・・それは、言えない」

「貴弘君・・・」

だが、花梨を巻き込むことは絶対にできない。

・・・それが、ますます花梨を不安にさせることになっても、だ。

「!なんで?私だって、もう巻き込まれているんだよ?少しくらい・・・」

「少しくらい。・・・知ってどうするんだ?」

「・・・!それは・・・」

「知っても、どうしようもないこともある。それに少しくらい知ったところで、余計混乱するだけだ」

どうしようもないこと、か。俺が言えるセリフじゃないな。

「でも、でも・・・!」

「花梨」

辛そうに視線を下げながら、砌は言う。

「もう止めて。これ以上私たちを困らせないで。花梨のためでもあるんだよ?」

砌の言葉に、ぐっ、と拳を握る花梨。

「でも・・・!だったらなんで、なんであつみは・・・」

・・・な、

「あつみは・・・死んじゃったの?」

・・・どうして。

「あつみのことを知っている!?」

俺は思わず立ち上がる。花梨も、本当は言う気はなかったのか、はっ、と驚いた顔をしている。

あつみのことをはじめ、今回の『邪悪なる存在』に関係した一連の異常事態は、教文さん達、神主達がなんとか情報操作をして,村人達が混乱しないように隠蔽しているはずだ。実際あつみも、持病が再発して学校を休んでいるということになっている。

「・・・・・・」

砌は、もうなにも言えない。完全に顔を俯いてしまっている。

「・・・花梨、俺達に内緒で、一体何をしてたんだ?」

再びベンチに座りなおし、問う。

「・・・ごめん」

申し訳なさそうに、しゅん、とうなだれる花梨。

「あの化け物に襲われた次の日から、放課後別れた後、二人のあとをつけてたの」

『鬼』に襲われた次の日。砌が特訓をはじめ、村はずれの廃病院に行き始めた日だ。

「そしたら、二人して村はずれの病院に入っていくでしょ?最初は病院の中明かりがないし、怖くて中には入らなかったんだけど、二日前覚悟を決めて入ってみたら・・・」

ぽろぽろ、と花梨の瞳から涙がこぼれる。

「・・・貴弘、とあつみ、が・・・!・・・戦って、て・・・」

「もういい。・・・もうわかったよ、花梨」

花梨の肩に手を乗せ、それ以上の言葉をとめる。

四日間も毎日あとをつけられていたなんて。くそっ、なんで気づかなかったんだ!!

「・・・ねえ、なんで?・・・なんで、あつみは・・・死んじゃったの?」

「・・・・・・」

「ねえ、答えて、よ。・・・答えてよ貴弘!!」

掴みかかるような勢いで、身を乗り出す花梨。

・・・それは、俺が不甲斐ないからだ。弱いからだ。

このことを隠したところで、村人が助かるわけではない。むしろ知ってもらって、誰か他の陰陽師と変えてもらいたい。・・・いれば。

そうだとしても、花梨達一般人を巻き込むわけにはいかない、このことに変わりはない。

「なんで?なんで教えてくれないの?・・・それは」

花梨が俺の瞳を見つめる。俺も、その視線をまっすぐ受ける。

「それは、私に『力』が・・・ないから?」

五日前のあの日、襲われたのは、ここにいる三人だった。

俺は陰陽道を使って『鬼』と対峙した。

そして、砌は、無意識であるが、強大な『気』による力を使って、『鬼』を撃退した。

その俺と砌が、共に、二人だけでよくわからないことをしている。

それに対して、花梨は襲ってきた相手の素性もろくに教えてもらえない。

俺達と花梨の違いはなにか。

つまりは、そう考えたのだろう。

「・・・花梨。それは違う」

「じゃあ!じゃあなんで砌を巻き込むの?なんで私にはなにも教えてくれないの?」

「・・・・・・」

そうだ。いくら砌の力が強大であっても、いくら砌自身が志願したからといっても、保護者である教文さんが許可したからといっても。

砌をこの戦いに巻き込んでいい道理は、ない。

「私にだって・・・」

「花梨!!」

砌が叫ぶ。普段の砌からは考えられない表情に、思わずその顔を見てしまう俺と花梨。

「やめて。だってそれは、花梨の代でなくなっちゃったんでしょ?」

「・・・ちがうわ。実はちがうのよ。砌」

・・・なにを話しているんだ?・・・まさか、

「花梨、お前にも・・・」

まさか、人外の力が?

「そう。その通りよ。・・・やっぱり、貴弘は探偵か刑事の方が向いてるよ」

「花梨。やめてよ。その力のせいで、花梨のご先祖様はこんな山奥に追われちゃったんでしょ?ねえ、お願いだから・・・」

ついに泣き出してしまう砌。花梨を戦いに巻き込みたくない、この想いは砌も同じだ。

「それに、花梨自身も言ってたじゃない・・・。私には、まったく・・・力が継承されていない、みたい・・・だって・・・」

「・・・そう、思っていたよ。だって、今まで生きてきて、たったの一度も発動しなかったんだもの」

――――俺は、黙って聞いていることしか、出来ない。

「それがね、おととい、ふと、ほんとに、ふっ、と」

「花梨・・・」

「・・・発動しちゃったのよ」

そんな、なんでこんなタイミングで・・・!

・・・もしかして、こんなタイミング、だからこそなのか?

「ね?私にだって・・・」

こんなタイミング・・・?

「なあ、一つ聞いていいか?」

花梨はおととい、力が『発動しちゃった』、と言った。

「学校を休んだのは、本当に風邪のせいなのか?」

「・・・・・・!」

ぐっ、と息を呑む花梨。それがすべてを語っていた。

「やっぱり、な。今まで発動しなかった力が、思いがけず発動したんだ。体に何らかの変化があって当たり前だ」

「・・・・・・」

俯き、黙ったままの花梨。俺は続ける。

「この発動が、今回の一連の出来事に、関係があるのかはわからないが、ご両親は花梨の、突然発動した力に当てられたんだろう」

「・・・それが、なんだって言うの・・・?」

地面の見つめ、花梨はつぶやくように言う。

「・・・制御できないんだろ?・・・力を」

「!!・・・そ、それは・・・」

「だったら、今日は一ノ瀬の家に泊めてもらえ。ご両親の看病には典子さんに来てもらうか、あとは教文さんに相談・・・」

「やめて!!」

叫ぶ花梨。だが、今度もそんなつもりはなかったのか、口に手を当て、驚いている。

「え、いや・・・その」

「なにがダメなんだ?このままにしたって、しょうがないだろ?教文さんなら、きっとなにかいい考えがあるさ」

「ちがうの、そうじゃなくって・・・・」

えっと・・・と何かを考える花梨。

「私の親が、私の力のせいで具合が悪くなっているなら、私が離れれば元気になると思う。だから、典子さんや他の人にも、来てもらう必要はないと思うよ」

・・・確かに、一理ある。どうするか―――。

迷った俺は、砌に目線で意見を求める。その眼は、

――――今は、花梨の言うとおりにしましょう。

そう、言っていた。

今の花梨は、少し精神的に不安定だ。あまり刺激しないほうがいい、か・・・。

「・・・花梨がそう言うなら、そうしよう。でも、本当に大丈夫なんだな?」

確認する。とは言っても、あとで俺自身で、ご両親の状態を確認する必要があるだろう。

「うん。でもちょっと待って。砌の家に泊まることを伝えるついでに、少し看病してくる。でも二人とも寝ているだろうから、様子を見てくるだけ、だけどね」

そう言うと、そこで待っててすぐ行くから、と花梨はまた家に入ってしまう。

「・・・大丈夫でしょうか」

「花梨のことか?それとも、花梨の両親のことか?」

「もちろん両方です。でも、花梨の方は私たちがいますが、ご両親の方は・・・」

「もちろん、このままにはしておかないさ。一応典子さんにも今日中に言っておくし。花梨自身も大丈夫と言っているんだし、そんなに心配しなくても大丈夫だろう。それより、花梨は俺が一ノ瀬神社まで連れて行くから、砌は先に行って準備をしておいてくれないか?」

口に手を当て、少し迷っていた砌だったが、納得したようだ。

「わかりました。では先に行ってますね」

「ちょっと待った。一人は危ない。今命を呼び出すから、一緒に行ってくれ」

砌が持つ潜在的な『気』の量は計り知れないからな。『鬼』どもにも狙われやすい。

「・・・わが名、貴弘の名において律する。御珠上 命、直ちに我がもとへ参上せよ!」

空間をショートカットして現れる命。しかし・・・

「・・・・・・」

「はへ?はうえふか、ははひろひゃん(あれ?なんですか、貴弘さん)」

現れた命。・・・と、大量のどら焼き。

「・・・お前、一ノ瀬神社にいたな?そうだな?」

ぎくっ、と過剰反応する命。慌てて口に入れていたどら焼きを飲み込もうとする。

「ダメじゃないですか、命さん。勝手に今日の分のお菓子を食べちゃ」

メッ、と命を叱る砌。重ねて断っておくが、命は砌よりも70周りくらい年上だ。いや、ホント。

「・・・まあ、今はいい。それよりも、命、これから砌と一緒に一ノ瀬神社に行ってくれ。詳しい説明はあとだ。俺もあとから合流する」

「?よくわかりませんが、また戻ればいいんですよね?」

ようやく、口に入れていた分のどら焼きを飲み込んだ命は、はて?、と首をかしげる。

「そうだ。しっかり砌を護衛しろよ」

「了解です、貴弘さん。じゃあ砌さん、さっそく行きましょう」

怒られるのではない、と悟ったのか、命は妙に上機嫌だ。

「・・・はい。わかりました。よろしくおねがいします、命さん」

了解ですー、と歩き出す命。しかし、砌は一度こちらを振り返る。その顔は、心配の色が隠しきれないでいた。

「貴弘君・・・その・・・」

「わかってる。花梨はちゃんと俺が一ノ瀬神社に連れて行く。花梨のご両親だって、典子さんや教文さんにお願いすれば、大丈夫さ」

砌は、そうですよね・・・、と再び自分を納得させると、顔を上げ、命についていく。

「あ、命さん、歩きながらもの食べちゃ行儀が悪いですよ」

「うあにゃー。ちょっとくらい見逃してくださいよう」

徐々に遠ざかっていく二人。命がついていれば、ひとまずは安心だろう。

それよりも、今は花梨だ。

家に入ってから結構経つが、大丈夫なのだろうか。

心配になった俺は、玄関口から声をかける。

「おーい花梨!大丈夫か?なにか手伝うことあるかあ!!」

「騒がないでって言ったでしょ!!すぐ行くから待ってて!!」

・・・そういえばそうだったな。手伝うつもりが邪魔してしまっては、本末転倒だ。

俺は、知らなかった。知らなかったんだ。

花梨の父親が、玄関のすぐ横の居間で。

―――安らかに、眠っていることを。


陽は完全に稜線の向こうへ追いやられ、欠けた月が我がもの顔で、漆黒の空に君臨している。

あたりは、静かだ。もうここ数日は、虫たちの鳴き声も減り続けているようだ。

夜の空気も、いつの間にか、ひんやりと足元をくぐり抜けるようになった。

冬が、近い。

「・・・ねえ、もうそろそろ教えてくれない?」

花梨の家を出発してから、一度も言葉を発さなかった花梨が、口を開く。

「・・・教えるって、なにを」

「貴弘、君が一体何者なのかって、ことだよ」

俺は花梨の様子を伺う。花梨は、純粋に俺のことが知りたいようだった。

それがどういう意味なのかも、承知して、だ。

「俺は・・・陰陽師だ」

「っぷ。くくく・・・」

・・・おい。なぜそこで笑う?

「花梨、真面目な話だぞ?お前が知りたいって言うから・・・」

「くくく・・・。ごめん、わかってるよ。たださ、あんまり予想どうりだったって言うか」

花梨は笑いのあまり出てきた涙をぬぐう。

「なんか特別情報機関とか秘密結社とか、そういう、なんか言われればありそうなものより、陰陽師の方が笑って済ませられそう」

まだ笑いの余韻が残っているのか、微笑む花梨。

「済むかっ。・・・でもまあ、こんな非現実的なことをしているのは、やっぱり陰陽師か魔法使いぐらいしか考えつかないよな、普通」

「そうよ。だから変に納得しちゃった。・・・本当に陰陽師なんだね。貴弘・・・」

ああ、そうだ。それも代々陰陽師の家系の生まれという、生粋のな。

「あ、だからって、花梨をどうこうするってワケじゃないぞ?」

「?どうこうって?」

「なんというか、保護とか、異端狩り、とか。陰陽師は、基本的に面倒事にはちょっかいは出さないんだ」

現在の陰陽師は、社会の裏でひっそりと生きる者。やたらとちょっかいを出して、世間に存在を知られるとやっかいだからだ。

その陰陽師が、なぜ今回こんな面倒事にちょっかいを出したかと言うと、規模が大きすぎたためだ。

・・・要するに、『全人類がいなくなってしまうのであれば、隠れてたって意味がない』。そういうことだ。

「えー?貴弘が?私を?」

「だから、しねえって。まあ、俺になにか出来ることがあったら、なんでも協力するけど」

「え?・・・ほんと?」

花梨は、一足俺の先に回ったかと思うと、クルリ、と反転して俺の瞳を覗き込む。

「あ、ああ。もちろん」

どんな無理難題が来るのかと身構えていたが・・・。

「・・・やっぱり、いいや。やめやめ」

背を向ける花梨。いったいなんなんだ?

「おい、それはないぜ。そこまで言いかかっておいて」

うーん、と一瞬考え、やっぱりダメ、と答える花梨。

「自分の胸に手を当てて、じっっっくり考えてみれば?」

おい。俺のせいかよ。

「そうだよ。みんな、みんな・・・」

目線を下げる花梨。懐中電灯の明かりだけでは、それ以上の表情は見えない。

「みんな、君が中心なんだよね・・・」

「・・・・・・」

そう、だ。俺がもっとしっかりしていて、実力があれば、もっとスマートな、だれも犠牲にすることのない、解決策を考えついたかも知れない。

「なあ、花梨・・・」

「だからね?私も、なんとか君や砌に迷惑かけないように、一人で何とか力を制御しようとしたんだけど・・・無理だった・・・」

俺は懐中電灯の明かりを、花梨の顔に向けたい衝動に駆られた。だが、突然の刺激は、今の花梨にはよくない。

「大丈夫さ。一ノ瀬神社なら、俺や砌、教文さんに命までいる。あ、命っていうのは俺の式神なんだけどな。あそこなら俺たちで力の制御もしてやれるし、慣れないことして疲れただろ?今日はゆっくり休めよ。な?」

不安な気持ちを紛らわすために、まくし立てる俺。

「うん。そうだね」

そんな俺に、花梨は儚く笑った。

「・・・そうだよね。私は貴弘や砌、それにあつみ。みんなと一緒なんだよね」

その微笑みは、俺達の知っている花梨とは、やはりちがっていた。

「みんなとの思い出が、やっぱり一番楽しかったよ・・・」

その一言が、痛い。


夜の一ノ瀬神社。その石段の前に、砌と命、そして教文さんが出迎えに出てくれていた。

「おお、花梨君、そして荒川君。待っていたよ。無事でよかった」

「あの・・・お世話になります」

どこか他人行儀に、頭を下げる花梨。

「なに言っているんだい、今までだってたくさん泊まりに来てくれたじゃないか」

「そうだよ花梨。疲れているなら、おじいちゃんか貴弘くんの背中に乗せてもらいなよ」

教文さんや砌が話しかけるが、花梨は首を振る。

「大丈夫です。歩きます」

「平気か?なんなら肩とか貸すぞ」

「大丈夫だってば。ここまでだって歩いてきたんだから」

花梨はぽん、と足を叩いて強がる。だが、その顔には疲れがにじんでいた。

「そうだったら、早く中に入ろう。もう夜が冷えるようになったからね」

「そうだね。さ、早く入ろ、ね?」

花梨の手を取り、先導する砌。

「う、うん・・・」

「お風呂は沸いてるから、すぐに入れるよ。砌も一緒に入っておいで」

「うん。わかった」

ゆっくりと石段を登っていく砌たち。そのあとに続こうとした教文さんが、振り向く。

「そうだ。せっかくですから、命さんも一緒にどうですか?三人ぐらいなら入れる広さですから」

「わあ、ほんとですか?ならお言葉に甘えて・・・」

「いえ、命は私と一緒に調査の続きがありますので・・・。それに一度花月に帰って、典子さんに、花梨のご両親の看護について話さなくては・・・」

美々子は喜んでついて行こうとしたが、俺はそれを止める。

「・・・そうですか。では、よろしくお願いします。花梨君のご両親の件は、私が誰か行かせるようにします。貴弘君に命さんも、風邪を引かないように、気をつけて」

一瞬何かを探るように目を細めた教文さんだったが、すぐにいつもの微笑みに戻ると、では、と言って石段を登っていった。

「行くぞ。命」俺も、石段に背を向け、歩き出す。

「ちょ、ちょっとまってくださいよう、貴弘さーん」

なにか、なにかが蠢いている。

この村で、『黄泉の門』が?『邪悪なる存在』が?

そうだ。それが蠢いているのは間違いない。

だが、なにかがちがう。姿は見えているのに、掴めない、『まぼろし』のような・・・。

いや、逆だ。もう姿を現している、もしくはその兆候が現れているのに、俺が認識できないでいる。

・・・そんな感じだ。

学校まで歩き、校庭の真ん中に立つ。そして、周りに誰もいないことを確認する。

「??なにしてるんですか?貴弘さん?」

「命。今夜、お前は、この村を囲む山々を、もう一度調査してくれ」

「・・・山を、ですか?」

ゆっくりと命に振り向き、うなずく。

もう一度。俺なりに調査をしなおす必要がある。

「しかし・・・このあたりの山々は、そのほとんどが精霊たちの張った結界の境界付近なので、ただでさえ『気』が溢れています。詳しく調査するのは困難かと思いますが」

「構わない。俺の考えでは、おそらく、奴らは山にはいない。ただ、その確証がほしいんだ」

命は俺の意図を探る。俺の言っていることは、俺自身が今までやってきたことを否定しているようにも聞こえるからだ。

「いない、とわかっているのに、探すのですか?」

「だから、その確証がほしい。俺は今夜、村を見回っている神主たちと接触する」

「・・・・・・」

命は、じっ、と俺の話を聞いてくれる。俺の考えを理解するために。

「そして、明日は・・・それは今日の結果によっては、考え直すかもしれないが・・・」

一瞬言いよどんでしまうが、言う。

「お前は一日、教文さんの様子を、見ていてくれないか」

「・・・!!貴弘さん、それは・・・」

さすがの命も驚いたようだ。そうだ。確かにこれは・・・

「今までの共闘関係を、崩しかねない。これは賭けだ。だが、やらなくちゃいけない」

「貴弘さん。あなたの考えには賛成できません」

きっぱりと言う命。そんな命に、俺は周りをもう一度確認した後、俺の考え、その根源にある一言を口にする。

「・・・教文さんは、何かを隠している」

「!!そんな・・・」

「教文さんが、なんとなく不可解な行動をしているのは、お前も知っているだろ?」

これは俺だけではなく、命も実際に感じてきたことだ。

「神主さんたちが、実は村の見回りをしていたことですか?」

「それもあるが、神主たちに、花梨の家の見回りをさせなかったことも、気になる」

俺の未熟さゆえに、奴らが見つからないなら、まだなんとかなる。

だが、もしも・・・。そんな考えを持ったまま、この戦いに望みたくない。それだけなんだ。

「・・・わかりました。でも、私は本来偵察が専門ではありませんので、見つからないためにはかなり距離をとらないといけませんが・・・」

そのために、あまり詳しい情報を収集できない・・・か。

「それはもちろんわかっている。・・・頼む」

「やめてくださいよ。どこに自分の式神に頭下げる人がいるんですか。貴弘さんらしくないですよ」

俺らしくない・・・か。まあ、こんな厄介事に首を突っ込んでいる時点で、すでに俺らしくない。

「では、周りの山々を一周したら、花月に帰ります」

一言そう言うと、瞬時に移動する命。

「さてと。俺も刑事ごっこでも始めますか」

・・・はじめから俺らしくないのなら。

いいだろう。最後まで付き合ってやる。俺には刑事の才能もあるらしいしな。

―――もう、誰も死なせはしない。


村を見回っている神主は、簡単に見つかった。もともとそれほど大きい村ではないから、明かりの無い中でも、ぐるぐる回っていれば見つかった。

白い神主服が、目立ったということもある。

「すみません。お役に立てなくて」

しかし、収穫があったかというと、そうは言えない。

神主達は、何も知らなかったのだ。ただ、教文さんの指示に従っただけ。

「・・・・・・」

「あの、善井山には、行ったのですか?」

何も言わない俺に、気まずそうに神主が声をかける。

「ええ、まあ」

「どうでした?今では、ハイキングロードなんかも整備されていますが・・・」

・・・あれ?ハイキングロード?そんなものあったのか?

「・・・そうですね。景色もきれいだったし。楽しかったですよ」

くそ、花梨め。すべて片付いたら覚悟しろよ。

「楽しかった?真面目にやっているのですか?」

あ?真面目にハイキングしてどうすんだ?楽しんで何が悪いんだ。喧嘩売ってるのか、この神主。

「いや、そんなに睨まないでくださいよ。ただ、あの場所は10年前の戦いがあった場所ですから、重点的に調査をしてもらわないと・・・」

・・・ちょっと待て。もう一度言ってみろ。

「え?ですから、善井山は10年前、『黄泉の門』が現れた場所で、『黄泉の門』から出現した、『邪悪なる存在』との決戦が行われた場所でもあるのです。・・・知らなかったのですか?」

知らなかった。知らされなかった。こんな基本的なことさえ。

「まあ、教文さんの話では、奴らはもうそこにはいないらしいですけどね」

「・・・当時のことが知りたい。なにか知っていますか?」

すると、神主はいや・・・、と首を横に振った。

「あの決戦に参加して、生き残ったのは教文さんだけなのです。その関係もあって、当時の記録は、すべて一ノ瀬神社に保管されています」

そうだ。いままですっかり忘れてしまっていたが、この戦いは、二度目なのだ。

前回の記録を調べることなんて、調査の常識中の常識だ。

「やっぱり教文さん、か・・・」

すべてのカギは、やはりあの人が握っているのか・・・。

「すみません。お役に立てなくて」

しょんぼりと肩を落とす神主。どうりで、この神主をはじめとした神主達が、みな若いわけだ。

「いえ・・・。みなさん、10年前の戦いのあとにこっちに来た、ということですか」

「そうです。あの戦いで、この付近の神主は、みんな亡くなってしまいましたから。教文さんを除いた全員が、あの戦いのあと、特例として神主庁から派遣されてきた神主です。まあ、教文さんも、当時もう引退していたらしいのですが、当時の神主であった息子さんを、あの戦いで亡くしてしまったので、また神主をやっているらしいです」

息子さん・・・砌の父親か。

「その息子さんは、教文さんの実の息子なのですか?」

「いえ、本当はふもとの池田大社の跡取りらしいです。こっちの、一ノ瀬神社の神主も兼任、ということでしょうね」

兼任か。だったら大変だっただろうな。移動するには、山を往復しなくてはいけないし。

「ええ、そのせいで、大半は池田大社の方につきっきりで、あまりこちらには戻っていなかったようですよ。10年前の戦いを生き残った村人たちにも、彼の顔を覚えているものはいません」

「え?一人もいないのですか?」

そんなことがありえるのだろうか。

「ええ、そうなのですよ。私もよく、前の神主さんのようにやってくれ、と言われるので、自分なりにその人がどういう人なのか、調べてみたのですが、不思議とその人の顔が写っている写真が、まったく見つからないのですよ」

神主という職業柄、もともと写真を撮る機会はそんなにないだろうが・・・。

「いい人だったらしいのですがね。あの戦いの後、教文さんが砌さんを引き取ってからは、池田大社ともまったく連絡を取っていないみたいですし」

参っちゃいますよね、と神主はため息をつく。・・・この神主さんも苦労してるんだな。

「じゃあ、他になかったら、もういいですか?また明日ということで」

「あ、はい。いろいろ参考になりました」

「まあ、このぐらいしかお役に立てませんが。では」

見回りに戻る神主。その背が見えなくなるまで、じっ、と見送る。

・・・やはり、教文さんは怪しい。まだ、その理由が見つかっていないが・・・

明日、ダメもとで10年前の記録を見せてもらえるよう、頼んでみるか。

よそ者の俺が10年前の戦いを知るには、どのみちその記録を見るしかない。

もし見せてもらえないようなら、忍び込んででも・・・。

突然の寒気に、体を振るわせる。・・・早く花月に戻ろう。


「ただいま」

「貴弘さん。お帰りなさい」

花月に戻ると、夜も遅いのに典子さんが出迎えてくれた。

「典子さん、いいんですよ、こんな夜遅くに出迎えなんて」

典子さんはふるふる、と首を振る。

「いえいえ、女将として当たり前のことをしているだけです。それより、命さんがお待ちかねですよ」

「わかりました。では、おやすみなさい」

典子さんに挨拶し、階段を上がる。

命は先に帰っていたか。となると・・・。

俺たちが泊まっている部屋の、ふすまを開ける。

「あ、貴弘さん!お帰りなさい!」

布団の上でゴロゴロ寝転がっていた命が、ぱっ、と起き上がる。

「あまり時間がかからなかったところをみると、やはり・・・」

「・・・ええ、周辺の山々のなかで、特に変わったものはありませんでした。やはり、精霊たちの強大な『気』の前では、詳しい調査は不可能でした」

それはもうわかっている。しかし、もし奴らが潜伏しているのなら、詳しく調査しなくても、わかるだろう。

「これで、確証が持てるな。やはり、周辺の山には奴らはいない」

そうだ、山といえば・・・。

「命、善井山には行ったか?」

「善井山、ですか?」

そうか、命はどの山が善井山かしらないんだったな。

「あ、いえ。村人から情報収集をしていたときに、聞きました。もちろん調査しました」

「で、どうだった?」

「どうだったかと言われても・・・。他の山と、特に変わったところはなにも・・・」

善井山自体には、もう何も手がかりはない、か。

「わかった。とりあえず、今日はもう寝よう。明日は大変になる」


―――息遣いさえ聞こえない空間に、墨染めの闇は浸透し続ける。

それは光を奪い、熱を奪い、人々の魂を奪う。

そして、その時にはすでに、一つの魂が、闇に導かれようとしていた。

蠢く闇、そのものによって―――


「・・・・・・」

目覚めは、良いわけなかった。

考えることだらけだ。もうなにから手をつけていいのか、正直わからない。

くそっ、時間が足りない。とりあえず今は・・・

「貴弘君!!貴弘君起きてますか!!?」

「あら、どうしたの砌ちゃん、そんなに大声出して」

?階下から声。どうやら砌が今日も来てくれたようだが・・・様子がおかしい。

ダダダ・・・、と階段を駆け上がる音が聞こえると、ふすまが開いた。

「あ!貴弘君!起きてた!?」

「いや、どっちにしろ、あんなに大声出されたら起きるって」

「いいから来て!花梨が!」

・・・え?

「早く!!花梨が!!花梨がいないの!!」

なん、だって・・・!?


一ノ瀬神社の一室。奥の居住用のスペースにある、砌の部屋。

仲良く並べて敷かれた二組の布団には、花梨の姿はない。

「私が隣に寝ていたのに・・・なんで」

昨日別れたあと、風呂に入って夕飯を食べた花梨は、とても落ち着いていて、機嫌が良かったらしい。

今まで張りつめていた神経を、存分に休ませていた様子だったと言う。

そして、いつも泊まりに来るときと同じように、砌の部屋に並べて布団を敷き、おしゃべりして、やがて眠りについた。

はずだったのだ。

「とにかく、手分けして探そう。教文さんは?」

「おじいちゃんは、もう村にいる神主さんたちを集めて、花梨の行きそうなところを探してます・・・けど」

神主たち総出で探しているという事は、おそらく、もうめぼしい場所は探し始めているだろう。

「命。お前は教文さんのところへ。わかったな?」

命に「昨日話した通りに」と目線で伝える。

「わかりました。・・・貴弘さんも気をつけて」

窓から飛び出し、すぐに見えなくなる命。

そんなに大きい村でもないし、村の外には出られない。ならば教文さんについていた方が早く見つかる可能性が高い。

・・・教文さんがこの件に関与している可能性も、高い。

「なんで・・・私が隣に寝ていたのに・・・黙ってなんて・・・、それに、わたし、何で気づかなかったの・・・?」

「砌。それは花梨を見つけて、本人に聞くしかない。今は花梨を探そう」

「私、花梨がどんなに傷ついているか、わかっていなかった・・・」

「・・・・・・」

おそらく、昨日花梨が上機嫌だったのは、砌や俺たちを心配させないためだろう。

「自分を責めるな。それよりも、俺たちは花梨の家に行こう。ご両親も心配だし」

神主たちもあそこは見回っていないはずだし、見落としているかもしれない。

砌は潤み始めていた瞳を拭うと、こくん、と頷いた。


時間は丁度登校時間。村のあちこちから、生徒が学校に集まっている。

「おう、一ノ瀬に荒川。どうした夫婦そろって?」

「駆け落ちか?」

「手伝うか?」

どうして、会う男子生徒はみんなこんな奴らなのだろうか。

「きゃー!砌!教文さんはまかせて!私が慰めて差し上げるから!」

・・・女子も変わらんか。

「ちょっと悪い。今急いでるんだ」

説明はあと・・・にするときっと手遅れになるが・・・仕方がない。

今は一秒でも早く、花梨の家へ。


昼間に見る花梨の家。それは、昨日とまったく変わっていなかった。

ドアノブを回すと、カギが開いていた。

「・・・・・」

一瞬迷ったが、中に入る。部屋中のカーテンがあり閉めてあり、暗い。

「花梨―!いるなら返事してー!」

砌は階段を昇り、真っ先に花梨の部屋へ向かう。

俺は一階から調べることにした。

見た感じ、特に以上があるようには感じられない。

しかし、微弱だが感じる。

「微かだが・・・間違いない。『気』だ」

ある程度時間が経っているが、ここで『気』による、何らかの力の行使があったと見て、間違いない。

花梨の制御できない「力」が、ここで発動したのだろう。

だが、一体何が起こったんだ?花梨の「力」とはどんな能力なんだ?

・・・思い出す。

花梨は、この「力」が発動したことによって、俺たちと一緒に行動したい、と言った。

花梨は、俺たちがしていることを、身をもって知っている。それがどれだけ危険なことなのか、も。

・・・まさか。

「貴弘くん!!」

二階から駆け下りてくる砌。どうやら二階に花梨はいなかったようだ。血の気が引いて真っ青な顔をしている。

「どうした?花梨がいないんだったら、他の場所を・・・」

「花梨はいなかったけど・・・」

砌は一度深呼吸すると、言った。

「ねぇ、ご両親、いた?」

「・・・!!」

そして、気づいた。

こんなに大騒ぎしているのに、物音一つ聞こえていない。

一階は、このリビングルームと、残りはおそらくトイレやバスルームくらいなものだろう。

ふと視線をおろすと、テレビに面するように配置されたソファーの上。

まるで昼寝をするように、不自然に並べられている、セーター、ズボン、靴下。

・・・男性用の洋服、一式だ。中身は、ない。


くそっ!くそっ!くそっ!

村の中をがむしゃらに走りながら、必死で花梨の居場所を考える。

「早く、早くしないと・・・!!」

・・・おそらく花梨は、「制御できなかった」んだ。

自分の意思とは無関係に。そして、花梨は自分の能力を詳しくは「知らなかった」。

結果として。それは残酷にも、その本来の能力を発揮した。

そして、花梨は俺や砌を求めた。

・・・一人にしないで、と。

しかし、俺はその方が良いと判断したとはいえ、結果的に花梨を拒絶した。

一気に多くのものを失ってしまった、と感じた花梨は、おそらく・・・

最悪の場合、自ら、命を絶ってしまうのでは、ないか。

今、花梨の力は不安定な状態だ。しかし、それは「制御しよう」とするが、「思い通りにならない」から「不安定な状態」なのだ。

だったら、「制御しよう」とする意思を、失くしてしまったら。

・・・くそっ!

ひたすら前に進む。どこを走っているのかすら、わからない。

「貴弘くん!」

花梨の家を突然飛び出し、ひたすら走り出した俺に、砌が追いつく。

「そっちは私の家です!」

「!!」

砌の言葉に、急停止する。

「はあ、はあ、はあ・・・むやみに走り回っても、しかたがありません」

砌は俺の隣まで走ってくると、息を整えつつ、言った。

「・・・考えましょう。これだけ探してもいないということは、なにか見落としが・・・」

独り言のように言う。この言葉は、自分に言い聞かせてもいるようだ。

そんな砌の様子を見て、俺は必死に理性を取り戻し、考える。

・・・そうだ、昨日の花梨の様子を、もう一度思い出そう。そこから、推測するんだ。

昨日花梨の家に行ったとき、花梨は無理に明るく振舞っていた。きっと暗く沈んだ心を隠すために、無理をしていたんだろう。

そして、俺と砌のしていることについて問い、あつみの死を知っていたこと、四日間俺たちをつけていたことを暴露した。

もしかして、あの廃病院?

・・・いや、違うな。花梨が布団を抜け出したのは昨日の夜。

昨日の夜も、神主たちがあの廃病院を見回っているはずだ。

特に、あの廃病院は、前々からの化け物出現情報もあるし、この間の件もあったから、重点的に見回っているはずだ。

すると、そのあと。

花梨は俺たちの手伝いをしたいと言った。そして、俺はその申し出を拒絶。

花梨の感情はさらに不安対になり、ついに自分の「力」が発動したことを暴露した。

俺は花梨の話から、花梨が自分の「力」を制御できないことを見抜き、花梨に一之瀬神社に泊まるように説得。

・・・ここまでは、場所につながるような要素は見つからない。

そして、泊まる準備が整った花梨と一之瀬神社に向かった。

そこで、話したこと。俺が陰陽師だということ。俺は花梨の味方だということ。

その最後に、花梨は言った。


「・・・そうだよね。私は貴弘や砌、それにあつみ。みんなと一緒なんだよね」

「みんなとの思い出が、やっぱり一番楽しかったよ・・・」


花梨、俺、砌、あつみ・・・みんなと一緒。

そして、そのみんなとの思い出・・・。

この4人が全員集まった時間は、そう多くはない。

・・・善井山か!

あの善井山ハイキング。弁当争奪戦や、なぜか俺が蹴られたりと、ハプニング続きだっが、一番楽しかった。

「砌!善井山だ!善井山に行くぞ!!」

その楽かった場所で、楽しかった思い出と共に。

きっと花梨は、最後を向かえようと考えたに違いない。

待ってろ。すぐ迎えに行くから。

・・・少しだけ、待っていてくれ・・・!!


静かに、ただ静かに。

善井山は、俺達の動揺などお構いなしに、変わらずそこにあった。

・・・くそっ、この間はどこから登った?

確かにこの辺りから山に入ったはずなのだが・・・。

なんだ?山が・・・俺を拒否している・・・?

「貴弘くん!!こっちです!」

後ろから追いついた砌が、迷わずに山に分け入っていく。

・・・そうだ、立ち止まっている暇はない。

気を取り直し、山の茂みに分け入る。

だが、なんなんだ?この、来るものすべてを拒絶するような、濃厚な『気』の膜は。

花梨の『気』がいくら制御できないほど強大とはいえ、こんなにはないはず。

しかも、かすかに黒い。まとわりつくような気持ち悪さもある。

・・・いやな予感がする。とてつもなく、いやな予感が。

なんだ?なにが起こっている?

そして、その予感を確信に変えるように、現れたのは。

「!!なんで、お前がここに!?」

「あ!貴弘さん!丁度いいところに!」

教文さんをマークしていたはずの、命だ。

「命さん!花梨は見つかりましたか!?」

命に気づいた砌が、命に呼びかける。

「花梨さんは頂上にいます!急ぎましょう!」

・・・え?

「なんで知っているんだ?知っているなら俺たちより先に・・・」

横を走る命に言う。

「・・・教文さんも、いるんです。頂上に」

・・・な。偶然なのか?それとも・・・。

「教文さんが到着したのもたった今です。そうしたら頂上には花梨さんがいて・・・」

「もう教文さんは花梨のところに?」

「はい。かなり距離を置いていたので、詳しくはわかりませんが・・・、なにか話していたように見えました」

・・・ただ話していただけ・・・か。それだけだったら、なにも怪しいところはないな。

「そして、ちょうど判断を仰ごうとしていたところに、貴弘さんと砌さんが来たのです」

・・・そうなると、確かにそんなに時間は経っていない。急げば間に合うはず。

その瞬間、煌めく閃光。一瞬あとに襲い掛かる『気』の濁流。

「きゃああ!!」

物体に影響を及ぼすほどの、いうなればゼリー状の『気』が、波動となって俺たちを押し流そうとする。

「ど、どんな規模だよこれは!」

本来、そこにあるだけならなんの影響も及ぼさない『気』に、俺は押し流されまいと耐える。・・・冗談じゃねえぞ。

しかし、それは一瞬でなくなる。まさに一陣のつむじ風が吹きぬけただけかのように。

「ど、どうしたのでしょうか・・・」

「とにかく、今のうちだ!一気に頂上まで行くぞ!」

・・・『気』が一瞬だけ増大し、すぐに消えたということは。

まさか、力が暴発・・・!?

いや、それはない。断じて、ないに決まっている。

もう道など関係ない。足の裏に感じる傾斜の上へ。前進する。

止まっていい道理などない。ひたすら前へ。

「貴弘さん!もうすぐです!」

前に見える木の密度が、薄れていく。陽の光がまぶしくなってきた。

「花梨!!」

一足先に頂上にたどり着いた砌が、叫ぶ。

一気に拡がる視界。そこには・・・。

「か、花梨・・・」

倒れ伏す花梨。砌はすでにそのそばに駆け寄っていた。

花梨の顔色は青い。やはり・・・

「花梨!花梨!」

「花梨!ねえどうしちゃったの?一体何があったの!?」

呼びかけても反応しない花梨。力なさげに、砌に体を預けてしまっている。

・・・また俺は、救えないのか・・・?また?

目の前で、大切な人が、消えようとしているのに?俺は・・・

そのとき、手に当たる微かな、風。

・・・これは・・・花梨の、吐息?

とっさに花梨の脈をとる。・・・ある。本当に微かだが、確かにある。

花梨は、まだ生きている。

「砌!生きてる!」

俺の声に、砌も花梨の胸に耳を傾ける。

「・・・はい。生きてます・・・」

ほう、と胸を撫で下ろす砌。

「じゃあ、早く一ノ瀬神社に連れて行きましょう!治療をしないと・・・」

「いや、ここまで衰弱してしまっているなら、そんな時間はないだろう。早く応急処置をしないと・・・」

「でも、どうやって?」

ここには電気ショックの装置も、栄養剤もない。どうしたら・・・

考えるんだ。俺にできること、俺に出来ること、俺にデキルコト・・・

「・・・そうだ。砌!力を貸してくれ」

「え?は、はい!」

いちかバチか、やってみるしかない。

「砌の『気』を、花梨の体の中に送り込む」

「え・・・?」

・・・『気』とは、本来血液と同じように、常に体中を巡っている。

それはいうなればエネルギーであり、生命の源だ。

その『気』を、花梨は大量に消費してしまい、生命活動を維持できなくなっている。

・・・ならば、外から『気』を補充してやろう、というわけだ。

しかし、この方法はリスクが大きい。

肉体の治療をし、自身の『気』を作り出す力を取り戻させる、一般的な治療とは、順番が逆だ。

つまり、普通なら『内から発する』ものを、『外から加える』ことになる。

今花梨に必要な量、きっちり、正確にそれだけを加えなければならない。

その量以下だと、花梨の生命活動は回復できないし、以上だと拒絶反応が考えられるし、第一、花梨の場合、また力が暴走しかねない。

・・・そして、もう一つ、心配なのは。

山のふもとで感じた、微かな『負の気』。もし花梨が『負の気』に汚染されていたら。

砌の持つ『善の気』と反発作用を起こす可能性がある。

・・・だが、やってみるしかない。

「砌の体にある気を集めてくれ。量の調節は俺が指示する」

「でも・・・」

「ある程度の調整は、術式と同じ要領だ。微調整は、俺がする」

「だったら・・・!貴弘くんが」

「いや、花梨の生命活動を再開させるには、かなりの量の『気』が必要だ。俺の場合、それだけの『気』を集めるだけでも精一杯で、『気』の調整までしている余裕はない」

「・・・」

砌の顔からは戸惑いが消えない。

「確かに、この方法を今すぐ行うためには、『送りこむ気を用意する人』と『送り込む気の量を常に監視し、調整する人』が必要です」

「命さん・・・」

見かねてか、命が進言する。

「砌、頼む。時間がない」

「・・・花梨・・・」

砌は一度花梨の顔を見ると、頷いた。

「・・・はい。やってみます」

「よし。まずは『気』を集めてくれ」

その間に、もう一度花梨の様子を確認する。・・・まだ大丈夫だ。そして

「・・・非常事態だ。許してくれ」

花梨の鎖骨と鎖骨の間に、右手の人差し指と中指を置く。

「砌、集まったか?」

「はい、いつも術式を扱うときぐらいには」

「よし。じゃあ俺の左手と砌の右手を組んでくれるか?」

向かい合うようにお互いの手を組む。

「そうしたら、『気』を集めつつ、俺に流し込んでくれ」

・・・ここからが正念場だ。

花梨の様子を見ながら、花梨に必要な『気』の量を見極めなければならない。

左手を通じて、砌から『気』が流れ込んでくる。

・・・すげえな。この短時間でこんな・・・

砌から流れてくる『気』はすさまじい量だった。

体質的なものなのだろうが、他の人間は一気にこれほどの『気』を流し込まれたら、ひとたまりもない。

「砌、もう少し流しこむ『気』の量を減らしてくれるか?」

「・・・え?あ、はい。わかりました」

・・・よし。あとは・・・

少しずつ、花梨に『気』を流し込んでいく。

・・・まだ変化はない、か。

花梨はまだ顔色も青く、脈も弱い。

・・・もう少し、量を多くしてもいいかな?

「・・・くしゅん」

そのとき、砌がくしゃみをした。

・・・あ!?

と同時に、流れ込んでくる『気』の濁流。

「マズい!!砌!!『気』を止めろ!!」

「え?・・・あ、え・・・?」

ダメだ、間に合わない!!

『気』の濁流は、俺が開けた通り道をさらに広げ、花梨に流れ込む。

一気に大量の『気』を流し込まれ、ビクンッ、とのけぞる花梨。

慌てて右手を離すが、その分左手を砌から離すのが遅れた。

俺の体内に大量に残る『気』。早く処理しないと俺の体が保たない。

砌はまだモタついているし、花梨は論外だ。こんなに大量に流し込んだら、死んでしまう。

すると残るは・・・

「命!!・・・死ぬなよ!!」

「?なんですか貴弘さん?」

俺と命の間にある『気』の供給路に、通常の何倍もの『気』をブチ込む。

「!!ちょっと貴弘さん!?これは・・・あわわ!」

流れこむ異常な量の『気』に抵抗する術がないまま、虚しくクルクルと回り、やがて倒れる命。

「きゃあ!命さん!!」

・・・ちょっと可哀想なことした・・・かな?

「・・・・・・ん」

すると、微かな声。

「あ・・・れ、貴弘・・・砌?」

見ると・・・花梨が、目を覚ましていた。

「!!・・・花梨!!」

うれしさのあまり、花梨に抱きつく砌。

「わわ・・・なんなのいったい?私は・・・」

「そりゃこっちのセリフだ。・・・なんで勝手にいなくなったりしたんだ?」

「そうですよ花梨さん。もう少しで死んじゃうところだったんですから」

「あ・・・それは・・・」

状況を理解したのか、口ごもる花梨。

「・・・まあ、今は取り合えず一ノ瀬神社に戻ろう。花梨、立てるか?」

「う、うん。・・・よいしょ」

肩を貸して、花梨を立ち上がらせる。

「花梨、大丈夫?もう少し休んでいたほうが・・・」

砌が反対側を支える。

「大丈夫だよ。怪我してるわけじゃないし、すぐ良くなると思うし」

「ああ、花梨の言うとおり、外傷はないようだから、治りは早いと思う。それに、花梨には悪いが、早くここから離れたい」

「え?どうして?」

首をかしげる砌。変わりに立ち直った命が説明する。

「今の騒ぎで、奴らが動き出す可能性があります。早めに移動したほうが良いでしょう」

「え、まさか」

「特にさっきの『気』の波は、奴らを刺激するには十分だ。いままで動きがなかったぶん、いつ動いてもおかしくない」

「・・・・・・」

花梨は黙って俺達のやり取りを聞いている。内容は理解できないはずだが・・・。

「とにかく、急いで移動するぞ。命、周辺の監視、頼むぞ」

四人揃って下山する。そのとき、俺は気づいてしまった。

・・・教文さんは、どこだ?


「良かった。みんな無事だったようだね」

一ノ瀬神社の長い石段の前には、教文さんをはじめ、神主たちが集まっていた。

「大規模な『気』の氾濫はんらんが、善井山であったようでね。これから向かおうと思っていたところだよ」

「俺たちはなんとか無事です。善井山に行くなら、奴らがすでにあそこにいる可能性があります。注意しないと」

「わかっています。とりあえず、奴らがいるかだけでも確認してきます」

若い神主の一人が答えると、数人が善井山に向かって歩き出す。

「・・・すいません、ご迷惑かけて」

俺たちの後ろから、自分で歩けるほどに回復した花梨が前に出る。

「・・・花梨君も、無事だったようだね」

「・・・・・・」

「とにかくっ、花梨は早く私の部屋に行って、休もう?ね」

「そうだね。今日はもうゆっくり休むといい。神主の皆さんには引き続き、通常通り見回りをしていただくということで・・・」

教文さんが、集まっていた神主たちに言う。その様子を見て、俺は命に耳打ちする。

「・・・命。こちらも変わらず、だ。いいな?」

「大丈夫です。わかってますよ」

言うと、命は近くの茂みに消えた。

「貴弘くーん。貴弘くんも中に入りましょうよ」

石段の上から声。俺の仕事はこっちだ。

・・・花梨から、今朝の一連の騒動、その一部始終を説明してもらわないとな。

もし、『邪悪なる存在』となんらかの関係がある場合、本気で『邪悪なる存在』が動きだしたのかもしれない。

奴らに対抗する手段。それを一刻も早く考えなくては・・・。


今日の和菓子は、生クリームが入った、特製どら焼きだった。

砌が淹れてくれたお茶を飲み、甘いものを食べた花梨は、かなり落ち着いたようだった。

「・・・ごめんね。砌や貴弘にまで迷惑かけちゃって・・・」

「まあ、いいさ。それより、どうして黙って消えたりしたんだ?」

「・・・・・・」

言いにくそうにうつむく花梨。

「貴弘くん、それはもう少し間を置いてから・・・」

花梨の様子を見て、砌が提案する。しかし、花梨自身がその提案に反対する。

「・・・大丈夫だよ、砌。みんなに心配かけちゃったんだから、ちゃんと説明しないと」

ふう、と一息おくと、花梨は昨日の夜の出来事から、説明をはじめた。

「・・・実は、声が聞こえてきたんだ」

「・・・声?」

いきなり怪しい。というか予想外だ。

「うん。内容はよく覚えていないけど・・・」

「それはこの、砌の部屋で寝ていたときか?」

「そう。どこからともなくというか・・・。聞き覚えのない声だった」

・・・そんな、明らかに幽霊かそれに類するものが近くにいたら、霊感の強い砌が気づきそうなものだが・・・

「いえ、私は特にそういうのは感じませんでしたけど・・・」

「で、でも!本当に聞こえたんだってば!そしたら、急に・・・」

「急に?どうしたんだ?」

「なんだか・・・私が生きているだけで、みんなに迷惑をかけてる気がして・・・。こんな私だったら、このまま夜の闇の中へ、消えてしまったほうが・・・いい気がして・・・」

「花梨・・・」

すすり泣く花梨を、砌がそっ、と抱く。

・・・そして、善井山に行き着いたわけか・・・

きっと、花梨は『自分が消えるにふさわしい場所』を漠然と探して歩き、選んだのだ。

俺たち四人の思い出の地、善井山を。

「・・・なあ花梨。もう一つだけ教えてくれ」

今や完全に泣き出してしまった花梨。だが、俺はこれだけは聞かなくてはならない。

「俺たちが駆けつける直前、つまり花梨の力が暴発する直前、花梨、教文さんとなにか話してたよな?」

「・・・え?わ、私・・・が?」

困惑する花梨。砌は真意がわからず、探るような視線を向ける。

「いや、いいんだ。してなければ。悪かったな、いろいろ聞いて」

その視線から逃げるように、立ち上がる。

「じゃあ、花梨と砌はゆっくりしとけよ。俺は見回りに行ってくるから」

「あ、貴弘くん・・・」

二人に背を向けると、ふすまを閉める。

・・・覚えていない。

これは花梨の力が発動した反動なのか。たしかに、花梨による昨日の夜の話は、あやふやすぎる。ありえるかもしれない。

しかし、命はあの時、教文さんと花梨がなにか話をしていたと言う。

話をしていたといいうことは、かなりの近距離にいたはずだ。

その近距離で、花梨の力が発動したら・・・

・・・教文さんに、直接聞いてみるしかない、か。


盛りを過ぎ、すっかり散ったもみじ。その真紅の落葉らくようたちの上に、彼はいた。

教文さんは、丁度善井山を偵察してきた神主たちの報告を、受けている最中だった。

「やはり、先ほどの『気』の影響は各所で出ています」

「でしょうね。私たちも吐き気をもよおしたほどでしたから、霊感の強い人なら、何らかの影響が出て然るべきでしょうね」

「一部の村人は、すでに騒ぎ出しています。・・・隠蔽工作が発覚するのも、時間の問題かもしれませんね・・・」

・・・くそっ!ただでさえ時間がないっていうのに!

自分の無力さが、憎い。

やがて、一通りの報告が終わり、神主たちは本来の持ち場に戻っていく。

「申し訳ないね、荒川くん。待たせてしまって」

「いえ・・・。実は、一つ聞きたいことがありまして・・・」

「?なんでしょう?」

・・・しまった。どう聞くか考えてなかった。

『今朝、花梨と話していたでしょ』と聞いたら、命に監視させていたことがバレるし・・・。

「・・・実は、花梨が今朝、誰かと話をしていた気がすると言っていたので、誰か心当たりはないか、と」

「いや・・・ないですね」

キッパリと否定する教文さん。

「え、そ、そうですか・・・あ、あと一つ、いいですか?」

忘れるところだったが、今回の戦いを生き残るための唯一のカギを見せてくれるように頼まなければ。

「今後の戦いの参考にしたいので、10年前の戦いの記録を、見せてほしいのですが・・・」

「・・・残念ですが」

教文さんは、目線を逸らし、言った。

「私も何度も目を通し、今回の参考になるようなところを探してみたのですが・・・。今回の『邪悪なる存在』は、前回のものとは性質が違うようで、なにも参考にはなりそうにはありませんでした」

「・・・・・・」

「ですから、あのような記録をあてにするよりは、他にもっと効果的な方法を考えたほうが、合理的だと思いますよ」

「・・・そうですね、そうします。教文さんも、なにか良い案があったら教えてください」

ここまでハッキリ断られると、これ以上食い下がるのはかえって不自然だ。

では、と教文さんに背を向ける。と同時に、教文さんに見えないように、右手の指をくっ、と曲げた。

近くにいるであろう、命に対する、「来い」という指令だった・・・。


墨を、何十にも塗り重ねたような、漆黒の中。

こういうとき、神社という神聖な場所は、昼間の100倍は怪しさを増す。

まあ、陰陽師はこういう場所が主な仕事場なので、慣れっこといえば慣れっこなのだが。

「しかし・・・バレませんかね。結界破っちゃって」

「破ってからすぐに張りなおしたから、大丈夫だと思うが・・・。安心はできない。ちゃっちゃと終わすぞ」

・・・話は、今日の昼まで遡る。


―――「えええ!!?砌さんを夜這い!?」

「ちげえよ」

ポカッ、と命の頭を殴る。

「今夜、一ノ瀬神社に忍び込む、だ。わかったか?」

「・・・・・・夜這い?」

・・・まあ、そう解釈できなくもないが・・・

「ちがうっつうに。いいか?今夜、一ノ瀬神社に忍び込むのは、10年前の戦いの記録を見るためだ」

「・・・教文さんを、信用しきれないのですね」

「・・・そうだ」

疑い始めたらきりがない、と言うが、まさにおととい教文さんに不信感を抱いてから、教文さんの行動は、全てといっていいほど、怪しい。

善井山にいたことをはじめ、そのことを隠そうとしたこと、10年前の資料の閲覧を拒否したこと、神主たちが見回りをしていたことを隠していたこと・・・。

「どう考えても、納得できない。俺たちに何かを隠している、こう考える以外は、な」

そして、俺と命は一ノ瀬神社に忍び込むという、強行手段に出たのである―――


再び、夜。

「さて、どこから攻めるか・・・」

事前に、命に一ノ瀬神社の見取り図は推測させてある。

怪しいのは、敷地内に建てられている、納屋、あとは御神体や居間など。

そして、教文さんの寝室。

・・・まずは納屋からだな。

「命、納屋にカギは?」

「かかっています。居間にそのカギがあるはずなので、取ってきます」

「わかった。先に行ってるぞ」

神社の周辺には砂利が敷いてあるので、足に消音の術式をかけておく。

縁側沿いに、本堂をまわりこむ。

目的の場所は、すぐに見つかった。

建てられてからずいぶん経つのか、板張りの壁には苔が生えている。

・・・命はまだか・・・

ただ待っているのもなんなので、ダメもとで扉に手をかける。

・・・!!

開いた。すんなりと。

カギがあいていたのだ。かかっているはずのカギが。

―――あからさまな、罠だ。疑いようもなく。

・・・ばれていた?俺たちが忍び込むことが・・・?

「どうしたのですか?入らないのですか?」

!!!

「はは、やはりこれはあからさま過ぎましたか。いやはや失敗失敗」

いつから、いた?

「・・・教文さん・・・」

振り向くと、いつもと変わらない教文さんがいた。

いや、ひとつ変わっている。

・・・なにを、持っているんだ?

「くく・・・、あ、これですか?お返ししますよ」

結構大きい。人間の子どもぐらいか?

無造作に投げ捨てられる、なにか。そのなにかが、言った。

「ぐっ!・・・貴弘さん・・・」

・・・!これは!?

「命!!?」

そこには、満身創痍の命が。・・・いつやったんだ!?

「次は、もうちょっと手ごたえのあるヤツを召喚してくださいね?一撃というのはちょっと・・・」

一撃!?命が?ただの神主に!?

・・・いや、違う。

「貴様、何者だ」

「・・・まったく、実力のないくせに、ハッタリだけは一人前だな。・・・いいだろう。教えてやる。今更だがな。こっちから名乗らんと気づきもしないとは・・・」

・・・っく、言わせておけば・・・!!

「まあまあ、襲い掛かるのは、俺の正体を聞いてからでも遅くはあるまい。・・・俺は、貴様らの言うところの『邪悪なる存在』だ」

「・・・・・・!!!」

・・・そんなはずはない。『邪悪なる存在』には・・・。

「そう、『自我がない』。そもそもそういう概念がないのだから当たり前だ。ならばなぜ俺にはあるのか?簡単だよ。この姿を見てわかるだろう?」

・・・そうか、教文さんの自我を・・・!!

「正確には、この人間の脳に『もう一つの自我』を作らせてもらった。いや、案外人間というものは頭がいいのだな。簡単に作れたよ。スペースも余っていたのでね。使わせてもらった」

・・・しかし、人格を一から作るとなると、一日二日ではできないはず。少なくとも数年は必要だ。一体いつから?

「初めからだよ。君が来るずっと前から、だ」

・・・初めから?初めからといっても、最初の『気』の大量流失から、俺がこの村に来るまで、二日と経っていないぞ?それに、ずっと前からって・・・。

・・・まさか。

「・・・まさか、今回「新たに」『黄泉の門』と『邪悪なる存在』が現れたと言うのは・・・」

「くくく・・・、そんな話まだ信じていたのか?そんなもの、貴様らに踊っていてもらうための与太話だ。時間稼ぎというものだな。要するに」

「だが、貴様は10年前に封印されたはず!まさか、完全じゃなかったのか!?」

「いや、俺を封印した奴らの思惑通りという意味では、封印は完璧だった。だから10年もの間、俺はなにも出来なかったわけだ。そういう封印だったということだよ」

くっくっく、と笑いを隠さない『邪悪なる存在』。

・・・そんな、『完全な』封印じゃなかったなんて・・・!!

「くっくっく・・・。さあて。これだけ話せば十分だろう?」

ヤツの『負の気』が急速に高まっていく。

「冥土の土産には。そうは思わないか?」

―――恐怖を感じた弱者のとる行動は、「逃走」だ。

しかし、『真の』恐怖を感じた弱者は、違う。

逃げたくても、逃げられない。その恐怖からは、決して逃げられないことを、身体が知ってしまったから。

動いたら、瞬間、殺される。「動かないこと」こそが、もっとも生存することができる、唯一の方法なのだと、知ってしまうのだ。

・・・マズい。マズいマズイマズイマズイ・・・!!このままだったら・・・

死ぬ。

「貴様は、一瞬で死ぬのはつまらない。そう思うだろう?ということは・・・まずは手足から、だな」

一歩、一歩。ゆっくりと近づいてくる。

・・・こんな馬鹿みたいな罠に掛かって死ぬなんて・・・。いやだ!死にたくない!!

「・・・ぐっ!?が、バカな、こんなところで・・・!!」

・・・?なんだ?どうしたんだ?

急に頭を抱え、苦しがる『邪悪なる存在』。

「でしゃばるな!!今更なにができる・・・!?ぐおおお!!」

ついには地面に膝をつく『邪悪なる存在』。高まっていた『負の気』も霧散していく。

「はあはあ・・・荒川くん、大丈夫かい・・・?」

そのしゃべり方は・・・!

「教文さん!?正気に戻ったのですか!?」

「いや、一時的にヤツから身体の主導権を奪い返しただけだ・・・。じきにまた奪われる」

「そんな・・・」

苦しげな表情をしながら、一歩一歩後退る教文さん。

「わ、私は、出来る限りヤツを善井山にとどめておくつもりだ・・・!その、間に、ヤツを倒す、準備をしてくれ・・・!」

俺に背を向けると、教文さんは夜の闇に走り出した。

「教文さん!!」

「砌を・・・娘を、頼む!!」

教文さんの姿は、すぐに夜の漆黒の中に、掻き消えていった・・・。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ