7-1-5 奥出雲のたたら場2
こうして、たたら場での製鉄作業が始まった。
現代の製鉄とは異なり、たたら製鉄では砂鉄と木炭を炉へ投入し、送風によって高温を保ちながら、砂鉄から鉄を取り出していく。なかでも重要なのが、炉を作る土の扱いと、送風による炉内の状態の管理だった。
村下は炉の準備を進めながら、経験を積んだ職人だけが知る秘訣を語った。
「この炉は、ただの土じゃない。地元の粘土を使って、何度も焼き締めて作る。適当な材料で作ったら、一晩と持たんぞ」
手を休めることなく、村下は続ける。
「それに風だ。温度が安定しなければ、いい鉄はできん。弱すぎても駄目だし、強すぎても炉の中の状態が変わる。そこを見極めるのが、職人の仕事だ」
炉の準備が進む中、小桜は周囲に気づかれないよう、そっと龍脈とのパスを繋いだ。目を閉じ、意識を炉の内部へと伸ばしていく。
狙いは、炉の中を直接見ることだった。高温にさらされた砂鉄がどのように変化し、どこに不純物が集まっているのか。それを正確に把握できれば、職人の目だけでは捉えきれない炉内の変化にも対応できる。
砂鉄と木炭が炉へ投入されると、作業は本格的に始まった。
村下の合図に合わせ、小桜は炉の内部を観察する。目に見えないほど微細な魔力を送り込み、鉄と不純物の状態を探りながら、不要な成分が炉の中で偏らないよう慎重に調整していく。
「……ほう。たいしたセンスだな」
村下が感心したように声を漏らした。長年、数えきれないほどの職人を見てきた彼にも、炉の状態をこれほど細かく捉えながら作業できる者は珍しかった。
「熱いのは大丈夫か?」
小桜は手の甲を軽く振ってみせ、平静を装った。
実際には、ブルヴィータを介して魔法を使い、体表を熱から守っている。だが、それを説明するわけにはいかない。あまりに特異な技術を見せて怪しまれないよう、小桜は「少し熱いけど大丈夫です」とだけ答えた。
次に、送風の工程に入った。
ふいごを踏む者の役割は重要だ。風を送り込む量によって炉内の状態は変化し、それが出来上がる鉄の性質にも影響する。小桜は村下の指示に従ってふいごを操作しながら、その合間に魔法の風を送り込んだ。
「不思議と、炉の状態が安定してるな……」
村下は眉をひそめたが、やがて満足そうに頷いた。
通常なら、職人たちの経験と勘に頼るしかない温度管理を、魔法の力で精密に補助する。小桜は炉内の状態を読み取りながら、風を送り、火を整え、砂鉄が鉄へと変わっていく過程を支えていった。
「低温で時間をかけて純度を高めることで、現代の製鉄では作れない玉鋼ができる。溶鉱炉じゃできねぇ芸当だ」
溶鉱炉ほどの高温にはならないたたらの炉内では、場所によって温度や状態が異なる。その不均一さもまた、たたら製鉄の特徴だった。そこには鋼となる部分もあれば、まだ鉄として不十分な部分や、不純物を多く含む部分も混在している。
小桜は炉の内部を見つめながら、そこに生まれていく一つ一つの変化を追っていた。
「まだまだ、ここからが本番だぞ」
村下の言葉どおり、作業は終わらなかった。
砂鉄と木炭の投入が何度も繰り返され、ふいごの音が一定のリズムを刻み続ける。時刻はすでに深夜に差しかかり、炉の周囲を照らす炎が、小桜たちの影を長く伸ばしていた。
智絵里は最初こそ興味深そうに作業を眺めていたが、次第にまぶたが重くなっていった。何度もあくびを噛み殺しながら、それでも小桜のそばを離れようとはしない。
「智絵里、寝たかったら休んでていいよ」
「だ、大丈夫……」
そう答えながらも、智絵里は眠そうに目をこすった。それでも小桜の様子を確かめるように視線を向ける。
「でも、想像以上に過酷ね……」
小桜自身も、長時間にわたって炉の内部を見続け、魔力を細かく送り続けている。集中が途切れないよう気を張っているうちに、疲労が少しずつ身体へ蓄積していた。
そして、ついに最後の工程が始まった。
炉を壊し、中でできた鉧を取り出す作業だ。鉧は、砂鉄から還元された鉄が炉の中でまとまってできた大きな塊で、その中には玉鋼として使える部分が含まれている。取り出した鉧を砕いて分別することで、刀剣の材料となる良質な玉鋼を選び出すのだ。
ここでは村下の経験がものをいう。炉の状態を確かめながら、どの部分をどう崩せば鉧を取り出せるのかを判断しなければならない。
村下は炉の壁を慎重に壊しながら、じっと鉄の色を見極めていた。
小桜は内心、魔法で補助したい衝動に駆られた。炉の内部なら、自分には見えている。魔法を使えば、どこに何があるのかまで正確に把握できる。それでも、ここは彼の領域だと考え、一歩引いて見守ることにした。
やがて、村下が重い鉧を引きずり出した。
表面をじっくり観察する村下の顔に、驚きと、ほんの少しの誇りが浮かんだ。
「……こんな上等な鉧、久しく見てなかったな」
彼はまるで大切な宝石を扱うように、その塊へそっと手を添えた。
すべての作業が終わる頃には、外の空はすでに白み始めていた。
智絵里は、いつの間にか片隅の木箱にもたれ、静かな寝息を立てている。最後まで小桜のそばにいたものの、さすがに限界だったのだろう。
「ふぅ……」
小桜はその隣に座り込み、深いため息をついた。全身が鉛のように重く、まぶたが勝手に閉じていく。
「私も、ちょっとだけ休むね……」
それだけ呟くと、小桜は意識を手放した。
村下は苦笑しながら、二人の少女を眺めた。
「……まぁ、よく頑張ったよ」
火の灯る鍛冶場に、静かな夜明けの風が吹き込んでいた。
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