第137話 決戦に向けて #2
「キャリスからは、外法を外すための魔法を五パターン、ぜんぶ教えてもらって、使えるようになった。僕とキャリスでその魔法を双調魔法にしてぶつければ、きっと、父を解放できると思う。双調魔法としての訓練は、まだ始めたばかりだけど」
「そうか。なら、いよいよだな」
マイルズは身体を戻した。
その彼にだけでなく、前衛の全員に言う。
「ただ、死体を蘇らせる外法は、言ったとおり五つのパターンに分かれているんだ」
「……最悪、五回も詠唱しないといけないってことだな? 未識別の解呪ってのと合わせると、都合六回か……」
ベルハルトが言う。それには首を振った。
「いいや、たぶん、二回目で。最悪、三回目で当たると思ってる。黒燿の剣士が……父が死体であるなら、ああして動かす方法は、まずみっつ、考えられるんだ」
外法の解呪の手順については、キャリスと打ち合わせを済ませている。
まず、今までの黒燿の剣士の振る舞いから、使われているのは十中八九、死体を操る外法だと考えられた。それが手動なのか、自動なのかでふたつ。そのふたつの中でも、自動というのが一番確率が高そうだと思えたので、そちらを先に試す。
それがダメだった場合は、次に、手動で操る外法の解呪を試す。
手動操作は、あまり確率としては高くないだろう、とは見ている。
もし魔族が、遠見のできる魔法などを使えると仮定すれば――そんな魔法は、エルスウェンの古代魔法の知識にすらないが――手ずから、黒燿の剣士を操っている可能性がある、というくらいだ。
否定の材料に、同時に扱える魔法はひとつ、という原則も存在する。が、卓越した魔法使いはそれを無視できるという例外も、もちろん存在する――可能なのは、母ひとりしか知らないが。
黒燿の剣士が、自身で身につけた技術を発揮している、つまり、とても他人に操られているとは思えないということも、手動操作の根拠を薄くはしているが、可能性としては捨てきれず、無視もできない……といったところだった。
そして、死体を操作する類の外法ではなかった場合――
擬似的な魂を死体に封入していることが考えられる。最も難易度の高い外法であるが、相手は外法の本家だ。それくらいは簡単にできると見て、いいだろう。
それも外した場合は、全く別の魂が死体に入れられた場合の解呪を試す。それぞれ、人の魂であった場合と、獣か魔物の魂の場合だ。ただこれは、やはり、黒燿の剣士の動きの精密さから、ほとんどあり得ないのでは、という結論に達していた。
それらの根拠を含めて、エルスウェンは説明をした。
「黒燿の剣士は、マイルズをあしらって、ジェイとふたりがかりでも優位を見出せないような、それだけの武技を誇っているよね?」
みなまで言う前に、ベルハルトは得心したように頷いた。
「なるほどな。それなら、外法ってやつの種類も限られるわけか。言われてみれば、たとえばその辺の魂を代わりに入れたって死体が、あんなに動けるわけがない。だろ? 自分の身体とも、勝手が違うんだろうからな」
「はい、そうです」
ベルハルトの言葉には、キャリスが答える。彼は説明をしてくれた。
「いかにエルスの父上が、優れた剣士であろうと……そしてその死体を使役しようとも、その当人の技術を生かすための外法は限られています。それはまず、エルスの説明した通り、まずはみっつ、考えられるのです」
「なるほどな。そういうことなら、五回も使わなくていいってのは、かなり高い確率のような気がしてくる。大歓迎だ」
ベルハルトは感心して頷いていた。
ドゥエルメも、こちらの意見には納得しているようだ。
彼は慎重に言葉を選びつつ、低い声で言ってくる。
「あの黒燿の剣士は、どこか……言う通り、操られているという感覚が適切に思えるな。自動的にそう振る舞うように、指示をされている感じといえば、腑に落ちる。探索者を見つければ、殺す。攻撃をされれば反撃をする。迷宮の外を目指して移動し、王都を攻める。そんなふうにな」
「俺も同感だ。自動的に動いている――そんな感じがした。特定の指示や、方針のままに動いているような感じだな。良く訓練された兵士や、猟犬のような……」
ドゥエルメの言葉に、ジェイも頷いていた。
「はい。だから、双調魔法さえ上手くいけば……高い確率で、戦闘はすぐに終わると思うんです。上手くいけば、ですけど……」
もどかしいのは、正体を判明させた上で外法の解呪を行わなければ、効果が無いことだ。五度も使わなくていい、という見通しが立ってはいるが、裏を返せば最低でも二度、双調魔法を通さねばならない、ということでもある。
そして不安要素は……解呪をした時に現れるだろう父を見て、自分が平静を保ったまま、キャリスとの外法の解呪魔法を成功させられるか、ということだ。
あるいは他にも、考慮しなければならないのに忘れてしまっている要素があるかもしれない。
すぐに戦闘は終わるはず、というのは、エルスウェンの希望的観測だった。楽観に徹しているわけではなく、それなりの根拠もある。
だが、なにか胸騒ぎがする。
言葉を切って黙っていると、アミディエルが訊いてきた。
「不安ですか、エルスウェン君」
「……ええ。失敗すれば、誰かが死ぬわけですから」
「そうですね。ですが、自信を持ってください。エルスウェン君を含め、みなさん、ここまで大変な努力をなさっています。きっと、上手くいきますとも」
「はい……。ありがとうございます」
アミディエルの優しい言葉に、一礼を返す。
そのあとに、マイルズが言った。
「で、決戦は近いってことでいいんだな? エルス、その外法の解呪は、何日くらいで仕上がりそうなんだ?」
「それについても、あと、二日もらえればいけると思う」
「そうか。俺たちもそれだけあれば、十分に仕上げられそうだな。じゃあ……日程は、どうする?」
それに答えるのは、ラティアだ。
「三日後、こうしてまた集まろう。その時に、本格的な作戦会議をする。だからそれまでは、各人、己のやるべきことに集中しよう。作戦会議後は、必要であれば適切な日数、休養を取る。休養が必要なければ、作戦会議の翌日を準備に充て、そしてその次の日に決戦……という具合で、どうだろうか?」
それに、誰も文句を言うものはなかった。
訓練は大変だったが、あまりのんびりもしていられない。最大限に回復して、最大限に急ぐとなれば、その日程しかないだろう。
予定を聞き届けて口を開いたのは、女王だった。
「では、三日後はここではなく、王宮へと集まるがよい。作戦会議のための場も、その後の食事も、寝室も用意しよう。存分に心と体を休め、討伐へ全力を傾けられるように計らおう」
「分かりました。よろしくお願いします」
なぜか女王は、エルスウェンに向かって言っていた。なので、答えるのもエルスウェンになってしまった。
話すべきことは、ほとんどなくなった。
沈黙が降りた場で、そうだ、と切り出したのはベルハルトだった。
「この雰囲気で、忘れちまうところだったよ。ラーク、あんたにプレゼントがある」




