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第3話 襲撃

 ジョッシュと出会ったその日、彼女たちは山の中で一夜を過ごすことにした。すでに日は傾きかけているし、いま動くのは得策ではないとジョッシュが提案したのだ。彼女としても断る理由がなかったので、ジョッシュの用意したテントで床につくことにした。


「やっぱり、テントはいいですねぇ~っ。安心感があるというか、暖かいというか」


 久しぶりのテントに、彼女のテンションは上がった。天井があることも嬉しいけど、何より身体が土に触れないのがいい。土の上で眠っていると、虫が気さくに身体にまとわりついてくるのだ。


「そういえばソフィアは普段どうやって寝ているんだ? テントは持ってないようだが」


「私はいっつも野宿ですよ~。テントは重くって、さすがに私じゃ持っていけませんからね。宿に泊まるだけの余裕もないですし」


 彼女の言葉に、ジョッシュは額を押さえた。「年頃の女の子が野宿なんて……」と声を漏らしている。


「野宿も、慣れれば意外と平気ですよ。たまに動物とかに襲われることもありますケド」


 そう言って彼女は寝袋に身を包んだ。今日は盗賊に襲われたり、久しぶりに料理をしたから、少し疲れてしまった。目を瞑ればすぐにでも眠れそうである。


「君はもうちょっと気を付けた方がいいな。大体俺みたいな男と一緒のテントで寝ること自体、本当はよくないことなんだ」


「よくないって、どうしてですか?」


「そりゃあ、襲う男だっているだろう。心配にならないのか?」


 ジョッシュの質問に、彼女は「心配してませんよぉ」とあくびをしながら答えた。


「あなたはそんなことをする人じゃないって、何となく分かるんです。それに襲うつもりだったら、盗賊から助けた直後に襲ってるでしょう?」


 実際、それは彼女の本音だった。彼女は年のわりには発育がいいので、世の男性たちから好色そうな目つきで見られることが多い。しかしジョッシュは、彼女のことを「異性」ではなく「ひとりの人」として見ている様子だった。そういう人は、例えテントで二人っきりになっても襲ってきたりはしない。


「まぁ……たしかにな」


 ジョッシュは納得したように頷くと、彼女から少し離れた位置で横になった。そして彼女に背中を向ける。


「俺はいつも、日が昇った頃に起きる。それまでは君もゆっくり休むといい」


 そう言って、ジョッシュはすぐに寝息を立て始めた。ずいぶんと寝つきがいいみたいだ。彼女はテントの天井を見上げると、少ししてから目を瞑った。


 盗賊に襲われて、一時はどうなるかと思ったけど。ジョッシュといれば、無事にヘノグレン島にたどり着ける。そう安堵して、彼女は眠りについた。



 翌日は朝早くに起きると、二人で街に降りた。ヘノグレン島は徒歩だと着くのに一週間はかかる。それまでの食料と備品を買いに行くのだ。


 山道を出る直前、急にジョッシュがサングラスと帽子を被り始めた。オシャレにしては、少し奇妙な恰好である。それを彼女が指摘すると、ジョッシュは「あんまり目立ちたくないのでね」と言った。


「だから街では、あんまり目立たないように振る舞ってくれ。君だってフェルトニアンだ。あんまりサルドピアで目立ちたくはないだろう?」


 ジョッシュの言葉に、彼女は頷いた。どうやらジョッシュもそれなりに"訳アリ"らしい。そういえば盗賊に助けてもらったときにも「人がいないから山道を通った」と言っていた気がする。あんまり人目に晒されたくないらしい。もっとも、それは彼女も同じだった。


 なるべく道行く人と目を合わせないようにして、街に入る。そこは石畳の街だった。街にしては小さいけど、食料や武器など、ひと通りのものは買い揃えられるようだ。彼女はジョッシュのバッグに入っている食材を頭に思い浮かべて、何を買うべきか思案した。調味料は必需品である。


 それからしばらく買い物を続けたが――片眼が眼帯の彼女と、長身で大剣を持ったサングラスの男が、街で目立たないワケがない。人とすれ違う度に、ヒソヒソ声が聞こえたような気がした。


「……『人買い』って言葉が聞こえる気がするが、気のせいかな」


 しばらく黙り込んでいたジョッシュが、小声で言う。どうやら不本意な様子だった。その反応に、彼女がクスっと笑う。


「気のせいじゃないですよ。どう見てもジョッシュさん、人買いですよ。気付きませんでした?」


 彼女が言うと、ジョッシュはサングラス越しに、げんなりとした顔を見せた。それを見て彼女はまたも笑う。


「この時代に、人買いなんて珍しくありませんから。堂々としていれば大丈夫だと思いますよ」


 その証拠に、ヒソヒソ声は聞こえるものの、悪党に絡まれるようなことはなかった。彼女がひとりで街に出れば、必ず何人かの酔っ払いに声をかけられるのに。これもジョッシュの筋骨隆々の肉体のおかげだろう。並みの盗賊ぐらいだったら、ジョッシュの鍛え抜かれた肉体を見た瞬間に逃げ出すはずだ。


 あらかた備品も買い終わった頃、ジョッシュが衣服店の前で足を止めた。そして表の棚を指さして、彼女に「寄らないのか?」と声をかける。


「眼帯、売っているみたいだ。その破れた眼帯じゃ不便じゃないか?」


 ジョッシュに言われて、彼女は左目の眼帯に触れる。盗賊のせいで、眼帯はところどころ破けている。しかしそれでも目は隠せるし、機能性には問題なさそうだった。


「大丈夫です。左目が隠せれば、別になんでもいいので」


「ふぅん……そうか」


 それだけ言うと、ジョッシュは衣服店に背中を向けて、街の外へと歩き出した。その様子を見て、ホッと胸を撫でおろす。ジョッシュに眼帯をつける理由を聞かれたらどうしよう、と思ったのだ。ジョッシュが聞いてこなかったところを見ると、少しはデリカシーがあるらしい。汗がちょうどいい塩味だとか、意味の分からないことは言うけれど。


 二人で街を出て、また山道を通る。数十分ほど歩くと、もう人の気配は感じられなくなった。鳥の鳴き声と木々のざわめきだけが聞こえる。


 そんなとき、不意にジョッシュが足を止めた。いきなり止まると思っていなかった彼女は、思わず鼻先をジョッシュの背中にぶつけてしまう。彼女が文句のひとつでも言おうとした瞬間、ジョッシュが重々しく「つけられている」と呟いた。


「えっ、つけられているって……誰に?」


 彼女が問いかける。しかしジョッシュは答える代わりに、奇妙な質問をしてきた。


「ソフィア。君は魔法を使えるか?」


「魔法ですか? ええっと……回復魔法と、あとは防御魔法が少しだけ」


「そうか。それじゃあ、いざっていうときは自分の身を自分で守ってくれ」


 どういうことですか――と聞こうとした瞬間、彼女の身体が一気に吹き飛んだ。そしてそのまま周囲の木にぶつかる。思わず「痛い」と叫びそうになった彼女は、少ししてから全く身体が痛くないことに気付いた。どうやら吹き飛ばされただけで、誰かに攻撃されたワケではないらしい。


 一体、何が起こったのか。詰問しようとジョッシュを見ると、彼は大剣を両手に構えていた。彼女は事態を飲み込めないまま、ジョッシュのことを見つめる。そしてその直後。キィィンという、金属がぶつかり合うような音が聞こえて、彼女は目を背けた。再びジョッシュの方を見ると、黒いマントを被った人物と剣でつばぜり合いをしている。


「この太刀筋――アンナかっ!」


 つばぜり合いの体勢のまま、ジョッシュが叫ぶ。黒いマントの人物は剣を弾くと、その場から数メートル後ろに跳躍した。そして頭にかぶっていたフードを取る。彼女の予想に反して、その黒マントの人物は女性だった。ディープパープル色の長髪で、キリっと整った顔つき。とても剣を振り回すような人には見えない。


「ジョシュア様っ。どうして逃げるのですかっ?!」


 黒マントの人物――ジョッシュからアンナと呼ばれていた女性は、剣を振りかざしながら叫ぶ。


「どうしてって、お前たちが妙な研究をするために俺を裏切ったからだろうがっ」


「妙な研究とはなんですかっ。リンカネーションの力は、世界を変えるというのに!」


「お前も分からず屋だな、アンナ! こんな呪われた力、俺以外が持っていいものではないっ!」


 ジョッシュはそう怒鳴ると、アンナに飛び掛かった。そして剣を振るも、アンナに避けられる。目の前で戦闘が行われている事実に、彼女は頭が追い付かなかった。でも、何かできることをしないと――そう思って立ち上がったとき、突然彼女の視界が真っ暗になった。驚いて声をあげようとするも、口が塞がれる。


「へへっ……。あの野郎が足止めされているのなら好都合よっ」


 後ろから聞こえてくるその声を聞いて、彼女は鳥肌が立った。その声に聞き覚えがあったからだ。昨日、彼女を襲った盗賊の声だ。確かひとり、逃げた人がいたはず。その人に違いない――。


「おおっと、暴れるなよ? お前なんざ、俺が本気出せばすぐに殺せるんだからな」


 盗賊がダミ声で言う。彼女は暴れることはせず、小さく何度か頷いた。いま、ここで暴れても意味がない。それより静かにしていた方が得策だ。どの道すぐに、ジョッシュが助けてくれる。


「あのジョシュアとかいう英雄はお前の飼い主か?」


 盗賊の質問に、彼女の思考は一瞬とまった。『ジョシュア』『英雄』。それが誰のことを指しているのか、分からなかったからだ。だが少し考えて、ジョシュアはジョッシュのことだと思い至る。しかし英雄とは、一体どういう意味なのか。彼女が答えに窮していると、盗賊が舌打ちをした。


「飼い主じゃなくって、用心棒かぁ? ……まぁいずれにせよ、お前を監禁すれば金になりそうだなあ」


 盗賊がなんの話をしているか分からないまま、口にタオルを巻きつけられる。息ができず、苦しい。そしてその状態のまま、彼女の足が宙に浮いた。


 ――あぁ。自分はこれから、どこかに監禁されるんだな。


 今起きている状況を理解できていない彼女は、まるで他人事のようにそう思った。

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