第2話 旅の理由
盗賊たちを埋めた場所から少し離れて、そこに腰をおろす。ジョッシュは言葉のとおり、たくさんの食べ物を持っていた。干し肉や野菜だけでなく、フルーツもある。これだけ食材が豊富なら、美味しい料理ができそうだ。しばらく缶詰で生活していた彼女は、思わず喉を鳴らした。
しかし彼女の予想に反して、ジョッシュは料理することなく、そのまま野菜を丸かじりし始めた。ザクッザクッという、野菜をかじる音を聞きながら、彼女は目を見開く。
「……その野菜、料理しないんですか?」
彼女はジョッシュに聞いた。ジョッシュは意外そうに首を傾げ、そして「あぁ」と笑う。
「これは"キャベツ"と言ってな。生でも食べられるものなんだ」
「いえっ、そうじゃなくって!」
当然彼女も、キャベツのことは知っている。なんなら彼女の好物だった。肉をキャベツの葉で巻いて煮込んだ郷土料理は、今でもときどき食べたくなる程だ。しかし彼女の言いたいことはそうじゃない。
「ふつう、キャベツは生で食べませんよ! いえっ、生で食べることは食べますけど、丸かじりはしませんって!」
彼女の言葉に、ジョッシュはなおも「解せない」という表情を浮かべている。もしかしてこの国――サルドピア帝国ではこれが普通なのだろうか、と彼女は不安になった。国が違えば文化も違うと言うけれど、まさかここまで大きな違いがあるとは。
「そういえばそうか。最近そんなことを言われていないから、すっかり忘れていた」
ジョッシュは笑った。彼女はその言葉を聞いて「この国でも、キャベツの丸かじりはふつうじゃないんだ」と少し安堵した。
「でも俺は加工が苦手でね。普段はこんな感じで、素材のまま食べている」
「加工って……料理をそんな風に呼ぶ人、はじめて見ましたよ」
言いながら、彼女はジョッシュの持っている食材を見る。キャベツと干し肉があるから、簡単な炒めものぐらいはできるかもしれない、と判断した。
「お鍋と火はありますか? 私が料理しますから」
「料理? できるのか、君が。見たところ随分と若いようだが……」
ジョッシュの言葉に、彼女は大きく首を左右に振る。彼女は子ども扱いをされるのが嫌いだった。
「料理に年齢は関係ありません。関係あるなら、大人のあなたが料理できないのはおかしいじゃないですか」
彼女の言葉に、ジョッシュは「なるほど」と納得したように頷く。年下に嫌味な発言をされても、まったく不快な表情をしない。不思議な人だな、と思った。
ジョッシュが鍋を持っていたので、彼女はキャベツと干し肉の炒め物を作ることにした。火を起こすライターはないが、ジョッシュが魔法で火を起こせるらしい。
「それにしても、料理をしないのによく鍋を持っていましたね」
川で洗ったキャベツの葉をちぎって鍋に入れながら、彼女が言う。
「鍋は便利だ。タオルとかを煮沸消毒できるからな」
「ええっ。ということはこの鍋……タオルとかを煮たヤツですか?!」
「そうだ。でも大丈夫だろ。いつも煮沸消毒されてるから、鍋も汚くない」
「言われてみれば……そう……ですケド」
でも気分的には汚いんです――そう言いかけて、彼女は言葉をつぐんだ。他に鍋の代用になりそうなものはないし、ここでそれを主張しても意味がないと思った。
キャベツをちぎり終えると、鍋に干し肉を入れる。彼女はジョッシュがつけてくれた焚き火の上に鍋を置きながら「調味料いいですか?」と言った。
「調味料? 何に使うんだ?」
ジョッシュが不思議そうに首を傾げる。彼女はそんなジョッシュを見つめてハッとした。キャベツを丸かじりするような男が、調味料を持っているハズがない――。
「ちょっと待ってくださいっ。塩とか胡椒、持ち歩いてないんですかっ?! いっくらなんでも、おかしいですって!」
「別に塩と胡椒がなくても飯は食える。死にはしないから平気だ」
「死にはしなくっても、味は落ちるんですってぇ……」
彼女はうなだれる。干し肉にも塩はもみ込んであるだろうけど、それだけで味付けは十分なのだろうか。
「そんなに大事なのか? 塩と胡椒って。そのまま食べても美味しいと思うが……」
ジョッシュがキョトンとした表情で聞いてくる。彼女は前のめりになって「当たり前ですっ」と答えた。
「塩と胡椒は万能ですっ! だいたいどんな料理にも味付けとして使っていますよっ。これがあれば料理の味は整います。でも逆に、これがなかったら料理の味は整いませんっ」
「そんなに熱弁するほどなのか。まぁ確かに、昔は胡椒をめぐって戦争が起きたっていうし、普通は大事なものなのか」
ジョッシュは得心がいったように、しきりに頷く。そんな様子をジト目でみながら、彼女は言った。
「いくらなんでも、塩と胡椒の大切さを知らないなんて信じられませんっ。もしかして私のことを元気づけようと、おどけて言ってます? それなら安心してください。死体ぐらい見慣れてますから、アレを見たって落ち込みません」
言いながら、彼女はあの日――家族と親友を失ったあの『アラパダイムの戦い』を思い出してしまった。
ひとりの魔法使いが、単身で彼女の住む街『アラパダイム』に侵攻し、三万人を虐殺したあの戦いを。その記憶を忘れるため、彼女は首を強く左右に振った。しかしあの日見たものは、聞いたものは、この脳裏から消えてくれそうもない。波のように押し寄せる人の血。耳をつんざく人々の悲鳴。そして自分を残して死んでしまった、家族と親友。
どうして人は死ぬとき、自分ではなく残された者の心配をするのだろうか。家族と親友の言った言葉が、今でも耳に残って離れない。
『絶対に生きて、幸せになってね』
――そう言ったのは、彼女の両親だ。
『生き延びたら、もっといっぱいキレイなものを見てね。私にはできなかったことだから』
――そう言ったのは、彼女の親友であるセレーナだ。
「どうしたんだ?」
ジョッシュの言葉に、彼女は我に返る。自分の頬に涙が伝っていることに、ようやく気付いた。
「ごめんなさい。つい……」
そう言って、彼女は手の甲で涙をぬぐった。その瞬間、涙が鍋の中に入る。慌てて中身を捨てようとした彼女を、ジョッシュが制した。
「気にすることはないさ。君の涙はキレイだ」
随分キザなことを言う人だな、と彼女は笑う。そして料理を再開した。結局使えそうな調味料はなかったので、代わりにニンニクを入れることにした。「滋養強壮のために、よく生で食べる」と言ったジョッシュのことを、彼女はまた笑った。生でニンニクを食べる人なんて、見たことがない。
「できました。お口に合えば、いいんですけど」
キャベツと干し肉を炒めた料理が完成する。お皿に盛りながら、彼女は料理の匂いを嗅ぐ。あり合わせで作ったものだけど、味は期待できそうだ――と匂いで判断した。異性の前で味見をするのがどことなく気恥ずかしくって、彼女は味見をしていなかった。
「ありがとう。うん、これは店で食べるものと遜色ない出来栄えだな。驚いた。あの道具だけで、こんな美味しそうな料理ができるなんて」
ジョッシュがフォークで料理をつつく。それを見ながら、彼女も自分が作った料理を味わった。調味料がなかったから味が心配だったけど、ニンニクのおかげかパンチが利いていて美味しい。それに少ししょっぱい味もする。もしかすると、干し肉の塩味が活躍しているのかもしれない。
「うん、実に美味しい。味付けもバッチリだ」
料理を食べたジョッシュが舌鼓を打つ。やっぱり自分の料理を味わってくれる人がいると嬉しいな、と彼女は笑みをこぼす。
「ありがとうございます。塩と胡椒がなかったんで不安でしたけど、塩味が利いていてよかったです」
「へぇ。君のさっき流した涙が、ちょうどいい塩味になっているかもしれないな」
ジョッシュの言葉を聞いて、彼女は思わず食べていたものを吹き出しそうになった。必死に口を押えて、ジョッシュの顔を見る。「こんなセリフを吐く男はどんな表情をしているのか」と気になったが、ジョッシュは悪びれなくキョトンとした目をしていた。
「……悪かった。君の涙は無駄ではなかったと、励まそうと思ったんだが」
「いっ、いえ……。わたしも、すみません」
謝りながら、彼女は料理を口に運んでいく。どうもこの男は不思議な感じがする。もしかしてサルドピアの人は、みんなこうなのだろうか。彼女は一抹の不安を抱いた。
「――そういえば、君の名前を聞いていなかったな」
ジョッシュが露骨に話題を切り替える。しかしそれを聞いて彼女はハッとした。確かにジョッシュに会ってから、自己紹介をしていない。
「あっ、すみません。自己紹介をし損ねてました」
コホン、と咳ばらいをしてから、彼女は「ソフィア・マーキュリーです」と自分の名前を名乗った。彼女の名前を聞いたジョッシュは、不思議そうに首を傾げている。
「マーキュリー、か。その名前はフェルト帝国に多いはずだが……君はフェルトニアンなのか?」
「えっ? あっ……えぇっ?」
ジョッシュの指摘に、彼女は大きく狼狽した。その指摘は正しかった。彼女はフェルト帝国人――フェルトニアンだった。しかしまさか名前で出身がバレるとは、思いもしなかった。そんな彼女の狼狽える様子を見て、ジョッシュが続ける。
「気にすることはない。俺はサルドピアンだが、フェルトに恨みはない。まぁ中には憎んでる人もいるだろうから、あまり名前は出さない方がいいだろうが」
そう言われて、彼女は小さく頷いた。フェルト帝国とサルドピア帝国は一年前まで戦争をしていたのだから、恨み合っていて当然だ。だからこそ彼女も、サルドピアンに会わないように山道を歩いているのだ。
「それにしても名前で出身が分かるなんて……よく知っていましたね」
――調味料のことは知らなかったくせに、と内心で毒づく。随分と知識が偏っている人だな、というのが彼女の本音だった。
「戦史を学んでいるとね、よく出くわす名前なんだ。――それで、どうしてフェルトニアンの君が、サルドピアにいるんだ?」
ジョッシュの質問に、彼女はうつむく。そして少し考えてから「理由なら話してもいいか」と割り切った。
「観光しているんです。サルドピアにはキレイな場所が多いって聞いたので。この間は『ルートネブリク』に行ってきました」
「ルートネブリクか。あそこはたしか、夜空がキレイだったな。それにしても珍しいな、その歳で観光が好きだなんて」
ジョッシュが彼女に好奇の目を向ける。彼女は「キレイな場所が好きなので」と端的に答えた。
キレイなものを見れずに死んだ親友のセレーナのために、キレイなものを見る旅をしている――とは言わなかった。理解されるとは思えなかったし、理解されたいとも思っていなかった。
「これからはどこに行くんだ?」
「今は『ヘノグレン島』に行こうと思っています。あそこは海とかがキレイらしいので」
ピタリと。ジョッシュのフォークを扱う手が止まった。そして干し肉の刺さったフォークを口元に近づけたまま、何か考え込むように目を瞑っている。マズいことを言ってしまったかな、と彼女は不安になった。しかしすぐに「そんなことはない」と思い直る。ヘノグレン島は観光地として有名だし、その名前を出して不快に思う人はいないはずだった。
「ヘノグレン島か。実は俺も、そこに行こうと思っていてな。そうか、ヘノグレン島か」
ジョッシュは何度も島の名前を繰り返した。その様子を不思議に思いつつも、彼女の気持ちは高揚し出している。
「えっ、ヘノグレン島に行くんですかっ! あそこ、いいですよね! 写真でしか見たことないですけど、めちゃくちゃ景色がキレイで! 自然が多いから、空気も美味しいって話です!」
彼女は早口でヘノグレン島の魅力を語った。目の前にいる大人が、自分と同じ観光地に行こうとしている。自分の審美眼が間違っていないと分かって、それが嬉しかった。
「たしかにあそこは、空気が美味しいね。子どもの頃によく、草原に寝そべって深呼吸をしたっけ」
昔を懐かしむかのようなジョッシュの話を、彼女は笑顔で聞いた。しかし数秒後、ジョッシュがおかしなことを言っていると気付く。
「あれっ。ヘノグレン島って……ずっと、フェルトの占領地でしたよね。ジョッシュさん、行ったことあるんですか?」
ヘノグレン島はフェルトとサルドピアの大国が『百年戦争』をはじめた、最初の地だ。開戦して以来ずっとフェルトの占領地で、終戦後に返還されたと本には書いてあった。ジョッシュがサルドピアンなのであれば、子どもの頃にヘノグレン島に行けるはずがなかった。
「……いや、そうか。そうだったな。悪い、記憶がごちゃごちゃになっていたようだ」
ジョッシュは笑いながら弁明をする。一瞬は不思議に思った彼女も、それ以上は考えなかった。ジョッシュは出会って以来ずっとおかしな言動をしているし、今更気にする問題でもないと思っていた。
「それにしても、まさか目的地が同じとはな。奇妙な縁もあるもんだ」
「そうですね。目的地が同じ――」
そこまで言いかけて、彼女はハッと得策を思いつく。そしてそれをすぐにジョッシュに提案した。
「私たち、どうせ目的地は同じなので、一緒に行きませんかっ?」
彼女の提案に、ジョッシュは虚を突かれたような顔をした。そんなジョッシュを見つつ、彼女は提案を続ける。
「私は料理ができます。そしてジョッシュさんは用心棒になれます。お互いが組めば、快適な旅になるとは思いませんか?」
ジョッシュは少し考え込むように胸の前で腕を組んだ。そしてフォークに刺さった干し肉を平らげてから、彼女に笑顔を見せる。
「そうだな。こんな美味しい料理を作れるシェフとなら、一緒に旅をするのもいいかもしれない」
「それじゃあ、決まりですねっ!」
嬉しくなった彼女は、勢いよく自分が作った料理を食べた。サルドピアは野蛮な人が多くて、道中何回も盗賊に襲われた。ジョッシュがいれば、そんな日々から解放される。今夜は久しぶりにゆっくり眠れそうだと、薄暗くなってきた辺りを見て思った。




