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加賀 ~ある紀州犬の物語~  作者: 橘 正巳
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第三章 加賀の生活

第一節


 自由に生きる加賀は、実に色々な物に出会いました。

 まずは、飼い主を始めとした人間たちです。

 優しい人もいれば、怖い人もいました。怖い人は大体逃げればいいのですが、加賀は一度だけ犬攫いに捕まって、遠くに連れて行かれたことがあります。隙を見て逃げ出し、飼い主の下へ帰って来た加賀は、賢い犬として近所中の評判になりました。

 次に同じ犬です。

 大体の犬とは仲良く出来る加賀でしたが、一匹だけ例外がいました。近所にいる、大きな威張った犬がそれです。まだ若い加賀は、このボス犬にだけは頭が上がりません。ボス犬に関わらないよう過ごすうち、加賀は自然と山へ入ることが多くなりました。

 山へ入るとなると、次に出会うのは野生動物です。

 タヌキやウサギには頻繁に出会いった加賀です。ですが、これらもまだ、加賀の手に負える相手ではありません。追い詰められたらタヌキは牙を剥き出しにして向かってくるし、ウサギは足が速すぎて、加賀では追いつけません。

 しかし、若さに溢れる加賀です。野生動物に負けじと、身体は益々大きくなり、足もどんどん速くなっていきます。

 

 こんな加賀が、二歳になった時です。加賀には自覚が無かったのですが、そのナワバリはとんでもない広さになっていました。

 ある日のこと、加賀が人間の町を歩いていたことです。この町は、加賀の行きつけとなっていて、加賀はここで人間に食べ物を貰うことが日課となっていました。

 加賀がいつものように、町をぶらついていると――。


「おいっ!」

 

 聞き覚えのある声が、加賀を呼びます。


――誰だろう?


 加賀が振り向くと、そこには飼い主の少年がいました。


――何で、少年あいつがここに居るんだ?


 普段あり得ない出来ごとに、加賀はびっくりして逃げてしまいました。


「加賀のやつ、一体どこまで来ているんだ?」


 加賀の後ろ姿を見送って、少年が言います。

 少年はこの時、親戚に用事があって、たまたま町に来ていたのです。

 村から汽車に乗って、山を二つ越えた町に、加賀は毎日来ていたのです。

 それでも、夜になればしっかりと、犬小屋に帰っている加賀なのでした。



第二節

 

 加賀の日課は、まだ人の起きていない朝早くから始まります。気ままにあちこちをうろついて、夜になったら犬小屋に帰るのが加賀の一日です。

 では、飼い主が加賀を呼ぶ時はどうしたのでしょう。驚くことに、前日の飼い主の様子から、加賀は察することが出来たのです。もちろん毎回居合わせることは無理ですが、大体の場合は、加賀は飼い主の呼びかけに応じました。

 

 ある日、加賀はいつもの帰り道を歩いていました。


――今日のおやつは美味しかったな。


 例の町で、ご相伴に預ったばかりの加賀です。

 そんな加賀の前に、ウサギが飛び出てきました。ウサギは手強い獲物です。

 満腹とはいえ、本来は猟犬の加賀です。

 加賀の闘争心に、久しぶりに火が付きました。

 加賀が追いかけ、ウサギが必死に逃げます。いつもならウサギに引き離される加賀なのですが、この日は違いました。加賀はウサギを抑え込むことに成功します。

 少しびっくりした加賀ですが、口の中で暴れる獲物に我に返って、必死にそれを振り回します。

 ウサギは首の骨を折って死にました。

 加賀の初めての収穫です。

 大人に近付いた加賀は、我武者羅に獲物を追いかけるだけではありません。ウサギの逃げ道を防げるくらい、頭も良くなっていたのです。

 ひとしきり達成感を味わった加賀ですが、生憎と今は満腹です。

 取り敢えず、加賀は仕留めたウサギを持って帰ることにしました。


「おーい、大変だ! 加賀が獲物を獲ってきたぞ!」

「本当だ!」


 家に帰った加賀を見ると、少年と先生が大喜びで出迎えました。


――ああ! そういうことだったのか。


 この瞬間、加賀は猟の失敗を理解したのです。



第三節


 それからの加賀は、猟で失敗することがなくなりました。きちんと飼い主に手渡すことはもちろん、時には人間に頼らず、加賀だけで獲物を獲ってくることもありました。これには、飼い主の先生たちもびっくりです。優れた猟犬は、時々こうやって、勝手に獲物を仕留めることがあるのです。

 あまりにも加賀が優秀なものですから、先生が猟に飽きてしまったくらいです。

 今となっては、少年一人だけが、加賀のお伴です。

 加賀の評判は、いつしか村を越えて広がっていきました。


 

 しかしです。時期を同じくして、困ったことが起きました。

 評判を聞いた村人たちが、加賀に餌付けをするようになったのです。

 村人たちはニワトリやアヒル、それにウサギといった家畜を飼っていました。家族のご飯や、売り物にするための家畜ですが、村人たちは面白半分に、肉の余り物を加賀に与えるのです。具体的には、頭や足の切れ端です。もちろん、それらは全てなまのままです。

 当然ですが、これはいけないことです。猟犬とは言っても、犬の加賀に家畜と野生動物の区別はつきません。

 いえ、厳密に言えば区別はついているのですが、人の物を盗ってはいけないと、いう人間のルールを、加賀は理解していないのです。加賀にとっては、捕まえやすいかどうかだけが重要なのです。


「もううちの犬に、餌をやらないでくれ。その内、大変なことになるぞ」


 嫌な予感がした先生は、村人に餌付けをやめるよう頼みました。


「ハハハ。先生は大袈裟だなあ」


 残念なことに、村人たちは聞く耳を持ちません。

 先生が心配した通り、事件はすぐに起こりました……。


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