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加賀 ~ある紀州犬の物語~  作者: 橘 正巳
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第二章 初猟

第一節


 次の日です。

 先生と少年が連れだって、山を歩いていました。

 肩に空気銃を担いだ先生は、意気揚々と先陣を切っています。

 

 ちなみに、空気銃といっても、決して玩具おもちゃではありません。空気の力で鉛の弾を撃ち出す、れっきとした鉄砲のことです。火薬こそは使いませんが、小鳥くらいなら楽に撃ち殺せる凶器です。

 現代ではこういった物で鳥を撃つには、色々な免許が必要になります。ですが、この時代では厳しく言う人はいませんでした。

 

 普段は朝早くから、あちこちをほっつき歩いている加賀でしたが、この日に限っては違います。少年と先生の後ろを、大人しく着いて行く加賀の姿が、そこにりました。

 これは、昨晩の先生たちの会話が、加賀の耳に入っていたせいです。決して、加賀は人の会話を理解できるわけではありません。ただ、さすがに自分の名前くらいは分かるので、何となく自分に用があるのだろうと察していたのです。

 

 山を突き進む先生たちですが、一向に獲物に出くわしません。


「見つからないな」


 先生が言います。


「見つからないね」


 少年が相槌を打った、その時です。


「しっ!」


 先生が、人差し指を口に当てました。


「な、何?」


 少年が驚いて、小声で聞きます。


「あそこを見ろ」


 木の枝を指し示して、先生が答えます。

 木の枝には、一羽の鳥――ヤマバトがとまっていました。



第二節


 ヤマバトとは、私たちが公園で見かけるハトの仲間です。特に〝キジバト〟と言う種類のハトを、ヤマバトと呼ぶことがあるのです。一般的でこそありませんが、現代でも時々食べられている、美味しい食材でもあります。

 先生に促されて、少年はもちろん、犬の加賀でさえもヤマバトの姿を見つけました。

 

 それにしても、少年はともかく、犬の加賀が理解できたのは不思議です。

 これはひとえに、血筋によるものです。

 加賀の母親は、それはそれは優秀な猟犬でした。犬の資質というものは、母親にるところが大きいのです。ですから、加賀にとっては人間の狩猟に呼吸を合わることは、朝飯前だったのです。これは最早、本能と言っていいお話です。

 

 先生が空気銃を構えて、ヤマバトに照準を合わせます。

 〝ポンッ〟と軽い発射音がして、弾がヤマバトに命中します。ヤマバトは力を失って、あっけなく地面に落ちました。

 落ちたヤマバトに向かって、加賀が全力で走っていきます。

 

 ところがです。


「こらーっ!」


 ヤマバトに跳びかかった加賀を見て、先生が怒鳴ります。

 落ちたヤマバトを、加賀は物凄い勢いで食べ始めてしまったのです。


「この大馬鹿野郎!」


 先生が履いていた下駄で、加賀の頭を思い切り叩きます。


「きゃいん!」


 大きな悲鳴を上げて、加賀はその場を逃げ出しました。

 こうして、加賀の初めての猟は散々な結果に終わりました。



第三節


 先生にしこたま殴られて、加賀は頭にタンコブを作ってしまいました。

 加賀はそのまま、トボトボと山を歩いています。

 殴られたばかりの加賀は、家に帰る気になれません。

 今日の出来事は、加賀にとって訳の分らないことだらけです。

 今までは、人間から食べ物を貰うだけの加賀です。自分から人間に食べ物を持って行くという発想が、加賀にはどうしても出来なかったのです。


――いったい何が悪かったのだろう?


 考えれば考えるほど、加賀はイライラしてしまいます。

 そんな加賀の前に、動物が一匹飛び出してきました。

 果たして、出てきた動物はタヌキです。ムシャクシャしいる加賀にとって、これは丁度いい遊び相手です。

 加賀は散々タヌキを追いかけまわして、一日を潰すことにしました。

 走り回っている内に気分もすっきりしたので、加賀は家に帰ることにしました。

 

 その日の夜です。


「あんなに叩きのめされて、加賀のやつ、ちゃんと帰ってくるのかな?」


 少年が不安そうに、加賀の犬小屋を覗きます。

 犬小屋の中では、グーグーいびきを立てて、加賀が寝ていました。


「よかった……」


 少年が胸を撫で下ろして、その日は終わりました。


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