幕間―アラン―(旧 拍手SS)
時系列は、本編2「嫁入道中」の前になります。
ネイサンの妻となった女性を迎えに、クレイトンへ向かうアランの気は重かった。
あの厳格を絵に描いたようなレディ・ベアトリクスがまとめた縁談。口でこそああ卑下するようなことを言っていたが、伯爵家に迎え入れるからにはそれなりに合格点を取っているのだろう。
優等生的なのか、それとも御しやすさで何も考えていないお嬢様か……なんにせよ、色々な意味で期待できそうにない。
しかもレディ本人は全ての手間をアランに押し付け、不在ときた。鬱々としたまま向かったクレイトン男爵家――まさかお嬢様直々に玄関を開けて迎えられるとは最初から予想外だった。
色の薄い娘、というのが最初の印象。喪服の黒がなければ空気に溶けてしまいそうな髪、肌、瞳。アランの知る「貴族令嬢」とはどこか異なる、棘や警戒心のない雰囲気に毒気を抜かれる。
こちらの身を明かすと来訪の目的を瞬時に理解して、少し困った笑顔を見せた……確かに、前当主が亡くなってまだ間もない。「待っていました」と言わんばかりの速さで迎えに来たのだから、当惑も当然だろう。
「お嬢さまーぁ、これも持って行ってくださーい」
「これもっ、僕のも!」
招き入れられて中に入ろうとした時、遠くからかけられた声に振り返ればカゴを持った中年の婦人と、その子どもらしい五、六歳くらいの男の子が走り寄って来た。
「マーサ。ジャックも」
「少しばかりですがね、蜜煮です。向こうはまだ寒いって聞きますし」
「僕ね、絵、かいたの!」
顔を見ただけで領民の名前が出てくるのか。まずそこに驚いた。確かに規模は大きくない領地だが、それにしても、だ。
どうやら別れの品を持って来たらしい。エプロンで目頭を押さえながら礼の言葉を受け取る婦人と、いつ行くのか本当に行くのかやっぱり行っちゃ嫌だと駄々をこねる子ども。領主と領民の親しさを表すその光景は、決してウォーレス領では見ることができないものだ。
何とは無しに眺めていると、涙目の子どもと目があった。
「……お兄ちゃんが、ステラお姉ちゃんの『だんなさま』って人?」
「おや。違うよ、俺はお迎え役。『旦那様』はお仕事があるからね、ウォーレスで待ってる」
「なんで? お仕事なんかより、お姉ちゃんの方が大事でしょ」
両手を握りしめて顎にシワを寄せて。あどけない子どもの言葉は何よりも本質をついていて、苦笑する以外にない。
「こ、こら、お前。貴族様に向かってなんて口を」
「……ごめんなさい」
「いいんだよ、心配しただけだもんな。でも、怖いおじちゃんもいるから他では気をつけな」
「私からもお詫びを。ご温情に感謝いたします」
母子は名残惜しそうにしながら何度も振り返って帰って行った。渡されたカゴと絵を両手に持ち、彼らを見送る明るい琥珀色の瞳は、少し寂しそうに澄んでいる。そこには見慣れた『裏』というものの存在を感じない。
「すみません、落ち着かなくて。どうぞ中へ……」
「ステラ様、またこんなに――あら」
今度こそ屋敷へ入ろうとしたら、お仕着せを着た黒髪の侍女が両手に荷物を抱えて声をかけて来た。こちらを認めると一瞬眉をひそめ、手がふさがっていながらも綺麗な礼をする。
「ケリー」
「……今日は、川向こうの皆から餞別を預かってきました。置いてまいりましたら、お茶の支度を致します」
キツと挑戦的な目を向けられて、胸の奥がざわつく――どうやら『奥方様』という人は、領民にも侍女にも愛されているようだ。
……もしかしたら。こんな人なら、きっとあいつにも届くんじゃないだろうか。
すっかり頑なになった従兄弟を思い出して、アランは家内に一歩を踏み入れた。




