波乱のハロウィン 5
5話目。
事件は加速する。そして特異なジャック・オ・ランタンは、隠された力を発揮する。
魔界警察署は火に包まれていた。迫り来る炎にルカは防御魔法を発動させる。
「どういうこと?」
「あるジャック・オ・ランタンがたった一人で襲撃してきたんだ。この炎、俺たち悪魔にとってきつい。恐らく盗まれた煉獄の炎のランタンだ。悪魔連中やアンデッド達は建物の外へ避難してる。今、魔法使いや死神、半吸血鬼連中が頑張ってくれてるが数が足りない」
既にサリエルが他の魔法使い達と協力して拘束された者達や職員達を逃がしていた。ルカ達に気づくと再びそこに加わった。
「来た瞬間これだ。あらかた避難させたが、まだ中にいる。私はこのまま行くつもりだ。ルカ達はどうする?」
「勿論、行くよ」
「……うっ、ぅあああああ!!」
エイミーが苦しんでうずくまる。煉獄の炎がどうやらエイミーのような下級悪魔には耐えられないらしい。それをセーレが抱える。ここは任せて行ってくれ、とサリエルが言うとセーレはすぐに炎より遠くへ運ぶために空間から飛んで離脱した。
ルカは落ち着いて炎を防ぎつつ魔法で消火を試みている。煉獄の炎は魔法で消火しにくくなかなか消えてくれない。
「“止まれ”」
サリエルが低く呟く。カッと前方が赤く光ると蠢いていた炎がまるでそのまま固まったように動きを止めた。
「行くぞ。暫くこの区画の動きを止めた」
「ほんと、その力便利だよね。炎や魔法でさえ動きを止めるんだから」
「いや、魂やそのエネルギー源である魔力や生命力だけだ。止まるということは、そういうことだ」
動きを止めた炎は熱くなく、また、建物が燃えているなんてことはなかった。もしかしたら、この炎は誰かの魔力でできた炎なのかもしれない。厄介な能力を持つ悪魔やアンデッドなどの再誕者を寄せ付けないための見せかけの炎が煉獄の炎にコーティングされているのだろうか。一体誰が?
「拘束されたジャック達は大丈夫かな。逃げていればいいけれど」
「取り残されていても助ける。それだけだ」
サリエルの言葉に頷いて警察署内を走り抜ける。襲いかかる炎はサリエルが魔眼で止める。ヴァンは教会で覚えた匂いを辿って海賊ジャック・オ・ランタンを追う。
廊下の釣り看板には“この先、勾留室”とある。鼻をスンスンと鳴らしながらヴァンは気づく。
「ジャックがまだいる!」
ジャックが海賊ジャック・オ・ランタンと一緒にいるのだろうか。ジャックが自ら悪人につくなんてことはない。彼は悪と戦う筈だ。彼には守るべき者がいるのだから。ただ一人の守るべき者のために、彼にまた会うために、悪と戦う者だというのを自分達は知っている。
最下部の勾留室前についた。炎を止めて勾留室の鉄格子を開けて奥を目指す。奥は赤々と燃える炎が渦巻いている。
「いた」
奥で二つの黒い影が炎の撃ち合いをしている。カブ頭が二つ。燕尾服のカブ頭がジャック、海賊服のカブ頭が海賊ジャック・オ・ランタンだ。手には煉獄の炎のランタンを掲げ操っている。
「お前、何故そんな力がありながら誰にもつかない!? 俺とお前の力さえあればこの世の全てを奪える!!」
「私は既にお仕えしてる方がいます。それに悪人につく気は更々ないので。炎に焼かれて改心しなさい」
「チッ! 気に入らねぇな。……俺は世界の全てを奪う! イグニッション!!」
いつの間にか握られていた拳銃から炎の銃弾が発射される。ジャックはそれを落ち着いて炎で防ぐ。ルカ達もジャックに加勢すべく戦場へ雪崩れ込んだ。
「防げ!」
「そのランタン、返してもらうぞ!」
「ジャック、無事!?」
「何故ここにいるんですか!? 危険ですからすぐに逃げてください!!」
仲間の出現に驚くカブ頭二つ。しかし、すぐに海賊ジャック・オ・ランタンはルカに拳銃の狙いをつける。邪魔者が入ったと思ったのか、それとも、ジャックが言った仕えている主だと思ったのか。それに気づくルカは防御魔法を展開する。
撃たれた炎の弾丸は魔法により弾かれる。ルカの後ろからサリエルが飛び出し鎌を振りかざす。死角からヴァンが体を霧状にさせて回り込み、能力で作った剣を後ろから突き刺しにかかる。
「イグニッション!」
海賊ジャック・オ・ランタンも負けず、体から炎を吹き出させその圧力で二人を退ける。その炎に二人は思わず飛び退いてしまう。
これでは近づいて攻撃できない。
「厄介だな」
「近づけば炎、遠ざかれば飛び火。水でもぶっかけちゃった方がいいんじゃないかな?」
悔しそうに二人が言う。
ルカが水を呼び込む魔法をかけようと呪文を唱えようとするが、その前にスッと手が伸ばされた。
ジャックがルカを制するように前に出ている。
「申し訳ありません。少々、遊びすぎてご心配をお掛けしました。ルカ、サリエル、ヴァン、これは私の仕事です。貴女方の手助けはとても嬉しいです。しかし、彼の目当てはこの私ですから。……そろそろ反撃開始といきましょう」
「ジャック?」
「……大丈夫ですよ。だから、そこで見守っていてください。あの方に私は今回の活躍を報告しないといけませんから」
彼はゆっくりと海賊ジャック・オ・ランタンに近づいていく。それをルカは止めなかった。サリエルとヴァンも武器を下ろした。
彼は本気だった。多分、ジャックはあいつに勝つ、とルカ達は思った。カブの切れ目から見えた、普段見えない筈の魔法で消していた瞳が光っていたのだ。いつも見えないように消してる分の魔力も全て使い、彼の全魔力を以て敵を焼くつもりだ。
「そうね。いってらっしゃい、ジャック」
その反撃は静かに始まった。
「やっとかぁ?」
「ええ。そろそろ終わらせましょう。流石にもう家に戻りたいので」
ジャックに炎が集まっている。渦を巻くように遠くから集まってきた炎に海賊の方もよくないことが起こりそうだと気づいたようだ。拳銃をジャックに向けて撃つ。
それを集まった炎の壁が受け止めて吸収する。いくら撃っても、その弾丸はジャックには届かない。
「私には“ウィル・オ・ウィスプ”の他にもう一つ炎の技を持っています。“ウィル・オ・ウィスプ”は燃えるもの全てを燃やします。しかし、もう一つの炎は違う。私が燃えると念ずれば絶対に燃えない不燃物をも燃やし、燃えないと思えば可燃物でも燃やさない。これがどういう意味か、分かりますか?」
「…………おい、待てよ。お前、一体何を考えて」
「なら、教えてあげましょうか。私が貴方に対して行おうとしていることを」
気づけば炎は二人の周りを取り囲んでいた。炎の壁だ。ジャックの一声だけで自分が燃やされる。そう海賊のジャックは思った。阻止しようと反撃するが、やはり彼の炎はジャックの炎に阻まれる。
「い、イグニッション!! うおおおおおおおお!!」
炎を全身から吹き出させ、更に煉獄の炎さえも操り、炎の壁を壊しにかかるが、それは弾丸と同じで無意味だった。
「悔いて、喰いて、そして燃えろ。“イグニス・ファトゥス”」
海賊のジャックは炎に呑まれた。耳をつんざく絶叫が辺りに響いた。今までの道のりにあった炎が全てが彼を食らうために集まり、勾留室を照らしていた。
次回、波乱のハロウィン編、エピローグへ。
また明日。