表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか陛下に愛を 小話集  作者: 朝野りょう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/42

王妃の肖像(後編)

 一時間ほどが過ぎ、私と陛下のモデルはいったん終了となった。これから毎日のようにモデルをすることになるのだそう。私が部屋を去り際に、画家レブロは興奮気味に「必ずやご期待に沿える絵を制作してみせます」と言ってくれたが、異様に疲れ果ていたため頑張って作った笑顔で「楽しみにしています」とだけ返した。

 その後、気づいたら陛下と一緒に王宮奥へと戻っていた。座っているだけなのに本当に疲れたのだ。


「あーーーーーーっ、もうっ、陛下のせいで陛下の膝に座る構図になっちゃったじゃない!」


 部屋に戻るなり、私は陛下に不満をぶちまけた。せっかく陛下を巻き込んだのに、全部無駄になってしまったのだから。

 女官に儀式用の衣装の上着を脱がせてもらい、私はボスッと勢いよくソファのクッションに向けて倒れこんだ。


「そなたは余と並んで描かれたかったのか?」


 そんな私の身体を軽々と持ち上げてから陛下はソファに腰を下ろす。私は陛下の膝の上。といっても、さっきの絵のモデルの時とは違って横抱きにされた状態なので、両足とも座面に投げ出しただらしない恰好である。私室だから気取る必要はないし、もう儀式用の衣装が乱れても全然かまわない。


「そうよ。立って全身の絵姿にしたかったのよ。だって、そうすれば顔が小さく描かれるでしょ?」

「肖像画のサイズは変わるやもしれぬが、顔の大きさは座った場合とさほど変わるまい」

「肖像画はそうでも、配布用の絵姿は絶対小さくなる。元の画が大きければ大きいほど特定の大きさに縮めたら各部位は小さくなるわ」

「そのために余との肖像にしたのか? たかだか配布用の絵姿に描かれる顔を少しばかり小さくするだけのために」


 陛下は呆れた様子だったが。無表情な陛下が、画家の前でくつろいでいるように見せていたのに、今みたいに気分を漏れさせてはいなかったことに気づいた。アップで見ても、さっきと今で表情に差はないと思う。何が違うんだろ。

 私は陛下の演技力というか無表情レベル調整力に感心しながら答えた。


「そうよ、おかしい? 陛下にとっては少しでも、私には大きな違いなの! これでも一生懸命考えたのよ。陛下と違って、私は自分の顔があちこちに置かれるのってすごく恥ずかしいことなの。顔がわからないくらい小さければ大丈夫だと思ったのに…。あんなに真剣な顔で描く様子を見たら、私の顔は小さく描いて、なんて言い出せなかったのよね。地方の神殿の片隅にひっそり置かれるくらいならいいかしら。あー……失敗したわ」

「絵姿くらいかまわぬではないか。ヴィルフレドも会話ができるようになれば肖像画を描かせねばならぬ。そなたも此度だけではない」

「肖像画は陛下とヴィルだけでいいんじゃない? 私はこの一枚だけでいいわ」

「この国のために、国王一家の肖像は定期的に描かせる必要があるのだ」

「でも…………まぁ、ヴィルと一緒の肖像画なら、仕方ないわねぇ」


 私は小さくため息をついて、陛下の襟に手を伸ばし首元を少し緩めた。私と同じようにマントと上着は脱いでいるけど、儀礼用衣装である陛下の首は大きな宝石で留められたタイで息苦しそうだったから。

 で、当然のようにソファに押し倒されてしまう。

 まだ明るい昼間だし、パスで。すっごく疲れているのでこれ以上体力を削ぐようなことはナシでお願いしたい。


「もうすぐヴィルが戻ってくるわ。陛下も着替えて執務室に戻らないと、でしょ?」


 返事がない。無表情で圧かけてきても無駄です、陛下。パスは、パスです。全然いい雰囲気なんかじゃないから。陛下が上から無表情でゆっくり迫ってくるのを、手で押し返す。そりゃ、押し返せてはいないけど、同意しないことは目でも態度でもはっきり伝える。

 ところが、はっと気づくと、女官達が部屋から消えようとしていた。まずい。


「リリアっ、着替えるから手伝ってちょうだい。この服は儀礼用ドレスだから脱ぐの大変だから、ね? ね? ね?」


 慌てて侍女リリアに声をかけるが。

 リリアを含め女官達はにっこり満面の笑顔で丁寧な礼を私(と陛下)にとった後、すみやかに部屋を出ていってしまった。こういう時は私の味方してほしいのに!

 部屋には私と陛下が取り残され、無表情のくせになんだか上機嫌な陛下を、私は止めることはできないのだった。



 ー*ー ー*- ー*ー ー*ー ー*- ー*ー



 しばらして、王アルフレドは王妃の文句を背中で聞きながら王宮奥を後にした。執務室に戻った王は至極上機嫌であった。


「肖像画の完成はいつ頃になるか?」


 王の問いかけに執務室に控えていた官吏が答える。


「半年後に完成する予定ですが、芸術家の予定はあてになりませんので一年後くらいを想定すべきかと」

「では、その頃に各国の要人を招待して肖像画の披露をせねばならぬな」


 王アルフレドはわずかに口元を緩めた。非常に稀有な陛下の様子に、宰相は驚きながら尋ねた。


「いかにも陛下と王妃様の肖像画にふさわしい披露の場を設ける所存でございますが、陛下には何かお考えが?」

「ナファフィステアは肖像画が披露されるとは知らぬようだ。それを知れば、肖像画を描かせないようにするやもしれぬ」


 アルフレドは王宮奥に戻ったナファフィステアの言葉から、彼女が自身の姿をよく思っていないことを感じた。卑下しているというほどではないにしても、自分の顔が大きいことを気にしているのは間違いない。そして、彼女の中には肖像画が鑑賞用の絵画程度の認識しかなく、人々がその肖像画の人物を敬うための偶像という概念が全くないということも。

 ナファフィステアが自分一人の肖像画は拒否するが、王と一緒であればかまわないと言い、彼女からの嘆願も届けられた。王妃のみの肖像は嫌だという彼女の意図はわかりかねたが、アルフレドにとって国王夫妻の肖像画を描かせるには都合のいいタイミングであった。

 王妃の人気が沸騰しており、先におこった王家の神殿の不祥事が王家への不信を抱かせ他国の付け入る隙となる事態を防いでいる。隙どころか王都は近年にない活況となっているため、近隣諸国に見せつけるには良いころ合いだ。

 アルフレドとしては、数年後に行う息子ヴィルフレドの王太子宣儀により各国へ誇示しようと考えていた。だか、国王夫妻の肖像画を制作するのであれば、考えていたより時期は早いが他国をけん制する好機となるだろう。

 そうした考えのもと、王は王妃の嘆願をすみやかに受け入れた。

 すぐさま画家が選出され、肖像画のモデルとなる時間が公務に組み込まれるなど準備が進められた。もちろん肖像画の制作だけでなく、複製画制作についても王妃だけでなく国王夫妻となったため計画が練りなおされた。

 王妃の肖像画であれば諸外国を招いての大々的な披露とはならなかったであろうに。王妃ナファフィステアが顔を小さく描かせるためだけに王との肖像画を選択したはずが、彼女が一番望んでいない展開になろうとしていることに、アルフレドは内から湧き上がる笑いを消しきれなかったのである。彼女は地方のどこかでひっそりと飾られ、観覧者が少ないことを望んでいたに違いない。しかし、制作されるのは世界でも稀な黒髪の王妃をもつ国王夫妻の肖像画となるのだ。その複製画は近隣諸国のみならず遠い国へも伝わるだろう。そのことにナファフィステアがいつ気づくのか。

 アルフレド自身も己が笑みを浮かべていると考える暇もないほど、それは彼を笑わせ続けたのだった。


「では、王妃様には肖像画の披露については制作が終わるまで秘密になさるのがよいかもしれませんな。王妃様には謎の行動力がおありですから、何をなさるか見当もつきませんので」

「そうするがよい」


 執務室は王の笑みに大いに感動を覚えたが、誰も口に出したりはしなかった。そんなことを言おうものなら、陛下は即座にいつもどおりに戻ってしまうとわかっていたからだ。

 王の顔に笑みを浮かべさせた事柄が何かは誰にもわからなかったが、王妃とともに肖像画のモデルとなった後の王宮奥での出来事であることは間違いない。画家達との時間は王妃がポーズに文句を言っていたくらいで特に問題は起きていないとの報告があった。そのため、王宮奥にて起こったことが陛下の笑みの原因と推察される。

 しかし、それを探るのは容易ではない。王宮奥での出来事は外に漏れないからである。王宮奥の女官達は口が堅い。王宮官吏内でもエリートな執務官吏相手だとしても簡単に口を割ることはないのだ。しかし、王宮奥でとなれば、おそらく王妃が何かしらしでかしたに違いない。王は息子のヴィルフレドをかわいがっているが、まだ言葉もほとんど話せないほど幼い。息子の何かが陛下を思わず笑わせる要因となった可能性はあるが、王妃がとんでもないことをしでかして陛下を笑わせたと考える方が妥当である。

 宰相の言葉の通り、王妃はたまに考えられないことをする、と執務室の面々は認識を一致していた。先の王家守護神殿での事件では王妃の活躍により王が救われたと何となく理解はしているものの、尊敬に値する素晴らしい人物とはならないのが王妃である。王が寵愛する不可思議な存在であり、国民の人気も非常に高いが、特殊な才能があるでなく知的であるともいえず凡庸でしかない。確かに世にも珍しい黒髪黒目であるため非常に特殊ではあるが、子供のような体形により美しい容姿とは形容しがたい。王に寵愛されている、ただその一点において唯一の存在たりえている。王妃は誰からも尊敬される高貴な女性であってほしいと願う執務室の人々の希望をことごとく打ち砕く存在。それが王妃ナファフィステアだった。

 そういう女性だからこそ何かしらやらかして陛下を笑わせることができるのだろうが、それを理解したとしても彼等の思い描く理想の王妃像には程遠く、官吏達を納得させられるものではない。王妃が何をしでかしたとしても、問題が起こらなかったのであれば…。

 陛下が浮かべた笑みに喜びを感じながら、その笑みの理由には目をつぶる官吏達であった。


 王妃ナファフィステアが執務室へ肖像画の披露会について陛下に猛抗議しに乗り込んでくるのは、それから一年近く後のことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誤字などありましたらぜひ拍手ボタンでお知らせくださいませ。m(_ _)m
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! 大好きなお話なので嬉しいです!
更新ありがとうございます 今でも時々読み返してるシリーズなのでとても嬉しいです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ