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いつか陛下に愛を 小話集  作者: 朝野りょう


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それぞれの王妃の出産(2)

複数話投稿です。お気をつけください。

 数年前のこと。

 宰相トルーセンスは妃が7人、入れ替わった妃も数えれば9人もいたというのに誰一人として現王の子を妊娠しないのを疑問に思っていた。

 現王だけでなく数代前の王の時代から妃の妊娠数はゆるやかな減少傾向にあった。流産や死産、不慮の事故や病などによる幼少期の死亡もあり、成人する王族の人数は二人程度という時代が長く続いているのは確かである。だが、これほど妊娠する妃が少なくはなかったのだ。

 しかし、王家が長く続いている国では徐々に産まれる王子王女の人数は減じていく傾向にあると世に知られており、周辺国の中でも比較的長く続いている自国が同じ経過を辿るのは自然なことと考えられていた。王族の血とはそういうものだと、そうして王家の血が絶え国が消滅するのは逃れられない自然の摂理なのだと。


 だが、果たしてそうなのだろうか?

 後宮内部に、または王宮内部に、妃の妊娠を妨げる要因があるのではないのか。

 宰相トルーセンスはそう考えた。現状に納得できなかったのである。

 そこで、トルーセンスは信頼できる家の娘を侍女として後宮へ送り込んだ。そして、就ていた妃に診察するのは女医でなければ嫌だと主張させたのである。女性医師がいなかった王宮医へ、どこの貴族家とも関わりのない医師を紛れ込ませるために。


 女性は子供を産み育てることを最重要視されるため、高度な教育を受ける機会のある女性は少ない。医術学校に通う貴族娘などほとんどいないのが実情である。上位貴族家でも推薦できそうな女性医師をみつけるのは容易なことではない。トルーセンスはそこに目をつけたのだ。

 そうして急遽王宮医として登用した女医は二人。その一人が地方神殿出身の平民である女医ベリンだった。

 王宮医部は貴族の血筋の女性ではまだ経験の浅い医師を一人しか見つけられず、しぶしぶ宰相トルーセンスが推薦するベリンを王宮医として採用したのだった。


 潜り込ませた侍女や女医二人に付けた助手から宰相トルーセンスは上位貴族家の圧力により王宮医が妃の不妊、体調不良に関与していたことをつきとめた。しかし、後宮では王妃をめぐる妃間・貴族家間の争いがエスカレートしていたため、妃の暗殺未遂や貴族家同士の勢力争いのための謀計など上位貴族家取り潰しが人々の話題を独占。処罰された王宮医の件は単に個人的な問題として処理され、王宮医の選出改革にまで踏み込むことはできなかった。

 依然として上位貴族家と王宮医は密な関係にあり、同じことが繰り返される可能性はあった。

 だが、上位貴族家の処罰により貴族家の勢力図が変わり、王宮医達も処罰者が出た事で警戒してしばらくは事を起こしたりはしないであろう。早急に後宮の妃を一新し、妃の侍女や王宮医達に目を光らせ、妃が懐妊しやすい環境を整えるべきと宰相トルーセンスおよび王の側近達は望んだのだが。


 王は新しく妃を迎えようとはしなかった。格別ナファフィステア妃を気に入っていたというのが大きな理由だが、妃の人数は王族出生数にさほど影響しないのではないかという見方がでてきたためである。


 そんな中、女医ベリンがナファフィステアの担当だったのは宰相トルーセンスが望んだためではない。王がそれを望んだわけでもなく。単に、どの王宮医もナファフィステアを担当したがらなかっただけのこと。

 ナファフィステアの未発達で特異な身体は治療等の処置が難しいと王宮医達には敬遠されていた。それに加え、上位貴族家でナファフィステアの存在を快く思っている家などなく、担当すれば後援貴族家に対して居心地の悪い思いをするのは必須であるのだから、遠からず後宮を去るだろう妃の担当をしたいなどと思う王宮医などおらず。

 結局、庶民であるために王宮医部では地位が一番低く、また、どの妃にも診るのを拒否され暇だった女医ベリンにナファフィステア妃の担当を押し付けた、というわけである。


 妃がナファフィステア一人になり、人事を刷新した王宮医部の新しい王宮医長は女医ベリンから他の王宮医へと担当を変えようとしたが。ナファフィステア妃本人に拒否されてしまった。ずっと診てくれている女医ベリンがいいと主張し、王はその妃の願いを受け王宮医部にナファフィステア妃の担当医を女医ベリンとするよう命じたのである。その命令は、一番地位の低い女医ベリンを王宮医部内で微妙な立場にした。

 女医ベリンに対して嫌がらせや無視などあからさまに行われるようになったのだ。庶民と見下し無視するのは最初からだったが、必要な薬や医具が喪失するなどが頻発する事態には女医ベリンもうんざりするほどで。

 事情を察した妃付き事務官吏ユーロウスによって女医ベリンへの薬や医具などの手配ルートが別に用意された。そうする事で、事務官吏や妃付き女官達と女医ベリンの繋がりはますます強くなっていった。


 そんな王宮医部に対し、宰相トルーセンスは苛立ちを隠さなかった。自分が推薦した女医ベリンを蔑ろにしたなどという理由ではない。新しくなった王宮医部内では小競り合いが発生しており、上位貴族家へのアピール合戦の真っ最中だったのだ。妃ナファフィステアの信頼を得ようとするのでも、王への献身を見せるでもなく。


 宰相トルーセンスは、美しさの欠片もない気品もまるで感じさせない醜いナファフィステア妃が好きではなかった。王の妃は美しく知的で優雅で、世の人々から羨望の眼差しを向けられる存在であるべきだと考えていたのだ。そうでなければ王の隣にはふさわしくない、と。王がナファフィステア妃を寵愛するのは一時の気まぐれであり、王妃を選ぶときには目を覚ましてくださるに違いないと切望していた。

 だが、その願い虚しく王はナファフィステア妃にのめり込む一方で。

 ついにはナファフィステア妃自身の口から妊娠が告げられ、王妃となることが確定してしまった。


 宰相トルーセンスにとって世継ぎ誕生は非常に喜ばしい情報だったが、ナファフィステアが王妃となることは受け止め難い事であった。王宮医達が後宮の妃達に不妊処方などしていなければ、こんな妃を王妃にする必要はなかった。調査のために女医ベリンを王宮医とした事でナファフィステアが王宮医の魔の手から逃れられたのは宰相トルーセンスの手柄ではあったが、そんな事はかけらも望んでなどいなかったのだ。王に溺愛されているナファフィステアをこそ王宮医は不妊処方すべきだったのに無能者どもが、とすら思っていた。



 そんなある日、宰相トルーセンスは王とナファフィステア妃が庭園にいるのを見つけた。

 王が忙しい執務の合間のわずかな空き時間に黒髪の妃の元へと足を向けるのはそう長くはないはずだと、その片鱗を探そうと二人の様子を眺めていたのだが。

 トルーセンスの目に映っていたのは、夕陽の中で穏やかな表情の王と、その腕の中でオレンジに染まる世界でほんのりと緑の光を放つナファフィステア妃の姿だった。

 彼女の放つ緑の光が何を意味するのか。

 王家の守護者は緑の光を放つ、それは通常の人には見えぬものだがまれに見える人がいる。その見えるものの多くは、死を間近にした者……。

 そうした言い伝えを知っていた宰相トルーセンスは、自分の死期を悟った。もう長くはないのだと。


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