それぞれの王妃の出産(1)
王宮奥の廊下では静かな混乱が渦巻いていた。
「そこを退けっ。我々は王宮医だぞっ!?」
そう声を荒げ憤然としているのは王宮医と助手の五名。そして、その前に立ちはだかるのは王妃付き騎士達だ。
両者が睨み合っているのは王宮奥に入った廊下である。王宮医達が目指すのは廊下の先にある王妃の部屋であり、そこには陣痛のはじまった王妃が彼等の到着を今か今かと待っているはずなのだが。
にもかかわらず、王妃付き騎士達に行く手を阻まれているのだから、王宮医達の憤慨も当然というものだろう。
世継ぎが誕生しようかという今この時。王妃付き騎士達は王宮奥のとりわけ王妃の住居部を包囲し、厳重警戒態勢をしいているのはよいとして。王の診察をも行う王宮医長を含む王宮医達をまるで不審者とでもいわんばかりに、王妃付き騎士達は彼等の前を塞いでいた。
一体何故なのか。
それは、まさしく王宮医達を不審者とみなしていたからである。王の診察や治療を行う王宮医だというのに。
「貴様ら、我々を邪魔するとはどういうことか、わかっているのか!? 国王陛下のお子に何かあったらどうするかっ!! 国の大事、お前達の首くらいで済む問題ではないのだぞっ」
王宮医長は精一杯声を張り上げ恫喝した。が、騎士ボルグは表情すら変えることなく静かに王宮医達を見据えるのみ。居並ぶ他の騎士達も内心はどうあれ騎士ボルグにならい、王宮医達やこの辺り一帯への警戒を続けていた。
この時点で王妃付き騎士達には王あるいは王妃から王宮医を近づけさせないようにとの命令が下っていたわけではない。この行動は隊長である騎士ボルグの指示によるものでボルグの独断だった。そのため、騎士達には王宮医長の言葉が正しいとわかっていた。苦しんでいる王妃の元へ向かう王宮医長の到着を遅らせた罪で処罰を受ける可能性があると知っていた。
だが。
王妃付き騎士隊の存在意義は王妃の命を守ること。そして王の判断を仰がずとも騎士ボルグがその命に対して絶対忠義であるとは隊内の誰もが認めるところであり。今回の騎士ボルグの指示が王妃の命を守るために下されたことは間違いない。それだけわかっていれば騎士達に迷う理由などなかった。
とはいえ、騎士達が騎士ボルグの行動にすぐさま従った理由はそれだけではない。王宮医長達が来るより随分前に、すでに王妃の元には王妃の担当医である女医ベリンとその助手達がかけつけていたのである。
女医ベリンは王宮医部では一番地位の低い人物ではあったが、そんなことは問題ではない。彼女は王妃が妃であった頃からずっと診てきた王宮医であり、彼女に対する王妃の信頼は厚い。そして、王妃が妃であった頃には全く見向きもしなかったのに、王妃となった途端に態度をあからさまに変えた王宮医達に対しては王妃の周辺の者達は良い印象を抱けるはずもなく。王妃がまた彼らをぞんざいに扱うものだから、王宮医部に対する印象は改善されず今日に至る。
そんな事情もあって、今頃のこのこやってきた王宮医達を阻むことに対し、王妃付き騎士達は毛の一筋ほどの躊躇もなかったのである。
「医師フラタスっ、すぐに陛下にこいつらの行為を伝えてこい! お世継ぎの命を危険にさらしている愚か者達だとなっ!」
「はいっ」
王宮医長に指名された王宮医は足早に王宮本宮へと戻っていった。騎士達の目から逃れられることに安堵しながら。
そして残された王宮医達は医師フラタスの背中を羨ましげに見送った。沈黙の緊迫あらわな騎士達を前にしていては、怒りよりも怯えを強く感じるようになっていたのである。騎士達は誰一人剣を抜いているわけでも威嚇しているわけでもなかったのだが。
身の危険を感じていたのは王宮医長も例外ではなく、さりとておめおめと引き下がることもできず。王に認められた王宮医トップであるとのプライドで騎士ボルグに対峙し続けた。
王妃の部屋では女医ベリンと助手達、そして女官達が世継ぎ出産に向けて緊張を高めている頃のことである。
さて、騎士ボルグが王宮医達を警戒するこの行動は彼一人の判断ではない。王妃付き事務部門などと連携した結果であった。
王妃付き騎士隊は王宮警護騎士団の中の一組織であり団内連携してはいるが、王妃の命を最優先とするためほぼ独立で行動する。団内の王付き騎士隊も似た存在ではあるが、王付き騎士隊が王宮警護騎士団内では最上位組織であるのに対して、王妃付き騎士隊はまだ新しい組織であるため団内での位置は確定しておらず、孤立しているともいえる。その孤立は、騎士ボルグをはじめ隊内騎士の多くが平民出身者であることも理由ではあるのだが。
孤立しているからといって王妃付き騎士隊が粗末な組織であったりはしない。王妃付き事務部門から王宮内の事情を実に詳細に知ることができたからである。
王妃付き事務官吏トップのユーロウスは前宰相トルーセンスの元で働いていた有能事務官吏である。ユーロウスを筆頭とする王妃付き事務官吏達は性格・人格はさておき、みな情報を集めることにかけては非常に優秀な人物ばかりであった。
事務官吏としては宰相執務部門から王付き執務部門へと登るのが出世コースであり、他の部門への異動は出世コースからの脱落とみなされる。中でも新設部門で政務に一切関わらないナファフィステア妃付き事務部門への異動は将来性なしと判断されたも同然で。ユーロウスも、当時は、その異動にひどく落胆していたものである。
だが、だからといって事務官吏ユーロウスの能力が発揮されないということにはならなかった。国王陛下から直接目が向けられ続けたからである。そして、ナファフィステア妃が王に溺愛され続けている間だけであるとしても、宰相の元で働いていた時とは違い、極一部の情報だけでなく、広範囲の情報を己の采配で収集できるのだ。それは政務を含む国内の状況を大きな意味で把握できるということであり、ユーロウスにとって非常におもしろい職務であった。ナファフィステア妃を主とすることには、多少の不満があったとしても。
そんな事務官吏ユーロウスが入手した情報に、王妃の出産に乗じて王妃を亡き者にしようと画策しそうな者が少なからずおり、その策の実行者が王宮医となる可能性が極めて高いというものがあった。
未発達な体格の王妃ナファフィステアには出産は難しいとの噂がまことしやかに流れている。確かにそれは事実ではあるのだが、妊娠の経過も良好であり世継ぎの誕生は間近であると喜びに沸いているというのに王妃に対する悲観的な声は小さくならない。まるで、世継ぎの誕生とともに王妃が命を落とすシナリオが現実となるのが当然とでもいうかのように。
ユーロウスはその噂は故意に流され続けていると考えていた。王宮医が加担すれば、それはいとも簡単に成し遂げられるのだ。
世継ぎは大事だが、異国出の王妃の存在は目障りな上位貴族家にとってこれほど絶好の機会はない。そして、王宮医と貴族家とは実に密な関係にあり、王宮医達の中には王妃の暗殺は『国のため』との大義のもと成されてしまう可能性があった。
王宮医となるには、通常、国内に数カ所ある裕福な者のみが学ぶ医術学校において優秀な成績を修めた者が推薦され、王宮医の試験を受けることができる。王宮医とは貴族出身者または上位貴族家の後援を受けた者で構成されており、王宮医部内ではどこの医術学校出身でどの上位貴族家後援のグループに所属しているかという派閥争いが絶えない。
そんな王宮医であるのだから、国内上位貴族家とのつながりは濃い。そして上位貴族家の後ろ盾をもたない王妃という今の状況で、王妃の存在が目障りなどこぞの貴族家が王宮医に秘密裏に王妃暗殺をほのめかしてもおかしくないとは容易に推測できるのである。
事務官吏ユーロウスの情報はそれだけではない。まだ後宮を閉じる前、王宮医が妃の不妊に関与していたという事実もあった。
その事実を暴いたのは前宰相トルーセンスであり、当時、トルーセンスの元で働いていた事務官吏ユーロウスはその事情をよく知っていた。もちろん件の王宮医も指示したであろう貴族家も処罰され王宮医内の人事も変わりはしたが、上位貴族家と王宮医部との関係は依然深く根深いまま。そのため現在の王宮医達も度合いは違えど皆警戒すべき対象と判断せざるを得なかった。
王宮医達を警戒するのはわかるとして、では女医ベリンとその助手達はどうなのか。
女医ベリンは王宮医部にあって上位貴族家との関わりを持たない唯一の人物だった。なぜなら、女医ベリンは前宰相トルーセンスが後宮内における王宮医達の罪を暴くために送り込んだ人物だったからである。




