10.邪竜様の城
はにかむように俯いた邪竜様の視線が、私の足元で止まった。
「靴」
「え? ああ……あの、どれも大きくて」
この部屋にあった靴は、どれも私には大きすぎるサイズだった。
いま履いている靴も踵が大きく余っている。ミュールなので何とか歩けるかなと思って、とりあえず足を入れたのだ。
「危ねえな、それじゃ転ぶぜ」
邪竜様が目を細め、右手で軽く指を鳴らした。
すると私の足元に、もう一足、別のミュールが出現した。
いま履いているのと同じデザインで、リボンの部分がドレスと色を合わせた淡いミントグリーンに変わってる。
「わっ!?」
「履いてみろ」
促されるまま、おそるおそる足をいれてみる。
新しい靴のサイズは、私の足にぴったりだった。
「て……手品、ですか?」
「いや、普通に俺が作った」
「普通? これ普通!?」
話を聞いて、驚いた。
彼、一度でも見たことがあったり、想像できるものなら「物体化できる」んだって!
「邪竜様って……神様なんですか?」
思わず訊くと、邪竜サマは真顔で首を横に振った。
「いや、俺は竜人だ。人間と同じで、いつかは死ぬ」
彼が言うには、「物質の具現化」には非常に気力を使う。だから一日に創りだせる品の数は限られていて、思うほど万能じゃないそうだ。
怪我や病気を治すことはできないし、死んだ人間を蘇らせることもできない。
そして、新たな命を創りだすこともできない。
「それでも、シンプルに凄すぎます……」
「人間から見りゃ、そうだろうな。大昔は竜人のことを神の化身とか言ってたらしいぜ。ま、今じゃ、すっかり絶縁状態だ」
人間と竜人が、そこそこ仲良くしてた時代もあるんだ。
生贄花嫁なんか捧げる風習は、長い時間の中で関係が拗れちゃった結果なのかな。
「いいから来いよ、案内する。俺の作った家だ!」
新しい靴に履き替えた私の手を嬉しそうに引き、邪竜様は広いお城の中を案内してくれた。
応接間もある。寝室もある。バスルームもある。
バンケットルームにボールルームまであったし、調度品も素敵なものばかり。
まさに貴族のお城。でも、誰もいない。
「どの部屋に入ってもいいし、何を使っても構わない。あと、人間たちが勝手に置いてった貢物も山ほどあるから自由にしろ」
「へえー……って、え、すごいんですけど!?」
広大な倉庫には膨大な数の『貢物』が乱雑に置かれ、いくつもの山を作っていた。
金銀の装飾品のほか、絹みたいな美しい生地、日用品まで。
何より――食料!
食料が、めちゃくちゃたくさんある!
「これだけの材料があれば、美味しいものが作れそう……」
山と積まれた食料の前で思わずつぶやくと、横で聞いていた邪竜様が意外そうに言った。
「お前、料理なんてするのか。ま、人間は食わなきゃ生きていけないもんな。じゃあ、こっちが厨房」
厨房は、いっそう不思議な空間だった。
全体的には中世ヨーロッパ的な古めかしい設備なんだけど、ところどころに妙に近代風の小道具――フライパンとか片手鍋とか――が混じっている。
……なんだろう、この違和感。
すべてが新品で綺麗なのに、時代考証がズレてる、みたいな。
邪竜様が妖精ちゃんたちを指さした。
「火や水を使いたいときは、こいつらに任せろ。お前たち、見せてやれ」
『ハーイ!!』
かわいい返事とともに、ひとりの妖精ちゃんが天井めがけて飛んだ。
途端にシャンデリアに灯りがともり、明るくなる。
『コッチモ見テー!』
別の妖精ちゃんが竈に飛び込むと、ボン! と大きな音をたてて赤い火が燃え上がった。
さらに別の妖精ちゃんは、傍に置かれた大きな甕の中へ。水音が湧きあがり、甕には見る間に澄んだ水が溢れた。
「ああ見えて自然の力を操る妖精たちだ。ただ遊んでるわけじゃないらしいぜ」
『ナンデモ言ッテネー!』
『手伝ウヨー!』
妖精ちゃんたちが声を揃える。
「よかったなお前たち、暇が紛れて」
邪竜様が言い、妖精ちゃんたちは嬉しそうに私に飛びついてきた。
何これ、めちゃくちゃ可愛い……!!
「ほかにも必要なものがあれば言えよ。俺に思いつかないものもあるだろうし」
「は……はい」
「好きなだけ、いていいぞ! 仕方ないからな!」
邪竜様が笑う。
仕方ない、という割に、その笑顔は、あんまり嬉しそうで――心に湧きあがりかけた違和感を押し流すには、じゅうぶんすぎるほどの威力だった。
「ありがとうございます。あらためまして、私、小川千花と申します。本日より邪竜様のお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします!」
採用のお礼に、深々と頭を下げる。
こうして私は、このアンバランスで不可思議な城の住人となったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!




