アルバイト初体験
食事時の緑岩亭はてんやわんやの忙しさであり、マリーもレテたちの相手をしているヒマはない様子であった。食事の準備が出来るまで時間がかかるようなのでレテはおフロを先に済ませることにした。
「気持ちよかったわ。やっぱりおフロは最高ね、今日の疲れが吹っ飛んでいくわ」
レテの頭の上にはいつものようにモラが気持ちよさそうに寝そべっている。男性三人はすでにテーブルに座っていた。
「男の人はおフロが早いわね。どんな入り方をしているか気になるわね。速すぎ、もっとゆっくりと疲れと取ったほうが良いわよ」
「長く湯船に浸かっているとのぼせるんだよね。何かコツがあるの、レテ」
ネアスはマリー特製のドリンクをちょびちょび飲んでいる。
「気持ちよく湯船に使っていれば良いだけよ。コツなんてないわ、しっかりと疲れを取らないと明日がツラいわよ」
レテもネアスの隣に座り食事の到着を待つ。
「ワシもフロは苦手なのじゃ。体を洗っておしまいじゃ、疲れは眠れば回復するから問題ないのじゃ」
ガーおじは今日思い出したことを頭に浮かべて整理していたがレテがおフロから上がってきたので話に加わる。
「個人の自由だけどもったいないとかな。モーチモテ博士のおかげでいつでも温かいおフロにはいれるようになったの、しっかりと堪能しないとね」
レテは丹念に石版を調べているデフォーを見る。彼は周囲の声には一切気を止めずに黙々と観察している。
「デフォーさんの集中力はすごい。何が書いてあるかも分からない石版をあそこまで調べる事が出来るなんて尊敬する」
ネアスは小声でレテに伝える。
「私とネアスで見つけた石版。初めての共同作業かな、重要な秘密が書いてあると嬉しいな。そうでしょ、ネアス」
「そうじゃったのか。ネアス殿は謙虚じゃな、レテ殿が一人で見つけたと聞いていたのじゃ。二人で見つけたのか、若いとは良いものじゃ」
「僕が転んだ近くにあっただけさ。見つけたのはレテだからウソはついていないよ。レテの観察眼はすごい」
ネアスは残念そうにガーおじに伝える。
「私は直感が鋭いのよ。なんとなく何かあるって感じるのよ。たまに外れるけど、精度はわるくないわよ」
レテはおフロに入ったので機嫌が良いようである。
「ほう、そういう経緯でしたか。参考にさせていただきます」
デフォーは話を聞いていたようで、石版を観察するのを止める。
「大事な事だったんですね。今度から気をつけます。デフォーさん」
ネアスは失敗してしまったと思って謝ってしまう。
「きちんと真実を伝えることも大事なことよ。自分がいなかったらレテも石版を見つけることは出来なかったってくらいは言ってもダイジョブ、ダイジョブ」
レテはネアスを励ましてあげる。食事はなかなか到着しない。
「今日は混んでいるみたいだ。僕も何か手伝えることがあるかな、マリーさんに聞いてくるよ。みんなはここで待っていると良い」
ネアスは厨房に向かって歩いていく。マリーと話をした後、ネアスはお客に食事を運び始める。
「奥のテーブルにお願い。注文は私が取るからネアスさんは食事と飲み物を運ぶのに集中して、その次は手前のテーブルにお願い」
マリーの声が食堂に響き渡る。
「ネアス殿は何でもやるお方じゃな。ワシも見習わないといけないのじゃ。よし、ガーおじもマリーさんの手伝いをして、モテモテになるのじゃ」
ガーおじも手伝いに向かおうとするがレテが先に立ち上がり、ガーおじを席に押し止める。
「ガーおじはのんびりと待っていれば良いわ。ネアスだけに活躍させるわけにはいかないわ。私の記憶力を見せてあげるから、ガーおじは見学していなさい」
レテが手伝いに加わろうとするのと聞くとデフォーが驚き、声をかける。
「レテ様が注文をお取りになるのですか。客が気を使ってしまいますよ、お止めになった方がよろしいのでは」
デフォーが冷静な判断をする。ガーおじを横でうなずき、自分が厨房に向かおうとする。
「決めるのは私よ。勝手に気を使わせれば良いわ。ガーおじは足手まといになるから待っていなさい。適材適所が大事、大事」
「ワシは置いていかれるのか。確かに記憶力は悪いのじゃ。さらに重たいストーンシールドを背負っていたから下半身もぼろぼろなのじゃ」
ガーおじは無念そうに座る。デフォーは戸惑いながらも石版の観察に戻ることにしたようである。
「マリー、私も手伝うわ。今日はすごい混み方ね、メニューは全て把握しているわ。ここの料理はほぼすべて食べたハズよ」
レテは厨房からエプロンを見つけて、パッと身につける。
「レテ様に手伝わせる訳にはいかないわ。ネアスさんだけで十分回ります。席で待っていていただけませんか」
マリーが済まなそうに断りを入れるとレテも躊躇してしまう。だが、テーブルから大きな声が聞こえてくる。
「おい、早くしろよ。いつまで待たせるんだ」
「もう少しだけ待ってください。マリーさんに順番を聞いていきます」
ネアスの困った声が聞こえてくる。
「ネアス一人じゃ大変なのは私には分かっていたわ。マリー、ここは私に任せなさい。バッチリ対応してくるわ」
レテは注文の紙を確認する。
「そうですね、レテ様!お願いします。シューティング翠岩祭りって聞いて、たくさん人が集まってきているみたいなの。どこからみんな聞いてくるんだろ」
マリーも料理の手伝いと注文、皿洗いなどで大忙しのようである。
「特別感が賑わいの秘訣なのかな。確かに誰が広めたかも気になるけど、とりあえずネアスを助けてあげないと仕事が進まないわね」
レテは颯爽とネアスが絡まれているテーブルに走っていく。狭い通路だがレテには関係ないようで軽やかな動きで現場に到着する。
「大きな声を出さないでくれる。他のお客さんに迷惑なのよ」
レテはきっぱりと言い放ち、ネアスに料理を運ぶのを再開するように伝える。
「お酒を飲んでいるみたいなんだ。レテは離れていた方が良いよ。酔っぱらいの相手なんかしない方が良いよ」
ネアスはその場を離れようとせずに自分で対応をしようとする。
「酔っ払いだとあんちゃん。ここでは酒を飲んでも構わないんだよ。さっさと料理をもってこい」
酔っ払いはドンとテーブルを叩く。
「あんまり態度が悪いと追い出しちゃうわよ。黙ってお酒を飲みながら、待っているのが正解よ。まだまだ時間はかかりそうだから気長に待っていてね」
レテは酔っ払いの態度を気に留めずに要件を言い渡す。
「じゃあ、あんたが酒の相手をしてくれるかい。かわいいお嬢ちゃん」
酔っ払いはレテの顔を見て、神妙な顔をする。同席している仲間も異変に気づいたようだ。
「レテにそういう事は言わないほうが賢明ですよ。機嫌が悪くなるとふっ飛ばされます。言う通りにしてください」
ネアスはお客たちにアドバイスをする。レテは不機嫌さを隠さずにキッと彼らを睨みつける。
「こういう事が起きているのね。不愉快極まりないわね。騎士団もたまには巡回に来たほうが良いかもしれないわね。人手不足なのにイヤになるわ」
レテはブツブツとつぶやくながら、本当にふっとばしてやろうかと考えている。
「マリーに迷惑は掛けられないわ。ここはガマンね」
レテは眉間にシワを寄せて必死にガマンをする。
「そうだ、俺は客だ。客を吹っ飛ばすとかあんちゃんは何を言ってやがる」
レテが一人でブツブツと言っているので酔っ払いはネアスに突っかかる。仲間たちはレテの名前を二度聞いたので状況を理解して、黙って酒を飲みだしている。
「ガマンはいけないよ、レテ。ここは僕に任せてテーブルで料理を待っていたほうが精神衛生上良いはずだ。ここからは僕でもなんとかなるよ」
ネアスはレテのおかげで酔っぱらいの仲間が大人しくなったので感謝しているようだ。
「ネアスがそう言うなら、他にもやることはたくさんあるわ。酔っ払いさん、顔は覚えたくないけど覚えたわ。私のブラックリストに登録致しました」
レテがその場を離れると酔っぱらいに仲間たちが事情を説明している。酔っ払いは酔いが冷めたようで青ざめた顔になる。
「今日の特製コースね。みんな、それで良いかな。日替わり特製スープもオススメよ。王都近郊で取れた旬の野菜がたくさん入っているのよ」
レテは悠長に料理の説明をしながら注文をメモしていく。お客はレテにすぐには気付かないようである。
「マリー、注文を取ってきたわ。お皿洗いも手伝おうか、これでも騎士見習いの時は洗い物のスピードナンバーワンだったのよ」
レテは腕をまくり、皿を洗おうとするがマリーが瞬時に止める。
「さすがにそこまではしてもらうわけにはいかないわ。料理の準備が出来たからネアスさんと一緒に運んでもらえる」
マリーは料理人と一緒にひたすら作っていたので、たくさんの料理が出来上がっていた。
「任せなさい、ネアスには負けられないのよ。どっちが多く運べ勝負ね」
レテは一人で勝負を始めようとする。その時、ネアスが先程のお客の相手を終えて、厨房に帰ってくる。
「レテ、聞こえたよ。勝負か、受けて立つよ。二勝目を勝ち取って見せる」
ネアスはやる気満々で料理をはこんでいこうとする。
「無理して落としちゃダメよ。料理は丁寧に扱うのよ。勝負はもちろん大事だけど、絶対マリーも迷惑を掛けちゃダメよ」
レテはいくつもの皿を器用に持ちテーブルに運んでいこうとする。
「シルフィーの力を借りているの?そんなにたくさん持つなんて不可能だよ」
ネアスはレテの皿運びに驚く。
「そんなわけないでしょ。コツよ、コツ。でも、シルちゃんに頼んだら早く運べるかな。勝負はお預けで仕事を優先しようかな」
レテは少し考えた。
「精霊の力まで借りる訳にはいかないわ。普通に運んでね、レテ様。勝った方には私から景品を用意しておくから、二人とも頑張って!」
マリーもノリノリで応援をし始める。
「今からスタートよ。ネアス、頑張ろうね。私の勝ちは確定だけどネアスもしっかり頑張るのよ、いこ、いこ」