やっとだね
空には星があり、ストーンマキガンの街は静かな光で照らされている。街からはにぎやかな声が聞こえてくる。
「夕食の時間ね。マリーのドリンクのおかげで小腹は収まったけど、しっかりとしたゴハンも食べたいわね」
レテが街道の方に歩いていくと、アーシャが数人の騎士たちを伴って歩いてくるのが見える。
「やっと来てくれたわね。久しぶりの門番の仕事もおしまいか。終わるのを思うと少し寂しいわね」
レテは門に戻り二人に騎士たちが向かってきていることを伝える。ネアスはかなり安心したようだ。
「門番の仕事も大変だった。これからは門番の方にも感謝をしながら、夜眠ることにするよ。ありがたい」
「そうじゃな、一日中頑張っているのじゃ。大変そうだから、ワシは迷惑を掛けないようにするのじゃ」
ガーおじはまた石版に魅入られている。
「地味だけど大事な仕事。私は毎日この役割は無理かな。他の事で頑張ろっと、やることはたくさんあるからダイジョブ、ダイジョブ」
「レテ様、遅れました。無事に解決したようですね、流石です」
アーシャは屈託ない笑顔でレテを称賛する。背後からは新人の門番の青年と副団長が続いてくる。
「門番ありがとうございました。レテ様、ネアスさん。交代します」
新人騎士は素早く自分の仕事に戻る。
「新人くんも伝令ありがとう。たまになら門番も悪くないわ。でも、副団長までどうしたの?」
副団長は前に進み出て、レテに話しかける。
「大した用事ではないんだけどな。ここで何があったか教えてもらっても良いか。アーシャからも聞いたがレテからも聞いておきたくてと思ってな」
レテは経緯を一通り説明する。怪しい二人だったが決定打がないために街に入ることを許可した。小さい問題は起きるかもしれないが悪人ではないとの私見を加えた。
「俺の方でも他にも怪しい人物が近くにうろついていないか、騎士たちに近辺を探ってもらっていたがとりあえずはその二人だけのようだ」
副団長は援軍が遅れた理由を説明する。レテはその理由に納得する。
「そんなにきな臭いの、最近。賑やかだけど危ない感じはしないけどな、私も経験豊富ってわけじゃないけど。心配しすぎじゃないかな」
レテは副団長に意見を述べる。他の三人は黙って二人の会話を聞いている。
「冒険者たちも出入りが激しい。旅人の往来も急に増えてきた。ゴブリンは大量発生中でとにかく人が足りない。レテの負担も増えそうで済まない」
副団長は真剣な様子で深々とレテに頭を下げる。
「手薄な所を狙われないようにしないとね。副団長も気楽にいきましょう。王国に大異変が起こるなんてありえないわ。平和だけが取り柄の国よ」
レテは話を聞いている三人を安心させようとする。
「私も精一杯がんばります。王国の平和は私たち騎士団の力で維持します」
アーシャはやる気が出たようで意気揚々と宣言する。
「アーシャ、頼りにしているわ。いつも通りに頑張って貰えれば問題ないわ。騎士団の力を見せつけてあげるのよ」
「俺はサボりすぎたか。とりあえずは着替えて、噂の二人組を確認してくることにする。仕事の時間だ。今日は酒を飲まない」
副団長は好物の酒を断念する。レテは驚いたようである。
「副団長も休憩は必要よ。急に頑張っても良いことはないわよ。サボりすぎたのは認めるけど、だからってストレスをためても仕事は上手くいかないわ」
「そうじゃ、副団長殿。酒は人生の慰めじゃ。やめてしまったら何を生きがいに生きていけば良いのじゃ。ワシは酒が好きなようじゃな」
ガーおじの記憶が蘇る。
「そうじゃ。ワシはいつも酒を飲んで寝過ごしてしまっていたのじゃ。それで禁酒をしてリッパな戦士になることを誓ったのじゃ。そうじゃ、ワシは戦士だ。勇敢な戦士じゃ」
ガーおじは戦士である自覚を思い出した。
「貴方がガーおじ殿ですか、レテが世話になっています。禁酒は効果があるのか。俺も禁酒をして、尊敬される副騎士団長を目指すか」
副団長はガーおじに共感したようで、倒れそうになるガーおじを支える。
「ガーおじは勇敢な戦士だったのだね。副団長さんのおかげですね。さすが、騎士団の方は僕と違って頼りになるな」
ネアスもガーおじを一緒に支えてあげる。
「ネアスも充分頼りになるわよ。門番の仕事もしっかりこなしたし、ラーナとも上手く話をしていたじゃない。あんなムカつく女の子と話を出来るのは才能よ」
レテはラーナの事がとてもキライになったようだ。
「君がネアスくんか。門番までしてもらって本当にありがたい。レテとはこれからも仲良くして欲しいと思っているよ」
「副団長に言われる筋合いはないわ。人のプライベートまで踏み込むのがオジサンたちの悪いところよ」
レテの言葉には棘を感じる。それを察知したのか副団長はガーおじをネアスに任せて知り合いの家へ着替えに行くことにする。
「新人くんも門番頑張れよ。ネアスくんも騎士団に入りたいようだったら推薦状を渡すから、いつでも駐屯地に遊びに来てくれ」
副団長は急ぎ足で去っていく。新人騎士はキビキビと返事をして任務をこなしている。
「私たちも緑岩亭に戻りましょう。ガーおじもそこで休んだほうが良いわ。ガーおじ、大丈夫かな」
レテは心配そうにガーおじをみる。
「大丈夫じゃ、落ち着いたのじゃ。戦士じゃったのか。何と戦っていたのか、思い出せそうで思い出せないのじゃ」
ガーおじはネアスに支えられながらストーンシールドを背負って宿に向かおうとする。
「アーシャはどうするの、一緒に緑岩亭で食事をする?それとも用事があるかな」
アーシャはカバンから手帳を取り出し、月明かりでメモを確認する。
「今日はこれから友達と食事の約束です。先程話をした冒険者の女の子です。デフォーさんの事を聞いてみます」
「冒険者に騎士に魔法使いに戦士か。今日はたくさんの人に出会ったな、思っていたよりもずっと大変な一日だった」
ネアスはガーおじの重さにどっと疲れを感じ始めたようだ。
「おいしい食事の時間よ。マリーがネアスも美味しく食べられるように工夫してくれているわよ。きっと、楽しみね」
「マリーさんの料理も気になります。味がしなくてもおいしい料理、謎です。私も食べてみたいですが、約束があります。では、みなさんにも風の加護がありますように」
アーシャは新人騎士にも別れを告げて雑踏の中に消えていく。
「今日は星明かりがきれいなのじゃ。こういう晩はお酒が上手いのじゃ。しかし、ワシは約束を果たすまで酒は飲まないことにしたのじゃ」
ガーおじは溢れ出す記憶に戸惑いを示す。
「ガイくんも門番の仕事頑張ってね。あなたにも風の加護がありますように」
新人騎士はレテに名前を呼ばれたのがうれしかったようで元気に返事をする。
「ネアスさん、門番の仕事ありがとうございました。冒険者と騎士との間で迷う気持ちはよく分かります。私はこの王国が好きなので騎士になることに決めました」
「ガイさん、ありがとうございます。僕は騎士になれるかは分かりません。剣の腕はダメですし、足も遅い。寝坊することもあります」
ネアスは恥ずかしそうに答える。
「寝坊はまずいわね、ネアス。他の事は訓練でどうにでもなるけど寝坊はダメ。夜ふかしをしないようにしないとね」
「私も朝は弱いですが、頑張って早起きしています。ネアスさんも慣れれば心配ありません。レテ様もありがとうございました」
ガイはネアスを騎士団に勧誘する。
「騎士になるなんて考えもしなかったな。旅に出るのは良いことだ」
ネアスは夜空を見上げて考えにふけろうとする。
「ネアス殿はまだまだ若いのじゃ。何にでもなれるのじゃ、ゆっくりと考えるのがよかろう」
「ガーおじの言う通りね。ネアスには騎士になる前にやることがたくさんあるわ。今日は早く夕ご飯をたべましょう。ガイもセオが戻るまで一人でよろしくね」
「レテ様、分かりました。皆さんにも風の加護がありますように」
三人は早足で緑岩亭へと向かっていく。途中でラーナたちが泊まっているはずの宿を通り過ぎようとする。
「ここにラーナやデフォーさんが泊まっているのね。興味があるけど私が入っていったら騒動が起こりそうね」
レテは宿の中を覗き込んで見るか悩んでいる様子だ。
「ラーナさんも宿に泊まって安心したんじゃないかな。ちょっと覗くくらいなら構わないんじゃないかな」
ネアスもラーナが気になるようである。
「ワシもラーナさんを見てみたいのじゃ。ネアス殿がこんなに顔を赤くする女性とはどれほどの美人なんじゃろう」
ガーおじは宿の方に向かっていく。
「ガーおじは顔がばれていないからダイジョブね。偵察をお願いするわ静かに入って、黙って出てくるのよ。余計な事は何もしちゃダメよ」
レテはガーおじの背中を押して宿に向かわせる。
「任せるじゃ。誰もワシのようなオジサンに気を止めることはないのじゃ。今日の宿の注目の的はラーナさんのはずじゃ」
ガーおじは意気揚々と宿に侵入する。
「ガーおじは戦士だから偵察は苦手かもしれないよ、レテ。窓からちょっと覗いたほうがバレないかもしれない」
ネアスも宿に近づこうとするがレテが彼を制止する。
「ネアスはダメ、私と一緒にいるの。それとも、私よりラーナの方が良いのかな、ネアスくん」