大切な友人を守りたい ~ステファニーSide~
私には、私が生まれたばかりの頃に親同士が勝手に決めた婚約者がいた。
名前はテオドール・ベルンシュタット。
ベルンシュタット辺境伯の令息で、私より6歳年上の少しお兄さんだった。
私が5歳の時、すでに彼は11歳……まるで住む世界が違う人に思えたけど、幼い私の話に合わせてくれたり無口なのに結構優しいところもあるな、という印象だった。
テオドールといつも一緒にいる公爵家の令息はブルンヒルド・ベルジテックといい、物腰も柔らかく、出会った時から私の王子様だと思っていた。
呼び方も自然とヒルドと呼ぶようになり、彼は私をお姫様のように扱うから私も勘違いしてしまって、男友達のようなテオドールではなく、ヒルドと結婚したいと思うようになっていった。
その話をテオドールにしたら、婚約解消をあっさり承諾してくれる。
彼は母親を早くに亡くしていたし、父親の辺境伯は厳しい方だったから愛が何かが分からなくなっているような感じだった。
テオドールの事は心配だったけど、だからって同情で婚約しているのはお互いの為に良くない。
テオドールにもヒルドにも正直な自分でありたい……私はそんな気持ちもあって、テオドールが辺境伯を14歳で継いだ二年後に婚約を解消する。
その時の事を後悔した事は一度もない。
後にテオドールがリンデンバーグに攻め入った時に運命の出会いをするのだけど、その話を聞いて、解消しておいて本当に良かったと胸をなでおろした。
私は晴れて自由の身となり、ヒルドにアプローチをし始めた。
ヒルドも照れながらも受け入れてくれて、このまま婚約して結婚、という流れになるのかと思っていた――――
私が14歳のある日、お父様のお仕事に付いて行った時のこと。
ヒルドが王宮に来ていると聞いたから探しに歩いていた。
少し疲れて美しい中庭で休んでいたら、ヒルドの友達と名乗る伯爵家の令息が声をかけてきたのだった。
ヒルドのお友達だし、愛想を振りまいておいた方がいいかしらと思った私は、笑顔で対応していた。
するとその令息は気をよくしたのか、どんどんせまってきて……ベンチで押し倒されて、力で組み敷かれ…………あの時の事は今も思い出したくない黒歴史となる。
辛うじてファーストキスは守り通したけど、令息が触れたところが汚くてたまらない。
ヒルドが駆けつけて、令息を殴り飛ばし、私を守ってくれたので難を逃れた。
やっぱりヒルドは私の王子様だった。
でもその後の対応を私は間違ってしまう。
「ステファニー! 大丈夫かい?!どこか怪我は……」
「イヤッ! だめっ!!!」
ヒルドが嫌だったんじゃない。
自分がとても汚い者だと思ってしまっていて、ヒルドの手が汚れてしまうと思ったのだ。
咄嗟だったけれど、彼の手を払い退けてしまって…………その日からヒルドは、私に一切触らなくなった。
近くにいるのに一番遠い――――
そして月日が流れ、テオドールの元に可愛らしい王女がやってくる。
でも彼はなかなか会わせてくれない。
15歳で敵国から嫁いできた姫の事をとても大切にしている事が、私にも伝わってくる。
そんなテオドールを見ていると、とても羨ましく思えた。
そんな風に大切に想えて、全力で守りたいと思える人に出会える事は幸せな事だから――――
私にもそんな存在がいるはずなのに……私は完全に機会を逃してしまったのね。
私の王子様は未だに私に触れてくれない。
テオドールが珍しく姫の事で悩んでいるから、悩みを聞きに行ったら、ヒルドを見ているみたいで胸が痛かった。
彼らには私のようになってほしくない……お姫様も本当に可愛らしい女性だった。
私もこのくらい可愛らしい女だったら、ヒルドも今頃触れてくれたかしら――――
バルーンアート祭りで夜にスカイランタンを飛ばすイベントで、ヒルドへの気持ちにけじめをつけようと、他の方との結婚を願った。
もう王子様を待っている年齢でもないし。
さようなら、私の初恋。
でもその後、なぜかヒルドが頻繁に通ってきて、お茶をする事になるんだけど…………庭園を散歩する時に一生懸命手を繋いでくる。
どうしたんだろう……繋いだ手から想いが溢れてきそうで、少し涙目になってしまう。
もういいのに。
彼の負担になりたくない。
こんな事をされたら、ますます諦められないじゃない。
「ヒルド大丈夫? 無理しなくていいのよ?」
「無理なんかじゃないよ! ステファニーは大丈夫? 私に触られて嫌じゃないかい?」
「私は嫌だった事なんてないわ。 昔、あなたの手を払ったのだって、自分が汚れている気がしてあなたを汚したくなかったから……ヒルドのせいじゃないの」
「…………ステファニー……」
ヒルドは苦しそうに私を見つめて、優しく包み込むように抱きしめてくれた。
こんな風にあなたの腕の中にいる自分をどれほど待ち望んだか……嬉しくて、思わず彼の胸に顔を埋めた。
「私は君の事を何も分かっていなかったんだね。 君が汚れているだなんて、そんな事あるわけがない。 今まで私が触れる事でステファニーを傷つけてしまうのではと思うと、触れられなかったけど……それで君を傷つけてしまっていたなんて。 本当にごめん」
「ヒルド……」
ヒルドの言葉に涙が溢れてしまう。
私が手を払ったからヒルドを傷つけてしまったのかと思っていた。
でも違ったのね……ヒルドも私を想ってくれていた事が分かってとても嬉しい。
「君はずっと私のお姫様だよ、ステファニー。 ずっとずっと好きだった。 私のプリンセス……」
ヒルドはそう言って、私の大事なファーストキスをようやくもらってくれた。
私だって大好き……でも私の言葉は彼の腕の中で溶けて消え、長い間すれ違っていた互いの気持ちを満たすように、キスを繰り返したのだった。
~・~・~・~
年が明け、ヒルドが私に見事なドレスを贈ってくれた。
素晴らしいマーメイドラインのドレス。
ヒルドの色に染まったドレスを見て、「君は私のものだよ」と言われている気がする。
彼が心から愛してくれているのをヒシヒシと感じ、幸せな気持ちでそのドレスを着て、ヒルドにエスコートしてもらいながら舞踏会に出席した。
テオドールとロザリアの二人も素晴らしい装いで出席しているのを見かけ、いつもより楽しい舞踏会にすっかり浮かれていたの。
ロザリアと、ヒルドとの事を二人で話していたら盛り上がったから、もっと沢山お喋りしたくて二人でサロンに行きましょうと私は提案した。
ヒルドにテオドールへの言伝を頼んでいる最中にテオドールが戻ってきたので、あれこれ話していたらロザリアのところに行くのが少し遅くなってしまう。
ホールの扉から廊下に出ると、不自然なほど誰もいない。辺りはシーン……と静まり返っている。
案内係は?
警護にあたっていた騎士は?
いくら王宮とは言え、必ず安全とは限らないのに誰もいないなんて――――
嫌な予感がしてサロンの入口を見ると、僅かに開いている。
そっと中を覗くと――――ロザリアを布でぐるぐる巻きにしている男がいる事に気付く。
私は友達の窮地にすぐさまサロンに入った。
「そこのあなた、その女性は私の友達なの。 置いていってくださらない?」
私は出来る限り相手を刺激しないように、尚且つ少しでも時間を稼ぐように話した。
早くヒルドかテオドールが来てくれることを祈りながら。
「……それは出来ない頼みですね。 私がここにいる事は目を瞑ってもらいたいところですが…………そうもいかないようですね」
「当たり前でしょ? 友達の窮地を見過ごす人間がいると思って? その子を置きなさい!」
私が大きな声を出したと同時に、男がロザリアを抱えながら走ってくる。
まるで速度を落とす気配がない……!
強行突破しようってわけ……護身術を習っていたので何とかかわしたけれど、ドレスが重くてバランスを崩してしまう。
逃すものか――――咄嗟に男の足にしがみつき、時間を稼いだ。
男は私を引きずった状態で扉から出て行こうとする。
「…………っく…………放せ!」
「っ放すものですか! 誰か――!!」
男は足を思い切り振り払い、私を廊下の方へ吹っ飛ばした。
そのまま床に打ち付けられ、身動きが取れなくなる……そこへホールの両開きの扉が開き、ヒョコっとヒルドが顔を出したので力の限り叫ぶ。
「ヒルド!! あの男がロザリアを!!!」
すでに走り去る後ろ姿に向かって指をさした。
男はヒルドの存在を確認してマズイと思ったのか、ロザリアを抱えて走り去ってしまう――――
ヒルドはすぐにその場からテオドールに伝え、飛び出してきたテオドールが男を猛追していった。
そしてヒルドは、倒れている私の元に駆けつけてくれる。
「ステファニー!! どこか打ち付けたのかい?! どうしてこんな事に…………」
「ごめんなさい……ロザリアを守れなくて…………」
「喋らないで……君は勇敢に戦って友達を守ろうとしたんだね…………ごめん、駆けつけるのが遅くなって」
ヒルドの美しい目から涙が――――
「そんな顔しないで……あなたはどんな時も私の王子様よ。 ずっと……一番に駆けつけてくれる王子様だから……」
私を抱きしめながら「愛してる」と囁いてくれる彼の声を聞きながら、私の意識は遠のいていった。
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