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もろびとこぞりて

「佐鳥さん、なんであそこにいるわけ?」


 俺は完全無視を決め込んだはずの亡霊が、朝も早よから現れたことに結構絶望していた。だいたい、この漫画喫茶は初めて入ったんだから、いくらなんでも佐鳥さんが知ってるわけねえんだ。


「先輩が部屋でトイレに行った隙に、コートのポケットを確認させていただきました」


 いけしゃあしゃあとしたカフェ店員に、心底からがっくりとしつつ理解した。そいういや昨日の朝もらった割引券使ったもんな。行動の予測ばっちりだぜ、さすが俺のストーカーだ。


 ……嫌過ぎるがな!


「それで店に潜り込んだのか?」


 ちょっとコメカミが痛くなってきたが、一応最後まで確認する。そうしないと離れてくれないのは経験済みなのだ。

 佐鳥さんはぶんぶんとうなずきながら、事の顛末を話してくれた。


「まあ、店長さんに一生懸命お願いしたら、見習いという事で入れてくれました。監視カメラでみる先輩の寝顔、可愛かったなあ」


 外見武器に無理押ししたらしいが、嘘付け。そこまで見られないはずだ。いやでもコイツの事だから、監視カメラの位置さえ直しかねんか。

 佐鳥さんはほわほわとした顔で白い息をはきながら続ける。


「よだれが子供みたいで、きゅんとしちゃいました」


 絶対覗いてたな。このストーカーが。


「まあ、バイト先決まってよかったな」


 俺が放り投げるように言うと、こいつは嫌な話を付け加える。


「熊原先輩があの漫画喫茶を根城にするなら。本気でバイトしようかな」


 勝手にしろ。俺は金輪際あそこにはいかねえ。だが、そんな正直に言うほど俺も経験不足ではないつもりだ。


「楽しそうな仕事でよかったな」


 さりげなく、その仕事に就いて俺と離れてくれるように誘導する。

 

「でも先輩が仕事見つけたら、私も先輩と同じ先に再就職しますよ」


 佐鳥さんの当たり前の様な宣言に、俺は背筋が寒くなりながらとぼける。


「そんな上手くいくかよ」


「上手くいきますって」


 コイツの目はマジだ。やっぱやべえ。とにかく距離をおかんと、俺の精神衛生上とてつもなく悪い。


「とにかくついてくんな」


 すげなく振り切ろうとする俺に佐鳥さんはすかさず切り込んできた。


「退職金の話はどうします?」


「……くっそ」


 一晩空けると、やはり金への執着が捨てられない俺がいた。衣食足りて礼節を知るって事だよ。いや違うか。ああ、背に腹は変えられないって事だ。そうそうこれだよ。チクショウ!


「じゃあ十二時にハロワ向かいのミスドで」


「なんでハローワーク行くって分かってんだよ!」


 俺の叫びを無視しながらなんだかガサゴソと音を立てる。聞けっつーの。


「先輩?」


「なんだよ」


 佐鳥さんは手に持った袋からグレーのマフラーを取り出した。ブランド品なのは俺も一緒に見ていたから知っている。


「昨日最後までパーティ一緒にする約束破りましたよね。だからこれを受け取ってください。それが約束破った罰です」


 どこか必死の目で見あげる佐鳥さん。最初はジト目だった俺だが、涙に潤む那智黒石の瞳に根負けしてそれを首に巻いた。相手が巻こうとしたが、それは断固拒否したぜ。


「じゃあな」


 俺はハロワに向かって怒りながら去っていく。ハロワは二駅先だから、まずは駅に行く必要がある。


 駅で切符を買っていると、隣の男とぶつかりそうになった。そいつはスマホに入力していたので、俺に気づかなかったみたいだ。

 俺が頭を下げると、そいつも慌てたように頭を下げ返して去っていった。


 ホームへと上がって、電車を待つ。並ぶ人達の何人かは携帯をいじっている。

 あまり熱心になって、ホームから落ちたりするなよ。そんな気分とともに見ていると、思わず目があってしまい、向こうは顔をそらした。

 

 電車がホームに入ってきたので俺は比較的列の少ない3両目に乗り込む。

 流石に座ることは無理だったので、ドアの近くで外の景色を見ていた。


 まったく、佐鳥さんはなんとかならんもんか。正直気持ち悪いが、まあ、いいとこもあるのは知っている。でもやっぱりむかつくんだよな。


 俺は貰ったマフラーを一旦はずして、それを見つめた。結局はもう一度巻きつけることにしたけどな。

 ずいぶんと薄い織地の割りに暖かい肌触りは、俺が寒がりなくせに厚着が嫌いな事を知っているからだろう。


「まあ、外は寒いしな」


 俺はうそぶくと、今から向かうハローワークに良い仕事がある事を願った。






   ◆ ◆ ◆ 






 私は「本日も情報提供よろしく」とツイートしたとたん、スマホへどんどん追加されていく返信に気を良くしていた。


《姫、対象者発見なう》


《敵は駅前で乗車券げと》


《3両目に乗るまで確認致しました、皇女殿下ハー・インペリアル・ハイネス


《車内から。窓の外を眺めてぼんやりしている様子っす》


《同じく3両目。マフラーはずす。ため息をついてまた巻いた》


 私は頬が熱くなりながらビルで遮られた電車の行く先を眺め、スマホをぎゅっと握りしめる。


「先輩ってば照れ屋なんだから」


 先輩、良い仕事見つかるといいな。きっとサンタさんが叶えてくれるよね。なんといってもクリスマスだもんね。






 ―――  完  ―――






第2シーズンの「しがつばか。熊原と佐鳥さん」も開始しました。

別作品「ぎりちょこ。鈴木と奥さん」の鈴木は、熊原達の元同僚です。

どちらもお読み頂ければ幸いです^^

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