# 第5話 冒険者ギルド
城下町を歩いていると、大通りから少し外れたところに、ひときわ大きな建物が見えてきた。
石造りの外壁には、剣と盾を組み合わせたような紋章の看板が掲げられている。建物を出入りする人間には剣や弓を持った者も多く、かか志にはなんとなく見覚えのある光景だった。
「……もしかして、冒険者ギルド?」
思わず口にすると、隣を歩いていた騎士が頷いた。
「はい。冒険者ギルドです」
「おお……本当にあるんだ」
「珍しいですか?」
「いや、こっちでは普通なんでしょうけど……俺のいたところにはなかったんで」
異世界といえば冒険者。冒険者といえばギルド。そういう物語なら何度も見たことがある。実際に異世界へ来ている時点で今さらなのかもしれないが、こうして目の前にすると妙に感慨深い。
「入ってみますか?」
「いいんですか?」
「もちろんです。王都をご案内するのが今日の役目ですから」
「じゃあ、ぜひ」
冒険者になると決めていたわけではない。それでも、せっかく本物が目の前にあるのだ。素通りするという選択肢はなかった。
騎士とともに扉をくぐると、中は思っていたよりも広かった。正面にはいくつもの受付が並び、その奥では職員たちが忙しそうに動いている。壁際には大きな掲示板があり、その前には武器を身につけた男女が集まっていた。
剣を腰に下げた男。弓を背負った女。鎧を着込んだ者もいれば、動きやすそうな軽装の者もいる。なるほど、実にそれっぽい。かか志はそんな光景を眺めながら、少しだけ周囲を警戒して歩いた。
「……来ないな」
「何がですか?」
「いや、こういうところに初めて来ると、絡まれたりするのかなと思って」
騎士が不思議そうに周囲を見回す。
「理由もなくですか?」
「……ですよね」
言われてみれば、その通りである。新人らしき人間が入ってきただけで先輩冒険者が絡んでくる。物語ではよく見る展開だが、現実にやればただの迷惑な人だ。
しかも、実際の冒険者たちはこちらを気にする様子すらない。それどころか、かか志が物珍しそうに辺りを見回していると、近くにいた男が声をかけてきた。
「兄ちゃん、初めてか? 登録ならあっちの受付だぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「依頼を見るだけなら、そっちの掲示板な」
別の男まで教えてくれる。
「……親切ですね」
「そうですね」
騎士は当然のように答えた。どうやら、かか志が勝手に想像していたような場所ではないらしい。
案内された受付へ向かうと、カウンターの向こうにいた女性が笑顔を向けてきた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ええと、冒険者登録について聞きたいんですが。まだ登録するかは決めてなくて」
「説明だけでも大丈夫ですよ」
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました。まず、冒険者にはランクがありまして、依頼にも内容に応じた参考ランクが設定されています」
受付嬢に促されて掲示板へ目を向けると、貼られている依頼書は適当に並んでいるわけではなかった。討伐、採取、護衛。それぞれ種類ごとに分けられ、討伐なら対象となる魔物や場所、採取なら必要な素材と数量、護衛なら目的地や期間などが書かれている。
「もっとこう……紙がいっぱい貼ってあって、その中から頑張って探す感じかと思ってました」
「それでは探すだけで大変ですから」
「ですよね。仕事ですもんね」
考えてみれば当然だった。冒険者ギルドだからといって、わざわざ不便にする理由はない。
「この参考ランクっていうのは、そのランクじゃないと受けられないって意味ですか?」
「いいえ。あくまで依頼を受ける際に、どの程度の実力が必要になるかという目安です。ご自身のランクより上の依頼でも受けることはできますが、その場合は自己責任になります」
「ああ、止めはしないけど、無理しても知らないよってことですか」
「簡単に言えば、そうなりますね」
「なるほど。分かりやすい」
強制的に制限されるわけではないらしい。自分にできると思うなら難しい依頼を選ぶこともできるし、危険だと思えば避ければいい。そのまま掲示板を眺めていくと、少し離れた一角に、明らかに雰囲気の違う依頼がまとめられていた。
「こっちは……薬草採取、荷物運び、雑用?」
「初心者向けの常設依頼です。冒険者登録をしたばかりの方でも受けられるものを、こちらにまとめています」
「こういうのもあるんですね。てっきり冒険者って、最初から魔物と戦うものかと」
「経験のない方に、いきなり危険な討伐を勧めたりはしませんよ」
「……それもそうか」
また自分の中の異世界知識に引っ張られていたらしい。異世界へ来たからといって、急に剣が使えるようになったわけではないし、魔物と戦った経験など一度もない。薬草採取や街の仕事から始められるのなら、その方がずっとありがたい。
「ほかには、魔物などから得られた素材の買い取りも行っています」
「倒した魔物を持ってくるんですか?」
「素材だけでも構いません。お持ち込みいただければ、こちらで査定します」
「なるほど……俺にはまだ縁がなさそうですけど」
自分が魔物を倒し、その素材を抱えてここへ戻ってくる姿を想像してみたが、まったく想像できなかった。
「それから、冒険者にはAからHまでのランクがあります」
「AからH……八段階ですか」
「はい」
掲示板を見れば、依頼書にもそれぞれアルファベットが記されている。A、B、C、D、E、F、G、H。かか志はそれを順に眺め、少し考えてから受付嬢を見る。
「Sはないんですね」
「……はい?」
「あ、いや。ないならいいんです」
「はあ……」
受付嬢が困ったように首を傾げる。
どうやら、この世界にSランクはないらしい。異世界なら最高位はSランク――そんな勝手なイメージがあったのだが、考えてみれば別に決まりがあるわけでもない。AからHまでなら八段階。馴染みのある感覚なら、Aが一番上だろう。
「ちなみに、登録する場合は何が必要なんです?」
「身分の確認と、レベルの確認が必要になります」
「レベルも調べるんですか?」
「はい。鑑定紙を使用します」
「ああ、あの紙か」
召喚された直後、王宮でも使ったものだ。
今日は王都を見て回っていただけで、冒険者になるつもりでここへ来たわけではない。ただ、話を聞いてみれば初心者向けの仕事もある。少なくとも、登録した瞬間に剣を持って魔物と戦わされるようなことはなさそうだ。
「……登録だけしておくのもありか」
「登録されますか?」
「はい。せっかくここまで聞いたんだし、お願いします」
「かしこまりました。それでは、手続きを進めさせていただきます」
身分の確認を終えると、受付嬢が一枚の鑑定紙を取り出した。
「こちらに触れてください」
「これ、触るだけでいいんですよね?」
「はい。それだけで大丈夫です」
「分かりました」
王宮で一度やっているので、何が起きるかは知っている。かか志が紙に手を触れてしばらく待つと、白かった表面に数字が浮かび上がった。
1000。
「…………」
受付嬢の笑顔が消えた。鑑定紙に目を落としたまま固まり、数秒経っても動かない。
「……あの?」
「…………」
「何かまずかったですか?」
「い、いえ!」
受付嬢が勢いよく顔を上げた。その声の大きさに、今度はかか志の方が少し驚く。
「す、すみません。少々お待ちください」
「はい」
受付嬢はもう一度鑑定紙を見て、それからかか志を見る。そして、もう一度紙へ視線を戻した。
「……1000」
「ですね」
「…………」
「王宮でも同じ数字だったんで、たぶん間違ってないと思いますけど」
「王宮でも……」
小さく呟いた受付嬢は、そこで何かを考えるように口を閉じた。先ほどまでの柔らかな接客の表情に戻そうとしているようだが、どうにも戻りきっていない。
かか志も、自分のレベルが普通ではないことくらいは分かっている。王宮でもかなり驚かれていた。ただ、それがどの程度おかしい数字なのかまでは、まだよく分かっていなかった。
「あの……こちらの鑑定結果についてなのですが」
「はい」
「他言無用ということで、よろしいでしょうか」
「他言無用?」
「はい。レベルは重要な個人情報です。特に、この数値については通常の登録情報とは分け、厳重に管理させていただきます」
受付嬢の声から、先ほどまでの説明口調が消えている。
「別にいいですけど……そんなにですか?」
「……はい」
わずかな間を置いて返された答えに、かか志もなんとなく察しがついた。
「分かりました。俺も言いふらすつもりはないんで」
「ありがとうございます」
受付嬢はほっとしたように息を吐き、鑑定紙をほかの書類とは分けて慎重に片づけた。その扱いを見る限り、やはり1000という数字は、自分が思っている以上に珍しいものらしい。
その後の手続きは滞りなく進み、かか志は冒険者証を受け取った。
「これで俺も冒険者か……」
手の中の冒険者証を眺めてから、改めてギルドの中を見回す。受付があり、掲示板があり、武器を持った冒険者たちがいる。少し前までは王都見物の途中で見つけただけの場所だったのに、今はもう自分もその利用者の一人だ。
「せっかくだし、何か依頼を受けてみようかな」
視線を掲示板へ戻すと、討伐、採取、護衛、その一角には先ほど見た初心者向けの依頼も並んでいる。
冒険者にはなった。だが、だからといって急に強くなったわけではない。
「……とりあえず、魔物退治はなしだな」
異世界へ来た初日に、何の経験もない会社員が魔物退治。さすがにそれは、物語の中だけで十分だった。
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