# 第4話 城下町にて
王宮を出ると、かか志は思わず足を止めた。
目の前に広がっているのは、これまで窓越しにしか見ていなかった城下町。石畳の大通りを馬車が行き交い、その脇を大勢の人が歩いている。道の両側には木造や石造りの建物が並び、軒先に掲げられた看板には見慣れない文字が書かれていた。
それだけなら、知らない外国の街に来たと言われても納得できたかもしれない。
だが、少し視線を動かせば、腰に剣を下げた男が歩いている。その向こうには盾を背負った女がいて、当然のような顔をして人混みに紛れていった。
馬車を引いているのは馬だ。
そこだけは普通だった。
「……やっぱり異世界だな」
「どうされました?」
隣を歩いていた騎士に声を掛けられ、かか志は我に返った。
「いや、こうして外に出てみると、改めて変な感じだなと思って」
「王宮の中とは、かなり雰囲気が違いますからね」
「そういう意味でもあるんですけど……」
今回、かか志には護衛を兼ねた案内役として、一人の騎士が同行していた。
最初は一人でも大丈夫だと思っていたのだが、いざ街へ出てみれば、どこで何を買えるのかも分からない。右も左も分からない人間を一人で放り出さなかった王国の判断は、どうやら正しかったらしい。
「まずは、生活に必要なものを見ておきましょうか」
「お願いします。せっかくなので、いろいろ見てみたいです」
こうして、かか志の初めての城下町見物が始まった。
最初に入ったのは武器屋だった。
店内の壁や棚には剣や槍などが並び、ゲームや映画で見たことのあるような形のものもあれば、何に使うのか見ただけでは分からないものもある。飾りではなく、本当に人が使うための武器が普通の商品として並んでいるのを見ると、つい足が止まった。
「これ、本当に使うんですか?」
気になった武器を指して尋ねると、騎士は少し不思議そうな顔をした。
「もちろんです」
「ですよね。武器屋ですもんね」
「……はい」
聞いてから、自分でも何を聞いているのだと思った。
店主によれば、同じ種類の武器でも品質や性能によって値段はかなり変わるらしい。何本か並べて違いを説明してくれたが、かか志にはどれも立派な剣にしか見えなかった。
「こちらの方が品質の良い剣になります」
「なるほど……」
「分かりますか?」
「いえ、全然」
正直に答えると、騎士が少し困ったような顔をした。
「でも、こういうのが普通に売ってるんだな……」
「武器屋ですから」
「日本じゃ、まず見ないんですよ」
「ニホン?」
「あ」
騎士が首を傾げる。
「……俺がいた国です。気にしないでください」
「はあ……」
明らかに気になっている顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
ありがたい。説明しろと言われても、どこから話せばいいのか、かか志にも分からない。
武器屋を出たあとは、防具屋へ向かった。こちらには革製の防具から金属製の鎧まで、様々なものが並んでいる。試しに近くにあった鎧へ触れてみると、見た目以上にしっかりとした重さがあった。
「これ着て歩くの、結構大変そうですね」
「慣れれば問題ありませんよ」
「騎士の人が言うなら、そうなんでしょうけど……」
自分がこれを着て街を歩いている姿を想像してみる。
似合わない。
どう考えても、会社帰りのサラリーマンが突然フルプレートを着込んだような違和感しかなかった。
「こういうの、俺も着た方がいいんですかね?」
「戦われるのであれば、必要になるかもしれません」
「……戦う予定はないです」
「でしたら、今すぐ必要ということはないかと」
「ですよね。俺もそう思います」
何となく安心して、防具屋を出た。
その後は衣服を扱う店へ向かった。こちらは見るだけでは済まない。今着ている服も王宮で用意してもらったものなので、店員と騎士に相談しながら、普段着として使えそうなものをいくつか選んでいく。
さらに雑貨屋で日用品を眺め、食料品を扱う店ではパンや野菜、肉などを見て回った。知っているものの中に、ときどき見慣れないものが混ざっている。その程度の違いが、かえって面白かった。
そんな中、かか志が気になったのが値段だった。
「これが30G……」
商品と値札を見比べてから、近くにいた騎士へ目を向ける。
「この辺りの物価って、だいたいこんな感じなんですか?」
「品物によりますが、一般的な生活用品なら、その程度のものも多いですね」
「なるほど……」
それからいくつかの商品を見比べているうちに、何となく感覚が掴めてきた。
1Gが1円くらい。
もちろん厳密に同じというわけではないだろうが、自分の中で金額を考えるための目安としては、そのくらいでよさそうだった。
「じゃあ、20万Gって……結構ありますね」
「王国からお渡しした生活費ですか?」
「はい。もらったときは相場が分からなかったんで、結構な額なのかな、くらいにしか思ってなかったんですけど」
「しばらく生活するには困らないよう用意したものですから」
「ああ、やっぱりそういう金額なんですね」
これなら、普通に生活するだけなら当分は困らなさそうだ。
「無駄遣いをされなければ、ですが」
「しませんよ。たぶん」
「たぶん、ですか?」
「……しないと思います」
今のところ、何に無駄遣いすればいいのかすら分からない。
そんな話をしながら歩いていると、今度は宿屋が目に入った。
「宿も見ておきたいな」
「長く滞在するのであれば、いずれ必要になりますね。入ってみますか?」
「お願いします」
中には受付があり、その奥には食事をするための広間もある。頼んで部屋を見せてもらうと、置かれているのはベッドと机、それに必要最低限の家具。豪華というほどではないが、掃除もされていて、寝泊まりするには十分そうだった。
「思ってたより普通ですね」
「宿ですからね」
「いや、それはそうなんですけど……」
異世界だからといって、ベッドが空中に浮いていたりはしないらしい。
少し安心した。
宿を出たあとは、そのまま街を歩き、今度は食事処へ入った。
見たこともない食材や、名前すら知らない料理が出てくるかもしれない。少しくらいはそんなものを期待していたのだが、運ばれてきたのは肉料理にパン、それに野菜を使った料理だった。
一口食べる。
「……普通にうまい」
「それは何よりです」
「いや、おいしいんですけどね。もっとこう……『何だこれ!?』みたいなのが出てくるのかと思ってました」
「何を期待されていたのか分かりませんが、食べられないものが出てくるよりはいいでしょう」
「それはそう」
返す言葉もない。
多少味付けに違いはあるものの、何の問題もなく食べられる。結局、かか志はそのまま普通に食事を楽しんで店を出た。
再び街を歩きながら、周囲へ目を向ける。
商人が客と値段の交渉をし、子供が親に手を引かれて歩いている。仕事を終えたらしい男たちは店の前で仲間と話し込み、その横を荷物を積んだ馬車が通り過ぎていく。
王宮にいたときには、どこか現実味が薄かった。突然知らない場所へ連れてこられ、神様だの召喚だのレベルだのと、理解するだけで精一杯だったせいかもしれない。
だが、こうして街を歩いていると、ここにも人がいて、それぞれが生活していることが見えてくる。
そんなことを考えていたとき、ふと一人の男と目が合った。
男はかか志を見ると、何かを確かめるように視線を動かした。かか志が何気なく財布の入っている辺りを確認すると、なぜか男は足を止める。
「……?」
ほんの一瞬、男は眉をひそめた。それから何事もなかったように視線を逸らし、別の方向へ歩いていく。
何だったんだろう。
そう思っていると、少し先にいた別の男とも目が合った。今度の男は、こちらへ向かって数歩近づいてくる。
だが、途中で突然足を止めた。
顔を強張らせ、かか志から視線を逸らすと、そのまま進む方向を変えてしまう。
「……なんだ?」
「どうしました?」
隣を歩いていた騎士が振り返った。
「いや、さっきから俺を見て、途中でどっか行く人がいるんだけど」
「どなたです?」
「もう行っちゃいました。二人くらいいたんですけど」
騎士が周囲を見回すものの、それらしい人物はすでに人混みに紛れている。
「知り合い、ということはないですよね?」
「この世界に来たばかりですよ?」
「そうでした」
「俺、何かしました?」
「私が見ていた限りでは、特には」
「ですよねえ……」
結局、理由は分からなかった。
気にはなったものの、追いかけて問い詰めるほどのことでもない。かか志はもう一度だけ男たちが消えた方向を見て、そのまま歩き始めた。
通りには店が並び、人が行き交い、馬車が走っている。剣があり、魔法があり、使われている金も自分の知っているものではない。
それでも、そこで暮らしている人たちは、買い物をして、働いて、飯を食べている。
かか志自身も今日、服を買い、宿を見て、飯を食べた。
王宮にいたときには夢の中の出来事のようだったものが、ようやく自分の生活と繋がり始めた気がする。
「……本当に異世界なんだな」
気がつけば、また同じ言葉が口から出ていた。
「何度目でしょうね、それ」
「いや、何回見てもそう思うんですよ」
「先ほどは、思っていたより普通だと仰っていましたが」
「普通なのに異世界なんですよ。それが変な感じなんです」
「……なるほど?」
「たぶん分かってないですよね」
「申し訳ありません」
「いや、謝られることでもないですけど」
騎士が苦笑する。
しばらく歩いていると、大通りの先にひときわ大きな建物が見えてきた。
周囲の建物よりも明らかに大きく、石造りの壁には大きな入口が設けられている。その前を、武器や防具を身につけた人間が頻繁に出入りしていた。
「……あれ、何です?」
「ああ、あれですか」
騎士も建物へ目を向ける。
「冒険者ギルドです」
「……冒険者ギルド?」
聞き覚えのありすぎる言葉に、かか志は建物を見上げた。
「……あるんだ」
「ありますよ?」
「いや、あるんでしょうけど」
何と説明すればいいのか分からない。
ただ、その名前を聞いた瞬間。
かか志の胸の奥が、少しだけざわついた。
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