# 閑話11 神のまにまに
白い空間で、二人の神が暇そうに話をしていた。
「そういえば、さっき送った……なんじゃったかのう。たわし?」
「たわし?」
「ほれ、あの妙にレベルの高いやつじゃ」
「ああ、山田野かか志か。たわしはどこから出てきたんだ」
「似たようなものじゃろ」
「そうかのう」
二人にとっては、つい先ほどのことである。人の世界ではそれなりの時間が過ぎているのだが、二人ともそんなことは気にしていなかった。
「それで、その山田野なんとかはどうなった?」
「かか志じゃ。どうなったんじゃろうな」
「見とらんのか?」
「送った人間をいちいち見ておったら、いくら時間があっても足りんじゃろ」
「時間ならいくらでもあるじゃろ」
「それもそうじゃな」
もっとも、時間があるからといって何でもするわけではないらしい。二人とも、わざわざ様子を見ようとはしなかった。
「そういや、あやつは何で選ばれたんじゃったかのう」
「何でと言われても、召喚の条件に合ったからじゃろ」
「どんな条件じゃった?」
「忘れた」
「わしもじゃ」
片方の神が机の上に積まれた書類へ手を伸ばした。何枚かめくり、違う書類を戻し、別の束を探す。やがて目的のものらしい一枚を見つけると、二人で覗き込んだ。
「これじゃな」
「ずいぶん細かいのう。こんな指定までしてきたのか?」
「いや、これは申請の指定ではないぞ。召喚陣に元から組まれとる条件じゃ」
「ほう」
「まず、召喚されたことで元の世界へ大きな影響を与えない者。本人がいなくなることで生活できなくなる者がいたり、大勢の人生が大きく変わったりする場合は選ばれんようになっとる」
「ほう。思ったよりちゃんとしとるのう」
「本人がいなくなることで不利益を受ける者についても条件があるようじゃな。本人に強い害意を持っている者などであれば、それだけで対象から外れることはない、と」
「ずいぶん細かいのう」
「昔作った者が細かかったんじゃろ」
「誰が作った?」
「知らん」
「そうか」
二人とも、それ以上は気にしなかった。
「他には……健康状態に大きな問題がないこと。それから本人の性質。本来の性格が善良な者」
「本来の性格?」
「そう書いてある」
「ヒトって生き物の性格なんぞ、環境でコロコロ変わるもんじゃがのう」
「まあ、そういう決まりなんじゃろ」
「そうか。なら、まあいいか」
もう一人の神も書類を覗き込み、今まで並んだ条件を改めて眺めた。
「しかし、召喚するやつは、こんな細かい条件まで知っとるのか?」
「知らんじゃろ。術式を使うことはできても、組まれた陣の意味まで全部読めるわけでもあるまいし」
「では、向こうは誰が選ばれるのかも知らずに使っとるのか」
「そういうことになるのう」
「ずいぶん思い切ったことをするのう」
「ヒトはたまにそういうことをするじゃろ」
「それもそうじゃな」
二人はそれで納得した。
「そういえば、召喚される前は何をしておった?」
「会社員じゃったな。確か、ずいぶん遅くまで働いておったような……」
「ちょっと見てみるか」
「今度は見るのか?」
「ちょっとだけじゃ」
軽く手を振ると、白い空間の一部に、召喚される少し前のかか志の姿が浮かんだ。
夜遅くまで会社に残り、ようやく帰宅した頃には日付が変わっている。食事と風呂を済ませ、それでもすぐには眠らず、パソコンの前に座っていた。
「ずいぶん働くのう」
「そうじゃな」
「元気そうには見えんが」
「健康状態は問題なしじゃぞ」
「そういう意味ではないんじゃが……おや?」
「どうした?」
「何やら残しておるぞ。退職の準備と……こっちは何じゃ。遺書みたいじゃの」
「遺書?」
「みたいなものじゃ。本人がそう呼んどるわけではないがの。こりゃ大分病んでおるのう」
「まあ、この生活を続けておれば、そうなることもあるじゃろ」
「それもそうか」
二人が眺めている間にも、かか志は淡々とパソコンへ向かっていた。少なくとも、今の生活をこのまま続けるつもりがなかったことだけは確かなようだった。
「会社を辞めるつもりだったのは間違いなさそうじゃな」
「次は決まっとるのか?」
「いや。辞めてから探すつもりだったらしい」
「そうか。なら、今の環境を変える準備をしておったわけじゃな」
「そういうことじゃろうな」
そこで映像は消えた。
「条件はそれだけか?」
「いや、まだあるぞ。ええと……元の世界でそのまま生活を続けた場合、近い将来に死亡する可能性が極めて高い者。ただし、病気や寿命など健康上の理由は除く……となっとる」
「ほう」
二人は先ほどまで映っていた場所を見る。
「では、たわしは死ぬ予定じゃったのか」
「山田野じゃ。まあ、これを見る限りはそうじゃな」
「さっきの遺書みたいなのと関係あるのか?」
「さあ?」
「調べれば分かるか?」
「分かるじゃろうが……そこまで調べるか?」
「面倒じゃのう」
「わしもそう思う」
二人にとって、人の未来を覗くこと自体は難しいことではない。ただ、できることと、わざわざやることは別らしい。
「で、今は?」
「生きとるぞ」
「それは知っとる。どうしとる?」
「さあ。ついでじゃ、見てみるか」
今度は現在のかか志の姿が映った。
二人はしばらく眺めていたが、特に変わったことは起きなかった。
「……普通に暮らしとるのう」
「普通に暮らしとるな」
「元気そうじゃ」
「なら、よいんじゃないか?」
「そうじゃな」
そこで片方の神が、机の上に残された書類へ目を落とした。
「……あれ?」
「どうした?」
「こやつ、元の世界に残っておったら、近いうちに死ぬんじゃったな」
「そう書いてあるのう」
「会社も辞めるつもりだった」
「そうじゃな」
「今は生きて、普通に暮らしとる」
「うむ」
二人は顔を見合わせた。
「……これ、むしろ助かってない?」
「……助かっとるのう」
しばらく考えてみたが、どうやら他の結論は出てこなかった。
「本人は知っとるのか?」
「知るわけなかろう。勝手に異世界へ連れてこられたと思っとるじゃろ」
「まあ、そこは実際、勝手に連れてこられたからのう」
「それもそうじゃな」
片方の神が書類を閉じた。
「この世界では報われるといいのう」
「何に?」
「知らん。言ってみたかっただけじゃ」
「そうか」
「うむ」
二人にとっては、どうやらその程度の話だった。




