# 第29話 検証結果と、その先へ
訓練場を出て宿へ戻る頃には、日もだいぶ傾いていた。行きとは違い、ひとまず目的を果たしたせいか足取りも軽い。もっとも、その成果を得るために何をしたのかと考えると、かか志としては少々言いたいこともあった。
「結局、今日は石をぶつけられて、木刀で殴られたんですよね」
「木刀で打ったのは盾です」
「その盾を持ってたの、俺なんですけどね」
横を見ると、ヨルは何かおかしいだろうかという顔をしていた。実際、怪我をしたわけでもなく、レベルキャップの効果も確認できたのだから、結果だけなら文句はない。ただ、だからといって次も同じ方法で確認したいかと聞かれれば、それは別の話だった。
「まあ、使えることが分かっただけでも良かったですけど」
そう言って、かか志は頭に手をやった。指先に触れたレベルキャップは、やはりどう見ても赤白帽だった。
「それですが、普段は外しておいた方がよいと思います」
「そうなんですか?」
「はい。依頼や訓練など、必要な時だけ使えば十分でしょう」
「ああ、それなら――」
かか志は歩きながらレベルキャップを脱ぎ、そのまま手に持った。便利な道具ではあるが、必要もないのに一日中被っている理由はない。何より、この姿で毎日王都を歩かなくて済む。
「ちょっと安心しました」
「何がですか?」
ヨルが不思議そうにこちらを見る。
「ヨルさんには分からないと思います」
手の中の赤と白を見ながら答えた。説明したところで、この世界に赤白帽が存在しない以上、たぶん分かってはもらえない。
そんな話をしながら歩いているうちに、宿が見えてきた。かか志はそのまま入口へ向かったが、隣を歩いていたヨルはそこで足を止める。
「あれ、ヨルさんは?」
「私は王宮へ戻ります。本日の検証結果を陛下へ報告しておきます」
「ああ、そっちがありましたか」
魔道具そのものについては、フーダニットからすでに報告されているはずだ。ヨルが伝えるのは、実際に自分が使ってみてどうだったかという結果なのだろう。
「じゃあ、お願いします。今日はありがとうございました」
「はい。それでは、また明日」
そこで別れかけて、かか志は今日の検証を思い出した。
「……明日はもう少し平和なやつでお願いします」
ヨルは一瞬考えるような顔をしてから、真面目に頷いた。
「善処します」
「そこは普通に『はい』でいいんですけど」
どうにも明日も安心はできそうにない。かか志は王宮へ向かうヨルを見送ると、レベルキャップを片手に宿へ入った。
◇ ◇ ◇
王宮へ戻ったヨルは、そのままフラグオールの執務室を訪れていた。
フーダニットから魔道具の改良に成功したとの報告は、すでに王宮にも届いている。ヨルが報告したのは、それをかか志が実際に使用した結果だった。
小石を投げることも、木刀で盾へ打ち込むこともできた。少なくとも今日の検証では、レベルキャップによる認識阻害は問題なく機能している。
「実際に山田野殿にも効果があったか」
ヨルの報告を聞き終えたフラグオールが確認すると、ヨルは頷いた。
「はい。着用していただいている間は、以前できなかった行動も問題なく行えました」
それを聞いたフラグオールは、小さく頷くだけで先を促した。
ヨルは続けて、もう一つ確認できたことを報告する。レベルキャップを着用しても、かか志自身の感覚には変化が見られなかったこと。木刀を振り上げた時にも恐怖らしい反応はほとんどなく、それは以前、ウルフの群れに囲まれた時も同じだったこと。
そこから考えられるのは、かか志自身もまた、レベル差による影響を受けている可能性だった。
「ギルドマスターから受けた報告とも一致するか……」
フラグオールの呟きに、ヨルは頷く。
「はい。常に冷静でいられるという点では利点にもなります。しかし、相手の殺気や気配にも鈍くなるのであれば、特に戦闘では注意が必要かと」
「なるほどな」
それきりフラグオールは黙り込んだ。向かいにいる宰相も口を挟まず、考え込むように視線を落としている。
しばらくして、フラグオールが顔を上げた。それに気づいた宰相も視線を上げ、二人は何も言わないまま一度だけ目を合わせる。
「一つ懸念はあるが……まあ、その魔道具の効果が確かなものであるなら、大丈夫であろう。どう思う?」
問いかけられた宰相は、すぐには答えなかった。少し考えてから、静かに口を開く。
「確実にとは申せませぬが……これまで確認できた山田野殿の人柄から判断するのであれば、問題はないかと」
「そうか……」
フラグオールは小さく頷いたが、まだ確認したいことがあるようだった。
「その魔道具……レベルキャップと言ったか。それがあれば、今後、山田野殿が冒険者として普通に活動できる下地を作ることにも、支障は出ぬか?」
「訓練にも支障はなさそうですし、問題ないかと。まあ、冒険者として大成できるかどうかは、本人次第でしょう」
宰相はそこで一度言葉を切った。
「少なくとも、これまでよりは改善が見込めましょう」
「そうか……」
フラグオールは再び黙った。
ヨルは口を挟まず、二人のやり取りを見守っていた。何について話しているのかまでは分からない。ただ、今日の検証結果を聞いて、何かを決めようとしていることだけは察せられた。
やがてフラグオールが顔を上げる。
「ヨルよ」
「はっ」
「明日、山田野殿を王宮へ呼んでくれぬか」
突然自分へ話が向き、ヨルはわずかに目を瞬いた。
「山田野殿を、ですか?」
「うむ。大事な話がある、とだけ伝えてくれ」
「承知いたしました」
「それと……」
続く言葉を聞いたヨルは、一瞬だけ表情を変えた。
「……承知いたしました」
◇ ◇ ◇
翌朝。
かか志が宿の食堂で朝食をとっていると、入口からヨルが入ってきた。
「あ、ヨルさん。おはようございます」
「おはようございます、山田野殿」
朝からヨルが宿を訪ねてくること自体は、今ではそれほど珍しいことでもない。かか志は挨拶を返すと、そのまま食事を続けた。
「朝飯は?」
「すでに済ませております」
「そうですか」
なら食事に来たわけではないらしい。何か用だろうとは思ったが、ヨルは急かすこともなく向かいの席に腰を下ろしたので、かか志も残っていたパンを口に運ぶ。
食事が一段落したところで、ヨルが口を開いた。
「山田野殿。今日なのですが、このあと王宮までご一緒していただけませんか?」
思っていなかった行き先に、かか志は手を止める。
「王宮ですか?」
「はい。陛下が山田野殿とお話ししたいことがあるそうです」
「国王様が俺に?」
「大事なお話がある、と伺っています」
「大事な話……」
昨日の検証についてなら、ヨルが報告している。それとは別に、自分へ直接話したいことがあるらしい。
「何の話かは聞いてないんですか?」
「はい。私も内容までは聞いておりません」
「ヨルさんも知らないんですか」
意外に思って聞き返したが、ヨルは「はい」と頷くだけだった。ならば、ここで二人して考えたところで答えが出るはずもない。
「分かりました。これ食べたら準備します」
「ありがとうございます。急ぐ必要はありませんので、ごゆっくりどうぞ」
「はい」
かか志は再び朝食に戻った。
大事な話と言われれば気にはなるが、今はまだ何も分からない。とりあえず、残っている朝食を食べてしまうことにした。




