# 第26話 観光名所
王宮を出たかか志は、ヨルと並んで宿へ向かっていた。
研究開発室を出たあと、受付で試作品の修理について確認したところ、完了予定は二日後とのことだった。改良型については実際に作業を始めてみなければ分からないらしいが、少なくとも元の試作品については、それほど長く待つ必要はない。
思っていたよりずっと早い。それはありがたいのだが、そうなると明日は丸一日、予定が空く。
「明日、どうしましょうか」
「何か行きたいところはありますか?」
「行きたいところですか?」
「はい。非番の日を除けば、山田野殿の対応は私が担当することになっていますので」
「ああ……明日も一緒なんですね」
ヨルが足を止めることなく、わずかにこちらを見る。
「その言い方は少し気になりますが」
「いや、嫌って意味じゃないですよ。特に予定もないのに付き合わせるのも悪いかなと思っただけで」
「それを含めて私の役目です。山田野殿が気にすることではありません」
相変わらず真面目である。考えてみれば、ヨルにはこちらへ来てから随分と世話になっている。冒険者として依頼を受ける時だけではなく、王宮との連絡から街の案内まで、分からないことがあれば大抵は彼女に聞いていた。
「とはいっても、特に決めてないんですよね。王都も最初の日に少し見て回りましたし」
「でしたら、果樹園はいかがですか?」
「果樹園?」
「王都の外にあります。この時期は見頃ですし、ちょっとした観光地にもなっています。何種類もの果樹が育てられていて、採れた果物や菓子を売る店もありますよ」
「へえ……異世界に来て果樹園観光か」
「何か問題が?」
「いえ。むしろ、そういう普通のところに行ってみるのもいいかなと」
魔物を探すでもなく、何かを調べるでもない。観光地へ行って果物を見る。それくらいの一日があってもいいだろう。
「じゃあ、そこにします」
「分かりました。明日は果樹園ですね」
こうして、翌日の予定はあっさり決まった。
翌朝、宿を出たかか志はヨルとともに王都の門を抜けた。
これまでにも冒険者の依頼で王都の外へ出たことはあるが、今日は目的がまるで違う。街道をしばらく歩くと建物が減り、代わって畑や農地が目立つようになった。その先には木々が規則正しく並ぶ一帯が広がっている。
「あれですか?」
「はい。あの辺り一帯です」
近づいてみると、想像していたよりずっと広かった。いくつもの区画に分かれて、それぞれ違う種類の果樹が育てられている。農作業をしている者だけでなく、家族連れや若い男女の姿もあり、道沿いには採れた果物や菓子を売る店まで並んでいた。
「本当に観光地なんですね」
「昨日からそう言っています」
「いや、疑ってたわけじゃないんですけど。果樹園って聞いて、もっと農家の畑を見学する感じを想像してたので」
「それでは観光地とは言わないと思います」
「ごもっともで」
ヨルの返しが妙にもっともだったので、かか志は素直に認めた。
せっかくなので売店で果物を一つ買い、食べながら園内を歩く。見たことのない実も多く、形だけでは甘いのか酸っぱいのか、そもそもどう食べるのかすら分からないものもある。全部を聞いて回るのもきりがないので、気になったものだけヨルに尋ねながら進んでいると、赤い実をつけた木が並ぶ区画に差しかかった。
「これは?」
「レッドツリーですね」
「そのまんまですね」
「覚えやすくてよいのでは?」
「まあ、それはそうですけど」
名前の由来は枝に実った赤い果実なのだろう。木そのものに特別変わったところはなく、異世界の植物とはいえ、見た目だけなら普通の果樹だった。
近くで作業をしていた年配の農夫に声を掛けてみると、観光客から質問されることには慣れているらしい。手を止めることもなく、レッドツリーについて気さくに教えてくれた。育てること自体はそれほど難しくないが、長く実を採るには枝の手入れなど、それなりに手間が掛かるという。
「これ、何年くらい実を採れるんですか?」
「手入れ次第ですな。あっちの太いのなんぞ、もう五十年を超えとりますよ」
「五十年? じゃあ、かなり長く生きる木なんですね」
「そりゃ木ですからな。百年くらいなら育ちますよ」
「百年……凄いな」
「まあ、ここのは六十年ほどで伐りますがね」
「……え?」
かか志は農夫を見る。今の話なら、まだ何十年も育つはずである。
「まだ生きるんですよね?」
「そりゃ生きますよ」
「実が採れなくなるとか?」
「いや、採れますな」
「じゃあ、なんで伐るんです?」
「危ないからですな」
農夫は何でもないことのように答えた。
かか志は周囲を見回した。子供が歩いている。少し離れたところでは、家族連れが買ったばかりらしい果物を食べている。少なくとも「危ない」という言葉が似合う場所には見えない。
「レッドツリーは長く生きるほど性質が変わっていくんですよ。百年も超えれば、だいぶ扱いにくくなりますな。二百年を超えたようなのは、もうデビルツリーと呼ばれます」
「…………はい?」
聞き覚えがあるどころではない。つい最近、その名前について話を聞いたばかりだ。
かか志は目の前の木を見て、それから隣のヨルを見る。
「ヨルさん。デビルツリーって、あのデビルツリーですよね?」
「山田野殿が別のデビルツリーをご存じでなければ、そうだと思います」
「これが?」
「今はレッドツリーです」
「そういう話じゃなくてですね」
ヨルは至って真面目だった。おそらく彼女にとっては、本当に何もおかしな話ではないのだろう。
以前ギルから聞いたデビルツリーは推定LV:200前後。危険を認識することそのものに影響を与える可能性がある、かなり特殊な存在だったはずだ。それが今、目の前で赤い実をつけている。
「ここ、観光地ですよね?」
「そうですよ」
「その木が、二百年くらい育ったらデビルツリーになるんですよね?」
「そうなりますね」
「……そんな木を普通に観光地で育てて大丈夫なんですか?」
かか志が周囲を見回す。すぐ近くでは家族連れが歩き、子供の姿もある。今すぐ目の前の木がどうにかなるようには見えないが、つい最近聞いたデビルツリーと同じものだと言われれば、さすがに気になる。
「今のレッドツリーに危険はありませんよ」
「そうなんですか?」
「ははは。別に六十一年目になった途端、いきなり危なくなるわけじゃありませんよ」
農夫が二人のやり取りを聞いて笑った。
「長く育てりゃ、少しずつ性質が変わっていくんです。ここじゃ、そうなるよりずっと前に伐っとります」
「ああ……だから六十年なんですね」
「そういうことですな。何もデビルツリーになるまで大事に育てる必要はありませんから」
「それは……そうですね」
あまりにも単純な答えだった。
二百年を超えるまで育てれば危険になる。ならば、そこまで育てなければいい。しかも危険になるぎりぎりまで使うのではなく、十分に余裕を持って六十年ほどで伐採する。
この世界の人間にとっては、それだけの話なのだろう。
「野生のレッドツリーもあるんですか?」
「そりゃありますよ。人の手が入らん場所なら、そのまま長く育つこともありますな」
「それがずっと残ると……」
「いずれデビルツリーになります」
そこまで聞いたところで、ヨルが補足するように口を開いた。
「ただ、人が探索に入れる範囲では、冒険者がレッドツリーを発見した時点でギルドへ報告することになっています」
「見つけただけで報告するんですか?」
「はい。場所や状態を確認し、必要であれば危険になる前に伐採します。デビルツリーになるまで放置する理由はありませんから」
「……そりゃそうか」
二百年という時間は、人間からすれば十分すぎるほど長い。その間に誰かが見つけられる場所なら、危険になるまで放置する理由がない。
「じゃあ、実際にデビルツリーまで育つのは?」
「人が長期間立ち入っていない場所などが中心ですね。発見された時点ですでに危険な状態であれば、その場合は相応の対応が必要になります」
果樹園では農夫が六十年ほどで伐る。野生でも、人の活動範囲なら冒険者が見つけて報告する。
推定LV:200前後という数字から、とんでもない魔物を想像していたのだが、その対策は思っていたよりずっと地道だった。
「……なんか、もっと大変なものだと思ってました」
「デビルツリーまで育てば大変ですよ」
ヨルの答えに、かか志は目の前のレッドツリーを見上げた。
「でも、その前なら普通の木なんですよね」
「少なくとも、ここで育てられているものについて心配する必要はありません」
「なるほど……」
危険になるまで育てない。
言葉にしてしまえば、それだけのことだった。
しばらく木を眺めていたかか志は、ふと別の疑問を覚えた。
「そういえば、六十年で伐った木ってどうするんです?」
「木材として使いますよ。六十年も育てたものを捨てたら、そっちの方がもったいないですからな」
「普通に使えるんですね」
「果樹だからって、伐ったら消えるわけじゃありませんからな」
「そりゃそうだ」
当たり前すぎる返事に、かか志も笑った。
推定LV:200前後のデビルツリー。
その名前から想像していたものと、目の前に広がる果樹園の景色は、どうにも結びつかない。
それでも、赤い実をつけて風に揺れているこの木が、そのまま長い年月を重ねればデビルツリーになる。
かか志はもう一度レッドツリーを見上げた。
少なくとも今は、どう見ても普通の果樹だった。




